Japanese Forum for Winter Sports Sciences

ご報告 第20回 冬季スポーツ科学フォーラム北翔大学

ご案内 第21回 冬季スポーツ科学フォーラム金城学院大学  

北翔大学 北方圏生涯スポーツ研究センターにて 2009.7.25

会報 52号

2010年1月15日発行

URL臨時 http://www2.gol.com/users/nokenyono

報告 第20回冬季スポーツ科学フォーラム2009北翔大学

1990年に岡山で発足した冬季スポーツ科学研究会の第20回記念フォーラムが2009年7月25,26日、北海道 江別市の北翔大学「北方圏生涯スポーツ研究センター」で開催されました。海外からのゲストにシンガポール 国立ナンヤン工科大学のマイケル・チア博士、国内からのゲストに、女子スキージャンプの開拓者である山田 いずみ氏、日本の女子クロスカントリーの強さを世界に示した夏目円、石田正子の両選手と岡本英男コーチを お招きしました。フォーラム会員からは、川初清典氏の基調講演「冬季スポーツの競技力向上に向けた科学サ ポート課題と展望−アルベールビルからリレハンメルへのサポートを通じて-」をはじめ、24の研究発表が 行われました。北翔大学の山本敬三氏よりいただいた当日のプログラムと抄録が、以下のURLよりご覧いた だけます。

http://www2.gol.com/users/nokenyono/program/abstract.html

(広島大学のftpサーバーが復活するまでの一時的なURLです)

http://www2.gol.com/users/nokenyono/program/abstract.html 広島大学のftpサーバーが復活するまで、一時的なURLです。)

 記念講演 「スキージャンプ競技人生を振り返って」

山田いずみ(神戸クリニック 元女子スキージャンプ選手)

         コーディネーター 竹田唯史 (北翔大学)

2009年7月25日午後、マイケル・チア氏が体重のコントロールについて講演し、引き続いて、日本の女子ス キージャンプを切り拓いてきた山田いずみさんの記念講演が始まった。

竹田 山田いずみさんは、女子スキージャンパーの第一人者として、また女子ジャンプの草 分けとして、その道を拓いて来た方です。全日本での5回の優勝をはじめ2009年世界選手 権優勝という成績を残してこられました。本学の卒業生でもあります。今日は、ご自身のス キー人生について語っていただきます。

山田 幼稚園の時のことです。札幌スポーツジャンプ少年団の人たちがジャンプ台から飛ぶ のを見ました。「こんな高い所から飛ぶのか。私もすぐやりたい。」と思いました。小1から ジャンプを始めて卒業まで、月曜日以外は毎日、飛びました。月曜はジャンプ台が休業日 だったのです。中1で女子として初めて宮の森ジャンプ台を飛びました。そして「いつか大 倉山のラージヒルを飛びたい」とずっと思っていました。

中学校体育連盟の大会には女子ジャンプがありません。「なぜ、女子はとべないのか」と中 学生だった私は不満でした。高校を決めるときもチーム探しが大変でした。女子ジャンプを やっている人がいなかったのです。札幌の高校をあちこち交渉しましたが、断られました。 やっと小樽工業高校に受け入れていただきましたが、高1の時に前十字靭帯を損傷してしま いました。でも高校2年、3年の時は飛びました。小さい頃の「大倉山のラージヒルを飛び たい」という夢は高校生2年の時に実現できたのです。

私の場合は飛び続けるために、どこに身を置いたらよいのか、いつもそのことが問題でし た。今度は大学探しです。当時の北海道女子短期大学(現北翔大学)はスキー部はありまし たが、部員はクロスカントリーとアルペンの人ばかりでジャンプは男子もいませんでした。 私は最初の女子ジャンパー部員でした。


短大スキー部時代のことです。長野オリンピックのスキージャンプのトライアルで女子が飛 べることになりました。私は大いに期待したのですが、選考では私よりさらに若い女子選手 が選ばれました。私はがっかりして、「もうやめようか」と思ったものです。コインロッカー に練習用具を入れたまま、練習に行かない日がありました。スキー部の晴山先生に相談にも 行きました。

短大2年生のとき、女子スキージャンプの大会が初めて開催されることになりました。今ま ではいつも男子に混じって女子が数人という中でやってきた、今度は女子ばかりの大会とい うことが大きな刺激になりました。そして「ここで勝ちたい」と思うようになりました。

短大卒業後、どこに身を置いて試合に出たらよいのか、また探しまわりました。女子のス キージャンプという種目ゆえに悔しい思いもしました。5年前に、初めての女子スキージャ ンプチームがロイズコンフェクトにできました。ここでジャンプに集中できる環境と一般の 企業所属選手と同様のチャンスを得て、勝ち続けることができました。2007年の札幌のノ ルディック世界選手権には女子スキージャンプ種目が加わることを信じていました。しか し、札幌では女子ジャンプはありませんでした。次の2009年のチェコの大会を目指しまし たが、契約切れでチームを失いました。新しいチームを探そうとしましたが、それには結果 を出さなければなりません。今、所属する神戸クリニックにも断られました。もう選手生活 はダメかと思いました。そんな時、チームを探しまわっている私のことをメディアが取り上 げて「がんばる人」として紹介してくれました。神戸クリニックの理事長さんが、たまたま その報道を見て「まだ決まらないのか」と言って受け入れてくれました。

長野のジャンプ台で転倒し、一週間、集中治療室に入ったこともありました。国内の大会だ と飛べるのに海外の大会だと飛べない。海外の大会だと飛びたいという思いが強くなりすぎ てしまうのです。それに、これまでは試合、試合、試合と重なった後に大きな大会という具 合でした。2009年のチェコの大会の時は、早く現地入りすることができました。外国チー ムの選手といっしょにトレーニングして、本番に臨み、優勝できました。そして、この年 に、少女時代のあこがれだった大倉山の大会を飛んで選手生活を引退しました。

質議応答

望月 選手として生活し続けるのは大変なことです。多くの選手が困難の中で競技生活を続 ける気持ちを失っていくのが現実です。山田さんはどのようにして、選手生活を続ける気持 ちを持ち続けることができたのですか。

山田 私の父はアルペンスキーのインストラクターです。私は最初からスキーをするという 環境の中で育ちました。一方で、スキー以外の様々なスポーツ、どこででもできるスポーツ も多くやりました。でも一番大きな理由は「空中に浮くのが楽しかった」からでしょう。

山田いずみさん 主な競技成績

2002年、2003年、2005年、2006年、2008年:全日本選手権大会優勝。2007年:FISレディースコンチネン タルカップ(AUT) 3位。2008年:FISレディースコンチネンタルカップ(AUT) 3位、2位、(JER) 2位、FISプレ世界選手権チェコ 2位、7位、・・・・2009年ノルディック世界選手権チェコ 優勝 等


公開シンポジウム

「バンクーバーオリンピックメダル獲得に向けて」

シンポジスト  夏見 円(JR北海道スキー部)  石田正子(JR北海道スキー部)

       岡本英男(全日本スキー連盟クロスカントリーチームヘッドコーチ、JR北海道スキー部)

コーディネーター 小林 規(北海道教育大学教授)

日本のクロスカントリーチームは、近年、世界で目覚ましい活躍を始めている。2008年、W杯ストックホル ム大会で夏見円選手がスプリント・クラシカル3位、日本人として初の表彰台へ。2009年、W杯トロンハイ ム大会では石田正子選手が女子30kmクラシカルで3位、こちらも長距離種目で日本人初の表彰台へ。JR北 海道スキー部に所属するお二人と、岡本英男コーチをお招きし、小林規氏の司会でシンポジウムが始まった。

小林 皆さんの子どもの頃のスキーについて話していただけますか。

夏見 最初、網走の少年団で陸上を始めました。陸上をやる子どもたちの冬のトレーニング はスケートでした。秋になった頃、ローラースキーをやっている人たちを見て「どうして私 はローラースキーをやらせてもらえないの」と聞きました。小2の頃、「クロスカントリー ならローラースキーもできるよ」と言われて「私も」と始めました。

石田 美幌町の私の小学校は複式授業の小さな学校で、全校生が夏はマラソン、冬はクロス カントリ−で体力づくりをしていました。

小林 今でもそのように体力作りをしていますか。

石田 それが、閉校してしまいました。残念ですが・・・。

岡田 私も十勝の新得町でスケートをしていました。スケートが盛んな所で、なかなか勝て ない。そこでクロカンで勝とうと思い、地元のクロカンスキー部に入りました。高校時代は 100km離れた和寒(あっさむ)高校に下宿から通いながら練習しました。当時、まだ知名 度は高くはなかったのですがノルディック、複合の強い選手を出している高校にいわば留学 したわけです。

小林 強いところに移り住んで強くなったというわけですね。不景気で企業チームが減って いる中、JR北海道スキー部は100%道産子部員で注目を集めています。

夏見 私は関西の企業に3年いてから地元に帰ってきました。再び北海道の大地を踏んだと いう気持ちです。

石田 JR北海道は小さい時からなじんでいた企業です。

岡本 1987年に国鉄が民営化する前からスキー部がありました。1972年の札幌五輪にも出 場しています。もともとスキー部員は男子選手で一番多い時で4人。部の目的も社会人、社 員としての人格形成を掲げ、仕事がメインと考えられていました。仕事の空いた時、日本一 をめざしてトレーニングしていましたし、選手が自分たちでプレイング・マネージャーを やっていました。2003年に石田選手、その後に夏見選手が加わってからは世界を目指すよ うになりました。世界を目指すのであればトレーニングが大事。大所帯ではありませんが


コーチはコーチ、監督は監督ときちんと体制を整えました。会社からも大きな声援をいただ いています。

小林 それが現在の大活躍につながっているのですね。クロスカントリースキーは走法でク ラシカルとフリーがある。近年、これまでのディスタンスに加えスプリントが種目に加わっ たことで何か変わった点はありますか。

岡本 スプリントはソルトレイク五輪からです。もともとクロスカントリーは交互に手脚を 動かしてクラシカルスタイルで長い距離を走るものでした。そこにスケーティングが入りス プリントが始まったことで新しいタイプの選手たちが活躍するようになりました。

夏見 大学1年生の時、初めて世界の大会に出て、世界の強さを感じました。日本で勝って いたのとレベルが違うと・・・。それがクラシカル・スプリントで11位になった。まさか 自分が10番台になるとは思っていなかった。当時はスプリントが始まったばかりで戦略も ない、なにしろ1.5kmを速く走る。11位になったことをきっかけにディスタンス中心から スプリントにも気持ちを入れるようになってきました。

小林 私は、夏見さんはスプリントのために生まれてきたのかと思っていました。

夏見 今は、スプリントができてよかったと思っています。でも当時はそこまでスプリント のことを思っていたわけではなかったのです。

小林 次は石田選手のリザルトです。たくさんのよいリザルトを重ねてきていらっしゃいま す。今年、W杯トロンハイム大会で、女子30kmクラシカルでディスタンス種目では日本 人初の表彰台に立たれました。30kmクラシカル、これはマススタートですね。どのへんで いけると思われましたか。

石田 最後の3kmくらいです。そこまではまわりの選手がまだ手の内を見せていないのか と思っていました。そこから私がペースを上げたのですが、まわりの人がついてこない。こ れはいけるか、と思いました。

小林 夏見選手、石田選手はお二人ともジュニアの選手時代から約10年、成績を積み上げ ていらっしゃった。その成果をこれからビデオでご覧いただきます。2009年世界選手権リ ベレツ(チェコ)大会。チームスプリントで4位になった時の模様です。テレビ解説は今井 さん。

小林 この映像はご覧になりましたか。4位。日本で私たちは盛り上がって見ていました。 ワックスのことも登りを重視するか、下りを重視するかで違ってくると思うのですが、日本 は下りが速かったですね。

世界選手権リベレツ大会で4位になった時のビデオを見る、右から岡本英男コーチ石田正子選手、夏見円選手。


岡本 当日はワックス選びが難しい雪質でした。外国チームもスキーを滑らせるのがよいの か、止めるのがよいのか悩んでいたようです。登りか下りかどちらかだけでもワックスが優 れていればもうけもの、といった状況の中でワックスマンがよく選んでくれました。それを 選手たちがよく使っている。

夏見 1周目からスキーが走っているという感じがして、2周目の下りではかなりのスピー ドで抜くことができた。まだ体力もあり、よいポジションに乗っていけた。しかし、3周目 はポジションがとれず、下りでも2周目ほどのスピードが出せなかった。

石田 私は1周目では、予選の時にリザーブしておいたスキーを履きました。しかし、下り での滑りがよくないと感じたので、「予選で使ったスキーに替えて」と言いました。ビデオ の中で2周目の登りで「少し遅れましたね。」という解説が入りましたが、実はそこは少し 力を抜きながら「よく滑るので下りで抜けるだろう」と思っていたところです。ワックスマ ンからも、登りは少し滑りやすいだろうが、5kmあるから力でカバーできるだろうと言わ れていました。

小林 スウェ−デンやイタリアの選手は下りで日本選手に抜かれては登りで抜き返すという 苦しいレースでしたね。

石田 イタリアの選手は前日の優勝者です。私たちのワックスマンはイタリア人ですが、イ タリア選手が「登りで抜いても下りで抜かれる、苦しかった」と言っていたそうです。

夏見 登りの時は、下りで抜ききれる範囲でスピードをコントロールして力をたくわえてお く。自分が下りで抜かれることもありますが、その時は「抜かれても冷静に、また抜き返す。」

小林 先ほどのご本人たちの話では、あのレースは上位チームの中にワールドカップ金メダ リストが6人も入っていたのだそうです。クロスカントリースキーは、脚の長い外国人選手 に有利だとか、スキーが生活に密着した北欧にはかなわないとか言われてきた。クラシカル ではかなわないからと、スケーティングでとっていた時期もあった。しかし青木選手、佐々 木選手、今井選手たちが世界の壁を破ってきたトレーニング方法の積み上げがあり、スプリ ント競技に適応したトレーニングの工夫があり、それを信頼して練習してきた成果と選手の 特性を活かしたワックススタッフの工夫が、このような結果に結びついたのではないかと思 う。選手の皆さんはどう思いますか。

選手 ・・・。

小林 なんで速いのかわからないところが神秘的ですね。夏見選手、プリントのトレーニン グはディスタンスのトレーニングとどのように違うのでしょうか。

夏見 キーワードはベローチェ、つまり速く。2005年までは30秒とか1分とかのスプリン トを反復15本、20本とやっていました。しかし本番の大会では予選から決勝までスプリン トを1日で4本走り、全体で3〜4時間はかかる。その間のリカバリ−もトレーニングする 必要があります。2006年からは長くてゆっくりのディスタンストレーニングも多めに入れ るようにしています。そしてミディアムレベルの10分〜15分のトレーニングを入れた後、 ベローチェといっている大会レベルのスピードで5分間走ります。またリレーでは3分を4 本走るので12分走る能力も必要です。昨年は12分以上のトレーニングが増えた分スプリン トが削られた感があります。今年は両者のバランスを考えています。


小林 スプリントは石田選手も一緒に走るのですか。

夏見 スプリントといっても8〜9割の力でやっている部分もある。世界で活躍する選手は 最後の100〜150mをギヤチェンジしてスピードアップできる。また、自分のペースで走 るのは楽でも相手の後ろに付くと相手のリズムに合わせる必要がある。自分のリズムをわざ とこわして走る練習も必要かもしれない。

小林 有酸素系、乳酸系、無酸素系とそれぞれトレーニングするとなるとトレーニング時間 が増えますね。

石田 スピード練習を入れている分、全体の練習量は多くなっている。学生時代より練習で きていると思う。ただ時間にするとさほど長くなったわけではない。専門がディスタンスだ といっても、登りや下りがある。登りで乳酸を出して、下りで回復する必要がある。またマ ススタートが多いので最後の直線で競り合うことも多い。ディスタンス競技のためにもス ピード練習は必要だ。

小林 石田選手は負けん気の強さでも知られていますが、トリノオリンピックの時はリレー で第1走者の福田選手がトップで帰って来て、その後、石田選手が後ろの選手にスキーをか らまれて転倒しましたね。

石田 ええ。あの時は、実は後になってスイスチームのスタッフが「日本はこれからもスイ スの友人でいてくれるかい。」と聞いてきたそうで、私はそれを聞いて少しは気持ちがおさ まりました。今年の大会でもその選手が30秒前にいるのを私が追い抜いたら、下りのカー ブで攻めてくる。私は手を出して「ここで抜かないで」とサインを送りました。

岡本 日本チームは、これまで海外の選手を追いかけてきた。海外の声を聞いては、それば かりやる傾向にあった。しかし、彼女たちはきちんとした自分の方向性を持っている。ディ スタンス競技で勝つにはスプリントの練習も必要だし、スプリントにはディスタンスの練習 も必要だ。たいへんラッキーなことに、夏見選手、石田選手、それぞれがスプリントとディ スタンスで、互いにパートナーがいるという状況にある。お互いが日本のトップで戦ってい るという点で利があると思う。

小林 お二人のキャラクターが相まって成果をあげている。ただ体力ということだけではな く、スキーのセンスという点でも、本場のクロスカントリーの国と日本とが互角に競技でき るようになったのは嬉しいことです。

質議応答

川初 私は16年間、日本のノルディックチームのトレーニングドクターを務めました。当 時、日本はジャンプは明らかに強く、クロスカントリーは明らかに弱かった。今、青木選手 たちが作ってきた日本のクロスカントリーの流れが新たな歴史を作っています。北海道の大 地が産んだお二人の、バンクーバーでの活躍に、日本が声援を送っています。今日は、あり がとうございます。

夏見円選手・・・2008年W杯ストックホルム大会 スプリント・クラシカル3位、 2009年世界選手権大会 チームスプリント(夏見・石田)4位。

石田正子選手・・・2009年世界選手権大会チームスプリント(夏見・石田)4位。 2009年W杯トロンハイ ム大会 女子30kmクラシカル3位。


【ご案内】

第21回 冬季スポーツ科学フォーラム(冬スポ 10)

    金城学院大学

主催:冬季スポーツ科学研究会

1.会 期:2010年 3月12日(金)、 13日(土)

2.会 場:金城学院大学 W9号館408

   (〒463-8521 名古屋市守山区大森2-1723)

    アクセス:名鉄瀬戸線「大森・金城学院前」下車

3.実行委員長:袖山 紘(金城学院大学)

4.参加費: 一般 8,000円、 学生4,000円

5.懇親会:リリー・ウエスト(W7号館、懇親会費は参加費に含まれ ています。)

6.参加申込:下記事務局宛、メール(またはFax)で以下の情報をお 知らせ下さい。

1)氏名(よみがな)

2)所属(あれば)

3)連絡先住所

4)電話(携帯可)

5)Fax(あれば)

6)一般研究発表申込(する、しない)

7.一般研究発表申込:下記要領にて抄録を作成し、事務局宛メールでお送り 下さい。

・大きさ:A4判、1ページ以内

・余白:上下左右各々2.5cmの余白を取って下さい

・タイトル(副題):横書き、1段組、フォントはゴシックで 14ポイント以上をお使い下さい。

・演者:横書き、1段組、最初に演者(所属)、共同研究者(所属)、以下繰返し。

    フォントは明朝、11ポイントをご使用下さい。

・本文:横書き、2段組(段間7mm)とし、フォントは明 朝、11ポイントをご使用下さい。

・送付:マイクロソフトワードまたはpdfのファイルで、下記事務局宛 お送り下さい。

一般研究発表申込締切:2月15日(月)

[事務局]

住所:〒489-0863 南山大学総合政策学部 池上久子研究室内

  第21回冬季スポーツ科学フォーラム事務局(冬スポ10事務局)

  担当:池上久子、Tel  Fax:0561-89-2010(内:3578) 

  E-mail:tospo10@htc.nagoya-u.ac.jp

  URL:http://www.htc.nagoya-u.ac.jp/tospo10/

,


冬季スポーツ科学研究会

事務局 〒739-0041 東広島市西条町寺家4323

スポーツ健康科学研究所  渡部和彦  kazuwp@hiroshima-u.ac.jp

       会報作成  飯塚邦明 iizuka.kuniaki@gol.com  

                  電話048-874-3159