小説「人喰伝説」
この小説は、ぼくが大学生のときに、当時所属していた「SF研究会」
の会誌「ほらいずむ」No.6に掲載したものに、少し手を加えたものです。
自宅の物置を整理していたら、この同人誌が出てきました。
当時の情熱を懐かしく感じています。
(昭和51年8月脱稿)
〈目次〉
第一章 事 件
第二章 回 想
第三章 追 跡
第四章 展 開
第五章 発 覚
第六章 手 紙
第七章 結 末
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第一章 事 件
食人鬼が夜の都会を歩く。そして、一人、二人と幼児が殺されていった。蒸し暑い夏の夜の出来事である。
食人鬼はいったい誰なのか。何故、食人鬼は幼児を殺すのか。食人鬼は男なのか女なのか……全ては謎につつまれていた。
誠は下町のある小さな工場に勤めていた。誠は真面目な青年だった。
「子供を殺すなんて、誠に出来る訳がないな」
と同僚の一人が冗談まじりに言うが、誠だからとて安心は出来ない。現に、幼児殺しの発生した場所はここからさほど遠くはないし、誠はいつも仕事が終わると、夜道を散歩する癖があった。
夕方の六時半頃、旋盤の仕事を終え、工場から十五分ほどした所の暗い夜道を歩いている時だった。ふと近くを通る都電の音を耳にした。都電の音は、誠に少年時代の懐かしい思い出と、五年前のある女との生活を思い出させた。誠の生まれ育った所にも、その女と出会った所にも、この都電が通っていた。
昔はいたる所に都電は走っていたが、今ではそのほとんどが廃止され、実際に走っているのはこの荒川線だけだった。
夏の夜、涼みがてらに都電に乗るのも悪くはなかった。アパートにすぐに帰ったところで、誠には待っている人などいなかった。
電車の来るのを待っている間中、近くで買った夕刊を読んでいた。
新開には、大きな見出しで最近世の中を賑わしている連続幼児殺害事件のことが出ていた。
「今日で四人目」
「精神異常者の仕業か」
事件の起こった場所は東京の下町ばかり。
手口もみな同じだった。首を締めて殺した後、必ず何処かの肉がざつくりとはぎ取られていた。
誠は新開に軽く目を通し、小脇にはさむ。到着したばかりの都電に乗込んだ。都電の中は人でいっぱいで、夕涼みどころではない。
誠のすぐ近くで二人の若い男が一人の女をからかっていた。
「姉ちゃんよ、いい身体だな。今晩俺たちとつきあわないか」
女は誠の方に背を向けているので顔は見えなかったが、困っているようだということはすぐに感じられた。男は近くのちんぴららしかった。こういう時になると誠は自信があった。一メートル八〇の身長と、柔道で鍛えた身体はたくましかった。
「おい、君たち、女の子をからかうのはやめたらどうだ」
「何だと」
二人の男は誠の方を睨んだ。
「威勢のいい兄ちゃんだな。俺たちに文句があるって言うのか」
もう一人の男が言った。
「ああ、女の子をからかぅのはやめろと言っているんだ」
誠はもう引き下がれなくなっていた。乗客全員の視線を全身で感じていた。近くで車掌がおろおろしている。
「この野郎」
背の高い方の男が、誠に殴りかかってきた。誠が瞬間的に身体をずらすと、男はそのままバランスを崩しながら倒れた。もう一人の男の方に顔を向けると、男の爪先が誠の胃袋にめり込んできた。腹を抑えながら膝をつくとストレートが誠の顎に飛んできた。
誠は座席にすわっている人の足元にころがった。口の中が切れ、血の味がロいっぱいに広がった。
その時、都電がある停留所に止った。誠はすかさず、女の子の手を取りながら都電のドアに向って走って行き、二人で夜の町をどこまでも走っていった。
息が切れて二人は立ち止まった。
「どうも、すみませんでした」
誠は女の顛を見た。そしてその瞬間、誠は驚きで身体が釘付けになってしまった。
「ゆかり・・・」
誠は叫んだ。前にいる女は、五年前に別れた梅香ゆかりだった。彼女はあいかわらず美しく、何から何まで申し分なかった.懐かしさを味わっているのもつかの間、すぐに思いもかけない言葉が彼女の口から出て来た。
「ゆかり・・・? 私、ゆかりなんかじゃないわよ。誰かと間違えてるんじゃないの」
「でも・・・」
誠は言葉が続かなかった。
「いいわ、来なさいよ。証明してあげるから」
二人の降りた駅は鬼子母神前という所だった。彼女は誠の腕を取り、奥の方に進んで行った。すっかり日は暮れていた。
「あそこよ」
彼女は指さした。そこにはシャレードという小さな喫茶店かあった。そこに入ると、彼女は奥に向って言った。
「ママ、今晩は」
奥の方から、きものを着た一人の女性が出て来た。
「あら、マミちゃん、どうしたの。今日はあなたの休みの日だから出て来なくてもいいのよ」
彼女はそれには答えず、誠に向って小さな声で言った。
「ね、わかったでしょう。私は白川マミといって、ここのウェイトレスをしてるのよ。ゆかりさんという人でなくて残念ね」
マミはいたずらっばく笑った。すでにさっきのことは忘れてしまったようだ。
誠はマミと言っている女の顛を見た。そう言えば、ゆかりとは髪型も逢うし話し方も違う。服も目の前のマミの方が派手好みだ。
「さっきはどうもありがとうございました。お礼でもさし上げなければならない所だけど今私、急いでいるの。ごめんなさいね」
彼女は誠を残したまま一人でシャレードを出て行った。
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第二章 回 想
五年前と言うと、誠は両親の死後ずっとお世話になっていた叔父の家を出て、一人で働きながら定時制の高校に通っていた。
当時住んでいたアパートは今住んでいるアパートではなく、もっと遠くにあった。今のアパートに住むようになったのは、ゆかりと別れてからであった。
ゆかりとの出会は、ある冬の日の夜。アパートの横でぼんやりとすわり込んでいるゆかりを見たのがはじまりだ。
誠が何を聞いてもゆかりは何もしゃべろうとしなかった。
「家出少女かな」
と誠は心の中で考えていた。暗闇の中でも彼女の美しさは光っていた。
その日、彼女は誠のアパートに泊った。夜、誠が床につくと、彼女は誠の大きな胸にむしゃぶりついてきた。
誠もその夜は何故か燃えた。それは愛に飢えている者同志の必然の成行だったのかもしれない。
それから時間を経て、ポツリポツリと彼女は話し始めた。
「名前は、梅香ゆかり。よろしく。これからしばらくお世話になります」
はじめからゆかりは他人の家に泊まるつもりだったらしい。しかし、そのあつかましさも誠は気にかけなかった。でも、誠かゆかりを見つけていなかったら、ゆかりは何処に寝ぐらを捜すつもりだったのだろう。また誰か男を見つけていたに違いない。彼女ほどの美貌の持主なら寝床を捜すくらい訳のないことなのだろう。
彼女の年は十六。誠より一つ年下だった。
「家は何処なんだい」
「両親はいないのかい」
こういったプライペードな問題には一言も答えようとしなかった。何か人に言えないような秘密があるんだなと思い、それからずっとそのことには触れなかった。
別れは、それから約一年後にやってきた。それは突然であり、またあっけなかった。
その日、誠がアパートに帰ってくると、いつもいて迎えてくれるはずのゆかりの姿が見えない。部屋に入ると、
「さようなら」
と小さな字で書いた便箋が机の上に置いてあった。
その頃、すでにゆかりのお腹の中に誠の子供がいることを誠は知っていた。
「ゆかりは何処へ行ってしまったんだ」
誠はいたる所を捜したがついに見つからなかった。それからと言うもの、誠は非常に怒りっぽくなり、ある日ついに路上で近所のちんぴら相手に暴行事件をはたらいた。
警察に連れて行かれたが、精神が異常であるということで精神病院に一ケ月ぶち込まれていた。
退院して出て来てから、彼はアパートを変え、職業を変えた。高校もいつの間にか名前がけずられていた。
「子供がゆかりを行かせたんだ」
と誠は考えていた。他に理由がなかったのだ。そしてそれはある意味において当っていたのである。
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第三章 追 跡
マミと別れた後、誠はまたあのシャレードという喫茶店にもどった。そこのママにマミの事を聞くためだった。しかし、何故マミの事を知らなければならないのだろう。マミがゆかりでない事に納得はしたものの、まだ実感としてはどうしても認めることが出来なかった。
「マミとゆかりは、もしかしたら、双子の姉妹かもしれない」と誠は思っていた。シャレードはもう店をしめる時間だった。
「マミちゃんは、去年からここで働いてもらってんのよ」
ママは優しく教えてくれた。
「だけど、彼女が何処の出身で、家族はどうしているのか全く知らないのよ。聞くといやがるので聞かないことにしているの。だって、あれほどきれいな女の子は見つけようとして見つかるもんじゃないしね。それに、本当のこと言うと、この店はあの娘でもっているようなものなのよ」
彼女は、寂しくタバコの煙を吐いた。
ゆかりも自分の過去について語りたがらなかった。この線から調べて行ったら、ゆかりのこともわかるような気がしてきた。
ゆかりとマミは同一人物なのだろうか。しかし、マミがゆかりだとしたら、何故名前を変えたのか。誠が捜し出すことの出来ないように名前を変えたのだろうか。もしそうだとしたら、自分の勤め先を教えるというマミの行動はどう理由づけたらよいのだろうか。誠は全てゆかりの失踪につながっているような気がしてならなかった。
ママは誠を見ながら言った。
「あんた、あの娘が好きなんだろ」
「いや別にそういう訳じゃないけど・・・」
誠は本当の事を言う気にはなれなかった。
「隠さなくてもいいのよ。あの娘が嫌いだって言うような男はいる訳かないんだから」
誠はママからはもうこれ以上聞き出すことは出来ないと思った。最後にマミの住所を聞いて帰った。帰りぎわにママが言った。
「マミちゃんは男といっしェに住んでいるから注意した方がいいわよ」
マミのアパートに行くのは明日にしようと考えていた。明日は日曜。誠は仕事が休みだった。マミのいない時にマミといっしょに住んでいる男に会ってみたいと思った。
誠は何か急に昔の血がもどって来るような感じを抱いた。
シャレードに行った帰り、誠は都電には乗らず、その脇の道を一人歩いて帰った。夕涼みには最適の晩だった。そして、幼児殺害にも最適の晩であるように思えた。
翌日、誠は近くで昼飯を食べてから、昨日教えてもらったマミのアパートに向った。今頃マミはシャレードでウェイトレスをしている筈である。
マミのアパートは都電で鬼子母神前から六つ目の庚申塚という停留所の近くにあった。二階建てのアパートの一階の一番奥の部屋。ドアの上には、
「白川マミ」
とちゃんと書かれてあった。今度は男の所にやっかいになっているのではなく、男を自分の部屋に連れ込んでいるらしい。
誠は半ばマミがゆかりと同一人物であると認めているかのようだった。
ドアをノックすると、中から若い男が出て来た。誠より年が若そうだが、それほど年は違わないだろう。
「白川ミさんはいらっしゃいますか」
マミのいないのは知っていたが一応聞いてみた。
「今勤めに出ていないんだけど、何かマミに用ですか」
「マミさんについて、ちょっとお聞きしたいことがあるんです」
男は誠を部屋の中に入れた。誠はゆかりとマミのことを全て正直に柏手に話してみた。相手の驚きは予想以上に大きかった。
「と言うとマミとゆかりとかいう女の子が同一人物じゃないかという訳だね」
その男は、一息置いてから話し始めた。
「でも、やっぱり別人じゃないかな」
言葉の奥底には別人であってほしいという願望が秘んでいるようだった。誠はどうであろう。別人であることを願っているのか。それとも、同一人物であることを願っているのか。誠は話をしているうちに、目の前でいっしょうけんめい話を聞いてくれるこの男が好きになってきた。やはりこの男のためには別人であることが必要だった。
男の名は金沢進と言った。帰り際に誠のアパートの住所を教えといた。
「それから、マミさんには僕か来たことは内証にね」
進は、わかったとうなずいた。
部屋のテレビは昼のニュースをやっていた。都電の沿線でまた幼児殺害事件がおこったことを告げていた。誠か昨夜歩いた所でおこったということは何を意味するのだろう。
誠はテレビから目を離し、進に別れを言ってアパートを出た。
誠はこれから別に何をしたらいいのか分からなかった。マミの働いているシャレードに行くか、それとも、映画でも見て時間をつぶすか。
まだ日が暮れるまでかなりの時間かあった。
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第四章 展 開
暗い道を歩いていた。今日もやけに腹が減り喉が渇いた。幼い子供の血で喉を潤したい気分にかられる。
連続幼児殺害事件の犯人である食人鬼はいつものように夜の道を歩いていた。場所はシャレードからほど遠くない細い道。ここら辺一帯は豊島区雑司ケ谷と呼ばれる。
東京はこれでもうやめようと思っていた。あまりに多くの犠牲を出しすぎてしまった。
本能がこわかった。幼児を殺して喰う。これ全て本能のなせる業であった。そのために長年の戒めもついに破らなければならなかったのだ。
道端で一人の小さい女の子が遊んでいた。
「お嬢ちゃん、いっしょに遊ぼう」
子供は正面を向いてしっかりとうなずく。子供を思う通りに操ることの出来る不思議な力があった。
子供は何も知らず食人鬼と手をつなぎながら暗い道を奥へ奥へと進んでいった。子供には恐れというものがなかった。
鬼子母神の祭ってある鬼子母神堂の境内は、夜ともなると静かであった。人もほとんど通らない。
食人鬼はそこに子供をつれて行き、首筋に手をかけた。子供が大きな声をあげないように、左手で子供の口をおさえた。と同時に首を出来る限りの力で締めあげた。
子供は数秒でぐったりした。小さな胸に耳をあてると、すでに心臓はとまっていた。
子供を横に寝かせると静かに服をぬがせにかかった。小さい子供だからぬがせるのにたいした時間はかからない。すぐに白いみずみずしい身体があらわれる。
食人鬼は子供を抱きかかえると、全身をなめまわした。そしてそれが終ると、腹部のあたりに、がぶっとかみついた。子供の身体とはいえ、肉をひき裂くには並たいていの力では無理である。
何度も何度も同じ場所にかみついた。
そして、いとも簡単に肉をひき裂いた。
「バリバリバリ」
と鈍い音がした。
食人鬼の口は血で染っていた。
食人鬼が子供を食べることに夢中になり、回りの物音に注意深く耳をかたむけなかったことは、不注意といえば、不注意だった。さきほどから自分をつけている者に気づかなかったのだから。
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第五章 発 覚
誠は食人鬼をじっと見つめていた。足がすくみ子供を助けることさえ出来なかった。
「ゆかり・・・」
誠は食人鬼に向って叫んだ。食人鬼はゆっくり首を回し誠を見た。その目はすでに昔のゆかりの目ではなかった。目はつり上がり、口の回りは幼い子供の血で染まり、長い黒髪が妖気を漂わせていた。
誠は金沢進のアパートを出たあと、映画館で時間をつぶし、その帰りにシャレードの近くでマミを見つけ、そのあとをつけて来たのだった。
ふとマミが何処に行くのか知りたくなったのである。
映画を見ながら、誠はマミがゆかりであるという結論を下していた。シャレードのママかこう言っていたのを思い出していた。
「だってあれほどきれいな女の子は見つけようとして見つかるもんじゃないしね」
ママの言っていたことは正しかった。女が嫉妬なしに他の女のことを褒めるということはほとんどない。それだけ彼女言ったことは真実であると言えるのである。
「ゆかりが二人いる訳がない」
これが誠の下した結論だった。
「ゆかり・・・」
もう一度誠は叫んだ。ゆかりも誠を認めたようだった。しかしまたすぐ向きをかえて子供をむさぼり喰った。すでに誠など眼中になかった。
誠は恐ろしさのあまり、気も狂わんばかりであった。早くこの悪夢のような場所から立ち去りたかった。二三歩あとずさりしてから後を向いて一目散に駈け出して行った。
駈け出しながら目から涙を流していた。誠の回りが涙でぼんやりとぼやけてきた。しかし、それと反対にゆかりの事が鮮明すぎるほど鮮明に頭の中に写っていた。
その次の朝、誠は仕事を休んだ。当分働くことは出来そうもなかった。
昨夜のことを思い出せば出すほど、胸の中がむかついてきた。
「ゆかりが幼児殺しの犯人とは・・・」
誠はまだ信じられない。
「しかし何故彼女が・・・」
一つまたわからない事が出て来た。謎が謎を呼ぶようだ。
誠は夕方頃までずっと床の中で考えていた。しかし、何も答えは出て来ない。
七時頃になってアパートの管理人が誠あてのぶ厚い手紙をたずさえて来た。差出人は梅香ゆかりだった。
封を開く手がふるえていた。
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第六章 手 紙
昨夜はあなたにとんでもない所を見られてしまいました。そうです。私はあの連続幼児殺害事件の犯人であり、梅香ゆかりであり、白川マミなのです。
私には特定の名前というものがありません。不思議に思うかもしれませんが、これからお話をしてゆくことによってわかっていただけることと思います。
これからお話する話は、あなたにとって、どれも信じられない事だと思います。信じられなければそれでもかまいません。しかし、信じる信じないは別としてこの話を他人に話すことのないようにしていただきたいのです。これはあなただけにお話しする話なのです。
私には、あの鬼子母神の血が流れているのです。鬼子母神といえば仏教の神、夜叉女の一人。彼女はインドの夜叉(鬼神)の娘で、結婚をして五〇〇人の子供を生んだと言われています。性来兇暴でいつも人の子を殺して食べたため、人々はカリテイ(青色、憤怒の色のことです)と呼んで恐れていました。
その時、仏陀は鬼子母神をこらしめようとして末子のピャンカラを隠したので、彼女はそのさとしで大悟発心し、以後人の子を殺さぬことを誓って仏陀に帰依したのです。そして、仏陀は人肉の代りになるようにとザクロの実を与えられたのです。
鬼子母神の子孫は、鬼子母神民族として、仏教が浸透していくと同時にアジア諸国にひろがり、また、古い戒めを守りながら一般人と生活をともにしていったのです。
その古い戒めとは、人の子を殺して食べてはならないこと、人を愛してはならないこと、人に鬼子母神民族のことを打ちあけてはならないことです。
一番日の戒めは、息子母神が仏陀に帰依をしたのだから当然ですが、二番目と三番日の戒めは納得が出来ないかもしれません。
しかし、鬼子母神民族がどのような民族であるかを知れば、納得がいくものと思います。
鬼子母神民族は圧倒的に女性が多く、また鬼子母神民族の特徴は全て女性にあるのです。つまり、鬼子母神民族の女性は子供を多く生まなくてはならず、またそのために、かなりの長寿です。その点男性は一般人と全く変らず、その結果、女は多くの男と交わり、目的を果さなければならなくなったのです。また、一人の男といつまでもいると、その男はしまいに体力を使い果して死んでしまうのです。
多くの男と交わるには、人を愛してはならないのです。何故なら、その男を愛したが最後、その男を殺してしまう運命にあるからです。
また、私たちは、私たち民族のことを話す訳にはいかないのです。何故なら、それを話した途端、私たちは化物扱いされることは目に見えているからです。
私たちは、一人の男との間に子供が出来るとその男と別れ、また別の男との間に子供を作るのです。そのたびに名前を変えるから、私たちには特定の名前というものがないのです。
一般人と交わっていくにつれ、鬼子母神民族の血はうすれていくのですが、時として私のように血の濃い人間が生まれてくる場合があるのです。
私は鬼子母神の持っていた性質を全部受継いでしまったようです。
人の子を殺して食べるということは悪いことであることは十分知っています。鬼子母神の子孫だからとて、それが許される訳がありません。しかし、私はついに本能に負けてしまいました。ザクロの実で甘んじている訳にはいかなかったのです。
私がこの古い戒めを破ったのは、あなたを知ったためとも言えるのです。私はあなたが好きだったのです。あなたを死なせないために別れたのに、かえって、あなたの愛から離れていったことによって、人の子を殺して食べるという恐ろしい欲望が頭をもたげてきたのです。私は完全に戒めを破ってしまったのです。
私は今までに子供を九七人生みました。あなたの子供も入っています。子供はみな私たちといっしょに国にもどるつもりです。
国といってもインドではありません。鬼子母神の故郷は地球から十万光年も離れたところにある一つの小さな惑星です。
鬼子母神は宇宙の捨子だったのです。私たちが地球を離れる理由は二つあります。一つは、母星が地球上の鬼子母神民族の存在に気づいたこと。二つ目は、地球が進歩するに従って多産化から少産化へと移行し、鬼子母神民族が住みにくくなってきたことです。
私たち子孫はこの地球上に二億います。それら全員が宇宙船に乗って母星に帰ることになったのです。
あなたがこの手紙を読んでいる時、ちょうど私たちが地球を出発する頃かと思います。
最後に、都電の中で助けてくれたこと、ありがとうございました。うれしかった。でも驚きました。だって、あまりにも突然だったんですもの。
それも今となっては思い出・・・もう時間がありません。
では、さよなら。お元気で。
愛しています。
ゆかり
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第七章 結 末
誠は手紙を机の上に置いた。まだ信じられなかった。
その時、外で飛行機の爆音のようなすごい音がした。外に出てみると、西の空に大きな円盤が編隊を組んで飛んでいった。
もうじき、人間の大量失踪が問題になるだろう。誠だけがその真相を知っていた。しかし、誰にもそのことを話そうとは思わなかった。
翌日、ゆかりがマミという名でいっしょに住んでいた進が誠のアパートにやってきた。
「たいへんだ。たいへんだ。マミがいなくなってしまった」
進はたいそうあわてていた。かわいそうな気がしたが、進にもあのことは話さなかった。
「マミはたぶんもう帰って来ないよ。さあ元気を出して。マミのことなど忘れて、もっといい人を捜すんだ」
誠は進に言うより、自分に言いきかせているようだった。
「そんな・・・」
進は首を横に振っていた。誠は、彼女を忘れることは無理なことだと感じていた。
「どうだ。散歩に行かないか」
進はがっくりしながらも、うなずいていた。二人は、あの鬼子母神堂に向っていた。
鬼子母神の像は、容姿端麗で、天女のような宝衣をまとい、宝台に腰かけて右足をたれ左手に一子を抱き、右手にザクロの実をもった姿をしているという。
誠はゆかりに対してするように、静かに手を合わせた。
しかし、誠自身知らないことが一つあった。ゆかりは戒めを破ったということで、宇宙船内で処刑され、宇宙に漂う物体と化し、地球の回りを静かに回っていたのである。