■ 河合の宝「ゲンジボタル」 ■
 



4.偏食家の食卓

 ・カワニナとその仲間

   ゲンジボタルの幼虫はカワニナを食べます。カワニナというのは、どんな貝
  でしょう。
   カワニナは淡水産の巻貝で、たけのこ型をしており成熟すると高さが3cm
  ほどになります。似たような淡水産の巻貝には、タニシやヒメモノアラガイが
  あり、貝にあまり詳しくない人はよく混同しますが、体つきも住む場所も習性
  もかなり違っています。
   それどころか、カワニナ自身も多くの種類や変異があって棲み分けています。
  上の3種類は、学校のカワニナ池にいるカワニナですが、出生地がみな異なり
  ます。(図は省略)
   アは男川や乙川の本流にすむカワニナで、貝の表面のろくがはっきりしてい
  ます。たいていの個体が頭(殻頂)が食脱してしまっているのに丈夫で、カワ
  ニナ池でよく子貝を産みます。イは、河合地区でも山田の水路などのやや水の
  冷たいところにすんでいて、色が黒くつるっとしてほとんど食脱していなくて
  とても格好が良いのですが、カワニナ池の環境にはあまりなじまないようです。
  ウは古田先生が郷里の南設楽で採ってこられた貝で、色が淡く黄褐色〜緑褐色
  で、濃いすじの模様が3本あります。冷たい水にしか住めないといいますが、
  まだカワニナ池に残っていてアと混血しているみたいです。カワニナにはまだ
  まだたくさんの種類があります。
   カワニナの雌雄は、外観ではほとんど区別がつきませんが、雌雄異体です。
  参考のため、タニシやモノアラガイ、陸生のカタツムリは一個体の中に精巣と
  卵巣を持つ雌雄同体です。
   成熟したカワニナの雌の子宮には、たくさんのカワニナの赤ちゃんが詰まっ
  ていて、出産の条件が整った状態だと毎日数匹ずつの稚貝を産みます。卵胎生
  です。
   これはタニシも同じですが、ヒメモノアラガイは卵生で、カンテン状の卵を
  産みつけます。
   そのほか、カワニナとタニシには貝にふたがありますが、モノアラガイには
  ありません。淡水産の巻貝には水田で繁殖するインドヒラマキガイがあります。


 ・ゲンジボタルは何を食べる

   ホタルの仲間は肉食で、どれも貝の肉を食べます。ゲンジボタルは主にカワ
  ニナだけを食べるのですがモノアラガイやタニシも食べてくれたら、あるいは
  アサリやシジミなどの二枚貝を食べたらうんと飼いやすいのに、なぜか好き嫌
  いが激しくカワニナだけ、しかも自分の口に合ったカワニナしか食べないよう
  です。ホタルの権威で横須賀市博物館大場先生の研究によると、やはりヘイケ
  ボタルに比べてゲンジボタルは偏食が激しいことが分かります。
   更に大変なことは、ホタルの幼虫にとって、えさは生きていてはい回るので
  なかなか食べ物にありつけないことです。特に、生まれたての幼虫では、相手
  が大きくて手に負えない場合が多いわけで、自分の体に合ったカワニナ探しが
  大変です。
   ホタルの幼虫を飼育するのは、近くにカワニナの成育しているところがあれ
  ば比較的簡単ですが、卵から孵化したての幼虫の食べる稚貝を自然の河川から
  取ってくるのは大変で、従来は、水の腐敗を気にしながらカワニナをつぶして
  与えていました。本校では、カワニナ池で親貝を飼い、稚貝を大量に産ませて
  これを与えていますが、なかなか思うように稚貝が発生せず、大変苦労をして
  います。


 ・カワニナのすみか

   カワニナはあまり高温を好まないので田んぼや沼のように水がよどむところ
  にはすんでいません。また、あまり温度が低く、水がきれいすぎるところにも
  見つかりません。
   カワニナの主なえさは藻類です。水草や石の表面につくいわゆる「水あか」
  (珪藻類や単細胞の緑藻)で、これを円筒形の口でなめまわしながら食べるの
  です。魚の水槽にカワニナやタニシやモノアラガイなどを飼っておくとガラス
  についたこれらの水あかをきれいに食べて掃除してくれます。
   このような水あかのある川や流れは、まず日光があたるところでないとダメ
  です。なぜなら藻類は植物で光合成ができないところには繁殖しないからです。
  次に、あまりきれいすぎる、例えばヤマメやイワナのすむようなところでも、
  植物の養分である窒素やリンが少なくてダメです。
   そこでちょうどいいのは、オイカワやアユのすむような有機物のやや多い、
  ちょっと汚れた河川ということになります。
   河合地区の男川や乙川はこの条件にぴったりです。なのにカワニナが激減し
  たのは、その他にも複雑な理由があるのです。
   流れの強さでいうと、あまり急流より水底がはっきり見えるようなよどみで
  しかも水をにごらせてもすぐ透き通る程度に水流があるところに多くいます。
  州中池のようなところでたくさん発生しているところをよく見かけます。
   昔は水田の側溝にたくさんのカワニナがすんでいました。今では潅漑設備が
  発達して秋になると水を落としてしまうので見られなくなってしまいましたが、
  水流の切れない山田の用水路で発生している所を見かけます。ほ場整備事業で
  二面張りの水路ができたところでも、ためますがあったり、急斜面があったり
  流れに変化のあるところではよく発生しています。


 ・河中名物味噌ごはん

   カワニナのえさは単細胞の藻の類なのですが、その他何でも食べます。カワ
  ニナを増殖している所の話を聞くと、カワニナの好物は千差万別、人によって
  いろいろなことを言います。
   お隣の美合小学校ではもっぱらイモで、西尾市の平原ゲンジボタル保存会は
  キュウリ専門です。キャベツやカボチャ、コイのペレット、魚のあらなどなん
  でも喜んで食べるみたいです。
   本校では、八丁味噌で煮込んだ味の素入りのごはんを乾燥した、名物『味噌
  ごはん』がカワニナさまの御馳走です。これは理科部の長年の研究によるもの
  で、古田先生と理科部が吉川英治文化賞をもらった大きな研究功績のひとつで
  した。
   昭和48年、農家の使用した除草剤が川に流れ出して大量の魚が死んだこと
  があり、そのとき死んだ魚をえさにして、歩けないほどのカワニナが発生した
  また、昭和51年に保存会員のひとり、池田さんという方のカワニナ池でカワ
  ニナが大発生し、原因を探ったところ、飼い犬のえさに味噌かけご飯を与えて
  いて、その食べ残しのおわんを池で洗ったためという結論になったそうです。
   この二つの事件から古田先生は、カワニナの繁殖にはタンパク質を与えるの
  が効果があると考え、いろいろな実験を重ねてアミノ酸、特にグルタミン酸が
  大きく作用するということを発見しました。それをもとにして、この『味噌ご
  はん』を開発したのです。ごはん3に味噌1の割合でかゆ状になるまで煮て、
  味の素を入れ、天日で乾燥させたものが河中名物味噌ごはんです。
   カワニナは卵胎生で、雌の卵巣には何百という稚貝を持っています。この稚
  貝を産むための栄養補給としてグルタミン酸リッチの『味噌ごはん』が効果的
  であるということで、いつもこれをえさに与えているわけではありません。
   キャベツ・キュウリ・イモ類・カボチャ・スイカのへたなどの季節の野菜く
  ずを何でも喜んで食べてくれます。『味噌ごはん』の難点は、塩分がたくさん
  含まれていて、多く与えると水質に作用すること、水が腐りやすくなること、
  それに成熟していない稚貝まで産んでしまうことなど、まだまだ研究の余地が
  あるということです。


 ・カワニナの頭がはげる

   学校のカワニナ池で観察していると頭のはげた(溶脱した)カワニナが多い
  ことに気がつきます。大川にすむカワニナにも多く見られますが、学校の池の
  ものは特にひどいようです。
   中には殻の横腹に穴があいて、内部から修繕したようなものから、一度つぶ
  れてしまって生き返ったようなものもあります。しかし、どれも元気にはいま
  わっています。
   カワニナだけでなくタニシも老齢になるほどみじめな姿になっていきます。
  何とかはげる原因をつきとめる必要があります。しかし、壊れてもすぐに殻を
  繕ってしたたかに生きる姿には感心します。
   カワニナを飼っているといろいろ研究課題がわいてきます。カワニナの外敵
  といわれるヒラタビルという動物の正体もつきとめたい課題のひとつです。


 ・カワニナを増やそう

   カワニナの減った原因として、まず考えられるのが水質の変化です。上流に
  はいろいろな工場ができ、その排水が透明度など見かけはきれいでも、生物を
  すみにくくさせています。また、水田などに使う農薬やゴルフ場の除草剤は、
  近年生き物に大変優しくなってきていますが、やはり害はあると思います。
   次に無視できないのが『ヘドロ』です。ほ場整備や護岸工事のために上流で
  土砂を動かすと、見えないほど細かい泥が流れてきて川底や石に沈着し、その
  ため単細胞の藻類が育たず、稚貝が育たなくなるようです。秦梨付近の乙川で
  はカワニナがほとんど見られず、いても老齢の親貝だけだという状態です。
   しかし、意外なところにカワニナの減った理由があるようにも思われます。
  えさの藻類がなくてもそれに代わる食べ物があれば繁殖するかも知れません。
   ゲンジボタルは清流の指標のように言われますが、もともと里に近い水路で
  発生する昆虫です。昔は『三尺下がって水清し』といい、上流でおむつを洗濯
  している下で野菜を洗っていたのです。水そのものの浄化能力がずいぶんあり
  ました。ところが現在では、見かけは澄んでいてもいろいろな化学物質が溶け
  込んでいて、生物相がとても貧弱になってしまったのです。
   田舎の水田地帯を流れる小川を覗くと、たくさんのカワニナが繁殖している
  所がまだあります。水温が低くえさになる緑藻や珪藻類が石についていれば、
  カワニナはどんどん繁殖するのです。それに、水の浄化能力を越えない程度の
  有機物、つまり家庭の台所で出る野菜くずなどが供給されれば、カワニナは増
  えると思います。近年家庭の雑排水のうち、生ゴミはカワに入らず洗剤などを
  溶かし込んだ見かけは透き通った水が川に排出されるようになりました。これ
  ではカワニナはすめません。
   カワニナのいるところにはホタルがいます。各地のホタル保護活動をみると
  愛護会員によるカワニナの増殖活動が盛んで、繁殖地にえさをまいてカワニナ
  を真剣に育てています。
   河合地区でも川に親貝まで絶えてしまったというわけではないのですから、
  川が汚れない程度にえさをやり、カワニナの発生を見守れば、河川の水質を監
  視する活動にもなり、またホタルを再生させる早道にもなるような気がします。


<目次へ戻る>


■ 補足 ■

 

<目次へ戻る>