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About my spiritual awakening

フナとの出会い

明日香の”へび”

あれは1999年の9月の出来事。その頃の私は京都の三宅八幡で、ひっそりと京女生活を送っていました。ひとり暮らしも3年目を迎え、自分の進む道や人間関係で悩みを抱えていたある日、思い立って何故か奈良の明日香に出かけました。いつものようにぞうりを履いて、(京都ではいつも草履、それも伊勢の神宮会館で売っている巫女さん用のぞうりを履いていました。)ふらふらと明日香の田んぼのあぜ道を歩いていたら、急にガツン!と、まるで空から石が降って来て足の小指にあたったかと思うような激痛が走ったのです。びっくりしてかがんでみたら、足の小指にすっーと歯形がついていてそこから血がにじんでいます。へび? 毒? 余りのショックに気が動転してしまい、「私はここで死ぬのだろうか?」とその時本当にそう思ったのでした。(今ならそんなたいそうな!と思えるのですが。)周りに人はいないし、とにかく持ってた水で血を洗い、オーラソーマのポマンダーをつけて、聖徳太子生誕の地だったか何か石碑のあるところで(そういえば”龍”の文字が書いていたような気がする。)一心に拝みました。しばらくたっても別にからだに変化は起こってこないし、段々気持ちも落ち着いてきてとにかく家に帰ろうと歩き始めました。でもまだ気が動転していて、バスに乗るのも忘れてただひたすら明日香から橿原神宮まで歩きとおしてしまいました。

”へび”とシャーマニズム?

京都の家に帰りほっとした時に、何気なくその時壁にはっておいたちらしが目につきました。ハワイのシャーマニズム「フナ」の文字に目が引き寄せられ「シャーマニズム......?」「へび?」頭の中でこの二つが、一瞬の内に結びついてしまったのです。これも今思えばどういう理屈かわからないのですが「このワークショップに行けば”へび”の意味がわかるかも?」というその理由だけて参加することに決めたのです。そもそもそのちらしは、ハワイ好きの友達に教えてあげようとファックスをして、そのまま壁にはったままにして、自分には何の関係もないものと思っていたものなのです。その時丁度、フナがある翌週に同じ関西セミナーハウスで行なわれる「ハコミセラピー」のワークショップを受けるはずにしていたのが、不思議なことに、最初に問い合わせた時は「まだまだ大丈夫ですよ。」といわれてほっておいたら、申し込もうとしたら急に「定員いっぱいになりました。」といわれて途方にくれていたところだったのでした。次の日、フナのワークショップをその時主催されてたところに電話をかけたら、のんびりした調子で「担当者は今いないけど、大丈夫ですよ〜」といわれ、早速申し込んでしまったのです。こうして「フナ」という未知のワークショップに、勇敢にも参加することになったのでした。

フナのワークショップで心の中は大騒ぎ

当日の朝セミナーハウスに着いたら、玄関にコーディネーターの方とフリントさんがいて(その時は当たり前だけどお二人とも初対面でしたが)その方が荷物をたくさん持ってらしたので、「手伝いますね。」といって、余りにも自然にお手伝いをしたのを覚えています。ワークショップの行なわれた場所が、いつも自分がアロマのワークショップをしていた能舞台だったということもあり、緊張せずにその場にいました。けれど「フナとは?」という話しをフリントさんが始めた途端「これは26000年前にプレアディスから伝えられた教えで。その頃レムリアが.....。」プレアデス〜。レムリア〜。26000年〜。うそお!と心の中では大騒ぎが起こっていました。もちらん表面上は静かに聞いていましたが。それまでの私は心理学系のワークショップや禅のリトリートには参加していましたが、いわゆるスピリチュアル系(この言葉が適当かどうかわかりませんが)のワークショップには出たことはなかったのです。「プレアデスが〜。」とかいう人たちは違う世界の人、と心の中で思っていたくらいです。でもその時は「ここに来ている人は本当に普通の、どちらかというと真面目な感じの人達だし、この外人さんも真面目な雰囲気で、事実としてレムリアが〜とかいうてはるし、どういうことだろうこれは〜。」と思ったのを覚えています。それでその時のワークショップは無事終わり普段の生活に戻りましたが、その後に色んな出来事が起こり、99年の年末は今思えば私にとっての大きな変化の時となりました。

同時に訪れたフラとの出会い

翌週10月に入って、毎年行っていた伊勢の猿田彦神社の「おひらきまつり」がありました。その年のおまつりのゲストがサンディーさんだったのです。その頃の私はサンディーさんが誰かも知らず、フラってあのハワイの踊りよね〜ぐらいの感覚しかなかったのです。この時も又ハワイ好きの友達に、「ハワイ、フラとか書いてあるし」と思って、おひらきまつりのパンフをファックスしたのでした。そうしたらその友達が電話のむこうで「きゃあ。サンディーさんが来るの〜。サンディー!すごい!」って叫んでいるのを聞きながら、私は「一体何がすごいんだろう。」とぼんやり思っていました。まあおひらきまつりは恒例だから行こうか、ぐらいの気持ちで出かけたのです。猿田彦神社は本殿の奥に御神田があって、その上にしつらえた舞台でおひらきまつりはひらかれます。その夜、サンディーさんがフラを踊りだしてすぐに衝撃をくらいました。「えっ!何なのこれは。フラってこういうものだったの。」と思う間もなく涙がぼろぼろ出て来てしまい、「何で涙が出るのよ〜。」と思って横をみたら友達もぼろぼろ泣いているし、二人でサンディーさんの踊りの間中泣いていたのでした。そして京都に帰ってすぐに、たまたま知り合いの人が教えてくれたフラの体験コースにいってみたら、又その時の先生の踊りを見て同じ感動を受けてしまい「もう、何なのよフラって一体?」とその場で申し込みをしてしまったのです。それが私がフラを始めたきっかけだったのです。

そして出会いから次なるステージへ

そしてその年の12月、又フナのワークショップがあったので参加しました。この時はもう2回目だし、そんなに驚くこともなく余裕で過ごしていられる......と思いきや。休憩時間にコーディネーターの方とお茶を飲みながらしゃべっていて、何の拍子か「私はこれから忙しくなってフナのコーディネートはできないのよ」という話になり、その方があまりに当たり前のように「法子さんがやったらいいと思うわ」とおっしゃったのです。それを聞いて思わず口をついて出た言葉が「やります私。」(おいおい、そんなに簡単に引き受けていいのかあんた。)とつっこんでっくれる人がいなかったばっかりに、今こうしてこのホームページに思い出を書いている私がいるのです。明日香のへび。ハイヤーセルフが私の為に置いてくれた次のステップへの踏み石は、今思えば何とも不思議な趣きのあるシンボルでしたね。それでへびとシャーマニズム、フナの関係は? それが未だに謎なのです。

2003年4月1日 法子

フナについて
 
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