2025年12月

おーい、応為12/1シネ・リーブル池袋シアター1監督/大森立嗣脚本/大森立嗣
公式HPのあらすじは「北斎の娘、お栄はある絵師のもとに嫁ぐが、かっこうばかりの夫の絵を見下したことで離縁となり、父のもとへ出戻る。父娘にして師弟。描きかけの絵が散乱したボロボロの長屋で始まった二人暮らしだが、やがて父親譲りの才能を発揮していくお栄は、北斎から「葛飾応為という名を授かり、一人の浮世絵師として時代を駆け抜けていく。美人画で名を馳せる絵師であり、お栄のよき理解者でもある善次郎との友情や、兄弟子の初五郎への淡い恋心、そして愛犬のさくらとの日常…。嫁ぎ先を飛び出してから二十余年。北斎と応為の父娘は、長屋の火事と押し寄せる飢饉をきっかけに、北斎が描き続ける境地“富士”へと向かうが…。」
Twitterへは「北斎の娘を描く話。脇役の説明もとくにないままだらだら山なし谷なしで時代が過ぎていくだけなので、つまらない。稼ぎはあるだろうに、貧乏暮らしの理由は? 描いている絵は、依頼なのか? 暖簾や看板の文字が万葉がなでないテキトーさ。」
全体的にいろいろ説明不足なままだらだらと始まり、だらだらと時代が過ぎていき、だらだらと終わる、という感じかな。ドラマがほとんどなくて、人物の絡みも曖昧で深みがない。なので、退屈極まりない。
1820年にお栄は夫の家から出て行き、北斎のもとに転がり込む。このとき、何歳なのだ? Wikipediaで見ると生没年不詳で、1855、6頃に67歳で欲したという説が載っていた。ということは、1820年には30前ぐらい? 演じる長澤まさみは御年38歳らしいが。で、↑のあらすじでは夫の絵を見下して離縁、とあるけど、映画では離縁と説明されていない。ちょっと別居、なのかなと思ってた。それと、このあたりで当時の絵師の番付が映るんだが、北斎が審判役みたいな位置にいるのは分かる。で、そのあとにも、前頭あたりの絵師の名が映るんだけど、ありゃなんなんだ?
で、以後、北斎のもとでゴロゴロ煙草吸って飲んだくれてばかり、なんだけど。彼女が絵を描く場面がない。そもそもお栄は幼少期〜嫁いだ頃に、絵をたしなんでいたのか? ということが分からない。出戻って北斎に手ほどきをされた気配もないし、自分で修練している様子もない。なのに、いつのまにか、北斎と一緒に自分の絵を描くようになっている。あの辺りの経緯が分からんのだよ。
友人知人も、よく分からん。土手みたいなところで男と話す場面があったけど、ありゃ誰なんだ? 以降、登場しなくなったと思うが。それと、オカマみたいな善次郎も、いったいどういう人物かよく分からない。話の輪郭、人物の輪郭がぼんやりしたままなので、共感するところもないのだよ。
あとは、長澤まさみが、でかい。北斎の部屋から外に出てうろうろするところなど、他の役者と比べて背筋が伸びすぎ姿勢が良すぎで、大柄でがさつに歩く。そういう女が絵を描く、という感じがしないんだよな。キャラ設定はあんなでよかったのか?
話は1820年から始まって1821年、1832年、1833年、1848年、そして1849年に北斎が死ぬところまで。その間に、とくに大きな出来事もない。津軽藩の侍が来て北斎に、屏風に絵を描いてくれ、と頼むって話はあったけど、だからなに? な感じだ。結局何年か後に描きに行くんだけど、その後も狭い部屋で極貧生活。画料はたんまりもらっただろうに、なんで広いところに住まないの? 金はどうしたの? と疑問が湧くばかり。北斎が這いつくばうように描いている様子も映るけれど、あれは当時の版元からの依頼なのか? 紙本に直筆のようだけど、個人的に依頼されてのものなの? 印刷用の原画? とき、疑問だらけ。そもそも版元の人間は誰一人出てこなくて、印刷業界の仕組みに組み込まれていたという様子がまったく描かれていない。
あとは、度々の引っ越し。事実のようだけど、もうちょい意味づけするような演出があってもよかったんじゃないのかね。
北斎の富士山への執着が後半終わり頃に突然でてくる。あれも、よく分からん。前半生には興味がなかったの? なぜ突然、後半から? いや、ほかにも神奈川沖とか北斎漫画とかいろいろあるだろうに、北斎という人柄もよく見えない。ただ、だらだらと生きてだらだら描いて、引っ越す、が描かれているだけ。お榮との関係も、なんだかよく分からない。妻が田舎にいて、盲目の娘だか息子もいるようだけど、死んでしまう。あのエピソードもとってつけたようで、なんかね。あの盲目の子とお栄は歳の離れた兄弟なということか? 妻は地味に、そこにいるだけ、みたいな描き方をされている。どういう経緯で別居してるのか? など、もやもやがとまらない。
かと思うと、賽の河原のような砂漠のようなところを北斎とお栄が旅してる? ところが映る。どういう目的の旅なのだ? そして、あの様式的な映像表現の意味は何なんだ?
善次郎は枕絵を得意とした絵師だったらしいけど、絵を描いている場面は映らない。いつのまにか廃業し、料理屋をやっている。北斎とお栄は火事で焼け出され、善次郎の店にやっかいになるが…。の場面は描かれない。1848年、北斎は頭髪がなくなり、善次郎の火葬の場面になる。と思ったら、次の場面の北斎は白髪が伸びた状態で富士の麓にいて、「富士はでかい」とかお栄に話している。と思ったら、1849年、髪の毛なしの北斎、は描きながら絶命。90歳だという。映画は底そこで終わり、以後のお栄の行方は分からないとか字幕が出る。なんだよこの映画。ちっとも盛り上がらんじゃないか。人物も描かれてない。がっかりだな。
・文字が楷書過ぎて萎える。万葉仮名にしたら現代人には読めなくなるのは分かるけど、読めなくたっていいじゃないか。リアリティを求めたら、万葉仮名だろ。
・井戸さらいの場面があったけど、上水道でも町人同士でもあんなことをする必要があったのか? 
KILL 超覚醒12/1シネ・リーブル池袋シアター1監督/ニキル・ナゲシュ・バート脚本/ニキル・ナゲシュ・バート
インド映画。原題は“Kill”。公式HPのあらすじは「ラーンチー発ニューデリー行きの特急寝台列車が、40人の武装強盗一族に襲撃された。刀を振りかざし、乗客から根こそぎ金品を奪う一味の強欲なリーダー、ファニは、大富豪タークルとその娘トゥリカに目をつけ、身代金目的の誘拐をもくろむ。しかしこの列車には、トゥリカと永遠の愛を誓い合った対テロ特殊部隊の隊員アムリトも乗り合わせていた。軍隊仕込みの格闘術でトゥリカとその家族を救出したアムリトは、圧倒的に数で勝る敵との全面戦争になだれ込んでいく。やがてノンストップで走り続ける列車内は阿鼻叫喚の地獄と化し、誰にも想像しえない事態へと突き進んでいくのだった……。」
Twitterへは「列車に乗り合わせた特殊部隊の精鋭2人と、刃物片手の強盗集団がやりあうだけ、の話。ジョン・ウィックやランボーも驚く素手で戦う色男。既視感もあちこちに。しかし、インド映画のつねだけど、人物がみな鼻鬚顎髭なので区別がつかん!」
オープニングの、ヘリだったかな、から精鋭部隊が戻ってくるあたりは、アメリカ映画とほぼ同じレベル。で、アムリトが帰還して。休暇なのか? 恋人のトゥリカに連絡すると、父親の命令で婚約の儀が執り行われてしまう! と訴えてくる。こっから先は、経緯がよく分からんのだが、トゥリカは婚約式を執り行って、父親のタークルや母親、妹らと同じ列車に乗る。婚約相手は乗っていない。どっからどこへ行くのか、はよく分からない。インド映画って、こういうのよくあるよね。地元と儀式の場所が違ってて、家族一緒に地元に戻る、とか。
この列車に、アムリトと同僚のウィレシュも乗り込む。もう婚約の儀は済んでしまったのに、2人が乗り込んだ意図は、トゥリカを奪還し駆け落ちするため、かな。でも、それは危険だとかなんとかトゥリカがいってる間に、すでに乗り込んでいた強盗団が乗客から金目の物を奪い始める。
こっからは強盗団vs特殊部隊の2人なんだけど、ウィレシュは早々にナイフで襲われて、死にはしないけど戦力外に。強盗団は一族らしく、ボスとか叔父貴とか、近親者とのつながりが濃い、らしい。いかにもインドだな。強盗団ボスはタークルの存在を確認し、いっそ身代金を要求しよう、てな戦略に変更。トゥリカはアムリトと接触したものの、アムリトが一般客を救いつつ強盗団部下たちと争ってるうちに、強盗団ボスの息子で跳ねっ返りのファニに捕獲され、抵抗するも、なんと、あっさりと殺やれてしまう! おいおい。この手のヒロインがこんなに早くいなくなっちゃっていいのかよ!?
後は、ボコられつつ、でも無敵なアムリトは一進一退で手下どもを素手でなぎ倒していく。どの車両に誰がいて、どう移動しているのか、とかは良く分からない。車両と車両の間にシャッターがあったりして、それをしめると行き来ができなくなるのも、インド仕様? 列車の上をつたって車両を行き来したり、もあって、なにがどうなってるのかよく分からんけど、まあ、大筋ではアムリトがなぎ倒していく展開。
この手のアクションではヒーローが捕獲されリンチを受けるけどうまく逃げて反転攻勢、という展開がデフォルトだけど、そういうことはなく。ボコられ、へろへろになりつつ、でも甦ってやり返す、って流れ。
途中、列車が減速して泥棒仲間がぞろぞろ乗ってくる場面がある。そういう計画だったのか? 減速した運転手も仲間なのか? と思ったんだけど、違うのかな。もともと停止する予定の場所に泥棒たちが待ってて乗ったのか? よく分からん。公式HP見たら強盗団はは40人らしい。でも、何人倒して何人残っているのかは、分からない。数字でカウント表示してくれると良かったような気もする。
タークルにはもうひとり娘がいて、トイレを目指して席を外し、その間に強盗連中がやってきたので、もどれなくて大人しくしてる、という設定もある。でも、あんまりスリリングじゃないんだよな。
で、中盤になって、アムリトの我慢が限界になり、素手で対抗からナイフで殺す、になったところで「KILL」とタイトルが出る。そうなるのは遅いんじゃないのか? さっさとKILLモードで対抗すれば死なないで済む乗客も多かったと思うぞ。
でまあ、なんど倒しても復活してくる、いかつい青ジャージの男がいたけど、最後は一般客が杖とかつかってボコボコにして殺すんだけど、これは笑えた。終盤になってようやっと列車内の様子が運転席に伝えられ、警備兵がやってきたり、次の駅に連絡が行って兵士が乗り込んできたりがあるんだけど、そういうの、さっさとやれよ、と。それに、車内検札がないからこんなことになるんじゃないのか。インドの列車は、車掌がいないのか? 強盗団やり放題じゃないか? チャラいボス息子のファニも、定番通りアムリトにやられていく。んだけど、どんな死に方したのか、忘れちゃったな。まあいいや。にしても、40人いた仲間が次々と死んでいくのに抵抗を続ける強盗団も、バカじゃないの? 乗客の金品なんてたかが知れてるだろうし。富豪のタークルと娘を人質にしたって、金の受け渡しがやっかいだろうと思うんだけど、インドではそうでもないのかな? 
しっかし、1人で相当数の連中を相手に戦うアムリトが、鉄人過ぎ。
・強盗団のボスと、富豪のタークルの見た目が似てるんだけど…。髪の毛がちょいと違うのと、衣服がちょい違うぐらいだろ。
・ヒーローのアムリトと、強盗団息子のファニが、口ひげ顎髭なので、ぱっと見が、これまた似てる。インド映画って、これがやっかいなんだよな。
ぐるりのこと。12/10シネマ ブルースタジオ監督/橋口亮輔脚本/橋口亮輔
Wikipediaのあらすじは「1993年、小さな出版社に勤める妻・翔子と生活力に乏しい夫・カナオは第一子の誕生を控え幸せな日々を送っていた。カナオは日本画家を目指す傍ら法廷画家の職を得る。その後第一子の死去という悲劇に見舞われた夫婦のうち、翔子は次第にうつに陥っていく。そんな翔子を静かに見守るカナオは、法廷画家という職について法廷に通ううちに東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、地下鉄サリン事件といったさまざまな事件の公判を傍聴する。時代の変化の中で二人の夫婦は夫婦の絆を深めていく。」
Twitterへは「妊娠し成り行きで結婚した美大出の二人。亭主は靴修理屋からなりゆきで法廷画家に。妻は出版社勤務…。会話も面白いし、周囲のキャラも機能してる。はかない木村多江がはかなく、優しいリリー・フランキーは最後までやさしい。下ネタも楽しい。」
女性が妊娠したので成り行きで籍を入れ、でも、生まれてきた子はすぐに亡くなってしまって。その責任感で妻は鬱状態になって会社を辞めてしまう。いっぽうの亭主はなりゆきで法廷画家になって、同業者ともうまくやっていけるようになって。そのうち妻も元気になって、なかよくやっていく、というだけの話。ドラマチックはないけど妻の両親のあれこれや兄の家庭のドタバタ、なんてのが色取りを添えて、ときどきコミカルに、じわっとしんみりしつつ、ときにほのぼのな映画。長すぎる、という意見もあるようだけど、そんなことはまったく思わなかった。
下ネタもたくんあって。下品ではなくて、ありそうだな、というのが面白い。帰りが遅いカナオに翔子が「カレンダーに×のある日はする約束でしょ?」「だって妊娠してるし」「安定期に入ってるから大丈夫」とかいいつつ、翔子主導でセックスし、でも、「うしろの穴はだめって言っているじゃない」って、翔子がプリプリ言いながら部屋から出てくるとか。笑っちゃう。ほかにも、「わたし、手が小っちゃいから」「その手で握ってもらえると、俺のが大きく見える」とか。おおらかで明るい。後半でも、ずっとセックスしてない状態で、欝から治りかけでも一緒に風呂に入って、翔子がカナオのチンポに軽く攻撃して笑いながらいちゃつくとか。いやらしくなくて、ほんわかしそうな下ネタなんだよね。ほかにもカナオと記者の安田との会話で、股ぐらさすりつつ「使ってるか?」「いや、最近は…」とか、も、いい。
そうそう。翔子は嫉妬深くて、浮気していないかどうか、手首を舐めるとか言うエピソードも。女と関係して風呂に入ってきたら石鹸の臭いがするけど、そうでなければ汗がしょっぱいからだとか。カナオは束縛されつつ愛されてるんだな。
どうやら、ふたりとも美大出な感じ。カナオは日本画? だけど、駅なんかによくある靴修理屋で仕事をしている身。翔子は小さな出版社。美大出にはよくある現実だよな。それが、カナオは先輩から法廷画家のバイトを紹介され、1枚7万だったか、割がいいので行ってみて、記者室にいる癖のある記者や同業のスケッチさん(法廷画家)たちと知り合って、しだいに慣れていく。このあたり、とても面白かった。自分も何度か傍聴したことがあるので、裁判所の様子や傍聴席の感じとか、そうそう、と思って見てた。いっぽうで、裁判所にはああいう記者のたまり場あるのは知らなかったので、へえ、な感じ。判決の直前に記者が浮き足立ち、判決とともに駆けだして行くところとか、その後に被告を描いていく感じとか、なるほど、と。っていうのも、映画で取り上げられている、抽選が必要な重大事件ならまだしも、一般的な事件では記者はいないし、まして法廷画家はいない。法廷画家の活躍って、そんなに多くないと思うけどなあ、というのが本音かな。
白木の位牌。カナオが描いた赤子の、生前のスケッチ。それをみて、「喜んでたんだ」とつぶやく翔子。子供ができたから仕方なく結婚した、わけでもないのかな、という気持ち。カナオの真面目さがつたわってくる。けど、死んでしまった子供への責任感が襲いかかり、心療内科にかかり始める翔子。結局、会社はつづかなくてやめてしまう。まあ、欝は個人的な体質にもよるから、負荷に弱かったってことか。
この後、ちょっとよく分からない場面があって。翔子が病院で中絶しているようなんだよね。カナオの同意書を偽造して。ってことは、妊娠したけど、育てる自信がなくなっていた、ということなのか。また新しい命、と喜ばなかったのか。また死んだらどうしよう、という不安の方が多かったということかな。
カナオの人生は、あまり語られない。最後の方に、父親が縊死したことをつぶやく程度。いっぽうの翔子の家族は、賑やか。とくに兄家族がわちゃわちゃしてる。不動産関連なのか、その手の話が多いんだけど、分からんところも。たとえば馴染みのトンカツ屋の話しもそう。息子の代になって味が落ちたとか、聞こえるように言う。それを聞いた息子がみそ汁にツバを足らす。そのみそ汁を、飲みそうで飲まない、けっど飲んでしまう演出とか、憎い。しかもそのトンカツ屋は、ある日夜逃げしてしまう。兄は2千万だかの借金を背負うことになったのか? よく分からんけど、世話してやったトンカツ屋の一家の挙げ句の果ても、しみじみと。ラスト近く、母親の家を売る売らないのところ、よく分からなかった。あれはどういう話だったんだろう? 
兄の妻も、ズケズケものを言う。翔子に、「心療内科に通ってるんだって? うちの子、中学受験するんだけど面接で家族のこと聞かれるらしいのよ。気をつけてね」なんてことを平気で言う。まあ、世間一般の反応を象徴したセリフだよな。
母親は、新興宗教にはまってるらしく、怪しい水を買ったりしてる。どうも、かつて亭主が家族を棄てて出て行ってしまったので、それですがっている、というような展開なんだろう。と、思っていたら、最後に、原因は私なの、と告白する。なんだ。浮気したのは母親で、それで嫌気をさして亭主に出て行かれたのか。という落ちもおもしろい。で、その父親だけどかつてはプロ野球選手だった、らしい。その話は度々話されるんだけど、本人は出てこない。終わり間際にこの父親が末期ガンだから会いに来て欲しいとか言う話が舞い込んで。母親は、行かず。翔子にお鉢が回ってきて、カナオと見舞に行くけど、そのくだりは映像化せず。戻ってきた二人がほかの家族に話しをする場面になってしまう大胆な編集もいい。回想で父親が出てくることもなく、ただ、カナオが描いた父親の顔が出てくるのみ。その絵を見て、母親は、「お父さんだ…」とつぶやくのもいい。
そのうち翔子の心も落ち着いて。泣きじゃくってだだをこねるのをカナオがあやす場面は、なかなかよかった。ほかにも↑で書いたけど、一緒に風呂に入ってイチャイチャしたりできるようになる。カレンダーの「×」も登場して、セックスしてる関係になったんだ。というところまで、冒頭の妊娠の場面から10年の月日がかかっている。カナオもよく耐えたというか、支えてきたよね。りっぱ。妊娠できない身体ではないのだから、次の子をがんばればいいのに。と、思ってしまう。まあ、あの分なら、次の妊娠も間近かな? 示唆するようなシーンはとくになかったけど。なかよく手をつないで散歩するところなど、ほのぼのだよね。
という流れの中で、カナオの裁判所での日常がインサートされる。扱う事件は、交通事故の過失致死、園児殺害の保母、売春宿の女と外国人売春婦、池田小学校を思わせる学童殺害の犯人が、被害家族に投げかける悪態、食人の話もあったな。それから会社の横領? 3人並んでた。地下鉄サリンみたいな毒ガス事件では、傍聴席で信者が何かを唱えていたり。というようなタイムリーでシビアな事件の裁判があって、カナオは淡々と、ときに面白おかしく仕事をしている。記者や仲間の法廷画家との交流も、歳を重ねる毎に親密になって行く様子がなかなかいい。
とくにドラマチックな出来事が起きない話ではあるけれど、世間では大変なことがたくさん起きているし、妻の翔子は欝で会社を辞めちゃうし、母親の信仰もあったり、兄家族のドタバタも活写される。そうしたすべてが、物語になっている、って感じかな。
クレジットにでてきた加瀬亮、片岡礼子に気がつかず。学童殺害犯の新井浩文がリア。「うるさい」と言いに来る階下の女の江口のりこが一瞬だけど印象的。
観客は3人だった。
手に魂を込め、歩いてみれば12/11ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1監督/セピデ・ファルシ脚本/---
原題は“Put Your Soul on Your Hand and Walk”。映画.comのあらすじは「イスラエルによるガザ攻撃が続いていた2024年、セピデ・ファルシ監督は現地の人々の声を世界に届ける必要性を感じていた。ガザは封鎖され行くことができないため、監督はガザ北部に暮らす24歳のフォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナとのビデオ通話を中心とした映画の制作を決意する。イランからフランスに亡命したため祖国に戻ることができないファルシ監督と、監督の娘と同じ年齢で、ガザから出ることができないファトマとのビデオ通話は毎日のように続けられる。ファトマは監督にとってガザを知る目となり、監督はファトマが外の世界とつながる架け橋となって絆を築いていく。空爆や飢餓にさらされながらも力強く生きる市民の姿や街のわずかな輝きを写真に収め、スマホを通してガザの様子を伝え続けるファトマだったが、度重なる爆撃で家族や友人の命が失われていくにつれ、いつも明るかった彼女の表情に陰りが見えはじめる。そして2人が交流を始めてから約1年が過ぎた25年4月、悲劇はファトマ自身をも襲う。」
Twitterへは「イラン人監督がガザ取材を目論むが入国できず。で、現地の女性を紹介され、彼女をテレビ電話で取材することに。そのスマ本画面と、あと少し彼女の撮った現地の写真で構成されるお手軽ドキュメンタリー。最後の字幕だけはドラマチック。」「しかし、ガザの24歳の娘の歯並びがきれいで、真っ白。鼻毛がない。いつもニコニコ笑顔で応じる。が、印象的だった。」「しかし、もっとも驚いたのは、イラン人監督が『ショーシャンクの空に』を知らなかったことだな。24歳娘が「記憶に残るセリフがある」と話しかけるんだけど、イラン入国禁止でフランス在住のドキュメンタリー作家があの映画を知らんとは。素人か。」
監督は、自分がガザに入れないからと、ガザに住む(だったかな?)知り合いにファトマを紹介してもらい、約1年間、ネットを介してビデオ会話をする。見てて、取材ってレベルではなく、ガザはどうなの? 的な会話が主体で、戦況とかはほとんど分からない。だって画面には監督のスマホが映り、そこにファトマの顔が映るだけだから。
で、ファトマトはどういう人物なのか? ほとんど分からない。HPとか解説にはフォトジャーナリスト、とあるけど、はてな? な感じなのだ。だってガザから出たことがなくて、ガザの様子は写真に撮ってるんだろうけど、どういう手段でそれを公開しているのか? とか、さっぱり分からんから。撮った写真をSNSとかHPで公開してジャーナリストなら、俺もジャーナリストだろ、と思ってしまう。
で、内容はというと、ファトマがガザにおける日常などを話す、が大半。もちろん合間に爆撃音も轟くし、窓から近隣の破壊された町も写される。「近い」というけど、黒煙が上がっているのは数キロ先な感じで、ファトマも動揺してないし、緊張感というのはほとんど感じられない。
弟2人や父親も、ちらっと画面に映ったりする。家族も13人が犠牲になってる、らしい。まあ、叔父叔母その関連らしいが。ほかにも、仲のよかった友人も亡くなった、と。そして、ときどき転居したり、また戻ってきたり。どういう環境で生活しているんだろう。
これが淡々と、笑顔を絶やさず話すんだよね。それが、違和感少し。まあ、哀しいから悲しい顔、よりも逆に生々しさは感じるんだけど。で、Twitterにも書いたけど、見事にきれいな歯並びで、真っ白。丁寧に磨いてるんだなあ。そして、下からの絵が多いから鼻の穴も映るんだけど、鼻毛がちょっと奥まで1本も見えない。これは、生えないのか、処理しているのか、それが気になってしまってしょうがなかった。
弟2人は薪を拾いに行ってる、てなことを話していた。そう。インフラはどうなっているのか、はとても気になった。そもそもネットは、回線が途切れ途切れだけど、映像も送れるような状態だ。どういう環境なんだろう? 電気はあるのか、ガス水道はどうなっているのか。仕事は、収入は、街の中の社会生活はどうなっているのか? そっちが知りたいのに、ほとんど話されないし、絵も出てこない。後半で、食事は缶詰が主体、とか、煙草1本が数100ドル(?)するとかも話していたけど断片的。それにファトマの家の中がほとんど映らないので気になってしまうわけよ。写しているからヤバい、ってこともないと思うんだが…。
といった案配で、聞いたり読んだりした以上の情報がとくにでてくるわけでもない。ので、中盤で20分ぐらいうとうとしてしまった。
2024年4月ぐらいから、9月ぐらいまで、1ヵ月おきぐらいにわたって、こんなビデオ会話がつづいて。9月の映像ではちょっと落ち込んだ表情のファトマだったけど、すぐ明るさを取り戻したし。いったいこの24歳の娘の精神的、肉体的状態はどうなってるんだ? とも思ったよ。
で、その次に、ファトマとの最後の通話、ってのが写される。このなかだったかで、「この映画がカンヌ映画祭で上映されることになった」と監督がファトマにいう場面がある。え? 完成してない製作途中の映画が、なんでカンヌ上映が決まるんだ? それが引っかかったね。それはともかく、ファトマはカンヌに出席するのは素晴らしい、とはいうものの、自分はガザにとどまる、という。なぜならここは自分の故郷であり、家族がいるから、という。そして、すべてはアラーの思し召し、と考えている。このあたりは、共感するのは難しい。ほぼ自殺行為ではないか。イスラム教というのは、こういう思想なのかと改めて思った。
さて、その後だったか、前だったかに、クルマで移動しつつガザの街を写す動画が流れる。これが街を写したほぼ唯一の動画かな。もちろん、ファトマが写したスチルは適宜インサートされるんだけど。ほぼ廃墟の街を、多くの人がうろうろしている。ときどきパラソルが開いているのは何かの店か。にしても、何を売っていて、どっから仕入れているのか。興味はあるけど、答はない。
で、このあとで、2025年の4月にファトマと家族が爆撃にあって亡くなった、と字幕が知らせる。あとは、亡くなった家族の名前が列挙され(写真はない)エンドロールになっていく。実は、HPの内容紹介でファトマが亡くなるらしいと言うのはチラと見てしまっていたので、衝撃はなかった。
というドキュメンタリー。監督は自宅や出張先からガザにネット経由でアクセスし、ファトマの映っているスマホを撮ってるだけ。なんとお手軽な企画なのだ。うがった見方をすれば、監督はファトマのリスクを承知で、もしかしたら悲劇的な結末もあるかもと思いつつ撮っていたのではないかと思う。別にそれを期待していたとは言わないけど、ファトマの笑顔と、必然的に見える死が、この映画の評価を高めているのかなと思ってしまう。あのまま、元気なファトマと会話を続け、今年になっての停戦が映り、街中に出て撮影している彼女が登場したら、どうだったんだろう? などと。
にしても、ファトマが、好きな映画が『ショーシャンクの空に』で、いいセリフがある、と言ったら、監督がこの映画を知らない、といったのが衝撃。IMDbでトップのこの映画をプロの映像作家が知らんとは。それはともかく、ガザを牢獄に喩えてのこのエピソードは、計算したような感じで、なかなか。
ところで、タイトルの『手に魂を込め、歩いてみれば』は、ファトマがカメラを手にガザの街を歩くときの心構え、だったかな。
エディントンへようこそ12/15ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1監督/アリ・アスター脚本/アリ・アスター
原題は“Eddington”。公式HPのあらすじは「物語の舞台は2020年、ニューメキシコ州の小さな町、エディントン。コロナ禍で町はロックダウンされ、息苦しい隔離生活の中、住民たちの不満と不安は爆発寸前。保安官ジョーは、IT企業誘致で町を“救おう”とする野心家の市長テッドと“マスクをするしない”の小競り合いから対立し「俺が市長になる!」と突如、市長選に立候補する。ジョーとテッドの諍いの火は周囲に広がっていき、SNSはフェイクニュースと憎悪で大炎上。同じ頃、ジョーの妻ルイーズは、カルト集団の教祖ヴァーノンの扇動動画に心を奪われ、陰謀論にハマっていく。エディントンの選挙戦は、疑いと論争と憤怒が渦を巻き、暴力が暴力を呼び、批判と陰謀が真実を覆い尽くす。この先はあるのか? エディントンの町と住人は誰も予想できない破滅の淵へと突き進んでいく。暴力、陰謀論、SNSの暴走がすべてを焼き尽くす“炎上スリラー”エディントンへようこそ。」
Twitterへは「コロナ、SNS、陰謀論、カルト、テロ、Black Lives Matter、企業誘致、ホームレス…。前半の、風呂敷の広げ具合はそこそこ面白かったんだけど、途中からだらだらしてきて。主人公が暴走してから何が何だか分からなくなっちまった。」
後から知ったんだけど監督のアリ・アスターって、む『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』の人だったのね。にしてはおどろおどろしたところはないし話の論旨はムチャクチャだしで、テイストはかなり違う。
前情報なしで見始めると、冒頭からマスクがどーのと、コロナ期の出来事がつづいて。州でマスクが義務化された世界のようだ。マスクしない派の保安官ジョーは、警官(と保安官の位置関係が分からない)や街のみんなからうさん臭く見られていて、マスクしろ攻撃されている。でも、マスクしない派の老人をスーパーで擁護したり、ある意味変人。とはいいつつ、私個人はコロナはインフルレベルの風邪だと思っているので、ジョーに肩入れしたい感じ。やたらウィルスを怖がってるのは、彼の地でも主流だったんだなあ。アホだったんだなあ、と思う。この監督もマスクしない派だったのかな。てな感じのマスク論争の部分はとても面白く見た。マスクなしでいるジョーを周囲が動画撮影し、SNSにがんがんアップされたりするし。世相批判、人間心理の面でも興味深い。
いっぽう町では市長選が行われようとしていて、再選を目指す現市長テッドはデータセンターを誘致して町の活気を盛り上げようとしてる。テッドはマスク派で、やたらジョーに絡んでくる。ぐらいの対立だったんだけど、なぜかジョーはいきなり「俺は市長選に出る!」と宣言し、地味に選挙戦がスタートする。のだけれど、このあたりの描写はテキトーで、いつ交付だとかいつから選挙戦開始とか、そういうのはアバウト。なところが、もわっとするんだけどね。ジョーには部下が2人いて、ひとりは黒人、もうひとりは白人。どちらもジョーを信頼している感じ。
時代はBlack Lives Matter。殺害されたフロイド側に立つ青年たちは町で抗議活動を行なっている。なかに過激な娘サラがいて、この娘にテッドの息子が接近するんだったかな。いや、もうひとり接近してる青年がいて、こっちは誰なんだ? とか、思いつつ見てた。ところで、この娘の元彼が保安官の部下の黒人で…。となかなか複雑。だけど、きっちり交通整理できていないので、なんかよく分からん感じ。
さらに面倒くさいのがジョーの妻ルーイーズで、彼女はかつて、なのか現在も、なのか、テッドとつき合っていてどうたら、という話がある(後に、実は未成年のルイーズとテッドが関係してルイーズが堕胎したとか、ジョー曰く「あれはレイプだ」てなことをいったり、ルイーズ本人は「そういうのとは違う!」といってたり、もう藪の中)のだが、わけ分からん。
ルイーズの母親はややカルトっぽい感じで陰謀論に取り憑かれてる感じ。ルイーズは陰謀論男のヴァーノンに影響されてるとか、あらすじは言ってるけど、あんまり記憶がないんだよな。ちょっと寝たりしたから、それもあるのかな?
でまあ、ジョーとテッドは反目してるんだけど、ある日、テッドの家がうるさいからと報告を受け行ってみると、選挙盛り上げのパーティで大盛り上がり。音響もボリュームいっぱいあげている。ジョーが下げるとテッドが上げる。さいごはテッドがジョーにビンタするがケンカにならず、大人しく引き下がっていくのはなんでなの? なんだけど。これが契機になったのか、まずは居酒屋に入り浸りのホームレス爺さんを呆気なく射殺し、河に流してしまう。始末があまりにもお粗末だよな。とおもったらジョーは高台にあるテッドの家の近く、といっても、インディア居留地で管轄外、にライフルを構えてテッドを射殺してしまう。ついでに、息子も。そして、壁に落書きをする。そこまでするか? な急展開に、なんじゃこれ?
ジョーは素知らぬ顔で操作を始める。ライフルは居留地から発射されてるからと、インディアンの警官みたいのが関与しようとするが、ジョーは邪険に扱う。いっぽうで、テッドの息子と親しかった過激娘が容疑者扱いされたり。その過激娘の元彼の黒人保安官が質問されたり。話は混迷に陥っていく…。っていうか、そもそもジョーが居留地から撃ったのは計算ずく? ライフル射撃の腕は達者だったの? 的なツッコミはあるんだけどね。
このあたりから、わけが分からなくなってくる。ジョーは、誰か知らぬ男or連中から狙われ、狙撃される。テロ組織? カルト集団? ヴァーノンの名前がやたら登場するけど、見てるときは「誰?」と思ってた。ヴァーノン自身はそんなに登場してなかったような…。ざっくり端折ると、ジョーは狙撃されて逃げる途中に間違って(?)インディアン警官(壁に書いた文字の書体から、犯人はジョーだとピンときていた様子)の足を吹っ飛ばし、さらに、爆弾が仕掛けられているところに追い詰められ(だっけ?)、大爆発で部下の黒人保安官は吹っ飛ぶ。さらに、ジョーは得体の知れない男に襲われ、頭部を鉈かなんかで打ち割られる。と思ったら、過激娘サラの知り合い(?)だった青年が登場し、謎男を倒す。撃ったんだっけ? 忘れた。で、なんかよく分からないけど後日。ジョーは生きていて、風呂かなんかに入れられようとしていて、ホアキン・フェニックスの巨根が丸見え、なのに字幕が巨根の上にかかっていてよく見えないという、残念。のあとは、何科の式典(データセンター?)にジョーも障害者として出席、してたのか? っていうか、市長は誰になったんだよ。で、この式典だか別の集会だかに妻のルイーズが出席していて、腹がでかい。妊娠なのか。父親は誰? ヴァーノンってこと? なんか、よく分からないハチャメチャな後半で、ぜんぜんスッキリしないのだった。
・現市長のテッドはヒスパニック。ほかに黒人、白人、インディアンが登場するけど、東洋人がおらんな。
ピアス 刺心12/18新宿武蔵野館2監督/ネリシア・ロウ脚本/ネリシア・ロウ
原題は“刺心切骨(Pierce)”。Pierceは“刺す”の意味の方だな。公式HPのあらすじは「フェンシングの試合中に対戦相手を刺殺し、少年刑務所から7年ぶりに出所した兄ジーハンと、疎遠になっていた弟ジージエが再会する。「事故だ」という兄の言葉を信じて、ジーハンを警戒する母の目を盗み、兄からフェンシングの指導を受ける。ジージエ自身も気づかなかった友人への甘酸っぱい想いを後押ししてもらい、ふたりは兄弟の時間を取り戻していく。しかし、幼き日の溺れた記憶がよぎる。あの時、なぜ兄はすぐに手を差し伸べなかったのか。「僕が死ねばいいと思ってた?」疑念が深まるなか、悪夢のような事件が起こる。」
Twitterへは「舞台は台北。フェンシング上手な兄はサイコなのか? てな話だけど、いろいろ歯切れが悪く、中盤はだらだら間延びするし、ツッコミどころも多い。サスペンス性はほとんどなくて、剣ってあんな簡単にポキポキ折れて練習中に傷だらけかよ、な印象。」
どうなるんだ? な展開で始まったんだけど、兄貴が出所してからテンポが悪く、だらだらな流れになって。兄貴が弟に、クラブでフェンシングの極意を教え始まるんだけど。全国チャンピオンに3回の実績があって、7年前に試合中に相手を死に至らしめた兄が、ふらふらとクラブの練習場に潜り込んでたりするので、そんなことはあり得ないだろう、と思うと、この兄と称するやつはきっとこの世の者ではなく亡霊だった、てなオチにでもなるのかな、とずっと思って見ていた。のだけれど、話がなかなか伸展せず、弟の技量はそこそこしか伸びない。っていうか、とくにドラマもサスペンスもない間延び状態になってきたので瞼が次第に…、で、気がついたら、兄貴が母親の彼氏一家と会食しているという場面に。どーも10分かそこら寝てしまったのか。
そもそも、なバックグラウンドが弱い。弟は兄に恐怖感を抱いているようだけど、その根拠が曖昧だ。ラストまで、弟が溺れているときにすぐ助けなかった、という怨念と恐怖があるかのように描いてるけど、ならば日常的に嫌っていても不思議ではない。なのに、弟は兄と同じフェンシングを習っていて、兄の教えも聞いたりしている。ほんとうに嫌悪しているのか?
兄が少年院にいくきっかけになった事件も、これまた茫洋としている。剣が折れて相手に刺さり死亡したので逮捕された、という話だけど、その場面はでてこない。そもそも兄がサイコなら、全国チャンピオンになるような無敵な選手になる以前に、日常的に、たとえば動物を殺していたとか、練習相手に傷を負わせていたとか、そういう事例が散見されたはず。なのに、事件については、死んだ相手と兄が確執していたような話もない。剣が折れたのは偶然だろうし(折れるように仕組んでいた、あるいは、こうすれば折れるを分かっていて、折れるようにしていた?)、相手を恨みで殺したわけでもないだろう。これで有罪になり少年院に7年(しかも、6年早く出所してきたという話だ)も入るというのは、ヘンすぎだろう。
そういえば、母親の彼氏の家族との会食で、幼い子どもが兄の顔を見て「あの人怖い」と怯えて泣く場面があるけど、子どもは何を感じたって言うんだろう? ぜんぜん説得力がない描写だ。そう。兄は極めて普通であり、サイコでもなんでも亡く見える、ってことだ。それを、サイコだよ、ってムリやり下手な演出で見せようとしている。まあ、シナリオや演出が下手だ、ってことだよな。
そうそう。兄は頻繁にクラブに入り込んでフェンシングの練習に顔を出すんだけど、その目的は何なんだろう? 弟につよくなってほしいから? なぜそうするのか? また、弟も素直に従うのは、なんで? という基本的な疑問がある。さらに。兄はクラブで練習中、またまた剣を折って相手を傷つけている。あれは、偶然なのか? 意図的な剣を折るテクニックを身につけているのか? さらに、相手は血を流しているのにマスクのまま呆然としている。ありゃなんなんだ? クラブのコーチとか「お前は誰だ? 誤れ」って、マスクを取るよう要求しないのか? 意味不明。
で、弟はなんとか大会の選手に選ばれる。当日、兄もこっそりやってくるんだけど、顔バレしてるはずなのに誰にも咎められない。ヘンだよな。弟は勝ち進んだ様子だけど、決勝の前に兄と話して動揺したのか、負けてしまう。ののち、会場で騒動。兄が無差別殺戮を始めた様子。逃げ惑う人々。けれど弟は兄に近寄り、兄のマスクをかぶる。兄はそのままいずこかへ。弟は犯人として警察に捕まり、パトカーに。という流れなんだけど、そううまく行くはずがないだろ。それに、警察は弟を捕縛後、パトカーに押し込むまでマスクを取らない。あり得ないだろ。
で、はるかむかしの記憶。溺れている弟が、最後の最後に兄に助けられた、という場面。はたして兄は弟を見殺しにしようとしていたのか? は、謎のまま。では、弟はなぜ兄の代わりに逮捕されたのか? これまた謎。もやもやすぎて、つまらない、を通り越してしまう。何が言いたいんだ。弟の屈折した心理は、意味不明。
・実をいうと最初、あの兄は亡霊かと思ってた。だって自由にクラブの練習に顔を出せるなんて不自然すぎるから。兄は死んでいて、弟を指導するためにやってきていた、と。すでに死んでいる、あるいは、遠隔地から神霊だけがやってきている、てな感じ。つまりまあ、会食で子どもが怖がっているのも、兄が亡霊だから、とか。ほんとうは兄は弟思いで、見守っている、てな感じの話かな、と。でも、なんかそれだとつじつまが合わないので、やっぱ、違うか、と。
・兄は出所して、台北から離れた田舎に住んで働く、といっていた。なんだけど、弟はクラブの帰りに途中下車し、兄の働くコンビニによる。え? 台北と、クラブと、兄の働く場所の位置関係が、おかしくないか?
・弟君はゲイらしい。でも、この映画大筋にはほとんど関係ないだろ。っていうか、関係のないつくりになっている。LGBTを交えておけば注目されるかな的な安易な考えなんじゃないのか?
・大会の試合。選手のすぐ横で、控えの選手や応援の人々が騒いでる。あんな近くでやらんだろ。危険がアブなすぎる。
・母の彼氏の時計を弟が盗んだという一件は、知らなかった。弟が告白したのを見て、そんなことがあったのか、と。こちらが寝ている間の出来事だったのか。
・母親もいい加減な女だよな。少年院にいる兄のことを、彼氏に、アメリカのジョン・ホプキンス大学で医学を学んでいる、とかいうかよ。そんなのすぐにバレるだろ。っていうか、新聞ネタになった事件の犯人が、つき合ってる女の息子だって知らない方がどーかとてる。
・母親の再婚話をまぜてるのは、弟が母親の恋愛に対して嫌悪感を抱いているから? そんな風には見えなかったけどな。まあ、このエピソードも、たいして機能してないよな。
PASSION12/20シネマ ブルースタジオ監督/濱口竜介脚本/濱口竜介
Webで見つかるあらすじは、「結婚を間近に控えた一組のカップル。仲間の祝う誕生パーティーの席上で、期せずして男の過去の浮気が発覚する。男と女は別れ、それぞれの夜を過ごす。」なんだけど、過去の浮気って、なんだっけ? よく覚えてないわ。
Twitterへは「濱口竜介監督の芸大院修了作品で、29歳大学同窓生たちの五角関係の話。冒頭のゴチャゴチャな流れは、誰が誰やら。中盤からも頭でっかちなセリフが理屈っぽく、ちょい辟易。友人同士であんな罵り合いせんだろ。まだ力が入りすぎてた時代の産物かな。」
濱口竜介の、長編として実質的な処女作らしい。評判もいいようなので、入念に練り上げた繊細な映画なのかと思ったら、なかなか大雑把で乱暴な仕上がりだった。まず冒頭で、男女(顔はよく見えない)が何かを埋めている。死骸か? 白い頭が見えたので人間かと思ったら、猫らしい。でも、猫って分かんないよな。しかし、あんな公園みたいなところに猫の死骸を埋めちゃダメだろ。
つづいて、タクシーの中の男女。カップルなのか夫婦なのか。よく分からない。そして、どっかの飲み屋で四角いテーブルを囲んで歓談してるところに、さっきの男女が到着した、ということらしい。ここに4組のカップルがいるらしいけど、誰が誰やらサッパリ分からない。アップが多いし、説明カットもなくて、イラッとくるレベルだな。で、女性陣は帰っていき、男3人が、別の知人の女性のところに行こう、といいだしバスで移動する。しかし、バスの中では、手すりにつかまるのが基本なのに、わーきゃあやってる。運転手に注意されないのが不思議。まあ、そういう演出なんだろうけど。
設定は横浜らしいけど、夜の9時10時までバスで移動するようなむところにマンションがあり、そこに住んでいるのが、占部房子演じるタカコで。伯母のマンションを借りて住んでいる、らしい。29歳で、院に進んでいるとかいないとか行ってたけど、年齢的に遅いよなあ。はさておき、不思議なのは、この夜の集まりにタカコが呼ばれていないこと。なんでなの?
たぶん一同は同じ大学の同窓生なのだろう。で、ここで交わされる会話がどぎついというか、叫び怒鳴り合うような感じなんだよね。「本音を言おう」といいだす男(彼だけが既婚者で工場で働いているとか言ってたかな)がいて、それは本音じゃないとかなんだとか、うっとーしー感じで会話が交わされる。むかしの大島渚の会話劇みたい。のは、この場面だったっけ? その後に、ふたたびタカコの部屋に男が2人だか3人集まったときだっけ? 忘れちゃったな。
で、冒頭のタクシーにいた2人は結婚予定なんだけど、男の方はタカコと関係していて。そのタカコに気のあるもう1人の男がいて。そんなことがだんだん明らかになっていって、タクシーの2人は結婚することをやめてしまう、んだったかな。そして、冒頭で猫を埋めていたのはタカコと、タクシーにいた男の方だったのかな。
そうそう。猫はタカコの伯母が飼っていた猫で、でも、猫派家に付くと言うから伯母は部屋に置いていき、タカコが飼っていたけど死んでしまったから埋めた、らしい。
で、4組の会合の後日、タカコのところに男が訊ねてきて、さらに同じタイミングで別の男も訪ねて来るというようなことがあったよな。そんなタイミング良く、なんで男どもがやってくるんだ? あり得ないだろ。
細かなことは、覚えていない。戦わされる議論も、頭に入らなかった。どーでもいいようなことを口角泡を飛ばして30男が議論するなんて、フツーあり得ないし。誰もそんな真面目に生きてるとも思わないので、会話自体が浮きまくってる感じ。
で、ラストは、タクシーに女と、誰だか忘れたけど男が、早朝の工場地帯をだらだら話しつつ歩いてくるという場面。ロングショットでFixで1ショット。最後の方でトラックが背後を横切るのは覚えてる。
なんかいろいろムダに力が入り過ぎちゃってて。見てるのも疲れてしまった。まったく凄いとも思わなかったし、考えさせられるところも、とくになかった。狭い友人関係の中で妙な5角関係をやってるな、と思ったぐらい。フツーはそんなに身近で済ませたりしないだろ。視野の狭い連中だ、と思った。
・タクシーの彼女が話してたんだっけか、忘れたけど。祖父が死んで、棺桶が臭いから見たらウンコしてて、死から蘇生。でも、意識は戻らず数年生きたけど死んだ、というバカな話は何だったんだ? ここだけお笑いなんだよな。
スモーク12/21シネマ堀切監督/ウェイン・ワン脚本/ポール・オースター
原題は“Smoke”。Wikipediaのあらすじは「ブルックリンの街角で小さな煙草屋を営むオーギー・レンは、10年以上毎日同じ時刻の同じ場所で写真を撮影していた。煙草屋の常連で、オーギーの親友でもあるポール・ベンジャミンは作家であるが数年前に銀行強盗の流れ弾で妻を亡くして以来、仕事が手につかず悩んでいた。閉店間際の店に駆け込んだベンジャミンは、見せてもらったオーギーの写真集から亡き妻のありし姿を見つけ号泣する。ベンジャミンはボンヤリとして自動車に轢かれそうになったのを助けられ、ラシードと出会う。その怪しい少年に感謝し、ベンジャミンは彼を自分の家に泊めてやる。2晩泊まった後にラシードは家を出て行ったが、その数日後にラシードの叔母を名乗る女性が現れた。ラシードの本名はトーマス・コールといい、偽名を使って各地を転々としていたのだ。その頃トーマスは生き別れた父親のサイラスに会いに、サイラスが営む小さなガレージを訪れた。トーマスはサイラスのガレージのスケッチをしているが、追い払われても退かず、そこでトーマスは以前世話になったポールの名前を偽名として用い、無理やり雇わせる。後日、トーマスはポールの元を再訪。ポールは先日トーマスの叔母が自分の元を訪れた経緯を述べ、本名を問い詰める。トーマスを追うギャングに押し入られベンジャミンはトーマスのやばさを知る。ルビーは戦争中、オーギーを裏切り他の男と結婚したが、娘がピンチだと金の工面に訪れる。ベンジャミンはトーマスの隠した6000ドルを自宅で見つけるが、その金はトーマスがタバコ屋のバイトでドジしたぶんに当てられ、さらにルビーに渡される。トーマスはサイラスに本当の名を名乗り、息子であることを伝えるが、混乱から乱闘になる。そしてオーギーは作家に昼食をとりながら過去にあったクリスマスの話をする。昔、万引き犯を追いかけるが逃げられ、落としていった財布には写真だけがあった。家を訪ねるとそこには盲目のおばあさんが一人で住んでいて、自分のことを孫だと思い込んだ。だから話をあわせて一緒にクリスマスを過ごしてきたという。それにベンジャミンは「本当にいいことをしたな。人を幸せにした。生きていることの価値だ」と言う。オーギーはその言葉に心から満足する。ベンジャミンはその話の原稿を書き始める。エンディング。歌が流れ、キャストのクレジットが始まり白黒画面。回想でその話が演じられる。おばあさんは声を聞いてすぐに別人だと分かっていた。オーギーがタバコ屋の前で撮影しているカメラ(キヤノン AE-1)はそのとき去り際に盗んだものだった。」
Twitterへは「1995年公開の、ブルックリンを舞台にした下町人情劇。ネットもPCもなく、みな平気で煙草をふかしていたのどかな時代の話。善意ある人もどっかに悪意を秘めている、みたいなオチだった。アシュレイ・ジャッド気がつかず。」
シネマ堀切といっても名前だけで、映画館ではなく個人宅でのBlu-ray鑑賞。
あらすじは↑の通り。冒頭で、たばこ屋に常連らしいのがわちゃわちゃいるのが、誰が誰やら…だったけど、あんまりストーリーには関係なかった。まあいい。全体を見て思ったのは、日本なら森崎東が撮る『女は度胸』『男は愛嬌』あるいは『若大将シリーズ』みたいだなということ。いろんなキャラが登場し、悪ガキが改心したり、婆さんが優しかったり、天罰が下ったり、出会いや再会、お涙頂戴がありつつ、ちょっとシニカルな視点も忘れない、というような映画だな、と。とはいえ、この映画では妻と娘を事件で失った有名作家と、貧乏人にやさしいたばこ屋の親父が起点となっていて、それぞれの有り様、見方が加味されているのが、ちょっと知的な人情モノになっているのかも。
波風を起こすのはラシードという黒人少年。放心して歩いていたベンジャミンを道路で救ったのでいい奴、と思わせておいて、でも強盗の金を失敬するちゃっかり野郎でもあったりする。ベンジャミンは、助けてくれた御礼に「いつでも泊まりに来い」といいつつ、いざラシードがやってきて、数日すると邪魔になってきて、なかば追い出してしまう。するとラシードの伯母を名乗る女性がやってきて、安否を訊ねるんだけど、ここで、この伯母はベンジャミンのところにラシードがいる、って、どうやって分かったのか? については説明がない。と、ちょっとツッコミ。
でていったラシードは、街外れ? の自動車修理屋の前でウロウロし、ジャマだと言われつつも、技手のオッサンに取り入って働かせてもらうことにする。ラシードは、身の上話として、母が死に父親はでていって捨てられた、と言っていたので、なんとなく想像はつくあたりのゆるい展開は、観客に配慮した分かりやすいものになってるんだろう。技手のオッサンは、交通事故で妻を失い、ここで数日前に開業したけれど客は来ない、と嘆いているんだけど、子供がいたとか捨てたとかは言明しない。このあたりの技手のオッサンの心情は分からない。父親に会いたいラシード、息子のことなんかちっとも気にかけていないオッサン、というズレは、最後まで涙の再会物語として盛り上がらない。ここは、もうちょい工夫が必要だったんじゃなのかな。
で、なぜかラシードは再びベンジャミンのところに舞い戻ってくる。ベンジャミンは伯母の話からラシードが偽名で本名はトーマス、を知っていたので問い詰めるとしぶしぶ認める。のだけれど、トーマスがラシードと偽名を使う必要性は、ないよな。
ラシード改めトーマスは、ここでなぜか、たばこ屋のオーギーのところに行き、働かせてくれ、と頼み込む。え? おまえ、技手のおっさんのところで働いてるのに勝手にブルックリンにやってきて、職探し? あっちはどうすんだよ。とツッコミ。
オーギーは、心根が広い。雇い人に、ちょっと頭の足りない兄ちゃんがいて、見せの前の掃き掃除とか大雑把で、まるで落語の与太郎だ。まあ、こういう弱者に優しいし、黒人やヒスパニックらしいのとも気軽に話していたりする。人情オジサンだな。でも、トーマスが仕事中に店の雑誌を読みふけり、蛇口からこぼれた水で煙草がだいなしになって、5000ドルだっけかがだいなしになってしまう。トーマス君。ただのバカだろ。でまあ、強盗から失敬してきた金を差し出して、とりあえずチャラに。しかし、金で片がつく話ではないはず。ドジは、なかなか治らないからね。
と思っていたらベンジャミンのところに2人の黒人が押しかけ、ラシード/トーマスの居所を教えろ、と言ってくる。ここで疑問は、2人の黒人は落とした金をラシード/トーマスが拾い、ベンジャミンのところに寝泊まりしている、どうやって知ったのか? なんだよな。と、ツッコミ。
でまあ、ベンジャミンとオーギーは、トーマスを連れてクルマで技手のオッサンのもとに行き、オッサンの前で本名を言わせる。ああ、涙の再会。とは、観客はならないよな。だって、オッサンがなぜ息子トーマスを捨ててしまったのか分からないから。捨てた息子と再会し、うれしいか? だって、オッサンは息子トーマスを探してなかったぞ。というわけで、トーマスと父親の再会劇は、いまいちスッキリしないままだ。
オーギーと昔なじみの眼帯女ルビーの話もあるんだけど、これも中途半端。なぜか数十年ぶりにオーギーの店を訪れ、金を貸してくれ、高飛車に言う。しかも、あんたの子を生んだけど、会って欲しい、とも。かつて関係はもったけど、長つづきはしてなくて、ルビーはほかの男と結婚してしまっていた。オーギーには嫌な思い出のはず。なところに借金に来る女の気持ちが分からない。で、会ってくれとオーギーがいうので行ってみたらただのズベ公で。若い男といるけど、父親なんて会いたくないからでていけ一本槍。ここで思うのは、いまならDNA検査で一発だよなあ。いまじゃあり得ないドラマ展開だ、ってことかな。ところで、この娘がアシュレイ・ジャッドだとは気がつかなかった。『ダブル・ジョパディー』で、上品でキレイな人だな、と思ってずっときていたので、ちょいとビックリ。
ベンジャミンは、書けないでいた。妻と娘のことが引きずっているのだろう。なところに、ニューヨークタイムスだったかから、クリスマスストーリーの依頼がきた。で、オーギーに「なんかいいネタはないかな」といったら、オーギーは万引き犯が落とした財布を返しに行ったときの話をする。行ったら盲目の老嬢がいて、自分を孫だと思って歓待してくれた。そのうち老嬢は寝込んでしまったので帰ろうとしたんだが、押し入れをみたら新品のカメラがあったので1台もらってきた。そのカメラで、毎日ブルックリンの同じ場所で写真を撮りつづけているのだよ、と。(ところで、この話をするときのカメラが、オーギーを異様にズールアップするんだが、あれは気持ち悪い。なんなんだ。)この話をほぼそのまま新聞に書いて、好評だったようだ。これでベンジャミンはスランプを脱する、のかな。ついでにいうと、同じ新聞に、強盗が射殺された、という記事が載っていて、これはトーマスを探してベンジャミンの部屋に押しかけてきた2人の黒人だな。天罰、といいたいのかな。強盗ぐらいで、気の毒な気がするんだけど。
で、映画は終わって、タイトルバックは、モノクロ画像でオーギーの話どおりの顛末が映し出される。はたして、このオーギーの話は事実なのか? ところで、冒頭でオーギーの店に万引き犯がいて、逃げていく場面があったような気がしたんだけど(うろ覚え)、。あの事件をふくらましたのかな、オーギーは。だからモノクロになっている、のだと思う。
てなわけで、障害者や貧乏人にやさしく、毎日ブルックリンの日常を定点カメラで撮りつづけるオーギーも、ときに出来心で人のモノ(カメラ。ニコンではなくキヤノンなのが、ちょっと残念)を盗むことがあるとか、道端でベンジャミンを救ったラシード/トーマスも、強盗のものとは言え金を盗んで自分のモノにしてしまう。誰の子か分からないけど、お前の子だと言い張って借金をねだりに来る女もいる。事故で妻を失い、息子を捨ててしまう、でも表面的には実直そうな男もいる。てな感じで、人生いろいろ、人間もいろいろ。スッキリ立派な人ばかりではない。心の隙間に、いろんな悪を抱えて生きているのだよ、なことがつたわってくる映画だった。1995年。しかし、だれもが煙草を気軽に吸っている時代の話だな。
プラハの春 不屈のラジオ報道12/22ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1監督/イェジー・マードル脚本/イェジー・マードル
原題は“Vlny”。英文タイトルは“Waves”公式HPのあらすじは「チェコスロバキア国営ラジオ局の国際報道部は、部長ミラン・ヴァイナーの下、政府の検閲に抵抗し自由な報道を目指して活動している。亡き両親に代わり弟パーヤの世話をするトマーシュは、中央通信局で働いていたが、上司命令により報道部で働くことになった。それは、学生運動に参加している弟を見逃す代わりに、報道部とヴァイナーを監視する国家保安部〈StB〉に協力させるためだった。ヴァイナーや局員たちの真実を報道しようとする真摯な姿勢を間近で目にし、信頼され仕事も任せられるようになったトマーシュは、弟の心配と良心の呵責で葛藤する。やがて、“プラハの春”が訪れ、国民が歓喜する中、トマーシュは中央通信局に呼ばれ、驚くべき内容をラジオで報道するよう命じられる」
Twitterへは「映画の中のどこが“プラハの春”なのかよく分からん。上司への圧力はどこからきてたの? 局員は上司に反抗してるだけに見えてソ連の影が見えない。最後は、命がけじゃなかったのか…。役者も似たような顔のが多くて、うーむ。」
なんか全体に平板なテイストで、メリハリがなく対立軸が見えないままラジオ局員が「報道の自由だ!」と叫びまくっている感じ。“プラハの春”という言葉は、新聞でも使われているので人口に膾炙しているのかもしれない。けれど、この映画の原題は“Waves”だ。プラハに自由な空気があふれた、ということは言ってない。ので、製作側は“プラハの春”を意識していないのかもしれない。とはいえ、1967年当時には暗かったけれど、1968年にドプチェクが第一書記になり、大統領は息子が私有財産をスイス銀行に預金していたことを暴かれて辞任して新大統領になった、あたりがたぶん“プラハの春”なんだろう。けど、その明るさ陽気さはあまり画面に出てこない。ので、ドプチェクの自由化政策で浮かれてるチェコスロバキアにガツン、といわせようとソ連とワルシャワ条約機構に加盟していた各国の軍隊が侵攻してきた、という経緯も見えにくいのだよね。話の流れにメリハリがなく、スリルやサスペンスもあまり感じられない。
それ以前の、局の部長ミランは、いつもプリプリいってる丸顔の局長の意見も無視し、勝手なことばかりやっている。前大統領の下、ドプチェク以前なんだろうけど、政府の意向も無視して勝手にやっていた。それが市民に受けていた、のかな。
映画がチェコ製というのもあるのかな。当時の背景も説明がない。東西冷戦のなか西側の文化や自由を求める空気が広がっていって。でも、それを面白く思わない為政者や、さらにその上にソ連がいた、ぐらいの知識は持ってるんだけど、そこをちゃんと描かないと、昨今の鑑賞者には分からないのではないのかな。ミランは上司の局長の意向を無視して、義務づけられている放送をしないとか、な反抗をしている。では、局長への圧力は政府からなのか? 当時の大統領から? その大統領にはソ連から? 
ドプチェクについても、ほとんどでてこない。自由主義傾向、なのはいわれてたけど、どういう考えで、どうしてしてたのか? ソ連からの圧力はあったのかなかったのか?  で、大統領が替わったんだっけか。でも、息子の件で辞任して、新大統領は誰になったんだ? あたりは描かれない。ドプチェクの方針も描かれない。だから、“プラハの春”が見えない。その“プラハの春”にいらついているソ連も見えない。
最初は、トマーシュとパーヤの兄弟か。トマーシュはパーヤがラジオ局のスタッフ募集に応募しようとしてるのを見て、止める。これは、政府に目をつけられるとヤバいから? でも、パーヤは無視してオーディションに行ってしまう。のに気づいたトマーシュは、止めようとして、なのかオーディション会場に入ってしまい、なんとトマーシュが合格してしまう。会場にかかってきた電話に出る度胸、があった、程度で決めるのかよ。まあいい。で、上司のところに呼ばれるけど、トマーシュは拒否する。なぜなのかは分からない。と思っていたら、彼が働いている場所(が、よく分からないのだけれど、ラジオ局を管轄している部署のようだ)の上司から、ラジオ局に行け、みたいなことをいわれて移籍したのかな。この経緯がよく分からない。で、いつのまにかラジオ局に出勤するようになるんだけど、なんかトマーシュという人物がどういう思想の持ち主か分からないままなので、もやもやする。かれも自由を志向していたのか? それと、弟のパーヤが「なんだよ、兄ちゃんが合格かよ」的なことをいう場面があってもいいと思うんだけど、そういうのもない。なんか人物がちゃんと描けてないな、な印象。
あとは局内のあれやこれやで。ミランが局長に反抗してる様子が何度も描かれる。ここで思ったのは、局長にはジレンマがないのか? なのだよね。彼も本音では自由志向、だけど国家の方針には逆らえず、なのか。局長はバリバリの共産党員でソ連信奉者なのか、が分からない。さらに、あれだけ跳ねっ返りなことをしていて、なぜ部長のミランはクビにならないのか? なんだよね。このあたりの機微がわかると、チェコスロバキアとラジオ局の位置関係もわかるのになあ。
トマーシュは記者ではなく技術職なので、よけいに何を考えているのか分からない。反体制的なのか? 国家に忠実なのか。
で、なんかよく分からない録音テープが話の中心になって。そのテープがあると政府に都合がよくない、らしい。で、そのありかを国家警察みたいのが探し始めて。局員を脅したりするのだけれど、トマーシュのところにもやってくる。で、トマーシュは、「僕は持っていない。特定の誰かではなく、誰がもっているか分からないよう、持ち回りしている」となことを漏らしてしまう。その結果、何かのパーティで全員が集まっているところに警察がやってきて、テープは持って行かれてしまう。でも、もっていた局員にはとくにお咎めなし。なんだ。ゆるいな。でも、このせいで、局員のなかにスパイがいる、ということが明らかになってしまう。のだけれど、トマーシュはとくに怯えていない。どころか、同僚の女性記者に「あなたでしょ」といわれてしまうのだ。なんだよ、トンマな話。
この女性記者はとくに美人でもなく似合わないメガネをしていて。なのにトマーシュと肉体関係をもつようになるという、なんだか中途半端なロマンスがあって、うざ、な感じ。ところでこの彼女は日本に赴任が決定していて、トマーシュは箸を送ったりしていたんだけど、結局彼女は日本に行ったのか? 分からんのだよな。
でも、この頃なのかな。いわゆる“プラハの春”の時期というのは。あんまり世間が浮かれてる感じはなかったし、ソ連がイラついている描写もなかったけど。と思っていたら、ソ連とワルシャワ条約機構加盟国がプラハに侵攻してくる云々の話になって。でも、それであわてる大統領とかドプチェクは描かれない。なので、いまいち、“プラハの春”で浮かれていた感じがつたわらず、いきなりソ連がワルシャワ条約機構に加盟していた各国とともに侵攻してくる。
市民や、とくに学生達は反発するけど、基本的には発砲するわけでもなく、淡々と戦車で乗り込んでくる感じ。怖さとか威圧感がいまいち感じられない。まあ、反対のポスターを運ぼうとしていた学生の乗用車が発砲される場面はあるけど、制止を無視して逃げたから、だった。結果的に全員死亡したらしいけどね。あとは、遺体が運ばれる場面はあったけど、ソ連ほかが市民に銃口を向ける場面とかもとくになくて、いまいち緊迫感はなかった。整然と鎮圧されていく感じかな。
トマーシュが国家警察にあれこれ話してしまうのは、弟パーヤの事で脅されていたから。警察官は「施設に入ることになるぞ」というのだけれど、そんな大変なことなのか? と思ってしまう。映画の中で弟は17歳の誕生日を迎えるのだけれど、16歳だと保護者が必要で施設に入るとか、あるのか? にしても、拘束されるわけでなし。もっと抵抗しろよ、と思っちゃったのも事実だ。
ラジオ局はソ連侵攻の情報を流し続けるのだけれど、そのうち占領されてしまう。そこで、仮設の臨時スタジオを転々としながら、中継局も移しつつ、放送を続ける。はたしてこの放送で元気をもらった市民がどの程度有るのか、は描かれないので、いまいち緊迫感、高揚感が伝わってこないんだよな。もったいない。で、ソ連だったか、が送信アンテナを止めると、放送は途絶える。けれど、誰だったかがドプチェクに電話して、送信を再開するよう指示して、放送はまだまだ続いた…。なところで映画は終わった。
なんか、ちょっと情けないというか盛り上がりに欠けるのは、反抗的だったミランがちょっと前に心臓病だったかで倒れ、入院中だったこと。なので、ラジオ局の抵抗勢力の顔、がなくなっていたのも、盛り上がりがないのにつながったかな。史実に忠実でなくてもいいから、ラジオ局がひとつにまとまって抵抗したイメージを創り上げればよかったのになあ、と思ったな。
・弟が施設に、の意味がよく分からん17歳になった? ビールが飲みたかった、は16歳の時か 両親は何で死んだの?
世界一不運なお針子の人生最悪な1日12/24ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1監督/フレディ・マクドナルド脚本/フレディ・マクドナルド、フレッド・マクドナルド
アメリカ/スイス映画。原題は“Sew Torn”。“縫い目のほつれ”みたいな意味のようだ。公式HPのあらすじは「スイスの山中にある小さな町でお針子をしているバーバラは、唯一の肉親だった母を亡くし、譲り受けた“喋る刺繍”のお店は倒産寸前。相談できる友人も恋人もいない。ある日、常連客との約束に遅刻した上、ミスをして激怒させてしまう。店に戻る途中、麻薬取引の現場に遭遇する。売人の男たちは血まみれで倒れ、道には破れた白い粉入りの紙袋、拳銃そして大金の入ったトランク。<完全犯罪(横取り)><通報><見て見ぬふり>の運命の三択がバーバラの頭をよぎる。果たして、お店を守るために彼女が選ぶ未来とは?」
Twitterへは「目の前のダークな大金に、貧乏お針子がとった、たられば三択のオムニバス。1作目は面白いんだけど2作目3作目とどんどんつまんなくなってきて…。エピローグはまあまあ。ヒロインがなかなかの不細工。」
母親から受け継いだ裁縫展はお客もサッパリ。3度目の結婚式を目前にした婆さんのウェディングドレスの仕上げ中に、背中のボタンが転がり落ちる。婆さんは「汚れたボタンを使うのかい?」というので、ムッとしたのか、バーバラは意図的にボタンを隙間から床下に落としてしまう。けど、予備がない。「早く取りに戻れ」と婆さん。背中に糸巻きのついた移動裁縫車で店に戻る途中で、ひしゃげたクルマ、バイク、怪我を負いつつ逃げようとする若い男、それを這って追うヘルメットの男、散らばる麻薬(?)、拳銃、チェーンのついたスーツケースに遭遇する。のだけれど、これはどういう事態なんだ? でもバーバラは咄嗟にどうするか、の3沢が浮かんだらしい。<完全犯罪(横取り)><通報><見て見ぬふり>。で、この順番で、たらればの経緯が描かれる、という寸法。
●<完全犯罪(横取り)> で、バーバラは路上の状態を一瞬で把握したようだ。俺には、何がどうなってるのか分からなかったけど…。で、バーバラは男たちをずりずり引きずって位置を変え、さらに針と糸をクルマや男2人に張り回し(これが面白かった。なにをしようとしているのか? と)、ゆっくりクルマを走らせると拳銃がするすると2人の男の手の中に。そんなうまくいくわけないだろ、がマンが過ぎて楽しい。結果は、相打ち。かと思ったらヘルメットは生きていて。バーバラはスーツケースと、仕方なく、なのかヘルメットもクルマに乗せて店に戻る。こっからがまた面白くて、糸と糸巻き、自動ミシン(?)の動きを使って、ヘルメット男を2階に運び上げるのだ。支点・力点・作用点を一瞬で計算したのか。頭良すぎ。ヘルメットによると、死んだ若い男の父親が本来の取引相手で、そのうちやってくる。現場に残された針(バーバラの店の名前が刻印されている)からここを割り出し、そのうち来る。金を分けてやるから、逃がしてくれ、なことを言う。ほんとうに父親がやってきて、ここでまたバーバラは糸と糸巻きつかって拳銃をするするとヘルメット男の手に収まるよう仕掛ける。ヘルメットは父親を撃つ。けれど、弾がなくて撃てない…。ヘルメットは撃たれ(だっけか?)、バーバラはスーツケースをもって走って逃げ出す。が転倒。父親に追いつかれ、糸で首を絞められ、死亡。…じつは、3つのオムニバスと知らなかったので、本当は死んでなくて、逆転するのかなと思ったら、話はもとに戻ってしまう。とはいえ、この話がいちばん面白かった。ピタゴラスイッチみたいな糸と針と糸巻きの仕掛けがたまらない。
●<通報>で、バーバラは早々と警察に連絡する。(でも、スーツケースは自分のクルマに積み込んでいて、でも、警官に発見されてたんだっけか)やってきたのはヨボヨボ婆さんの警察官で、警察と公証役場と神父(?)だっけか、の3役らしい。田舎にはそういうのがあるのかね。で、3人は事務所に手錠で拘束される。若い男は、そのうち父ちゃんが来る、と脅す。ヘルメットはビビってる感じ。バーバラは、警官がカウンターの上に置いた鍵を手に入れようと一計を案じる。で、ヘルメットがベルトを外し、鍵の近くに投げて、そこにバーバラが神の吹き矢で糸を。てなことをして鍵を手に入れようとするんだけど、これは結局上手く行かず、だったかな。そうこうしてたら隣の部屋で結婚式が始まる。あの、最初の婆さん花嫁と爺さんの結婚式だ。でも、ボタンがないのドレスがうまくいかず、バーバラが呼ばれて縫い付ける。んだっけかな。そのとき、監視カメラのケーブルに目を止めて…。詳細は忘れたけど、そのケーブルを切って、片方をコンセントに、もう片方をやってきた父親の銃口に突っ込んで父親を感電させる、だったかな。でも時すでに遅しで、父親の撃った銃弾がバーバラの腹に命中していた、な終わり方だったように思う。婆さん警官は、撃たれたのかどうか、も忘れてる。そうじて、仕掛けが最初の完全犯罪よりつまらないので、あんまり楽しく見なかったな。
●<見て見ぬふり>は、印象が薄いのでよく覚えていない。いったん通り過ぎたんだっけか。経緯は覚えてないけど、やってきた父親がヘルメット男を射殺。それから、父親は息子の若い男とバーバラを食堂に連れて行き、カツを注文。バーバラに若い男の傷を縫うよう指示。2人はトイレで縫合する。のあいだに、父親は古着を持ってやってきたジジイの相手をして。犯嫁姿のババアが店に顔を見せていたかな。そっからどうなったんだっけかな。記憶があやふや。スーツケースを店に持ち帰ったバーバラ。中を開け、札を取り出すとなかに爆弾が仕掛けられていて店ごと吹っ飛ぶ。よろよろとバーバラがでてくる。ぐらいしか覚えてない。なんか、ヒキがなかったんだよな、この話は。父親や若い男がどうなったのかも、記憶にないよ。うつらうつらしてたのかも。
●エピローグがあって。こっちでは、床に落ちたボタンを床下に落とさず、拾って縫い付ける。仕事が終わって。婆さんの家からの帰路、分かれ道を逆方向にハンドルを切るんだったっけか。それで現場には遭遇せず。だけど、店からは遠くなるよな、そしたら。まあいいや。記憶違いかもしれない。で、出くわしたのは、息子を見にきていた父親で。道を訊かれたんだっけか、エンストかなんかしてたんだっけか。忘れたけど、お礼に3千ユーロ(55万円ぐらいのようだ。)もらうという展開。これでバーバラは死ななくて済んで、小金も入って店もとりあえず安泰? にしては少額過ぎて、やっぱり将来は不安だろうけど。
・最初の現場の状態が、よく分からないんだよな。麻薬を持っていたのは、ヘルメット男。金を持っていたのは、若い男。それが、なぜあんな状態になっていたのか。若い男が手首に手錠で、でも鎖は切れている。切れた鎖のついていたスーツケースがあって、そこには現金(と爆弾)。若い男は倒れていて、そのすぐ後ろにヘルメット男。これはバイクらしい。ヘルメット男がバイクで前のクルマに突っ込んで…だっけ? で、どういうことが起きて、あんなことになったんだ? 若い男は父親の代理で着ていたようなんだけど。話が決裂した? よく分からないんだよなあ。もやもや。
・スーツケースに爆弾を仕掛ける意味が分からない金を渡した相手を殺すため? なら、全部現金入れておく必要はないよね。
・英語なので、どこが舞台? と思ったらユーロがでてきて。あとから見たらスイスが舞台らしい。米国資本が入っているから、言語が英語なのかな。
爆弾12/6ヒューマントラストシネマ渋谷シアター2監督/永井聡脚本/八津弘幸、山浦雅大
Web(たぶんAI)のあらすじは「些細な事件で逮捕された中年男スズキタゴサクが、取調室で「10時に秋葉原で爆発が起きる」と予言。その後、予言通り爆発が発生する。スズキはさらに「あと3回爆発する」と告げ、1時間おきに爆発が連鎖。警察は爆弾の場所を特定しようとする。スズキはのらりくらりと受け答えし、爆弾に関する謎めいたクイズを出す。刑事たちは彼の言葉の裏を読み解き、爆弾の在り処を探る。爆弾の目的やスズキの真意は不明。彼の言葉「でも爆発したって別によくないですか?」が、観客や登場人物に「正義」や「悪意」について問いかける。 」
Twitterへは「取調室。爆発を預言するオッサンと取調官の、のらくらクイズ合戦はスリリング。だけど取調官が変わってオッサンの登場場面が減り、話が観念的になり、事件が解決に向かい始めると途端につまらなくなった。最後は、なんかよく分からない結末だし。」
自販機を蹴飛ばして逮捕された中年男。取調室で、10時と11時に事件が起きる、と預言して、実際に秋葉原で爆発事件が。これで、それまで対峙していた所轄の等々力と伊勢から、本庁の清宮と類家にバトンタッチ。自称スズキタゴサクは清宮に質問を投げかけ、清宮が答えるという流れがつくられ、その過程で1時間後、東京ドーム横で爆破事件が発生。ジョギング中の男女が被害に。さらに早朝には配達のバイクが爆発事件が発生するが、これは所轄の巡査、矢吹と倖田の機転で回避…。てな流れで、スズキタゴサクに翻弄される本庁の切れ者刑事という展開になる。一矢報いるのが類家の名探偵ぶりで、タゴサクのフリや言葉から次の爆発の発生場所を推定していく。のだけれど、それも限界が…。な感じ。
この過程でタゴサクは、長谷部有孔の名前をだす。ラストを考えると、いきなりの核心だ。なんだけど清宮、類家、伊勢は「え?」な反応でとどまってしまっている。これ、よーく考えれば、類家はもっと長谷部有孔がらみの周辺を洗うべきなんじゃないの? なんか、えらい遠回りして元妻の石川明日香にたどり着いてる感じだよな。たしかに類家はホームズレベルに推理力はあるんだろうけど、語呂合わせとか言葉遊びには長けていても、本質は見抜けていない。こんなんじゃダメだろ。
そもそも始まりは、刑事長谷川の変態性欲なんだよな。事件現場に快感を感じ、現場でオナニー。これを等々力が目撃。で、長谷川の変態さが週刊誌にバレたのはなぜか知らんけど、追求され、妻の明日香にもマスコミ攻勢で一家離散。 離婚噺の前に長谷川は鉄道自殺でばく大な弁償金。借金地獄で明日香はいっときホームレスに。ここでタゴサクと知り合う。そののち、なんとかホームレスから(どうやったのか?)脱却し、アパート暮らし。娘も母親の元にもどってきたけど、息子は戻らず。息子はシェアハウスに住み、社会に反感を持つ仲間と爆弾テロを画策する。…あたりまでの流れは分かったけど、そっから先がよく分からなかった。
明日香がどうやってシェアハウスを探し出したのか。3人のうち2人が死んでいたのは、どういう経緯で? ひとり椅子に縛られていたのはだれ? 3人のうち1人は明日香の息子だろうけど、椅子に縛られてた子? セッティングして爆殺したのは、明日香? タゴサクじゃないよな。もやもやする。
で、明日香は恨みを晴らすためにタゴサクに協力を求め、タゴサクも応じた。では、爆弾を製造したのは誰? あちこちに爆弾をセッティングしたのは? シェアハウスで死んでいた2人と椅子の子? でも、死んでた2人にはウジが湧いてたから死後時間が経ってるはず。ということは、ずいぶん以前に爆弾をセットしたことになる。あり得るか? とくに自販機のボトルなんて1日のうちに入れ替わるレベルだろう。
シェアハウスの3人の憎しみは、レベル低すぎないか? 秋葉のオタク、新聞配達の外人(を狙って爆破、は、常識的に困難だろう)嫌い、ホームレス嫌い、とかだろ。でも、そうなるとホームレスだったタゴサクと明日香がホームレスをターゲットにしたことになる。変じゃないか?
てなわけで、前半の、得体の知れないタゴサク(佐藤二朗)と等々力、次いで清宮とののらくらな質問ごっこは、佐藤二朗の変態的演技もあってなかなか面白かったんだけど。取調官が清宮から類家に変わって、がぜん話がつまらなくなった。タゴサクは観念的に走り、類家もキレがなくなってしまって、わけの分からんシェアハウスの話になっていって、ヒキがなくなった。最後に犯人が明日香、というのもとくに意外性はなくて。故意に犯人ではないぞメッセージを発するよう仕掛けていた感じだし。
明日香の人間性も、疑問。いや、その前に長谷部有孔が変態過ぎて擁護できない。長谷川の気持ちが「分からなくもない」とマスコミに応えた等々力も、なんだおまえ? だよな。しかも、金のかかる自殺をするなんて、長谷部有孔ってバカじゃないの? としか思えない。で、世間の目に晒され夫は自死し、借金地獄になったからって恨みを他人に向ける明日香も、共感できない。
というわけで、前半はいいけど、後半は糞になってしまった映画だな。
・結果的にタゴサクは、明日香の代弁者として存在し、預言によって警察を翻弄し、最後は大衆を威嚇する存在。そんなことをするやつがいるかね。明日香が同じホームレスだから共感して支援した、だけでは説得力はない。ああいうことをするなら、それなりの根拠を示さないと。タゴサクにメリットはひとつもないのだから。最後はタゴサクの爆破宣言ビデオで人衆は右往左往だけど、明日香は、最後の最後まで犯人扱いされない。なんか違和感ありすぎだな。
・所轄の矢吹と倖田がシェアハウスを突き止めたのは、どうやったんだっけ? 説明されてたか?
・タゴサクが女子中学生のストーカーもどきを吐露したら伊勢が反応し、これにタゴサクが反発する件がある。その女子中学生は担任教師に殺害されたらしいんだけど、伊勢が動揺したんだよ。で、この顛末が説明されるのかと思ったら、されない。伊勢があたふたした理由は、なんだったんだ?
白の花実12/29ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1監督/坂本悠花里脚本/坂本悠花里
公式HPのあらすじは「周囲に馴染めず、転校を繰り返す杏菜が、新たな寄宿学校で出会ったのは、美しく完璧な少女・莉花。 しかし、莉花は突然、屋上から飛び降りて命を絶ってしまう。残されたのは一冊の≪日記≫。ページをめくるたび、莉花の苦悩や怒り、痛み―そして、言葉にできなかった“ある秘密”が浮かび上がる。その秘密に触れた杏菜と少女たちの心は揺さぶられ、初めて“自分”と向き合い始める。やがて日記から青白く揺れる“鬼火”のような魂が現れ、杏菜の心に静かに入り込む。その魂に導かれ、杏菜は予想もつかない行動へと踏み出す―。観る者は知らず知らずのうちに、その奇妙で美しい世界へと引き込まれていく。」
Twitterへは「カソリックの女子寄宿舎もモノのせいか観客席はオッサン率多し。自殺した同級生をめぐる話だけどオカルト風味も中途半端で盛り上がらず。のらくら中味のない中途半端なやりとりは眠気を誘う…。結局、真実はどこに? こんな映画を文化庁は応援してるんかい!」
「周囲に馴染めず、転校を繰り返す杏菜」っていうのは、杏菜に好意的な言い方だな。ただの変人、我が儘なだけ。親がいるから我が儘が言える。あんなの一人でほったらかせばいい。と思ってしまうレベル。
さて、制服でみな黒髪ロングで似たような顔で区別つくんかいな、と思ってたんだけど、杏菜に似てる莉花がさっさと自死してくれて、壁が一つ消えた。もうひとり出番の多い栞という娘は短髪切れ長の目で区別しやすい。それに、なかなかの端正な美人。終わってみれば、この映画はその栞(池端杏慈)を見るだけの映画、な感じになってしまった。
ひねくれ者かと思っていた杏菜も、同室の莉花とはそこそこ話す。莉花の自死後は、栞ともフツーに話す。なんだよ。ミステリアスじゃないじゃん。
さて、莉花自死後、杏菜は莉花の日記を見つけ、読み始める。押し花付きで、ちょろちょろ書いてあるけど、正直、よっぱど目が良くなけりゃ読めんぞ。あれを観客が読めてる前提で写しているのは間違いだ。でまあ、セリフで分かることも含めると、莉花は実父が自室に入ってくるのを嫌い、懼れていたらしい。なので、実父によるセクハラの疑いが濃いのだけれど、最後まではっきりさせない。異様なのは実父で、有る日突然、杏菜と故莉花の部屋に勝手に入り込んで泣いているのだ。そして、杏菜に、遺品の探しものがある、というが、杏菜はさらっとかわす。この場面の変なのは、まず、女子だけの寄宿舎に父親が勝手に入り込んでいること。さらに、この父親が土足なこと。たまたまいた同級生(栞かな?)が、「ここでは靴を脱いでください」といっても無視して、莉花のベッドから立ち上がり、杏菜のベッドに腰を下ろす。杏菜は露骨に嫌な顔をするけど、父親は無視。ってところかな。
ところで、杏菜のオカルト風味だけど。最初は転校初日に、体育館の壁のシミに幽霊を見る。ホントかどうかは分からない。ダンスの発表会があって、本来は莉花がソロ演技を披露する予定になっていた。代わりを演じたい人、と教師が呼びかけると、なんと杏菜が応じる。なにこの積極性。で、舞うんだけど途中で転倒、気を失いながら、手足をビクビクさせ、最後は床を、なんの力もなくすーっと這うんだけど、これがすべてホントだとすると、なかなかのオカルト。でも、同級生も生徒も、異様さに驚かない不思議。の後に、莉花の緑色に光る火の玉が降りてきて、それを杏菜がつかまえ、胸に入れる、というのがある。これも、本物なのかどうかは分からない。っていうのも、火の玉のせいで杏菜の能力が俄然伸びた、というわけでもなさそうなんだよね。たんなる思わせぶりか。
で、この直後に睡魔に襲われ、気がついたら杏菜が自室で莉花を降臨させ、栞と話している、場面だった。10分ぐらい気を失ってたのかな。
でまあ、この後も、のらくらのらくら。莉花の父親のセクハラには具体的に触れず。なのに、莉花の父親は再度、寄宿舎内のあ杏菜の部屋に入り込み、「日記を探ししてる」と強引。なので、娘の身体をなでるぐらいはやってたのかな。それが心配で日記を確保しに来たのかな。と、想像させる展開。
とはいえ、第三者の調査も必要だったのか、教育委員会だかなんかの聞き取り調査をへて、保護者や生徒に結果報告するんだけど。結局、分からなかった、という内容。これに異を唱える莉花の母親。これに学校の教師の深井が突然立ち上がり、「莉花さんからお父さんが怖かった、という証言を得ていた。」と話し始めて、校長らは「根拠のないことを…」と慌てるという流れ。この深井の証言は憶測だけなんだから、言うべきじゃないよなあ、と。むしろ、日記を持っている杏菜は、日記を公にすべきではないのかな、と思ったりした。だって、問題をあいまいにするだけなのだから。
ところで、この報告会の後、杏菜は両親と3人でファミレス(?)に行くんだけど、ヘンだよな。だって、杏菜はどこに帰るんだ? 外出or外泊許可取ってるのか?
で、最後は湖畔で杏菜が莉花の亡霊を見て、胸に納めていた火の玉を解き放つと、空に帰っていくという、ヘンなオカルトのつづきがある。なんじゃらほい。そして、火にくべられる莉花の日記。なーんだ。杏菜は莉花の日記を焼いちゃったのか。それじゃ、莉花を死に追いやった張本人はうやむやにしちゃうのか。なんだかなあ。文化庁の支援は、家庭内セクハラを扱っているところにされているのかと思ったんだけど、こんなでいいのか?
にしても、女子校の寄宿舎だから百合の世界が繰り広げられるのかと思いきや、まったくなし。べつにそんなの期待していなかったけれど、いろんな点で物足りないというか、中途半端すぎて、つまんなかったな。

 
 

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