2016年6月

素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店6/2ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1監督/マイク・ファン・ディム脚本/マイク・ファン・ディム
珍しやオランダ映画。原題は“De Surprise”。allcinemaのあらすじは「母親が亡くなり、天涯孤独となったオランダの大富豪ヤーコブ。莫大な資産を寄付し、身辺整理をして、かねてからの願いだった自殺を試みる。しかしなかなか上手くいかず途方に暮れていたところ、ひょんなことからブリュッセルにある奇妙な代理店“エリュシオン”の存在を知る。そこではなんと、顧客のあの世への旅立ちを請け負っていたのだった。ヤーコブはさっそく、いつ、どこで、どのように死ぬかおまかせという“サプライズ・コース”を契約する。ところがその直後、同じサプライズ・コースを申し込んだ女性アンネと運命的な出会いを果たし、図らずも人生が輝き出す。しかしエリュシオンに延期を申し入れるも解約は不可とのこと。確実に迫る“サプライズ”から逃れるため、アンネとともに逃避行の旅に出るヤーコブだったが」
ヤーコブはなぜ自殺したかったか。あとから、父親の死が関わってると説明があるけど、そんなことで死ぬやつはこの世にそんないない。ほんとに死にたいやつは、母親を看取ってから死のう、なんてことはしない。なので、根本のところでいまいち説得力がない。これは、同じ自殺志願のアンネも同様で、自殺願望なのにあんな元気で快活じゃ、説得力がない。まあ、後半で、その理由は分かるけど、装うにしてもそれなりの演技が必要だろ。
なぜか自殺に失敗ばかりのヤーコブ、っていうのはギャグだけど、ああも失敗つづきなのは、ほんとうは死にたくないからなんじゃないのか? と疑ってしまう。で、そんなとき、ある崖で、男が老人を投げ捨てる現場を目撃…。それで自殺幇助会社エリュシオンの存在を知るんだけど、殺す方も殺す方で、人が見てるところで投げるか? いくらコメディでも。あの杜撰さを何とかして欲しい。それに、たかがマッチ箱のメッセージぐらいで自殺幇助会社と分かるか? それなら、警察も嗅ぎつけるだろ、とツッコミを入れたくなる。
マイカに好意を抱きはじめたヤーコブは、エリュシオンの社長にサプライズを延ばしてもらいに行くんだけど、断られる…というか、社長が席を離したスキにモニタを見ると、息子2人が銃の用意してるので、マズっ、てなわけで棺桶室に逃げ、ひとり棺桶倒してやっつけ、もう1人も撃ってしまう。おいおい。なんとか逃げだしてクルマで逃げるんだが、残りの息子2人が追ってきて銃撃。助手席のアンネと運転を代わって追跡車をやり過ごし…あれは、立体駐車場から落とした? そのあと、どうしたんだっけ。次は誰かの白いワゴンに乗って逃げるんだど。この間の経過をもう忘れとる…。まあいい。どっかのホテルに宿泊し、ヤーコブがケガしているのを知ると、アンネは救急用具でも借りに出たのか…。でも、息子2人に誘拐され…連れてこられると、社長と兄弟4人が待ち受けている。で、なんとアンネが店主の養女、って分かるんだが。この意外な展開を、アンネがサプライズ、と分かって見ると、ムリが多すぎる。
・延長を申し出たヤーコブを殺す必要がどこにあるのか。「不可」と断れば十分だろ。
・殺すにしても拳銃で殺す必要がどこにあるのか。面倒になるだけだろ。
・息子たちが義妹に向けて狙撃したのは、たんなる威嚇? それとも狙ったのか?
・息子たちの発砲を、アンネが「規則違反」とか叫んでいたけど、サプライズで殺す、という契約なんだから当然ではないのか。
・息子たちをまくために、ギリギリで列車の前を通過するか? 危険すぎるだろ。
・アンネがヤーコブと逃げる、というのは、社長=義父からしたら想定外のことだったのか? 織り込み済み?
アンネがエリュシオンの社長令嬢とは…。え! というより、なるほどそうきたか、な感じ。まあ、インド人に白人の娘じゃ、義理とはいえ親子とはフツー思うまい。
さてと。アンネはホテルに戻り、ヤーコブと同じベッドに寝るんだけど、セックスはしてない…のか? したような気配を感ずるセリフがあったような気がするんだが…。このホテルで、ヤーコブはアンネが拳銃をもってることに気づくんだったよな、たしか。狩猟小屋に行って、荷物を落としたときに銃を発見、だっけ? それはさておき、すでに息子たちに見張られているのは、アンネが通報したから? それとも、息子たちの探索力が優れているから? 息子たちに見張られているのを見越してか、アンネはヤーコプを殺したフリをして、ぐるぐる巻のヤーコブをワゴンに乗せる。追う兄弟たちを、またもやまいてオフィスに戻ると、ヤーコブはいない…。まいたとき、降ろしたんだな。あれ? アンネは息子たちと一緒にオフィスに行ったんだっけか? 列車の前を通過、はこのときだっけ? 忘れてる。
もう、アンネはヤーコブを救う気持ちいっぱいだし、ヤーコブも同様。ってことは、やっぱり、まぐわったのかな、ホテルで…。
そういえば、ヤーコブは自殺にあたって屋敷を売却する予定で話を進めていたけど、それをストップする。というのは、あれは、狩猟小屋でアンネと話してるときに決意したんだったな。それでヤーコブは弁護士に電話して屋敷の売却のキャンセルを命じるが、どうも弁護士は売却して手数料をいただくつもりで、無視…するんだけど、あの弁護士、フリーではなく社員みたいだったよな。そんな立場で顧客の命令を無視できるのか? よく分からん。
それでもなんとか売却は阻止し、弁護士はクビ。「死にたいのは彼の方よ、きっと。そのうちうちに依頼にくるわ」みたいなセリフをアンネがしゃべっていたような気が…。でも、この辺りになると結構、省略部分が多くて、なんか勢いで見せていく感じ。ちょい残念。
最後、エリュシオンの社長にいわれるんだっけか。契約破棄するなら娘と結婚するのが条件、とかって。で、初仕事は何と、かつて雇っていた庭師のアパートで。部屋の中は荷物がいっぱい…。さてどうするんだ…って戸惑ってて、ちょっと席を外して戻ってくると、酒を飲んでもう息絶えている。あれは、毒か? 庭師は知らずに飲んだ? 仕込んだのは4兄弟かアンネ? だよな。というエピソードがあって。あれがどうも、ヤーコブの初仕事になるらしい、というオチが付いている。ってことは、お城に住む貴族から、自殺幇助会社の社員になって、夫婦で人殺しの手伝いをする、というわけか。なるほどね。
まあ、話自体がブラックユーモアだけど、死にたい原因が、やっぱりイマイチだな。庭師の場合も、長年連れ添った老妻が亡くなったからで。でも、そんなことで人は簡単に死にはしないよ。
・坂を下る暴走トラックは、あれは仕込み? 本物? 仕込みなら、なぜ失敗? 本物だとしたら、なぜアンネは逃げないのか?
・アンネはこれまで何人も見送って…いや、送ってきたんだよな、きっと。
オオカミ少女と黒王子6/2MOVIX亀有シアター9監督/廣木隆一脚本/まなべゆきこ
allcinemaのあらすじは「高校1年生の篠原エリカは、本当は恋愛経験ゼロなのに、友だちに見栄を張って彼氏がいると嘘をついてしまう。信じてくれない友だちを納得させるため、街で盗撮したイケメンの写真を彼氏と言い張り見せつける。ところが、そのイケメンは同じ学校の生徒で、女子から“王子”と呼ばれ絶大な人気を誇る佐田恭也だった。追い詰められたエリカが恭也に事情を説明すると、なんと彼氏のフリをしてくれるとのこと。窮地を脱して喜んだのも束の間、恭也の正体は俺様発言を連発する腹黒でドSな“黒王子”だった。以来、恭也の犬として絶対服従を強いられる暗黒の日々が始まるエリカだったが」
シナリオとか編集とか、ムダにオーソドックスすぎる感じ。そのカット要らんだろ、もっと飛ばしていいだろ、とイラついてしまった。もっとテンポよくしなきゃ飽きてくる。そもそもこれ、基本は学園ラブコメだろ? 実際、我慢しきれず、1時間過ぎに気を失って、10分余り寝てしまった。廣木隆一は『さよなら歌舞伎町』の監督らしいが、あれはよかったけどこれはダメだ。そもそも話がつまらなすぎて退屈。2時間も要らん。せめて80分ぐらいにしてほしい。
なんでこの映画を見たのか。そもそも中身には興味がなくて、この手の映画で二階堂ふみがどんな演技してるのか、が気になったから。結論は、ラブコメに二階堂ふみは合わない、だな。彼女には知性がありすぎる。学園の、顔だけいい男子に恋するキャラじゃない。
だいたい、学校で仲間はずれになるのが嫌だから仲間に「彼氏いる」ってウソつくって、アホか? それもクラス一の彼氏自慢のおちゃらけたグループに入ってる、っていう時点で、変だろ。そういう仲間が欲しい、維持したい、と思う時点で、バカ女だろ。あるいは、イケメン男子とお友達になりたかったのか? どーもそういう風には見えない。なので、そもそもの設定からして不自然。
主人公の篠原エリカ(二階堂ふみ)と、中学時代の友人、さんちゃん、ともに、両親がでてこない。これは変。後ろ姿とか声だけでもいいから登場させるべきだな。さんちゃんの所には弟2人?がいるようだけどけど、あんなの邪魔なだけだ。
メガネの日下部くんが気の毒。奥手でマジメで、でも篠原エリカに思いを寄せている…。でも、最後には篠原エリカと佐田恭也は結ばれてしまうから、当て馬的に登場させられてるだけ。彼の目はないのか? 佐田君より、日下部君の方が、長い目で見てアタリだと思うけどな。という意味からも、篠原エリカの男を見る目は節穴だ。ついでにいうと、どうせ振られる存在なら、もっとフツーな感じの兄ちゃんにすりゃいいのに。メガネとったら美形じゃつまらない。そもそも、二階堂ふみが、可愛いだけのキャラじゃないんだから。バランスが取れない。そういうリアルをもっと忍び込ませれば、よくある学園ラブコメとは違うものができたはずなのに。ひと癖もふた癖もある二階堂ふみなんだから、ほかのアイドルと同じことをやらせてももったいないだけだよな。
・だいたい、学園一のイケメンで、女の子同士の間で「佐田君は見るだけ。それが掟よ」なんていわれるような佐田君。女に不自由していないのかと思いきや、誰ともつき合っていないというのは、どういうことなんだ? で、どういう風の吹き回しで篠原エリカの嘘につき合って、恋人ごっこをしたりしたのか、がよく分からない。両親がどうたらで一人暮らしで、姉もいるけど別れて暮らしていて…な設定だけど、もうちょい人物設定を練り込むべきではなかったのかね。だいいち、そんな彼が校内を歩いていても、だれも振り返らないし、寄ってもこない。このあたりの描き方も問題だろ。
・エリカがこだわった仲間は、彼氏とセックスも当たり前なバカ女ばかり。こんなグループにどうやって潜り込めたのか? そのあたりも、よく分からない。
・意味の分からないロングショットが頻出する。もちろん2人が会話しているのに表情も分からない。どういう意図なんだ? たんに変わったことやりたいだけじゃないのか?
・配給はワーナー。ワーナー配給の映画は、つまらないのが多いよな。
・教室のシーンで、ぶちっ、と音がして、映像も少し歪んだか? トラブルか? SEではないよな。で、終映後、出るとき、スタッフが謝りつつポップコーン引換券を渡していた。まあ、客は12、3人だったから、たいした被害ではないだろうけど。これ、200人とかになったら、たいへんだよな。
ヒメアノ〜ル6/07ヒューマントラストシネマ渋谷シアター2監督/吉田恵輔脚本/吉田恵輔
allcinemaのあらすじは「ビル清掃会社でパートタイマーとして働くお人好しの青年・岡田は、夢も希望もない退屈で孤独な毎日を送っていた。ある日、職場の風変わりな先輩・安藤にキューピット役を頼まれ、彼が思いを寄せるユカが働くカフェに向かう。するとそこで高校時代の同級生・森田正一と出会う。かつて酷いイジメに遭っていた森田だったが、すっかり別人の雰囲気になっていた。そんな中ユカから、森田が店に現われるようになってから、彼女の周りで妙な出来事が起こるようになったと聞かされる岡田だったが」
前半はクスクス笑いが出るほど、ほのぼのコメディタッチなんだけど…。おおおおお。なんという展開…。予告編はチラッと見てしまっていて、女の子に惚れられる濱田岳=岡田役というのと、人を殺すような展開がある…というようなことまでは分かっていて。人殺しの件は、知らなければ、もっと仰天したかも知れない。それにしてもなかなかのインパクト。とはいいつつ、犯人が基地外だという設定は、これはよくあることなので、あまり成る程感がないのが残念なところ。
前半だけ見ていると、後半のことが想像つかないほどに脱力系な話で。何の趣味もなくバイト生活をつづけている岡田と、変わり者過ぎる先輩・安藤のかけあい漫才を見ているよう。セリフが面白くて、飽きない描写がつづく。その安藤が出会った運命の天使ちゃんがユカで、「金髪野郎(=森田)が、ユカをつけまわしている」と、岡田はその身辺調査を頼まれる。
森田は岡田の高校時代の同級生で、「俺たちは底辺。抜けられない」と、岡田に居酒屋で漏らす。と、このころは、ひねたやつ、という印象。さらに、ホテルで働く和草とその彼女が別の話として語られ始める。和草も高校の同級生で、森田から金をたかられている、という設定。
そんななか、岡田がユカに安藤の気持ちをつたえると「私が好きなのは、岡田君」とかいわれて困ってしまう…。とまあ、このテンションで全編オトボケタッチで最後まで行っても十分に満足できるデキな感じがする。しかし、とんでもない方向にズレ始める。
その根は高校時代のいじめにある。河島と仲間が森田と和草をいじめていて、でも、卒業時に森田が逆襲。和草も巻き込んで撲殺してしまっていたという話が…。なるほど、それで森田は和草にたかっていた、というわけか。
ここから裏の話がどんどんエスカレート。いったんは自首を決意した和草を恋人が引き留め、森田を殺そうという話になるんだが、父親がホテル経営者でその息子の和草は、将来の夫として魅力的だったということなのか。それとも、男女の関係がそうさせたのか。女はコワイ。でも、呆気なく森田に逆襲される。森田の殺人はこれで計3人。さらに通りがかりの女性を襲って計4人。このとき、女性の下着を脱がせるとナプキンが付いている、という細かな設定へのこだわりがなかなか。
民家に押し込み、妻を殺してカレーを食べているところに夫が戻ってきて…。計6人。翌日(?)か、警官がやってきてこれも片づけて計7人。ユカの家を訪れ、ドアを蹴飛ばしていると隣人に「越した」といわれ、隣人を監禁して射殺し、計8人。そして、安藤にも銃弾を浴びせるんだけど、これは重傷で住んだ模様。で、最後はユカのアパートを訪れて襲うんだけど、岡田がやってきて、逃亡するとき近くに停めていたクルマの男性をグサリで計9人。とまあ、どんどんエスカレートしていく過程が、生々しいというより呆気ないぐらいに気軽に殺していく。
頭の中に声が聞こえたり、森田は精神異常、という設定のようだ。この流れは海外映画でよくあるけど、犯人は異常者という短絡的な決めつけは気になる。精神異常者の犯罪発生率は、正常者と変わらないのだから。
のではあるが、彼の発病は高校時代のイジメにあった、と示唆するようなところもあったりして侮りがたい。たとえば、河島らに強要され、教室内での衆人環視下でのオナニーさせられたこと。犬の糞を食わされたこと…。こうした恨みを晴らすように、河島の死骸に向けて、森田はオナニーするシーンがある。こうした抑圧によって森田が精神を病んでいった、というのは、精神病理学的に正しくないとしても、まあ、そういう解釈ができるような余白を残している感じ。
もうひとりの異常者、安藤。ふられてもなお諦めない前向きな脳天気さは、これまたコワイ。こんな安藤を尻目に、いけしゃあしゃあとユカとつきあい始める岡田は、まあ、ありがちな感じかな。だって、女の子の方から告白されて、嫌とは言わんだろ。むしろコワイのはユカの方。セックスの相手として、あるいは、もうそろそろ結婚相手に、なのか知らないけど、岡田はまんまと絡め取られてしまった感じか。まあ、目の前にオッパイぶら下げられたら、童貞君はついふらっとなるでしょ。それを見込んでの、カワイイ顔をした悪魔な感じがユカからは漂ってくるんだよなあ。しかも、岡田に問われて、いままで10人ぐらいの男とセックスした、とか元彼がどうとか、平気で言ったりする鈍感さ、というかおおらかさも、やな感じ。
最後は、岡田を人質に小型車で逃走するんだけど、白い犬を避けたせいで何かに衝突したんだっけか。警官に取り押さえられた森田の右足は膝から下が無残で、でもそういえば、岡田も森田に下肢を刺されていたような・・・。てな案配で終わっていくんだけど、事故後の森田の頭の中は高校生に戻っていて、岡田と一緒にゲームをしている記憶が蘇っている。庭には、白い犬。「岡田君、またゲームしよう」とかいうような言葉を、岡田に投げかけるんだったか。
サイコな殺人者に引っかき回されただけ、ではあるけれど、森田に凶暴性が付加されたのはもしかしたらイジメのせい、なのかも知れない。だとしたら…と、考えると、哀しいものがありすぎる。
はたして、岡田とユカは、これまで通りつきあっていけるのか。安藤さんは、回復して、フツーになることはできるんだろうか。というより、再び仕事ができる身体になるんだろうか。それぞれの、いろんな思惑なんて、ひとりの異常者によって簡単に壊されてしまうのだよ、な話であった。
ただひとつ、森田がユカに執着した理由がよく分からない。欲望から? といっても、その背景はまったく描かれていない。ここが、この映画の突っ込まれどころかも知れないな。
・岡田のことを、何度も岡村、と呼び違える安藤の頭はどうになっているのかね。他人のことなんて、関心がないのか。特定の人に関しては、敏感すぎるぐらいなのにね。
・居酒屋での、安藤、ユカの友人のデブ娘なんかの、ズレまくる会話とか秀逸。おしゃべりデブ娘は、なかなか存在感があったし。
・森田が和草と彼女を撲殺する場面と、岡田とユカのセックスシーンが交互に描写されるシーンは、よくある表現ではあるけれど、なかなか効果的。 ・公園で、ユカと岡田の様子を覗いていた安藤がズッコケて。突然の安藤の登場にユカが悲鳴をあげると、安藤もまたひぇー! と悲鳴を上げるシーンは大笑い。なんだけど、すでに裏で森田の殺戮が進行中なので、もう、コメディになりにくいのがもったいない。あれ、前半にあったら、場内大笑いだろうに。
フェイシズ6/9キネカ大森2監督/ジョン・カサヴェテス脚本/ジョン・カサヴェテス
原題は“Faces”。Movie Walkerのあらすじは「結婚後14年が過ぎ、夫婦関係が破綻しかけたリチャード(ジョン・マーレイ)とマリア(リン・カーリン)は、ある日決定的な諍いを起こし、互いに別々の夜を過ごす。リチャードは美しい高級娼婦ジェニー(ジーナ・ローランズ)と、マリアは友人たちと行ったディスコで出会った青年、チェット(シーモア・カッセル)と。翌朝マリアは衝動的に自殺を図り、チェットに救われるが、夫が帰宅し、チェットは逃げ出した。家には2人だけが残され、深い沈黙が夫婦を包みこんでいくのだった」
その人物がどこの誰で、相手はどういう関係で、といった人物の掘り下げとか背景、さらに、なぜそういう行動をとるのか、何を感じどう反応したのか、というようなことをキチンと描くのが映画だと思っているので、この手の映画は苦手。実験映画の類なら、そういうのもありだろ、と思うけど。でもカサヴェテスの映画は、地の文とか修飾語なんかが省略されて、セリフと動詞だけで進行するところがあって、しかも、セリフも機能的ではないので、その場の状況は分かるけれど、よってきたる背景までは分からないのでイライラする。イライラもだんだん飽きてくると退屈になり、飽きてくる。他人の感想を読むと、非ハリウッド的とか書いているけど、ハリウッド的でない映画はいくらでもあって。要は、映画の文法を無視したやり方というか、実は大した話でもないような出来事を、あえて分かりにくくして、たいそうなモノであるかのように見せているだけ、だったりする。だから、起こっていることを延々描写されても、背景が分からなければどう理解してよいのか分からないので、こちらも考えることをやめたくなるからだ。勝手に想像しろって? やだよ。
画面が粗いとかピンが合ってないとか長回しとかは別にいいんだよ。手法だから。そうじゃないところに、本質的な間違いがある、としか思えない。
この映画も、要は倦怠期の夫婦があって。家ではは仲のよさそうな夫婦を装っているけれど、亭主は外で女を買ったり(ということになるのか?)友だちと遊んだりしている。妻も同じようなもので、欲求不満な奥様連と若者が集まるダンスクラブに出かけていき、若い男を家に連れ込んでセックスしたりしている。ああ、しょうがねえな、というだけの話だ。フツーに描いたらどうしようもないほどつまらない話を、↑のような表現スタイルで、説明を省き、監督自身が判断することをせず、出来事をそのままに放り投げ、観客の勝手な想像に任せる、ということで、斬新、というように見せているだけのこと。たいしたことはない。
つまらないし、分かりにくいので、飽きてくる。なので10分ぐらい寝た。
・最初の場面は、会社のシーン? ドキュメンタリーっぽい感じでリアリティはあるけど、なんだかよく分からない。
・リチャードと友人が、ジェニーの家にしけこんで大騒ぎ、なんだけど、2人は彼女が娼婦と知ってるのか? 長い付き合いなのか? 会ったばかり? さんざん騒いで、友人がジェニーな「いくらだ?」ときくと、場が凍りつくんだけど、これまた「?」で、では娼婦としてではない付き合いをしているのか? ジェニーはリチャードに気があるようだけど、それは商売ではなくて? とか混乱する。
・リチャードが家に帰ると奥さんマリアと身体を触れあわせて仲好し夫婦ぶり。マリアは「ベルイマンの映画をやってるけど、これから行きましょう」とかいうんだが、いったい何時だ? したたか飲んでジェニーのところで時間をつぶして家に戻って、9時や10時ということはあるまい。10時以降に始まる映画館ということか? それにしたって…。
ここででも、言い合いになるンだっけか? 家をでる宣言をするんだったか。ジェニーのところにいくんだよな。あれ? どっかの会社の部長みたいのと、その彼女みたいのと出くわすのは、このあとだっけ? っていうか、何時だよ。っていうか、あの2人はジェニーの客? どいういう?
というわけで、時制についても無茶苦茶で。ひと晩のことなのか、そうではないのかも、分かりにくい。
まあとにかく、マリアは奥様連とクラブみたいなところに行って男を引っかけて帰るんだけど。あれは、あの後のできごとなのか? それとも1日ぐらいおいた別の日のことなのか? 夜中に電話して、さあ行こう、なんてなれんだろ。で、奥様連の1人に欲求不満のかたまりみたいなオバチャンがいて、これが結構な不細工なのは、意図的なんだろうな。とはいえ、4人とも並な感じで美形がいないというのも意図的なんだろうな。
で、2人は先に帰り、酔っ払ったオバチャンは若い男(22歳だっけ。老けた面だ)が送っていって、もどってきた男とマリアがセックスしてしまうんだが。その翌朝、倒れているマリアを男が発見して。なんとか吐かせて蘇生させる。睡眠薬を飲んだかとかで、あれは自殺未遂? ということなのか? そんな風には見えないし、動機もわからない。というところにリチャードが意気揚々と(ジェニーと一発やったから?)もどってきて、それに気づいた男は窓から逃げるという、典型的な感じがアホらしい。
のあと、リチャードとマリアは、階段で煙草を吸い、互いに語らず…なところで終わるんだけど。ぜーんぜん意味がよく分からない。妻が不貞を働いたことに罪悪感、で自殺? そういうモラルだったのか? 妻の不定を知って亭主は苦虫面。でも、自分だって…。と思うけど、それは棚に上げて、妻の不定は許せないという時代だったのか? ううむ。
・家の中に額がたくさんあるね。
・1968年の白黒映画。画質が粗いのは16mmのブローアップなのか? 感度を上げているからああなるのか? ところどころザラつきのない画質になるのは、35mmにしてるから?
・結婚14年 夫は48歳?というわりに、夫は爺さん面なんだよな。
・アカデミー賞の助演男優賞、助演女優賞、脚本賞にノミネートだと。信じられん。
ラヴ・ストリームス6/9キネカ大森2監督/ジョン・カサヴェテス脚本/テッド・アレン、ジョン・カサヴェテス
原題は“Love Streams”。allcinemaのあらすじは「ロバートは離婚歴のある、現代人の孤独や愛を描く人気作家。次回作を書くためハリウッド郊外の家に秘書や若い女友達らと奇妙な共同生活を送っていた。姉のサラ(ローランズ)は15年連れ添った夫ジャックと離婚に踏み切り、一人娘の養育権をめぐって協議を重ねていたが、娘は母との同居を拒み、彼女は発作を起こしてしまう。精神科医に勧められ出かけたヨーロッパでも憂さは晴れず、姉は久々に弟を訪ねる。その頃ロバートは、先妻との子アルビーを預かるが、実の息子にどう接するべきか皆目分からないでいた。留守を姉に頼んで、息子とラスベガスに向かったロバートだが、彼を置いて街に繰り出してしまい、翌朝になってホテルに帰ると、息子は母に会いたいと泣き叫んだ。早速、先妻の所へ出向いた二人だが、彼女の現在の夫にロバートは手ひどく殴られ、落胆し家に帰る。一方、サラは初めて自ら異性を求め出かけたボーリング場でケンという若者と出会い、明るさを取り戻すが、娘からの電話でまたも傷つく。彼女は電話口に夫を呼び出し尋ねた。愛は流れ続けるものか、と。そこへ割り込んだロバートは義兄をなじる。翌朝、目覚めた彼の見たものは大量の猛獣や珍獣。潰れた動物園から姉が買い取った動物たちだ。明らかに姉の様子はおかしい。が、その夜、大雨の中、ケンと共に家を出ていく彼女を彼は引き止めることが出来ないのだった」
なんだかわけが分からん。時制も変だし、つながりや展開もぎくしゃく、ぶつ切り。なので、実子の男の子を預かった、その後ぐらいで寝てしまった。気づいたら、男の子が「帰りたい」とどっかのホテル(?)で騒いでいるところで。それじゃあと昔の彼女のところに連れていくと、その彼女の現亭主にボコボコにされる…というところで、なんか見たことあるな、この映画…と気がついた。つまり、他のところはまったく覚えてない、というわけだ。その後、サラがタクシーに動物を乗せて連れ帰った場面で、タクシーの窓にカメラマンやスタッフがデカデカと映り込んでいる! ので、はっきりした。これは見たことがある! しかし、本筋ではなく、そんなところで記憶しているなんてね。さらに、サラが元亭主に、ケチャップと辛子をひっかける…といっても黄色と赤のヒモが出る仕掛けなんだけど…というのも、なんとなく記憶にあった。
調べたら、2013年4月に見ていたのだった・・・。感想も、そっちのを読んだけど、概ね同じだ。家の中に額がたくさんあるけど、多くは写真かな? 絵もあったけど…ぐらいが、前回書いていない感想かな。
ディーパンの闘い6/10ギンレイホール監督/ジャック・オーディアール脚本/ジャック・オーディアール、ノエ・ドゥブレ、トマ・ビデガン
原題は“Dheepan”。フランス映画。allcinemaのあらすじは「内戦が続くスリランカ。妻と娘を殺され、戦う意味も失った元兵士のディーパン。難民キャンプで一人の女ヤリニと出会う。単身よりも家族のほうが難民として受け入れられやすいということで、2人は母を亡くした少女イラヤルも加え、家族としてフランスへ向かう。やがて、どうにか難民審査をパスした3人は、パリ郊外の集合団地に移り住む。そこで、団地の管理人の職を得たディーパンは、秘密を共有するヤリニ、イラヤルとともに、嘘がバレないよう、慎重に家族のフリをし続ける。それもこれも、ただ平穏な暮らしを願ってのことだったのだが」
内戦の経緯を調べると、利害争いが原因と分かる。そういえばルワンダの内乱も、民族と利害関係だ。これだから後進国は、ってバカらしくなる。どっちが正しいではない。どっちもバカとしかいいようがない。自分たちの利益になるようなことばかりしていたら、いつかは復讐される。その連鎖は とまらない。他者に対する配慮ってものを、もてないものなのかね。と、思ってしまう。
で、偽装家族がフランスまでやってくる話なんだけど、フランスの入国審査のところがちょっとでるだけ。ヤリニは、「パスポートの写真(すでに亡くなった女性のパスポート)に似てない、痩せろ」なんていわれてるのに、難関を通過してフランス入国。最初は狭いところで3人生活していたけど、どういうツテなのか、共同住宅の管理人という仕事が舞い込んで、3人で列車に乗って行ってみれば…。という話なんだけど、入国の関門をくぐり抜ける経緯とか、フランス語もできないのになぜに管理人の職が得られたのか、のほうに興味があるんだけど、そういうところは描かない。なんか、残念だね。
で、難民の話のつもりで見ていると、どーも違う。なんだかんだ言いながらも、ディーパンは管理人の仕事に慣れていき、フランスに住んでもいい、と考えている。でも、ヤリニは、従姉妹のいるイギリスに行くのを目的としている。9歳のイラヤルは、偽装両親に愛されていないこと、フランスでなかなか友だちができないことに悩んでいる。とくにヤリニが身勝手で、イギリスへは1人で行くつもりでいる。言葉のできないディーパンは、ヤリニとイラヤルが頼みなので、それは困る。イラヤルはヤリニに「私の両親は殺されたの。だから母親のように私を愛して」と頼むのだけれど、ヤリニは「子供をもったことがないから分からない」と素っ気ない。「でも兄弟はいるでしょ?」「弟がいる」「だったら弟に対するように接して」と言うのだけれど、ヤリニはその気がまったくない。なんだこの女、って思うよなあ。これはもう、難民がどうのこうののレベルではなく、個人の資質の問題だろ。さらに、仲間に入れてくれない同級生に暴力を振るったりして、イラヤルも問題児。これも、難民と関係ないよな。
という難民の状態はさておき、この団地のある棟にはギャング団が巣くっていて。そこの清掃もディーパンの仕事になっている。さらに、そこのボスの父親なのか? 痴呆気味の親父の世話を、ヤリニが任される。どーもなり手が少ないらしいんだが、なにせギャング団の巣窟の中だからな。それでも月に500ユーロに目がくらみ、始めるんだけど。銃撃事件があったりで怖くなり、ヤリニは逃げてしまう。それでも、またきてくれ、と言われて行くんだけど、出入りがあって親父とボスが撃たれてしまう。
瀕死のボスはヤリニに「亭主を呼べ」というんだけど、この頃、ディーパンはかつての反政府軍の大佐とかいうのに呼びだされ、「軍に武器を。だから、金をよこせ」とか言われて悩んでいるところだった。ディーパンとしては、戦いは負け。故郷を捨てて欧州へ、のつもりだったのに、かつての亡霊に捕らわれるようになっていた。でも、ヤリニを思う心が勝ったのか。単身、アパートに乗り込んで行き、まるで『最も危険な遊戯』みたいにも階段を登りつつ敵をどんどん撃ち殺していくという、なんかな、な激しい展開。まあ、ちょっと前まで反政府軍の闘士だったんだから、銃は扱い慣れている。
その前提として、偽装家族ではあったけれどディーパンとヤリニに性的関係はなく、でも、夜な夜な妄想で悩んでいたディーパンをヤリニが誘って結ばれる…ということがあった。でも銃撃事件の直後にヤリニはひとりイギリスに行こうとし、ディーパンに発見されて、以後、仲が上手くいっていなかった。でも、大佐と会ったせいか、ヤリニのパスポートは返すことにして、ひとり再び反政府軍…と思っていたのかも知れない。…という経緯がある。そのヤリニからヘルプがかかったので、いいところを見せようとしたのかもしれない。
てなわけで、相手を概ねやっつけて、ボスのところにきてみれば、すでにボスは死んでいて。固く抱き合うディーパンとヤリニ、はいいんだけど。次のシーンはイギリスで。もしかしてタクシーの運転手やってるのか? 2人の間に子供もできていて、なんとまあ、ハッピーエンドかよ。あんだけ殺しておいて、あんだけ派手な撃ち合いして、見つからないって、おいおい。フランス警察は何も調べなかったのか? というか、普段からヤバイ地域なのに、警察は監視もしていなかったのか? 分からん話である。
しっかし、難民ネタでこんなストーリー。意外と簡単にフランス行けます。フランスはギャングばっかりです。イギリスは平和でいいところです。人殺ししてても、イギリスは迎え入れてくれまっせ。な話で、いいのかね。ううむ。
・前日にカサヴェテスの自由奔放で分かりにくい映画を見た反動なのか。あまりにも分かりやすく、難民という時事的な素材を取り扱いながら、実は人間ドラマとアクションをやってのける手法に、ケレンというか、あざとさを感じてしまったところもある。なので、ほとんど感情移入できず、であった。
・スタートレックにアラブ人は登場しない。なんでだ?」「未来の話だから」というジョークで、わはははは、と笑うシーンがあった。ううむ。笑っていいのかどうなのか…。
ズートピア6/13MOVIX亀有シアター10監督/バイロン・ハワード、リッチ・ムーア、ジャレド・ブッシュ(共同監督)脚本/バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ他。ストーリーと脚本で計8人クレジットされとる。
日本語吹き替え版。原題は“Zootopia”。allcinemaのあらすじは「動物たちの楽園ズートピアで、史上初のウサギの警察官となったジュディ。立派な警察官を目指して意欲満々の彼女だったが、周囲は小さなウサギに務まるはずないと半人前扱い。それでも決してへこたれないジュディ。折しも、巷では14件もの連続行方不明事件が発生、警察も捜査に追われてんてこまい。ついにジュディにも捜査に参加するチャンスが巡ってくる。しかし与えられた時間はたったの2日間。しかも失敗すればクビという厳しい条件が課されていた。そこでジュディは、この街をよく知る詐欺師のキツネ、ニックに協力を要請、2人で少しずつ事件の核心へと迫っていくのだったが」
評判がいいので見に行ったんだが。よくできた話で、その意味するところはアメリカの現実に置きかえられるようだけど。要所で「?」もあったりして、終わってもスッキリしないところがあったりする。
交通違反の切符切り→キツネのニックに同情→泥棒イタチを逮捕→カワウソの夫を捜索開始→写真に写っていたキツネに接触→ヌーディストクラブ→カワウソが乗っていったクルマのナンバー情報→免許センターでナマケモノから所有者割り出し→所有者はMr.ビッグと分かるが配下の白クマに連行される→Mr.ビッグ(ネズミ)に氷漬けされそうになるが娘を救ったことが分かって、運転手を教えられる→運転手のジャガーは怯えているが突如豹変、ジュディとニックを襲う→署長に連絡するがジャガーはいない→副市長ヒツジに頼んで監視カメラを見るとオオカミが連れ去っていた→その行方をたどり野生化した14匹の動物(行方不明中だった)を発見→犯人は市長ライオン→トイレから脱出→記者会見で肉食動物への差別的発言→ズートピアでの肉食獣差別が広がる→辞職・帰省→凶暴化はある植物=夜の遠吠と知る→ニックと再会→泥棒イタチと接触→Mr.ビッグの拷問で口を割るイタチ→地下鉄車両でヒツジが夜の遠吠えを精製しているのを発見→車両ごと逃亡→駅で市長ヒツジが黒幕と知る→ジュディ負傷→ニックが市長ヒツジに夜の遠吠えで撃たれ豹変、でも実はブルーベリー→市長ヒツジ逮捕…てなことだったか。細かいところは、もう覚えてない。さっき見たばっかりなのに。
実写の探偵もののシナリオにもなりそうな緻密な構成ではあるのだけれど。「夜の遠吠え」という言葉が最初にどこで登場したか聞き逃しちゃうし、もう一度見て、確かめたいぐらいだ。とくに「夜の遠吠え」が芒洋としていて。後から泥棒イタチと関係してると分かるんだけど、どういう具合に関係していたんだ? なるほど、な感じではなかった。
Wikipediaのあらすじを↓みたら…
・花屋で強盗事件が発生。命の危険が迫るネズミの女性を助けながら犯人のデュークを逮捕するが、ただの球根のために危険な追跡をしたとしてボゴに咎められる
・マンチャスによるとエミットは「夜の遠吠え」という言葉を残して凶暴化し、彼を襲ってどこかへ行ったと言うが、直後にマンチャスまで凶暴化
・実家で両親の手伝いをしていると、ギデオン・グレイと再会する。すると昔から彼女も知る花に「夜の遠吠え」の別名があり、それを口にしたウサギが凶暴化して母を襲ったという話を聞く。「夜の遠吠え」の真相に気付いたジュディは、ズートピアへ戻って
・「夜の遠吠え」を球根から育てて動物を凶暴化させる毒薬を精製し、ピストルで肉食動物へ撃ち込んでいたのだ。それが一連の事件の元凶
…なるほど、ではあるけれど。見ていて「なるほど」な気分になれなかったのは、こちらの注意不足もあっただろうけど、やっぱ、ちょい分かりにくいんじゃないのか? と思ったりしたぞ。
でも、よーく考えると「?」が結構多い。
・イタチは、あの球根(ずっとタマネギと思ってたけど、夜の遠吠えの球根、ってことは最後でチラッとふれただけかな?)を泥棒したのか、運んでいたのか? 田舎ならそこらに生えてるものを、わざわざ盗むか? いや、組織的に精製してたにしては、素材集めがしょぼすぎ。いや、そこらにあるものなら、ウサギが凶暴化以前に、肉食獣も野生に戻るようなことが起きていたのでは? 肉食獣でもたまには草も食べるだろ。それに、なぜジュディが「夜の遠吠え」という名称を知らないのか、も不自然。
・カワウソのエミットがMr.ビッグのクルマで移動していたのは、なんで? そのエミットを凶暴化させた(「夜の遠吠え」を銃で撃ち込んだ)のは、誰? ヒツジ市長の手下? しかし、よりによってなぜエミットを? たまたま?
・エミットが「夜の遠吠え」という言葉を残して凶暴化…って、なんでエミットは自分が「夜の遠吠え」で撃たれた、って分かったの?
・ヒツジ市長のそもそも企みは、肉食獣を凶暴化し、一掃したかったから、だよな。たとえば上司のライオンを首にして、自分が市長の座に座りたかった、と。それで配下のヒツジに命じて「夜の遠吠え」を集めて精製させ、それを肉食獣に撃ち込ませていた、と。なら、まずは当のライオン市長に撃ち込めばいいじゃないか。…ところで、ヒツジが黒幕というのは『羊たちの沈黙』と関係があるのかね。分からん。
・で、14人の動物が行方不明の事件は、件のライオン市長が配下のオオカミに命じて行っていたらしいが。それは、どういう経緯で、何のためなの? Wikipediaのあらすじでは「ライオンハートは「騒動の原因は知らないが市民を守るために収容した」と言う」と書いているけれど、これじゃ分からないよなあ。だいたい、凶暴化した肉食獣をいかにして発見・捕獲・収容したのか? それも、誰にも分からないように…。守るためなら、発表してもよかないか? 隠す必要がどこにある? それと、ヒツジ市長は、野獣化させた肉食獣が消えていることに、疑問を抱きはしなかったのか?
・記者会見での、肉食獣に疑いがかかるようなジュディの発言は、バカすぎ。
とか、見ている途中で疑問が湧き出して、最初のうちは、なかなか面白い、と思っていたんだけど、素直に話が楽しめなくなってくるので困った。まあ、もう一回見れば解決するようなことかも知れないんだけど。それでも、↑のような部分を、ボーッと見てる観客にも分かりやすく提示してくれたら、かなりいい線いってると思うんだが、残念。
ところでいわれているように、この映画はアメリカに住む人々や人種を動物に置きかえているんだろう。キツネは黒人やヒスパニックとかのマイノリティを感じさせるし、「夜の遠吠え」はカルト宗教やイスラム原理主義、あるいは麻薬なんかを連想させる。ただし、肉食動物と草食動物という分け方は、どーもピンとこなかった。ウシは…草食か、とか見ながら考えちゃうし、普段からそういう分け方をしてないから。
もちろん、思わず笑っちゃうところもたくさんあって。とくにツボに入ったのが免許センターの窓口担当のナマケモノ。最高だね。
ウサギのジュディは、フツーにウサギなんだけど、妙に色っぽくて可愛いから不思議。
警察の受付やってるクロウハウザーが、なかなかのオタク野郎で。これまたいいキャラしてる。
悪者はキツネ、イタチというのはステレオタイプ過ぎないか。というより、それこそが偏見だろと思うんだが。まあ、イタチも実はいいやつ、ということは分かるんだけど。それに最後に「ヒツジが極悪人」となって、バランスをとっているのかも知れないけど。
イヌ、ネコがでてこないのはなぜなんだろ。家畜だから? あと、猿とか鳥とかも。ZOOにいる動物が進化して、家畜は滅亡したのか? 人間は、彼らに滅ぼされたのか?
64-ロクヨン-後編6/15109シネマズ木場シアター3監督/瀬々敬久脚本/瀬々敬久、久松真一
allcinemaのあらすじは「平成14年12月。時効まであと1年と迫った“ロクヨン”の捜査員激励と被害者家族・雨宮の慰問を目的とした警察庁長官の視察が翌日に迫る中、管内で新たな誘拐事件が発生する。しかも犯人は“ロクヨン”と同じように身代金2000万円をスーツケースに入れ、父親が一人で運転する車で運ぶよう要求する。事件の性質上、広報室の三上は記者クラブと報道協定を結ぶ必要に迫られるが、肝心の捜査情報はほとんど提供されず、記者たちは一斉に反発、各社が独自に動き出しかねない危険な状況に。そんな中、一向に情報が出てこないことに自らも業を煮やした三上は、ロクヨン捜査にも関わった刑事部時代の上司・松岡が指揮を執る捜査車両に単身乗り込んでいくのだったが」
最初に前編のダイジェストがちゃちゃっとあって、長官視察の前日に新たな誘拐事件が発生! というところからの後編である。でも、前半は署内の内輪もめと記者対応をだらだら引き伸ばしてるだけで、飽きる。進展がないんだもん。今回の被害者、目崎のことや、誘拐の経緯は途中からで、しかも、64の事件と同じ受け渡し場所を延々と電話で引きずり回されている、のがすぐに分かってしまう。しかも、目崎に携帯で指示を出しているのは、ロクヨンのとき録音班だった幸田(吉岡秀隆)で、話がなんか変なのが丸分かり。さらに、誘拐されたという目崎の17の娘は非行歴があるような様子で、なんでそんな娘を? と疑問符が浮かんでくる。もっと不可思議なのは、目崎がテンパッて運転してること。自分の娘が誘拐されたら必死にはなるだろうけど、異常だろ、あのテンパリ方は。携帯片手に80キロとかだして。なうちに分かってくるのは、雨宮が犯人=目崎を割り出し、幸田とつるんで誘拐事件をでっち上げ、目崎をある場所に誘導しようとしているということなんだが。ってことは、14年前に自分が指示したことを、いま同じように指示されているってことは目崎は分かっているはずで、でも、なんの反応もしていないのは、これ、変だろ、どう考えたって。という話の展開に、冷めてしまった。
それと、雨宮が犯人を割り出した手法が、松本清張の『声』と同じで、古典的すぎるぐらい古典で。でも、あちらは電話交換手だから耳が慣れている。こちらは一般人で、しかも、犯人からの指示を電話で受けていた、というだけ。それだけで、14年間も耳の記憶が維持されるものか? 電話帳を片っ端からかけまくって、目崎スポーツの店主が「もしもし…」といっただけで、こいつだ、なんて分かるものか? 分からないと思う。こいつかもしれない、と思ったとして。では、さらにどうやって確信に至ったのか。それが、ない。これでは説得力がない。また、雨宮が幸田と接触があり、雨宮の依頼をうけて、誘拐事件を仕立て上げるなんて、まあ、あり得ないだろ。仕立てるにしても、不確実性が高すぎる。だって、肝心の目崎の娘は誘拐してなくて、それで幸田が身代金の電話をしたことになるわけだが、目崎が娘の知人に電話をかけまくれば、広くもない街中で、すぐ発見されるのは目に見えている。計画が杜撰すぎて、バカらしい。
途中で分からなくなるのは、刑事部は、あの誘拐が狂言であることを知っていたのかどうか、だ。松岡(三浦友和)が三上に、監視車のなかで「これはロクヨンを追ってるんだ」とかいうようなことをいっていたけど、もし分かっていたとしたら、なぜ目崎を逮捕・拘束しないのか意味不明。刑事部長の荒木田(奥田瑛二)が、在任中は問題を起こしたくないからとかいって、事情聴取はしたけどすぐに目崎を返したのは、目崎がロクヨンの犯人、という確証をつかんでいなかった、ってことだよな。なんか、このあたりが曖昧模糊。
観客に目崎が犯人と分かったあとの展開も、だらだらムダに引っぱりすぎ。そもそも目崎の犯行動機が借金で、というのはセリフがあったけど。それは誰がどうやって解明したんだ? でまあ、雨宮と幸田の2人による(なんだろ?)狂言誘拐も功を奏さず目崎は自由の身に…の後、三上は雨宮の家を訪れるんだが、そこで目崎の下の娘が祭儀用の餅を返しに来ているのに遭遇し、そこでピンときたのか目崎に引っかけの電話をするわけだ。「小さな棺」という言葉で。あれは、下の娘を誘拐・殺害したよ、というブラフだったんだっけか?
で、三上はロクヨンの時の遺体発見場所に目崎をおびき出す。三上と目崎が格闘しているところに、目崎のところに張り込んでいた刑事たちも遅れてやってきて、目崎を確保。その様子を、三上が連れていた、目崎の娘が見てしまうという、これはちょっと彼女にはトラウマだろ、という描写があるのがいただけない。だいたい三上は、情報を入手する上で松岡に借りがあるわけで、だったら自分の仕掛けを、松岡を通じて刑事部に知らせてもいいはず。で、目崎の娘は、ちゃんと自宅に送り返す、ぐらいの配慮はすべきだよな。
あと、目崎が犯人、の確証は「小さな棺」という言葉で、クルマのトランクだと分かった、ということのみ。そんなの、物的証拠にはならんだろ。ほかにいくらでも証拠固めはできるだろうに、小説的にあるいは映画的に見栄えのする展開にこだわったのかしらんが、説得力が欠けてしまう。
役者たちの過剰な演技もうっとうしい。みんな怒鳴りっぱなし。刑事は署内の別の課に対して敵意むきだしで、ありゃなんなんだ? 最終的には本部長・荒木田の保身だった、って分かっても、御倉や芦田は、広報室や警務部に対してあいかわらず敵意むきだしなのかい? っていうか、たかが県警のなかで、あんなガチガチの対立なんてあるのかいな。
雨宮の存在も単なる変な人で。この後半では、目崎の下の子をクルマに乗せて家に送るという不可思議なシーンがあるんだが、なにをいわんとしているのかよく分からない。べつに復讐しようというわけでもないだろうに。自分の娘がつくった餅の木を渡したりしている。その餅の木を、目崎は見ていないんだよな、きっと。娘をクルマから降ろすときの雨宮=永瀬正敏の鼻水垂らしての演技なんて、浮きまくりでアホかと思う。リアルの追求ではなく、大げさの追求だろ、ありゃ。
目崎という人物も、よく分からない。他人の子は無残に殺すのに、自分の子にはなぜ我が子可愛やな態度になるのか。そんなに可愛いなら、上の子の非行態度にも目を光らせておけよと思うんだが。でもやっぱり、いくら自分の娘が誘拐されたとしても、あんな過剰な行動はとらんだろ。もっと怯えるような気がする。脱力して、動揺し、意識がかすむような感じ、かな。そんなうろたえはなく、テンション上がりすぎだろ。
というわけで、犯人割り出しも唖然だし、以後もだらだら引っぱりすぎ。こんなの1時間で足りるだろ。前編と合わせて3時間弱ぐらいで収まると思うんだが。とくに、後半は退屈。 ・報道発表に経緯をまったく知らない第二課長が出席し、実名を明かさないことに抗議する記者たち。のなかに、幹事会社で東洋新聞の秋川を非難する声も。ふーん。どーも東洋新聞は地方紙で、非難してるのは中央紙らしいけど、なぜ非難するのか? その背景が分からないので、どうして記者が記者を非難するのか分からない。
・記者の扱いが大半モブで、秋川がフィーチャーされていても人物が描かれていない。たんに幹事会社として抗議するところだけ。もうちょい記者側の視線、あるいは中央紙記者も登場させてバトルさせるとかあってもよかったと思う。
・警務課の二渡(仲村トオル)が「田舎のことは田舎で結着をつければいいんだ」とかいわれて、三上が「刑事をしらみつぶしにまわってつぶしやがって」と反論する件は、あれはなんなんだ?
・警察側での存在がよく分からんのが、この二渡と御倉(小沢征悦)、芦田(三浦誠己)かな。御倉と芦田は刑事部で、松岡の部下になるんだろ? なのに、2人ともいつもテンパッてて、三上に対して威圧的。でも、松岡は三上に同情的。いったい御倉・芦田は誰の命令でどう動いているのか、がとても分かりにくい。というか、2人とも記号的にしか存在しないのがもったいない気がする。二渡も記号的なんだけど、2人よりは多少マシかな。
・三上の妻が「髪の長い女性が必要」と、松岡(三浦友和)に呼ばれるんだが。刑事部が広報室に情報を流さない状況で、広報室長の女房を捜査に借りだしたら情報が漏れるだろうに、それは構わないのか?
・三上は松岡から情報を聞き出そうとトイレの個室でねばり、接触。なんとか被害者父親の名前を聞き出すんだけど。刑事部としては広報室そして記者に情報を流さないようにするのが今回の趣旨なんだろ? それで「情報を入手しても20分は黙っていること」とかいいつつ、いろいろ知らせてしまう。それだけじゃない。松岡は、三上が追跡車と並走する監視車に乗り込むことを許してしまう。そんなことして松岡は上長である刑事部長の荒木田(奥田瑛二)から睨まれないのか?
・そもそも、刑事部が情報を広報室、マスコミに流さない理由は何だったんだ? さっぱり分からない。翌日が長官の視察だから? なこといったって、すぐバレるだろうに。アホかと思う。
・あんな田舎町の郊外に喫茶店があるものか? そこで札束を焼くと、ぞろぞろ人が集まってくるんだけど、どっから湧いてきたんだ?
・あの2千万円は、目崎がつくったのか? どうやって? かつて奪い取った金は、1600万円の借金の穴埋めにつかったんだろ?
・目崎の運転するクルマのナンバーが「5960」なんだが、意味あるのか?
・三上の娘は生きていて、無言電話をかけてきている、という描写がちらっと映るが、あれはあれでまあいいだろう。
・「小さな棺」という言葉を使ったあの手紙は、雨宮なのか?
クリーピー 偽りの隣人6/21シネ・リーブル池袋シアター1監督/黒沢清脚本/黒沢清
allcinemaのあらすじは「大学で犯罪心理学を教える元刑事の高倉。郊外の一軒家に引っ越し、妻・康子と2人で穏やかな新生活をスタートさせる。ある日彼は、刑事の野上から6年前に起きた未解決の一家失踪事件の分析を依頼される。事件の鍵を握るのはひとりだけ残された一家の長女・早紀。しかし彼女の当時の記憶は曖昧で、事件の核心にはなかなか近づくことができない。そんな中、高倉と康子は、謎めいた隣人・西野の不可解な言動に次第に振り回され始めるのだったが」
黒沢清だったのね。そんなことも確かめずに見に行ってるって…。で、冒頭に、サイコパスの連続殺人鬼を取調室から逃がしてしまい、担当の警官と、一般人らしい人質を殺され、自らも傷を負わされた事件があって、1年後…。なんと高倉は大学で教鞭を執っているというのが、ええっ? なんだよな。自分から辞めたようなことだったけど、あんな失態をしでかして謹慎とか降格とかならなかったのか? いや、それ以前に、被害者に対する申し訳なさに苛まされなかったのか? 自分には刑事は向いていない! 犯罪心理学なんて役に立たない! とかって。なんか、平然と笑顔で冗談を飛ばしつつ学生の前で犯罪を語るか? と思ってしまった。
話は単純で、越した先の隣人・西野がサイコだった、って話で。最初から西野は変で、最後まで変で、どこにも意外性がない。この手のヒネリのない映画というと『黒い家』を思い出す。
で、高倉は、同僚が調べている犯罪者マップから、一家3人失踪事件というのに関心をもつんだが。他の地域から少し離れた場所、という以外にとくだん変わりはなく、しかも、他は連続殺人が明らかなのに、その事件は「失踪」だけで犯罪性は立証されていない。にもかかわらず連続犯罪マップにリストアップされている理由は、なんなんだ? とか、なんでそんな事件に引かれたのだ? にも答はない。のちに高倉は同僚と現場に行き、「犯罪の臭いがする」と漏らすんだけど、そんなんで分かるものかよ。突然吹く風と、おどろおどろしい音楽でブキミにしてるだけで、中味はたいしたことがない。
隣家には男と娘、あと妻がいるようだけどでてこない。怪しい。怪しいのに、康子はシチューが残ったからと、その変な隣家にお裾分けに行ったりする。バカかと思う。フツー行かないだろ、変な隣家になんて。
6年前の事件の唯一の生存者である早紀と、たまたま昔の部下である野上と現場を見に行ったときに出会うという偶然の不自然さ。話を聞こうともせず逃げ帰った早紀から連絡があって、話をしてもいい、ということになる経緯の「?」。どうやって早紀の住所を知ったのだ? なぜに早紀は話をしたいと思ったのだ?
高倉との会話の中で、「記憶になくて…」といいつつ「思いだしたことがあるんです。男の人が立ってるんです…」という早紀。高倉が「警察にはそのことは?」と聞くと「言ってません」という。おいおい。記憶にない人間のことをどうやって警察に言えるんだ? 言えないだろうに。さらに、会話を録音しているのに、うろうろ歩きまわる早紀。いくら演出だからって、変だろ。
隣家・西野の異常さは小出しにされていき、同時に野上は独自に西野のことを調べ始め、6年前の失踪事件の現場で、その隣家から5つだったかの遺体を発見する。でもってついに野上は西野宅を訪問するんだが。これも、変。まず、刑事が1人で訪問している。隣家が高倉なのに、何の相談もしていない。こんなのあり得ないだろ。
で、西野が家の奥に消えたままなので、自分もどんどん奥に入っていき…。その夜、もう一件の隣家で大爆発。その家の家族に混じって野上の死体が見つかったんだが、警察は西野のことはとくになにも調べない。野上のPCにもたいした情報がないという。そんなのあり得ないだろ。高倉が、西野の上司の谷本に話しても相手にされない。どころか、妻の康子が西野家に入り浸りになっているのでもめていると、警察がやってきて高倉を連行していく。うーむ。なんか、話を強引に作られてるというか、都合よく進められてる感じで、ぜーんぜん怖くもなければ面白くもない。アホらしくなってくる。
すでに、この時点では、西野家の奥でひとつの遺体が処置されていて、その作業をしているのは妻と娘なんだけど、その遺体こそが本物の西野で、その妻と娘はなにかでコントロールされているという設定なんだけど、これがどーも麻薬かなんかのようなんだが。ヘロヘロになっている妻は置くとしても、娘は毎日学校にも行っているし、高倉家ともつき合っている。なのに、なぜ、自分の父親の遺体を処分できるのだ? それとも、また別の家の娘なのか? 知らんけど。
そうそう。野上の遺体が別の隣家から見つかったというのも、どうなんだ? 別に地下でつながってるわけでもないだろうに、わざわざ遺体を移動して、大爆発までさせる必要がどこにある?
まあいい。で、いつのまにか康子が西野の言いなりになっているのも、麻薬のせいのようだけど、あんな具合になるものか? 西野が撃ち殺した妻の死体を、娘と2人で処理するんだけど、あり得ないだろ。というか、その前に、自分では手を下さないという西野が、なぜに自ら引き金を引いたのか、分からない。
でまあ、いったん警察に連行された高倉だったけど、谷本刑事を説得するカタチで西野家に行き、谷本はあせって突入して穴に落ち、麻薬を大量に注射されてオシマイ。高倉も、西野と対峙するけど、康子に麻薬を、こちらは適量注射されて朦朧…なのか、活気を失い、西野の運転するクルマで娘も一緒に、新たなねぐらを求めて筑波の方へ。で、寂れた休憩所で、意識朦朧だったはずの高倉が西野を撃って、はいオシマイ。なんだけど、高倉はなぜに麻薬でも意識朦朧となっていなかったのか。あるいは、康子が加減して注射し、阿吽の呼吸で西野を仕留めた? であるなら、なぜに康子は西野の言いなりになっていたのか? 疑問だらけの物語であった。
・3人失踪事件で見つかった遺体のうち3つは早紀の家族なんだろう。残りは、隣家の住人。で、修学旅行で助かったという早紀も、実は、西野家の娘と同様に、コントロールされていたんだろう。でもやはり残る、どうやってコントロールしたの? という疑問。
・高倉と谷本が面識がないというのは、不自然。同じ警察にいたのに・・・。
・「偽りの隣人」とか「あの人、お父さんじゃありません」とか、この時点で大半ネタバレしとる。
最愛の子6/22ギンレイホール監督/ピーター・チャン脚本/チャン・ジー
allcinemaのあらすじは「2009年7月18日。中国、深セン。 下町で寂れたネットカフェを営むティエンは3歳の息子ポンポンと2人暮らし。ある日、そのポンポンが何者かにさらわれてしまう。以来、ティエンはポンポンの母である元妻ジュアンとともに必死で捜索を続けるが、消息は一向につかめないまま時間ばかりが過ぎていく。そして3年後、2人は深センから遠く離れた農村でついに我が子を発見する。しかし6歳になったポンポンは、もはや実の親であるティエンとジュアンを覚えていなかった。彼が母親と慕うのは、誘拐犯の妻で育ての親であるホンチンだけだった。そのホンチンは、ポンポンは1年前に死んだ夫がよその女に産ませた子どもだと信じ、この3年間、献身的な愛情で彼を育ててきたのだったが」
こんな話とはつゆ知らず。冒頭から、子どもが誘拐されるところ辺りは、これから悲惨な話になるのかと憂うつになったんだけど。なんと、翌日には誘拐・連行している様子が監視カメラの画像で確認されているではないか。ハイテク進んでるな、という感想なんだけど、反面では「人さらいが横行している国なのか!」という驚き。日本にも人さらいはいただろうけど、なんか次元が違う。ホントに人身売買とかある感じで、中国の闇は深いと思ってしまう。
ネットで呼びかけ、20万元(1元は15円ぐらいなのか。じゃ、300万円!)の賞金だったかな、で情報がくるんだけど。これが単なる嘘ならまだしも、賞金目当ての詐欺もあって。詐欺集団に追われてあわや落命…なんて場面もあるような国なんだな、中国は。すごい。
かと思うと、子どもを誘拐された家族の交流の会なんてのもあって。ってことは、かなり多くの子どもが掠われていると言うことだよな。すごいな、中国。でも、交流の会では、奪われた子どもを思う両親が涙ながらに語ってる。ああ、こんなに素直でいい人たちもいるんだ…という違和感というかギャップに唖然となる。
で、誘拐から3年、山村で目撃という情報でやってくると、まさしく自分の子ども(この場面で、額にキズ、が証拠になるんだけど、一瞬、キズのない額も写ったように見えて、あれ? って思ったんだよなあ…)。ティエンが奪い、追ってくる母親をジュアンが蹴飛ばし、交流の会の主催者ハンもサポート。…ここに、警官もいるようなんだけど、姿は見えずだったなあ。はさておいて、村人が子どもを取り替えそうと鍬や鋤をもって追いかけてくる姿の何と江戸時代的なことよ。すげーな。
で、村人に捕まってもみくちゃにされるんだが、すでに警察が中に入っていて、話をよく聞いていくとこの子どもは死んだ亭主が3年前に連れてきたもの。妹もいるんだけど、これは工事現場で1人でいるところを拾ってきた…っていうんだけど、なんじゃこれ、だよな。人さらいというからには、労働力、かと思ったらそうでもない。しかも、ひとりっ子政策の中国で、しかも貧乏な農村で子ども2人を養ってて、怪しまれなかったのか? とも思うし。
てなわけでDNAも照合し、連れて帰るんだけど、この子ども=ポンポンがなつかない。両親をすっかり忘れていて、育ての親にすっかりなついている。この3年で、そこまで記憶は失われるものなのか? 面影ぐらいは記憶していてもいいと思うんだけど、どうなんだろ。
というところで話が一段落かと思ったら、こんどは育ての親の逆襲が始まるのがすごい。死んだ亭主が人さらいで、本人も公務執行妨害で逮捕されているのに、息子に合わせろ、という。さらに、妹の方は拾った子だから、自分が養育する権利がある、と言い張って孤児院まで面会に行くのがすごい。この後も、なんとか弁護士をたてて主義主張するんだけど、世界ルールでは通用しないよなあ。
不思議なのは、それが自分の子でもないのに、ああまで必死になれるということ。これが分からない。しかも、娘の方は拾った、と夫の元同僚に証言してもらうため、肉体を提供したりするんだぜ。あり得ないだろ、そんなの。このあたりまでくると、もう、感情移入とかそういうことではなく、すごいなー中国、でしかなくなってしまって。そういう国と国民であることの方に圧倒されまくり。
ひとりっ子政策の影響もあちこちに見られて、交流の会のハンと妻には新たに子どもができるんだけど、出産許可を得るために役所まで行くというシーンがあった。驚くことに、新たに子どもを産むには、誘拐された子どもの死亡証明書が必要、といわれてハンが激高するんだけど、どういう規則なんだと思う。
他にもいろんな要素が織りなされていて。たとえば、ティエンとジュアンは最近、離婚した様子で。でも、ジュアンには再婚相手がいる。ポンポンは、ティエンとジュアンの間を行ったり来たりしている状態。ティエンの商売が失敗して別れた、とかいってるけど、そんなに簡単に再婚相手が見つかるものか? で、ポンポンが誘拐されたのも、帰っていくジュアンのクルマを追っていった結果。しかも、ジュアンは、ポンポンが追ってきているのを感じながら、クルマを走らせていた…とか。なんか、おぞましい。
ジュアンは、ポンポンがなつかないからと、妹を養子にして一緒に育てよう、と思い立つ。これに現・亭主が反発。なにせ、近ごろはセックスの相手もしてくれない。2人の間に子供をつくろう、と提案しているのに、何が養子だ、というわけで、この再婚も崩壊直前…。
育ての親のホンチンは、これでもか、という貧しい感じ。よく子どもを育てられるな、あれで。で、地元出身の弁護士を頼るんだけど、けんもほろろに追い返される。そこを助けてくれたのは、件の弁護士がトップでいる弁護士会社のペーペーの弁護士だったりして…。その弁護士の母親は、かなりな痴呆症…。
子どもを取り替えそうと団結している交流の会では、どーも、新たに子どもをつくろうという行為は推奨されていないようで。そんななかで子どもをつくったハンは、肩身の狭い思い…とかも、殺伐としている。
で、最後は、妹の養育権を争って、ティエンとジュアンvsホンチンと弁護士が争うんだけど、なんとここでジュアンの離婚進行が明るみに。養育は両親がそろっていることが条件だとかで、一気に不利に。いっぽうのホンチンは、たまたま受けた健康診断で懐妊が発覚してボーゼン。なにせ、自分は石女と思っていたのだから…。自分じゃなくて亭主が原因だったのか…。あららら。では、証言を頼むために身体を差し出したあの男が父親! ひぇー。
なんか、だれも幸せになっていない…。子どもが戻っても、交流会の他のメンバーに申し訳ない。しかも、子どもは昔のようになついてくれない。母親は、あおりをくらってまた離婚。誘拐犯の手から解放されても、子どもに喜びはない。新たに子どもをつくった夫婦も肩身が狭い。…などなど、かけ違ったボタンはもとにもどらない。
・牢獄にいる誘拐犯も登場するけど、どうみても凶悪犯でもなく、でも、そのふてぶてしいことの凄まじさ。
・最後に、映画のモデルになった人たちが登場し、その紹介と、この映画の役者たちとの対面があるんだけど。映画の中の名前と実名がうじゃうじゃテロップででてきて、なにがなんだか、誰がどれやら分からない有り様。もうちょっとゆっくり丁寧に紹介して欲しかったぞ。
・映画の方では、みんなが不幸になっていく感じで終わってるんだけど。ラストのモデルとなった人たちが登場する場面は、なんか華やかで賑やかで、あまり悲惨さが感じられなかったんだが、あれは中国語のしゃべり方とかに関係するのかね。
・ホンチン役はヴィッキー・チャオ。『少林サッカー』『夜の上海』の彼女も、撮影当時は38歳ぐらいなのか。オバサンになったな。
・ジュアン役のハオ・レイは、遠目でとてもカワイイ。実際は36歳のオバサンだけど。
・ハンの妻役のキティ・チャンはなかなかの美形…。
リザとキツネと恋する死者たち6/27キネカ大森1監督/ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ脚本/ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ、バーリント・ヘゲドゥーシュ
キネカ大森のあらすじは「1970年代のブダペスト。元日本大使未亡人の看護人として住み込みで働くリザの心のよりどころは、日本の恋愛小説と、リザにしか見えないユーレイの日本人歌手、トミー谷。孤独な毎日を軽妙な歌声で元気付けてくれるが、リザは日本の小説にあるような甘い恋に出会うべく、30歳の誕生日に未亡人に2時間だけ外出許可をもらう。だが、その間に未亡人が何者かに殺害され、さらに彼女が恋した人は“死者”となる、奇怪な殺人事件が次々と起こる…」
日本趣味満載のエキセントリックなハンガリー映画。コミカルなファンタジーかな。『アメリ』みたいなテイストというか、明るい『デリカテッセン』みたいな感じ? 監督が日本ファンで、「九尾の狐伝説」を知ってこの映画を思いついたとか。でも、「九尾の狐伝説」はビジュアルとしては登場するけど、基本的なストーリーにはあまり関係ないかも。
あらすじにあるように、まず大使未亡人が亡くなる。その遺産をリザが受け取ることになり、遺族が文句を言いはじめたことから警察が介入するんだけど、呼ばれたのはダサイ刑事で。ボイラーの炎をあびたりミシンで手を縫ったり、生傷が絶えないんだけど、誠実にリザを監視する。そのおかげでリザは、いずれの殺人事件にも関与していないということが証明されるんだけど、それは最後の話。
未亡人の後に、男探しを始めたリザはコスモポリタン誌の恋人募集に掲載され、デートするんだけど、この男が…えーと、どうやって死ぬんだっけかな。とにかく亡くなって。次は、階下の、妻を亡くしたハゲ男と仲良くなって。このハゲが奇妙な料理が好きだとかで、料理で好かれるんだけど、何かを喉に詰まらせ、咄嗟にリザは気管切開するんだけど間に合わず…。その後も、図書館の男、ハンカチを拾ってくれた男、煙突掃除人、大使未亡人の甥(?)なんかを死に追いやる。といっても本人に殺している自覚はなく、ほとんどは事故とか事件なんだけど。
すべてがリザが好意を持った、あるいは好意を寄せた男とも限らないんだけど、まあ、そういうことにしておこうか。そういうドタバタが柱になって、リザを見守る刑事はまるで『フォロー・ミー』の探偵のごとくにつかず離れずいて。リザは男に好かれようと、いろいろファッションを凝らしたりするんだけど。
狂言回しというか、突然現れて歌うトミー谷は、最近死んだ日本の歌手で、リザがファンだったらしい。その幽霊がうろちょろしてるのは、なぜなのか? かと思うと、リザは和服姿でキツネの尻尾を出したりと、辻褄なくハチャメチャやってるのは、まあ、楽しいんだけど、リザの意志がどういうものなのか分からないので、後半はちょっと集中力を欠いてしまった。
まあ、ファミリーロマンスを夢見る30歳の乙女、ってことなのかな。それにしても、なぜ日本? には、日本大使未亡人しかつながりがないのが弱いんだけど。まあいいか。リザのファッションが60年代っぽくて、白のミニなんかはドヌーブみたいだったり、そういうのを見るのも一興? でも、あらすじには70年代のブダペストとあって、当時はまだ共産圏で、あんなポップじゃなかったんじゃないのか? とか思ったりして。
で、最後はまさにファンタジーで。成仏できないトミー谷がリザにご執心で、近寄る男を殺していた、とかいうようなことだったかな。それを解消したのは刑事だったかなんだったか、よく覚えてないんだけど。ちょっと哀しいラストで…と思ったら、こんな終わり方じゃ満足できないでしょ、みたいなことになってリプレイ。なんと、刑事とリザが結婚して、子どもをつれて那須に旅行中、ということで終わったのだった。
那須は、九尾の狐の伝承があった場所らしい。
・これから殺される男が登場すると、「死者」と、でかでかと日本語がでるのだった。刑事の時もでたけど、結局死なずにリザを救うんだが。
・ほかにも、「那須」は日本語字幕がどーんとでてたな。
・大使未亡人の甥(?)は、子連れの殺し屋に殺されるんだけど。なんでなの? あれは、子連れ狼に関係あるのかな?
・リザ役のモーニカ・バルシャイは30歳という設定なんだけど、撮影時は37歳ぐらいで、とても娘に見えないのが残念。
メニルモンタン 2つの秋と3つの冬6/27キネカ大森1監督/セバスチャン・ベベデール脚本/セバスチャン・ベベデール
allcinemaのあらすじは「パリのはずれの街、メニルモンタン。ボルドーの美大を卒業したアルマンは、定職にも就かずダラダラとその日暮らしの冴えない日々を送っていた。33歳の誕生日を迎え、いよいよ焦りを感じ始めた彼は、“仕事を見つける”“運動を始める”“タバコをやめる”と決意してみる。ある日、彼は公園でジョギング中にアメリという27歳の女性と偶然の出会いを果たし一目惚れ。もう一度会いたいというアルマンの願いは思わぬ形で実現する。ある夜、親友のバンジャマンと映画を観た帰り道、女性の悲鳴を聞き駆けつけると、そこにいたのは2人組の強盗に襲われていたアメリだった。彼女を助けようとして、強盗に腹を刺されてしまうアルマンだったが…」
はっきりしたストーリーがありそうに思えなくて、散文的な感じなので、これは寝ちゃうかなと思ったんだけど、後半になるに連れて少しずつ面白くなってきた。スター俳優がいなくて、しかも、みな十人並みな容姿なところも影響してるのかな。
あらすじ↑のような流れでつきあいはじめるアルマンとアメリ。で、アルマンの美大の友人にバンジャマンがいて、彼は若くして脳梗塞に襲われ、しばらく言葉が出ない状態になるんだけど。世話してくれた言語聴覚士の娘カティアと恋仲になって。4人でカティアの故郷に行って時を過ごしたりするんだけど。あるときハイキングで、アメリ1人が脱落。これで彼女、突然泣き始めたりするナイーブさは、よく理解できない。
アメリが妊娠し、でも相談なく堕ろしてしまったことでアルマンが離れて行くんだが。アメリは「この人と結婚していいのか。この人の子どもが本当に自分は欲しいのか…」とか自問するんだけど、ホントめんどくさい。外国映画見てると、セックスと結婚は別で、結婚を前提としてつき合うのではなく、とりあえずのパートナー、ってのが多いけど。これもそのパターンだな。
もちろん、いい歳をして大人になりきれないアラサーのアルマンとアメリにも問題はあるだろうけど。でも、先進国では30歳はまだまだ青年だったりするから、仕方ないことかもね。
なにがきっかけだか忘れたけど、たしか元の鞘に収まるんだっけ。バンジャマンの故郷へ4人で行って、なんだかんだ。日本の盆栽がどうのというようなエピソードとともにエンディングに向かっていたような気がする。てに具合で、もう記憶が薄れているのは困ったものだけど。なんかビミョーなこころの移り変わりがつづら折りされてる感じなので、記憶に引っかかりにくいんだよ、多分。
話はだらだらだけど、設定にははっきりしたものがあって。それはたとえば、アルマンとバンジャマンは、ともに死の代償として恋人を得るという設定になってる。たしかアルマンは「セックスの最中に死を感じる」というようなことも言っていて、生と死は裏腹、みたいなことを感じさせるような仕組みになってる。ほかにも、アルマンだったかアメリだったか、ゾンビ映画を見てる場面があって。これも生と死をひとつの身体に同居させる話。最後にでてくる盆栽も、ある意味では自由を奪われた植物てあるわけで、強引だけれど、生と死とも言える。樹木は生きているけれど、狭い世界でしか生きられないのだからね。それにアルマンは「いつも枯らしてしまう」とかも言っていたような。
もうひとつの類似は、一方のパートナーの故郷を訪ねる、という展開で。これは故郷を離れてはいるけれど、帰るところがある、ということを言おうとしているのかな。
そういえばカティアの従兄はナイーブなやつで、自殺志願だったらしいが、アルマンが声をかけたことで自殺をとどまった、というような話もあったような。これまた、命を救われた男が、他人を救ったということになる。死に接近しつつ、生き返ったアルマンにしてみれば、命を簡単に扱った(堕胎した)アメリは、許せない存在なのも、まあ理解できる。
それと、バンジャマンには妹がいて、よく覚えてないんだけど、ずっとビデオ電話みたいので登場してたけど、みんなでバンジャマンの故郷に行ったときは、髪を短くして登場してたっけなあ。あれは、どういう役回りなんだろ。
とか、2組のカップルは、対称性をもって描かれている。
まあ、最後はまるくおさまる感じだったっけか。もうよく覚えてないんだけど。あれこれあっても、何かいい感じで終わったな、という記憶がある。
アルマン役の、情けないハゲ男は、みたことあるなあ、と思っていたんだけど。ギヨーム・ブラック監督の『女っ気なし』と『やさしい人』だった。いやもう、あの映画とほとんど似たような役柄で。気弱で言い訳がましくて情けない感じが、そっくりそのままだ。
アラン・タネール監督の『サラマンドル』を見てる、とか、ブレッソンの映画とかでてくるんだけど、ブレッソンはどのブレッソンだろ?
カティアは22歳ぐらいだったかな。それが、脳梗塞を患ったアラサーのバンジャマンに恋をするか? 将来の再発の可能性を考えたら、考えちゃうような気がするんだが…。
好きにならずにいられない6/30ヒューマントラストシネマ有楽町シアター2監督/ダーグル・カウリ脚本/ダーグル・カウリ
アイスランド/デンマーク映画。原題は“F?si”で、主人公の名前。英文タイトルは“Virgin Mountain”。allcinemaのあらすじは「アイスランドのレイキャビクで母親と2人暮らしの43歳独身の巨漢男、フーシ。女っ気のまるでない彼の日常は単調そのもの。空港で荷物係として働いているが、飛行機にすら乗ったことがない。唯一の趣味は、第二次大戦のジオラマ制作。職場の同僚たちにはバカにされ、同じアパートに引っ越してきた少女ヘラに優しく接するや、その父親にあからさまに警戒されてしまう。そんなフーシを見かねた母親が、誕生日にダンススクールのクーポンをプレゼントする。渋々ながらも出かけたフーシは、そこでキュートな女性シェヴンに話しかけられる。吹雪で歩いて帰れないからと、車で送ってほしいと頼まれたのだ。これがきっかけで次のレッスンも一緒に受けることになり、いつしかシェヴンに心惹かれていくフーシだったが…」
舞台はアイスランドで、フーシは43歳なのか。と、↑のあらすじでやっと知る。で、映画の半ばまでの物語は↑のあらすじ通りで、これが淡々と、暗く、ずっと沈鬱な感じで過ぎていく。たまたま出会ったシェヴンを家に送っていったことから、ささやかな交流が始まるんだけど。見る側の期待としては、うまくいってくれるといいな、なんだが。肉のかたまりみたいな体躯で長髪ハゲ、趣味は戦争ゲームっていうオタクで、積極性はゼロ。女の子にも関心があるのかないのか、よく分からんけど。でも、勤めはつづいているんだから、社会性はあるようだけど。な40男に、好意をもつ女性はいるのかいな、だよな。
なんであんなデブなんだ? のべつ食べてるわけでもなく、ドッグフードみたいなシリアルを毎日食べてて。金曜日はタイ料理屋で、好みの一品。ぐらいで、あんな太るわけはない。設定なんだろうけど、ううむ、な感じ。
少しデートしたり、なんだかんだあって、でも突然シェヴンは花屋をやめて音信不通。訪ねると、トイレにこもってるのか。最初なんだか分からなかったけど、あれは躁鬱だな。躁状態のときは勤めもできるしダンス教室に行ったりできる。でも、いったん鬱になると外にも出られない。そんなんで職業を点々としてきたのか。シェヴン役のリムル・クリスチャンスドウティルは1978年生まれの38歳らしいので(の割りに老けてるね)、まあ、40近くまで結婚しなかったのかも。
そんなシェヴンにやさしく接するフーシが健気で、家を掃除したり食事をつくったり。始めは拒絶されるけど、しだいに受け入れられて、ついには一夜を過ごし、一緒に住もう、と提案されてウキウキのフーシ。でも、またまたシェヴンは心変わり。荷物を運んできたフーシにシェヴンは「一緒に住めない」と断りを入れるという。これもまた躁鬱の症状なのかな。
飛行場でチケットを持つフーシ。これはきっと、一緒に行くことになっていたエジプトへ、ひとりででかける、ということなんだろうけど。こんなところで話が終わってしまっては消化不良すぎる。せめて、申し訳なさそうなシェヴンがベッドをもうひとつ用意しているとか、次は受け入れますよ、という未来への展望を示唆して欲しかったところ。
というわけで、ある意味では、こころに障害を持った者同士の恋愛事情でもあると思うんだが。なかなか難しい。フーシは、とくに犯罪者でもないし、むしろ臆病。でも、戦争ゲーム仲間はちゃんといて、というところが極めてフツー。なんだけど、仕事場では若い同僚のいじめの対象にされ、でも、それにはくじけず、ひたすら我慢できる体質でもある。というとこが、なんか統一が取れてないような気もしないでもない。
近所の家の少女=5、6歳がフーシになついて、少女の方から「遊ぼ」とやってくるとか、こういうのはありそうなことではあるけれど、いつしか事件になるだろうと思ったら、その通り。ちょっとドライブに連れていったら、父親が警察を呼んでたという…。連行されて事情聴取されるフーシは気の毒に見えるけど、傍から見たら結構怪しいわけで、心配するのも当然な気がする。
フーシは母親と2人暮らしで、でも、母親の彼氏も同居してるから3人か。この母親もなんか、フーシに無関心で。勝手に自立せい、な感じであまり心配してなくて。むしろ、自分の彼氏の去就のほうが気になる感じ。でも、ずっと一緒に住んでるのは、親離れ、子ども離れができてないんだろう。そんなフーシを、シェヴンは軽蔑してたりする。「私は15歳で家をでた」と。でも、病気持ちにしては部屋も借りてるし、中も小綺麗。むしろ、シェヴンのこれまでについて、知りたい気がする。
引きこもりとか、心の病をもってる人たちは、得意技をもってたれするけど。フーシのは、クルマの整備とかなんだとかかんだとか、エンジニア的なことが優れてる様子。飛行場では荷物整理が主だから、仕事とは関係ないんだろう。軍事オタクのせいなのかな。それにしても、シェヴンを誘った旅先がエジプトで、これは連合軍がドイツ軍に勝利した記念の戦闘があったかららしいけど、やっぱり、オタクの趣味からは離れられないんだな。そんなんじゃ、いくらシェヴンと暮らしはじめても、すぐ愛想を尽かされちまうかも。それでも、ラストは明るい未来が期待できるようなものにして欲しかったであるよ。
・母親は自宅で美容院をやってて。たしか客のオバサンとの会話で、カート・コバ(?)ーンが死んだ日が、とか、終戦がどーの、といってたけど。なんなんだ?

 
 

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