| 星と月は天の穴 | 1/6 | テアトル新宿 | 監督/荒井晴彦 | 脚本/荒井晴彦 |
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| AIによるあらすじは「妻に逃げられ結婚に失敗した40代の小説家・矢添が、心の穴を娼婦・千枝子との関係で埋めつつも、誰にも言えない「秘密」とコンプレックスから恋愛に臆病になっていたところ、大学生の瀬川紀子と出会い、彼女との奇妙な関係を通じて自身の心と向き合っていく」 Twitterへは「原作は吉行淳之介で舞台は1969年だけど町の情景はそう見えないテキトーさ。にしても監督の荒井晴彦は女優脱がせてエロい性交場面撮るのが性癖なので、ほぼポルノ。脱がない田中麗奈と宮下順子を拝んでおった。原一男は月面中継見てた親父か?」「ちがうか。最初のバーのエロジジイか? 原一男。」 最近では『火口のふたり』で瀧内公美を脱がせ、『花腐し』でもピンクまがいのエロシーンを撮ってる荒井晴彦。そんなシーンが必要か? 不必要に濃厚すぎる性交場面は、ただのピンク映画だろ。つまりは監督がそういう場面を撮りたいだけ、ではないかと思っている。なので、どーせこの映画もまた綾野剛があられもない姿で美女とやりまくるだけの映画なんかだろう、と、あまり気乗りはしなかったんだが、思った通りの展開。たいして中味はなくて、女がアヘアヘいったり陰毛を見せたり、乳を揉まれたり吸われるだけの映画だった。 舞台は1969年の東京。なんだけど、建物とか歩道とか路面とか、どーみても現代にしか見えない。昔風の交通標識や古い赤いポストで時代を付けようとしてるけど、浮いてるだけ。当時の騒然とした空気も漂ってこない。ラストで「1969年の思い出に」とクレジットがでるけど、誰の何に対する思い出なのかも分からない。 原作は吉行淳之介で、この作品は読んでいないけれど、他の作品からの想像で、男と女のどうでもいい話をうだうだするのは、吉行淳之介が書きそうな話だなとは思う。けれど、それが現在の観客に刺さるのかというと、そんな風には思えない。社会性はゼロだし、物語としても大してドラマはない。小説家(綾野剛)は吉行淳之介自信がモデルなのか? にしては長髪で、吉行のような繊細さは感じられない。 話は二重構造になっていて、1つは矢添が書く小説世界で、ここに登場する小説家も綾野剛が演じているのでよく見ていないと切れ目が分かりづらい。登場するのはB子という女子大生で、実は彼女が16歳の時、娼館で処女を買っていた、という過去がある。もう1つは現実の矢添が知り合う女子大生紀子と、馴染みの娼婦・千枝子との関係だ。こうしてみると、吉行淳之介は女子大生コンプレックスなのか? と思ってしまう。 矢添はとくに行き詰まっているわけでもなく小説を書き進めている。現実の出来事を小説世界に反映しているようなこともない。なので、話としての綾は、ほとんどない。矢添は生まれつき歯が悪く、36歳で総入れ歯に。で、現在は43歳。B子と紀子は21歳。千枝子は実年齢45歳の田中麗奈が演じているけど、設定は30歳ちょいぐらいなのかな。 その小説パートでは、原作のテキストが画面にずらずらでてくるんだけど、読むのが面倒くさいし、頭に入らない。製作側は、映像表現を放棄しているのか? 文字でつたえたいなら映画にする必要はないだろうに。 で、この映画には別れろ切れろとか、嫉妬、憎悪がないのだよな。あっけらかんと乾いている。映画がそれでいいのか? という気はするんだけど、しょうがない。せいぜい紀子がマゾで、攻めて欲しいとか乳房を噛めとかいう程度かな。まあ、それ以上の機微は文字列から読み取れってか? なんかなあ。 現実の矢添は43歳で離婚歴ありで、でも、結婚生活は1年ほど。性欲は馴染みの娼館で馴染みの娼婦の千枝子とたまに会っている。金で女を買う関係ではあるけれど日常会話をしたりしていて、どっちかっていうとセフレみたいな感じか。千枝子を演じるのは田中麗奈で、黒い下着姿はミドルショットで写されるぐらい。もっと寄りの絵が見たいと思うけど、残念。実年齢45にしては贅肉もなく尻もたれていなくて、スレンダー。っていうのが、この映画の一番の見どころかな。 矢添と絡むもう一人は、いいとこのお嬢様らしい紀子21歳。画廊で出会って、矢添が芳名帳に書く名前で「小説家の…」で話が始まり、家までクルマで送っていく。その後にどっかで飲んで、帰りの車の中で紀子が尿意を堪えきれず漏らして、あれは連れ込みみたいなところに入ったのか? 紀子は下着を洗っていて、でまあ、その後は紀子がベッドに…。さらに、紀子が矢添に電話をかけてきたり、ついには部屋の近くまでやってきたり、積極的。男に都合のいい関係が始まっていく。まあ、たいして面白い展開ではない。紀子にはつき合っている大学生はいるけど…。なのも、なんかよく分からん感じ。紀子という女性がどんな具合に男を見ているのか? セックスに関心があるのかどうかも、なんかいまひとつつたわってこない。矢添が有名な小説家だから寝ただけ? 紀子を演じる咲耶はスタイルも対して良くないし寸詰まりで、容貌も淡白すぎていまいち魅力がない。でも、同級生の女子と旅行に行った後、矢添のまえで裸になると乳房にかみ跡があって、それは友人に噛まれたのだと言うから同性愛の傾向もあるのか。そういえば、バックでもやってたな、この女。幼顔にしてすることは大胆? たんに得体の知れない女だな、な感じ。 小説に登場するB子の方がエロスを感じる大人の女な感じだな。こちらも都合よく主人公/矢添と寝るのだけれど、紀子と同じく存在感は薄い。 そうそう。矢添の総入れ歯だけど。思うに、キスすれば分かっちゃうんじゃないか? 冒頭近くで千枝子に「入れ歯でしょ」といわれていたけど、口に舌をいれられたら終わりな気がするんだが。で、その千枝子は普通のサラリーマンとの結婚話があって、考えている、らしい。結婚してから身体を売っていたことを知られたら…。が心配らしい。ってことは普段は事務員かなんかしていて、お呼びがあれば娼婦になるのか。メインが娼婦なのか、は良く分からない。 で、矢添は紀子とクルマに乗っていて事故を起こし、念のためと頭部レントゲンを撮るのだが、医師から「入れ歯ですね」と紀子の前で指摘されてしまう…。でも、紀子は特に笑うわけでもなく、ヒキもしない。なんなんだ。この感情をどっかに落としてきてしまったような態度は。 矢添は、紀子を決して部屋に入れない。これは、入れ歯であることを知られることを懼れていたのかな? この映画、基本はモノクロなんだけど、ときどき部分的に赤が入る。矢添が食べる鮭、赤信号、紀子の唇の紅、盲腸の傷、乳房のかみ跡、、B子の唇の紅、矢添の入れ歯、ポストに投函する少年の唇…。これまた思わせぶりなだけど、深い意味はないと思う。そう、この映画は深い意味はない。監督が女優の裸と性交場面を凝りたかっただけ、だと思うぞ。 | ||||
| リトアニアへの旅の追憶 | 1/7 | シネマ ブルースタジオ | 監督/ジョナス・メカス | 撮影・ナレーション/ジョナス・メカス |
| 1972年製作で1996年公開、だったのか。原題は“Reminiscences of a Journey to Lithuania”。イメージフォーラムの解説は「1949年、故郷からナチスに追われアメリカに亡命したジョナス・メカス。言葉も通じないブルックリンで一台の16ミリ・カメラを手にしたメカスは日々の生活を日記のように撮り始めます。27年ぶりに訪れた故郷リトアニアでの母、友人たちとの再会、そして風景。メカスは自在なカメラワークとたおやかな感受性でそれらの全てをみずみずしい映像と言葉で一つの作品にまとめ上げました。この感動的な映像叙事詩はメカス自身の代表作であるばかりでなく、アメリカ・インディペンデント映画の不朽の名作として広く愛され続けています。なお、この映画に描かれている彼の出身の村セミニシュケイは、いわば彼自身の追憶の中の存在というべきものであり、メカスのカメラは、彼の少年時代の痕跡や思い出に向けられているが、現在、セミニシュケイは、廃村あつかいとなり、地図上にはなく、文字通り追憶の中の存在となってしまったといいます。」 Twitterへは「初見。少し寝た。評価される理由が分からん。説明ほとんどなし。手ぶれ、ピンボケ、カメラぶんまわし、コマ落とし、ハレーション、極端に短いカットつなぎetc…。目がチカチカし、酔う。監督の解説読んでも分からん。」 リトアニアはWikipediaによると「第一次世界大戦後の1918年、リトアニア共和国としてロシア帝国より独立。1940年にソビエト連邦から、翌1941年の独ソ戦勃発でナチス・ドイツからも侵略された。その後、ソ連に再占領されてソ連の構成共和国の一つとなったが、ソ連崩壊に伴い1990年に独立を回復し、以後、親欧米路線を歩んでいる。」だそーである。そうか。バルト三国の1つか。てなぐらいしか知識がないので、冒頭で語られていた“戦争”がなにを指してるのかもよく分からず。ナチの侵略なのか、ソ連の侵略なのか? で。冒頭からしばらくは色黒で、難民がどーの、ブルックリンがどーの、戦争を忘れてハイキングに行ったとかいってる。と思ったらカラーになって、母親とか近所の親戚みたいのがでてくるパートがあって。でも、画面はゆれゆれ、いきなりのパン、短いカットつなぎ、などなど、人に見せるレベルではない。ナレーションもあるけど、あとからみるとどうも本人らしいが、5W1Hが無茶苦茶な内容で、なんにがなんだか分からない。 見る前に↑の解説に近いのは読んだけれど、そんなんじゃ何が何だか分からない。分からない上に画面はガチャガチャ動きまわって、見よう、あるいは理解してあげようという気持ちを砕く。あれ、この映画って有名だし、評価が高かったよなあ。こんな映画のどこがどういいんだ? 何をどう評価するのだ? なんて思ってるうちに睡魔がやってきて、目は開いたまま気絶しているかと思うと、しっかり目をつむって寝ていた時間もあったようだ。で、気づいてからも画面のゆらゆら、断片的な見せ方は相変わらずで、ただもう、ぼーっと眺めてた。退屈と言うより苦痛。はやく終わらないかな、と。そしたら結婚式の場面になって。と思ったらどっかの市場が火事だ、てな場面になって、いきなりドキュメンタリーは終わってしまった。 それにしても、映画素人でもこんなひどいカメラのブレとか、チマチマしたつなぎはしないだろうから、みんな意図的なんだろう。意図的に見づらく、分かりにくく、つまらなくしている。こんな映画はゴミだろ。 評価している人は、どこがどう衝撃的で心に刺さって残ったのか、を教えてほしいものだ。でも、思うにきっと、だれか有名な評論家とか知名人が褒めてるから、だから自分も褒めとこうかな、と思ってのことではないかと思うけどな。だって、あの映像とナレーションだけで、背景や状況を理解できる人はいないと思うから。いやいや、あれで十分分かる。という御仁がいたなら、ぜひ御教授願いたいものだ。 というだけで、ゲージツを気どったハッタリ以外の何物でもないと思う。こんな山師に騙されてる映画界も美術界も、アホだろ。 | ||||
| マッド・フェイト 狂運 | 1/13 | ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1 | 監督/ソイ・チェン | 脚本/ヤウ・ナイホイ、メルヴィン・リー |
| 原題は“命案”。公式HPのあらすじは「娼婦ばかりが狙われる猟奇殺人が、また今夜も…。見えない殺人鬼が彷徨うこの町は、異様な空気に包まれていた。激しい雨の夜、ある娼婦に奇妙な儀式を施す、熱血占い師マスターホイ。誰でもいいから人を殺したくてたまらないクズな衝動に今日も悩まされる、サイコパス青年シウ。過去に動物虐待容疑で、シウを刑務所にぶち込んだ、刑事ベテランは、疑いの目を常に彼に向けているのだった…。ある日、嫌な予感に導かれ、娼婦の住むアパートに駆け付けたホイ。そこには、配達員として訪れていたシウの姿が…。その恍惚の眼差しの先には、異常な形状で吊るされた血まみれの女が…。その瞬間、ホイの“運命”とシウの“運命”が、激しく交錯する。それは、最低最悪の“運命”に逆らう、熱くて奇妙な戦いのはじまりだった…。」 Twitterへは「やっつけ臭が満載の香港版・切り裂きジャック。風水×サイコパス×娼婦×オカルト…。いかにも香港映画な感じでテキトーにどんどん撮ってつないでる感じ。設定や背景をちゃんと見せてから話を始めりゃいいのに。わけ分からんとこ多すぎ。」 冒頭は、雷鳴轟く中、墓場で女の悪魔払いみたいなことをしている場面。風水占い師(ホイ)が、女を埋め、その間にまじないの紙を燃やそうとしているが、燃える前に女が「息苦しい!」と土を払ってしまう。女には死ぬ運命が宿っているけど、それを払おう、というものらしい。でも、完全に払いきる前に儀式は終わってしまう。バカバカしくもコメディタッチ。 次からよく分からなくなる。雑居ビルのアパートの部屋に、新聞広告を見た男がやってきて…。さらに、自転車に乗った長髪男シウが、なんだか分からんけど行列に並んでいて。何をするのかなと思っていたら、雨が降りはじめ、濡れながら行列を外れ、アパートに向かう。手には、滲んだ文字の紙。監視カメラが撮ったみたいな男の姿のプリントされた紙…。 この、シウが住所を間違えて届け物をした、というのは彼を話に巻き込ませるための設定で、べつに間違わなくても構わないはず。ムダに話を混乱させるだけだと思うんだけどな。あと、いまさら気づいたけど、新聞記事はエロ広告で、これをみて男がやってきてたのか、と。いろいろ説明が端折られすぎなので、分かりにくいったらありゃしない。 アパートの女は、隣人かなんかとやりとりしてる。そのあとで、部屋の前にシウがやってきて「お届け物です」と。でてこない。そこに、もうひとり男がやってきて…。どうも風水占い師のホイが心配になって見にきたらしい。女が出てこないのでドアに体当たりして入ると、入れ替わりに男が飛び出てくる。ホイが見たのは、宙に吊られ、血を流している女。もしかして、冒頭のやかましかった女か? シウもなかに入るが、血を見て狂喜して震えてる感じ…。警察がやってきて…。シウには猫いじめの過去があって、要注意人物らしい。両親も心配して警察にやってきていた。 てなあたりまでは、まあまあだったんだよ。これ以降は、シウに死相を見たホイが、あれやこれや意見して行動を制限したり縁起をかついだり、の連続でかなり退屈。警察官も登場するんだけど、ただうようよしてるだけで、合理的に追求したりはしない。あくびが出てきて…。ちょっと寝てしまった。 なわけで、もう一人の娼婦のジョウがどうやって登場してきていたのかについては、ほとんど記憶にない…。監視カメラの写真をプリントした紙を見る、というところで機能してたんだっけか。あれもムリやりな感じで、あの写真は誰がどうやって撒いたんだ? そういうばこのジョウ。競馬場で馬券を売ってるみたいな場面があったんだけど、そうなのか? たまたま競馬場にいただけなのか? なんか、競馬場で男を見た、とか警察に連絡してたんだっけかな。 実をいうと、後半も終わりの方で「娼婦連続殺人」という言葉が出て、初めて、あーそうだったのか、と合点がいったんだよね。そうか。冒頭の男と、中盤過ぎにメガネ姿で女の部屋に行った男は、同一人物なのか。で、男は娼婦殺しだったのか、と。女達がいくらピカピカの部屋にいても、彼女らが娼婦だとはっきり言えてないから、分かんないよな。それと、この娼婦殺しの男の視点が全くないから、そういうドラマが背景にある、ってのが分からない。分からないまま、ホイとシウのコントみたいなやりとりがつづくから、飽きるんだよ。 本来なら冒頭で娼婦殺人が描かれ、犯人の特長や癖が軽く描かれるべきなのだ。そして、次に、ある娼婦がこの事件で不安になり、ホイに占ってもらう。すると死相がでて、墓場でお祓いを…。ののち、娼婦の部屋にやってくる男。その癖とともに描かれて…。そこに配達夫。そして、ホイがやってきて・・・。な感じでキチンと輪郭をはっきり描けば分かりやすかったのだ。なのに、占い師ホイとサイコなシウの笑えない漫才みたいなやりとりが延々続くから、飽きるのだ。 で、2人目の娼婦ジョウのところに娼婦殺人鬼が訪れ、殺そうとするんだけど逆にジョウに首を刺されてしまう。この場面にもホイかいたんだっけか? 忘れたけど…。で、救急車で2人が連れて行かれて、でも、娼婦殺人鬼は死んじゃったみたい。いっぽう、シウの殺人・虐待願望を消し去ろうとするホイは、死体置き場の娼婦殺人鬼をあれこれしてたけど、何をしてたのかは、忘れた。まあ、その結果、なんと連続殺人鬼の魂(?)がホイに乗り移って。殺人鬼がホイに憑依したり、占い師に戻ったり。もう、アホか、な展開。ここに刑事もからんであれやこれや。ホイは頭部に怪我を負って、どーやら精神病院に入ってしまったらしい。その代わりなのか、シウは殺人への意欲がなくなって、ノラ猫にも優しく接するようになる、なエンディングだっけかな。刑事に怪我を負わせたシウが何のお咎めもないのはヘンだけどなあ。 ・途中で、ホイとシウが墓地にいく場面があったよな。後日、墓地が崩れ、ホイの恋人の墓石も転がってて、それにすがりつく、という場面。あのホイの恋人って、それまでにどっかで登場してたっけ? っていうか、あれはどういう話だったんだ? よく分からず。 | ||||
| ぼくの名前はラワン | 1/16 | 新宿武蔵野館2 | 監督/エドワード・ラヴレイス | 脚本/エドワード・ラヴレイス |
| イギリス映画。原題は“Name Me Lawand”。UPLINKのあらすじは「イラクで暮らすクルド人の少年ラワンは、生まれつき耳が聞こえない。ラワンが5歳の時、両親は国外への移住を決断。家族は数カ月を難民キャンプで過ごした後、支援者の協力を得て、ようやくイギリスの都市ダービーに安住する。その後、ラワンはダービー王立ろう学校に通えることになり、少しずつイギリス手話と口話を学び始める。みるみる上達するラワンは、やがて周囲と同じように手話だけで生きていく道を選ぶ。兄もラワンと意思疎通するため手話を学び始めるが、イラクでは手話だけでは人として対等に扱われないため、両親は息子の選択に不安を抱いていた。手話を嫌がる両親にラワンがいら立ちを募らせる中、一家が申請していた難民認定について内務省の審査が始まる。」 Twitterへは「イラク難民の子がイギリス=西欧で手話を身につけ明るくなる話。ドキュメンタリーと言いつつ演出もしてるな。西欧=文化的、難民=気の毒な類型も…。主人公が聾なのか唖なのかも、最初は分からず。障害者向け字幕もあって気が散った。」 イラク人の難民がイギリスでいじめられ、でも、生き抜いていく、みたいな話かと思ったらまったく違った。聾の少年の話だった。なので声で発するセリフは少なくて、ほとんど静寂のまま進む。しかも、聾唖者向けの字幕つきなので、「風の音」とかSEの説明や、誰のセリフなのかも字幕にでてくる。これが目障りで集中できなかった。聾唖者への配慮ではあるんだろうけど…。とはいえ、映画は手話中心で話が進むので、2〜3人での会話だと話者が誰か分からないことも多い。そういうときは判別材料になるとは思うけど。 最初は「あー」とか「うー」とか声が発せられて「?」だった。けど、発話の練習だったんだな、あとから分かるけど。けど、映画自体は単調でロクに説明もなく、父や母の話がはさまるぐらい。なので、次第に飽きてきてうつらうつらしてしまった。あらすじにあるクルド人云々というのは記憶になかったので、寝てるときに説明があったのかな。 さて、ラワンは最初にイラク人だかなんだか、どこでだか分からんけど同じ聾の大男と知り合いになって。その彼の世話もあって(?)、王立なんとか学校というイギリスの聾唖者のための学校に入学できたらしい。そこで、同じ障害を持つ白人の少年と黒人の少年と知り合いになり、仲好し3人組な感じでイジメに遭うこともなく、楽しく毎日を過ごし、成長していったらしい。ただし、時間の経過がまったく表示されないので、何歳、何年、がまったく分からない。ちょっとイラついた。 どんどん手話に慣れていくラワン。使っているのはイギリス手話らしい。父親曰く「イラクにはラワンのような子にいい環境ではない。だからボートで海を渡った」なことを言っていた。聾の息子のために難民の道を選んだ? ホントかね。子どものため、だけに難民になったみたいなことをいってたけど。自分たちがイラクから逃れる目的もあったんじゃないのかな。 でイギリス手話に慣れるに従って、ラワンは家庭内での会話で置いてきぼりになっていることに疎外感を覚えるようになったという。両親と兄、あと、弟もいるのか? は障害がないのでフツーに会話している。「両親は手話を覚えようとしない」と不満を言っていた。いっぽう両親の方は、ラワンは耳は聞こえなくても唖者ではないので発話ができるように育てようとした。それが冒頭の発話レッスンだったんだろう。 まあ、両親が手話に消極的なのは、わからんでもない。面倒くさいし。家庭内での会話が手話メインになってしまう可能性もある。はたしてそれは、耳の聞こえる他の家族にとっていいことなのか? よく分からない。 な感じで、小さな不満や気持ちのズレはあるけれど、ラワンは友だち2人と屈託なく暮らしている。で、突然ここで、国外退去の危機、が話に登場する。(寝てるときにもあったのかも知らんけど) さらに、手話をイギリスの第一言語にする運動みたいなのが映ったりする。突然の社会性だよ。いや、そういう話になるなら、そうした環境下にあることを説明しておいてくれよ。ほんわかダラダラだけじゃなくてさ。 と思っていたら、さらっと、手話が第一言語に採択された話があって。と思ったら、ラワンの難民再申請が受理され、国外退去を回避できた、という展開。外から帰ってきたラワンがこれを聞いて「パスポート!」と明瞭な声で何度も言うのだけれど、なんだ、発話はちゃんとできるようになっていたのか。ただし、口唇術がどの程度なのかは分からないけど。という案配で、めでたしめでたし、で映画は終わる。 でも、いろいろスッキリしないところが残る。ドキュメンタリーと言いつつフィクションみたいな感じで撮ってるところも合って、なんか現実味がないんだよな。あと、イラクの何が嫌で難民になったのか、とか。ホントに息子の教育のためだけ? 王立の学校に入学できるなんて、資産がないとムリだろ。金持ちか? それと、ラワンがイギリスかぶれなとこも気になった。イラクにだって聾唖学校はあるだろうし、手話もあるはず。なのになぜ難民になってまでイギリスに? しかも、難民申請が通らないのはなぜ? ラワンだけが、通らなかったのか。他の家族はどうだったのか。それと、家族に手話を求めるのも、一方的かなあ、とか。まあ、発話ができるようになっているから、両親の意見も聞いてはいるんだろうけど。とか、イランの聾の少年ががんばってまーす、なだけの内容に見えてきてしまって、リアリティがないんだよなあ。もやもや。 | ||||
| グッドワン | 1/19 | ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1 | 監督/インディア・ドナルドソン | 脚本/インディア・ドナルドソン |
| 原題は“Good One”。公式HPのあらすじは「17歳の少女サムは、父クリスと彼の旧友マットとともに、ニューヨーク州キャッツキル山地へ2泊3日のキャンプに出かける。二人の男たちは、旅路の間、長年のわだかまりをぶつけ合いながらも、ゆるやかにじゃれ合う。年齢以上に聡明なサムは、彼らの小競り合いに半ば呆れつつも、聞き役、世話役を全面的に引き受ける。しかし、男たちの行動によってサムの“大人への信頼”が裏切られたとき、サムと父は“親子の絆が揺らぐ瞬間”を迎えることになる。」 Twitterへは「思春期の娘が父親と、父の友人との3人で2泊3日のトレイルにでかけるだけ、の話。17歳の娘が親父とキャンプしてくれるなんて、いい子だよな。HPには「“大人への信頼”が裏切られた」とか書いてあるけど、深読みしすぎのナイーブすぎるだろ。」 話は単純。サムと言う娘が父ちゃんのクリスと、その友だちマットと2泊3日の山歩きをするだけ、だ。マットはサムと同年代? の息子も連れて行くつもりだったけど、拒否られて3人で行くことに。 行きの車の中で父親クリスとマットが話す仕事とか知人のあれこれとか、は、ほとんどなんだか分からない。とくに人名が、だれなのそれ? だし、話にも絡んでこない。あんなの要らないだろ。むしろ、両家の家庭環境について分からせてほしい。離婚とか別居とか、そういうこと。 サムは15、6歳かと思ったら、もうすぐ大学らしい。てことは18歳かと思ったら17歳だと。父親が、大学生活に期待してるか? と問うと、こたえたくない様子。これはどういう意味なんだろう。にしても、年頃の娘が父親とキャンプに一緒に行ってくれるなんて、素直でいい子じゃないか。父娘の関係も良好というところだろう。 で、前日はどっかのモーテルに宿泊? サムはベッドでなく床に寝てたけど、あれに意味はあるのか? というわけで、翌朝出発。マットはお調子者な感じで、リュックに大量の荷物を詰め込んでて、クリスにチェックされて大半、出されていた。のに、肝心の寝袋を置き忘れる。まあ、キャンプ初心者なんだろう。 1日目は男3人グループと遭遇して同じ場所でキャンプ。クリスとマットは同じテントで寝る。で、2日目はだらだら山歩き。景観がいいとか、そんなぐらいで、とくに事件もドラマもない。と思っていたら、夜。クリスが先にテントに入り、サムとマットだけで焚火を囲んでいて。マットは「君はいい子に育った」とかいうとき、“good one”という言葉が出て来たな。で、ついでになのか、寝袋がなくて寒いからなのか、「一緒にテントに寝ようか」とサムに軽口を叩いた。こっからサムの態度が暗くなるんだけど、その場ではとくにショックを受けている感じではなかった。翌日、サムは父親に「マットにヘンなことを言われた、気持ち悪い」なことを漏らす。 「一緒に寝ようか」というのが、どういうニュアンスなのか、は英語ネイティブではないので分からない。性的意味がどれほどあるのか。マットは、たんに無邪気でいい子なサムに冗談をいっただけ、な気もする。たとえ性的な意味があるとしても、17歳のいい娘なんだから「バカ言っちゃって! 寝袋の代わりなんて嫌よ」とか、「私は冷酷だからテントの中は温まらないわよ」とか、いくらでも返せると思うんだけど。だいたいアメリカじゃ高校生のときに初体験ぐらい済ませてるんだろ? と思うと、サムってナイーブすぎじゃね? と思っちゃうんだよね。 翌日、クリスとサムが並んで先導し、マットは離れてついてくる。反省したのか。陽気さは消えている。父親が川に入り、サムを呼ぶ。父親とは言え、ショーツとブラジャーで水に入る娘が、ウブすぎるなあ、とも思ったり。父親に「なによ変態!」ぐらいいってもいいと思うんだけど。でも、ここは、あれかね。マットに汚された自分を清める意味でも込めているのか、サムは水に入る。 でも、そこそこに上がってTシャツ短パンに着替えると、リュックを背負って、男2人に黙って出発点に戻ってしまう。でも、クルマの鍵がない。しばらくしてやってくるクリスとマット。クリスは、どうした? とはいうけど、叱りはしない。サムはムッとしたままクルマに閉じこもり、ロックしてしばらくドアを開けない。まあ、抵抗の意思表示なのか。結局ドアを開けて、精気のない顔になって、映画はプッツリそこで終わる。 17歳でこんなウブでナイーブで大丈夫なのか? と思っちゃうな。マットも、むかしから知っているからなのか、サムにちょっと言い過ぎた、のかも知れない。昨今の性的コンプライアンスは面倒くせえよな。冗談も言えない。 冒頭は、サムが家で黒人娘とちゃらちゃらしていて。母親のようなオバチャンがでてきて。父親のクリスは、リュックにあれこれ詰めていて、「さあ、行くぞ!」となる。黒人娘は誰? オバチャンは誰? と、思うよなあ。サムの両親は離婚してるらしいのだから。あと、マットの両親も離婚していて、息子は母親になついているようなことをいっていた。このあたりの関係性をちゃんと説明してほしいよなあ。 サムのチャット相手は誰なんだ? 黒人の娘? サムは生理中らしく、タンポンを取り替える場面がときどきある。あんなの、どんな意味があるんだ? | ||||
| サリー | 1/22 | ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1 | 監督/リエン・ジエンホン | 脚本/リエン・ジエンホン |
| 原題は“莎莉”。公式HPのあらすじは「台湾の山間部でファームを営む38歳の女性、リン・フイジュン(エスター・リウ)。長年面倒を見てきた弟ウェイホン(リン・ボーホン)の結婚式を間近に控えている。独身のフイジュンは、叔母(ヤン・リーイン)に結婚を急かされてうんざり気味。そんな中、姪シンルー(タン・ヨンシュイ)から半ば強引にマッチングアプリに登録されたフイジュンは、“サリー”というニックネームでアプリを始めてみることに。ほどなくしてパリで画廊を営むフランス人男性、マーティンと知り合う。求愛され、胸をときめかせるフイジュン。周囲からはロマンス詐欺だと警告されるものの、真実の愛を確かめるべく単身パリへと向かう…」 Twitterへは「台湾で養鶏してる行かず後家38歳がマッチングアプリでパリの画廊主と出会って…。展開がもたもたしてるし話もアバウトなので、前半にちょっとウトウト…。想定内のエンディングすぎてもったいない。もっと破天荒にはっちゃけてもらいたかったかな。」 韓国映画かと思い込んでいた。台湾映画だった。で、台中あたりの農村で、弟と2人暮らしの38歳女ちょっと色っぽいのになんで独身? なリンは養鶏業を営んでいる。っても超小規模個人経営だけど。近々弟が結婚する予定で。両親はすでに亡く、親戚は叔母ぐらい。彼女曰く、お前は運が悪いから独身、とかなんとか言われてた。生まれ年だか何だかのこと? てなところに上海から姪がやってくる。家出? 説明がないのでよくわからん。そもそもなぜ上海なのか、もよく分からんのだが。 姪は、「私の部屋が荷物でいっぱい!」と不満を言うけど、リンがいま住んでる部屋が風水的? いいので、そこを弟夫妻の部屋にするから、リンの荷物を移動してきた、とかいっていた。で、疑問なのは、姪は以前にもここに住んでいたのか? たまに来ていたときの専用部屋があった、のか? もやもや。 でまあIT音痴のリンは、姪にネット上に夫が居る、という話に興味をもつんだが、姪は勝手にリンの写真を撮り、マッチングアプリに登録してしまう。で、なんとパリのギャラリーオーナーとマッチングしてやりとりが始まって。リンは有頂天。そのうち、オーナーのマーティンから、新居のための資金を送ってくれ、てなメッセージが来て。姪も弟も、詐欺だろ、とバカにしてる。でも金はあるようで、30万元だか300万元だか銀行から下ろしてたよな。 というあたりまでの展開が結構ゆるすぎて、刺激もヒキもないので、ちょっとうとうとしてしまった。 さて、台風がやってきて鶏ケージはボロボロ。の後、なぜか突然、パリのマーティンに会いに行く! と決断し、なぜかツアー参加でパリへ。なんだけど、田舎のおばさんスタイルから一気にオシャレになって美人になって胸の谷間もみせてハイヒール姿。ヒールなんて履き慣れてないはずなのに、変なの。でも最終日、帰国の飛行機に乗らず市内に向かい、どういう伝手を使ったのか知らないけど、ルームシェアみたいな仕組みなのか、部屋を一つ借りて落ち着いてしまう。おいおい。どーいうことだよ。英語もフランス語もできないのに! で、ギャラリーの場所に行ってみるんだけど廃墟があるだけでがっかり。で、戻るとハウスではパーティの真っ最中で、わけ分からんまま飲んで踊ってわやくちゃに。翌日、スマホの翻訳アプリでマッチングアプリとギャラリーのことを住人仲間に話すと、このギャラリー知ってる、ということで訊ねると、まさしくアプリで見たギャラリー。自分で探したのは別の住所だったのか? さて、オーナーも、アプリの写真の人。が、ハナシを聞くとアカウントとが乗っ取られて、世界中の女性を相手に詐欺行為を働いていたとかで、いまはアカウントが凍結されている、という。そーか。パリでリンがアプリを開くと相手のアカウントが「オフライン」と表示されていたのは、そのせいだったのか。 で、宿に戻るとメールなのかアプリなのか分からんけど、「会いたい」というメッセージが来てて、バーみたいなところに行くと鬚の男がいて。あれは、例のギャラリーオーナーのマーティン? 似てたけど、違うような…。で、部屋で抱きあってキスして脱いで一夜を過ごして…。の展開は、はあ? だよな。あれはリンのイメージなのか? ファンタジーなのか? 実際なのか? 相手がマーティンだとして、初対面の台湾のおばさんにアプローチするか? で、翌朝、ベッドの中でリウは相手に「結婚して…」といいつつ、相手はリンに「モン・プサン」と二度ほど言うんだけど、なんのこっちゃ? (後で調べたらフランス語でもともとの意味は「私のひよこ」を意味し、転じて「私のかわいこちゃん」とか「愛しい人」の意味らしい。そんなの知らねえよ。ルビで意味を書けよ、と思った。でまあ、ひよこだから。リンの仕事が養鶏なのと関係しているのか)。で、リンは服を着て部屋を出て行くんだが。謎だな、あの場面は。 で、帰国。もう弟の結婚式の当日なのか前日なのか。最初挨拶したのは上海の兄夫婦? 奥さんと挨拶してたのは、初対面だから? にしても、リンは3兄弟なのか。では、長男はなぜ上海にいるのだ? なんで長男が挨拶しないんだ? 分からんな。で、結婚式は兄弟を代表してリンが行って、無事終了。姪は、両親と帰ったようなことを言っていたけど、そうなのか? というわけで、また同じように農家の養鶏場の主になった、というラスト。なんかスッキリしない終わり方だな。あのパリの一夜は何だったのか? 個人的には、ヒヨコを持ってくる弟の友だちみたいな業者の兄ちゃんがリンに気があって、うまくまとまる。で、生まれた赤ちゃんがフランス人とのハーフだった! とかいう展開にすりゃあいいのに。と思ったんだけど、どうかね。 ところで、エンドクレジットの途中で3人がスイカを食べていて。皮の使い方ではしゃいでいたんだけど、あの女性は姪じゃないよな? 弟の嫁? これも謎。 | ||||
| 落下の王国 | 1/25 | シネマ堀切 | 監督/ターセム | 脚本/ダン・ギルロイ、ニコ・ソウルタナキス、ターセム |
| 原題は“The Fall”。公式HPのあらすじは「時は1915年。映画の撮影中、橋から落ちて大怪我を負い、病室のベッドに横たわるスタントマンのロイは、自暴自棄になっていた。そこに現れたのは、木から落ちて腕を骨折し、入院中の5才の少女・アレクサンドリア。ロイは動けない自分に代わって、自殺するための薬を薬剤室から盗んで来させようと、思いつきの冒険物語を聞かせ始める。それは、愛する者や誇りを失い、深い闇に落ちていた6人の勇者たちが、力を合わせて悪に立ち向かう【愛と復讐の叙事詩】」 Twitterへは「3度目。今度は寝なかった。ゾウの泳ぎも見られた。空想話の登場人物と、現実話の人物との適合が分かりにくい。看護婦と提督の婚約者と女優の区別がつかん。空想話はつまらなく、世界の異景ももう驚きはない。子ブスの茶目っ気が救い。」 3度目。シネマ堀切といっても名前だけで、映画館ではなく個人宅でのBlu-ray鑑賞。3度目でやっと初めて途中で寝ないで見通せた。で思ったのが、ただのハッタリ映画で内容は空っぽだ、ということかな。つねに語られる世界遺産的な奇景も、階段井戸を初めて見たときは驚いたけど、いまじゃよく知られてるので驚きはない。タージ・マハールとかケチャ、よく知らん寺院、砂漠もインパクトがない。5レンジャーが提督に復讐を挑む話はリアリティがないので、ちっとも刺さらない。 冒頭の、あとから説明されて分かるような、鉄橋と列車と馬の場面。あれは現実のロイが失敗したスタントの場面らしいけど、フツーに見たらなんだか分からない。最後の、スラップスティックの名場面集とか、うまくつながれてる、現実のロイが橋から馬に飛び乗る場面も、いわれてみりゃそうだったのか、程度。少女がみつけた過去のロイの登場場面も、ああ、そうですか、な感じ。むしろ、列車や車、倒れる壁とか危険な撮影をリアルにやってたのが、命がけだよな、お気の毒、と思える程度。とってつけたような部分としか言いようがなく、これで映画へのオマージュとかいわれてもなあ。誰だってできるだろ、このぐらいの編集は。 で、話の構造は、やっと分かってきたよ。寝たりしながらも何度か見たから。現実のロイはスタントマン(具体的には、映画の中では最後の方でやっとそう、と分かる)で、鉄橋から馬に飛び乗る場面で失敗し、下半身マヒになって入院中。ここで、オレンジ摘みでハシゴから落下して腕を骨折し、入院中の少女アレキサンドリアに出会う。彼女は東欧(ルーマニアらしい)移民で、家族でやってきて、オレンジ摘みをしているらしい。現実のロイは、事故によって恋人を失う? のか。恋人は女優で、この映画でさらなる飛躍を遂げ、主演俳優と恋仲になったらしい。落ちた現実のロイ、這い上がる恋人。で、現実のロイは自殺願望があって、薬品室からモルヒネを調達したい。で、少女にモルヒネを盗んでもらう代わり、アレキサンダー大王の話? を語り聞かせ始める。 提督(って、どういう存在?)にないがしろにされた山賊、黒人男、爆破男、インディアン、蝶が好きなダーウィン、の5人が提督に反旗を翻す。ここに、よくわからんレゲエ頭の男も加わって、提督の軍隊に挑む。てな内容のようだ。けれどリアリティは皆無で、この映画の目玉らしい世界の奇景を舞台に書き割りみたいな演技で、黒い衣装の兵士たちとわずかな立ち回りをするのみ。こんな話を聞いて少女はどこが面白いのか理解不能。 ほぼ全編に奇景が連続するかと思いきや、最初の砂漠と、象の泳ぎ、のあとは中盤にケチャと遠景でタージマハル、階段井戸や寺院はラスト近くなんだな。思った以上に少なくて、インパクトもなかった。見飽きたせいなんだろうけど。 分かりにくかったのが、ヒロインだ。最初に投身自殺をする女がいて。ありゃなんなんだ? それから看護婦がいて。物語に登場する提督の婚約者は看護婦役がダブルキャスト? と思っていたら、恋人だった女優も同じ人が演じている、らしくて混乱がはなはだしい。つまりは、現実のロイの思いが、彼女に乗りうつっちゃってるの? わからんよ、そんなの。 映像美で賛美されている現実のロイの語る物語世界は、正直言ってつまらない。驚きも、いまじゃさほどではない。合理性もなく、よく分からんし。最後はやっと提督が登場するけど、提督は映画の主演俳優になっていた。つまり、現実のロイが仇、と思う人物が提督と言うことか。さいごはプールで剣に刺さって死ぬのか。現実のロイの恨み骨髄だな。しかし、古代の話なのに提督は赤い高級車をもっている設定って、なんじゃらほいだよ。 分からんのはヒロインの方も同じで。砂漠で捉えた提督の恋人を、山賊/ロイは撃つ。けど、弾丸はペンダントに当たって、彼女は一命を取り留める。このペンダントは山賊/ロイが引き千切る。現実のロイの潜在意識に、裏切られはしたけど殺したくない、という想いがあるからなのか。は、まだいい。最後の提督の屋敷にいるヒロインは、これは女優の衣装だろう。このあたりは、幻想性が消えちゃってるよな。あと分からんのは、最後の方で山賊/ロイはこの女優と対峙するんだが、山賊/ロイは手にした例のペンダントを放り捨てる、んだよな。でもだからって、女優を殺しはしない。このあたりの山賊/ロイの心理はよく分からない。それに、なぜ看護婦が提督の婚約者や女優と同一視されるのか、も不明。もやもやするな。 で、問題は5人の仲間+1人だよ。山賊/ロイはいいとして、他のメンバーを照合するのが苦労した。でも、たぶんこうだろう、と思って照合した。黒人は、出入りの氷屋だろう。これは早々に分かった。あと、蝶好きのダーウィンは、病院スタッフか。あまり現実世界では出番がなかったけど。爆破男とインディアンはずっと分からず。でも、映画の最後の、完成した映画の上映会で、爆破男は登場している男優だとわかった。物語世界では、つま先を撃たれるが、映画の中ではつま先に矢が刺さっていた。で、インディアンだけど、これは、アレキサンドリアが退院後の農場にいた。しかし、それじゃ現実のロイは会ってもいないんだから、物語に登場させることはできないだろう。これは、ヘンだよな。さて、+1人のレゲエ男だけど、これは最後に近い提督軍との戦いのところで、入れ歯男だと分かった。なるぼど。とりあえず照合はスッキリしたけど、話的にはスッキリしないままだぞ。 でまあ、この映画でまともなのは現実の病院内での話で。ロイと娘の駆け引きとか、娘がモルヒネを盗むところとか、あれやこれやはフツーのドラマなので、安心して見ていられた、かな。この感想は、1回目に見たときから変わらない。 あと、印象的だったというと、アレクサンドリアが2度目にモルヒネを盗もうとして転落し、頭を打って寝ていたときの夢が、シュヴァンクマイエルみたいな齣撮り動画だったのは面白かったかな。内容は忘れちゃったけど。 それと、映画館で2回目見たときは、後半で、入れ歯をカチャカチャとカスタネットみたいにいわせる場面があったんだけど、あれは4Kリマスターで追加された映像だったのかな。 | ||||
| とれ! | テアトル新宿 | 1/26 | 監督/コウイチ | 脚本/コウイチ |
| 公式HPのあらすじは「高校3年生の美咲(中島瑠菜)。母子家庭で親に負担をかけたくないため進学はせず、地元で就職しようとバイトをしながら最後の高校生活を送っていた。親友の皐月(まいきち)は親の希望で大学進学を目指しているが、日々SNS投稿に夢中。そんなある日、美咲が撮ったVLOGに霊のようなものが偶然写り、投稿動画は瞬く間にバズっていく。驚いた二人はこれをチャンスと思い、続けざまに心霊のフェイク動画を投稿し、バズは益々大きくなり広告収益が手元に入る。調子に乗った二人の撮影はエスカレートし、さらなる刺激を求め地元で噂の廃墟に潜入、とうとう取り返しのつかない本物が映しこんでしまう。さらに、廃墟撮影の道中で地蔵を拝んだ美咲は、和装でお面のような顔の“神様”に憑きまとわれることに」 Twitterへは「高3女子2人が心霊スポットでVLOG撮ってバズらせようとしたら…。74分だし、つくりもライトな感じで明るいホラー。笑いもあるし、怖いところもある。ムリにひねらずシンプルなのもいい。なかなかお買い得。主演の2人もかわいい。」 というわけで、イントロからの流れは↑のあらすじ通り。で、美咲が心霊スポットの路傍にあった地蔵にお祈りしたせいで、彼女に神様が憑いてしまう! 神様が憑く、というのが新鮮で面白いね。それを知ったのは、美咲が突然、お面をかぶった霊が見えるようになったから。驚いて皐月に連絡。でも、皐月にはその霊が見えない。皐月が霊能者を呼んでみてもらうと、霊能者には見えるようで、それは悪霊ではなく神様だ、という。美咲の行いが神につたわったんだろう、という。つまり、あの地蔵にお祈りしたことが神の心に届いた、というわけだ。お祓いしなくても大丈夫だけど、もしお祓いすると500万かかるというのでそのままにすることにした。霊能者はまた、別のことを言う。なんと皐月に悪霊が憑いていて、これは祓わなくてはならない。ただし、20万かかる、という。でもお金がない。2人は、あの心霊スポットで悪霊が憑いたと考え、再訪する。 この映画の冒頭で、あの心霊スポットで首つりがあったことが示唆されている。皐月に霊が憑いたのも、2人が最初に訪れたとき、ステージにあったネクタイを皐月が拾い上げ、「酔っぱらいの霊なんかどう?」なんてはしゃいだせいかもね。 美咲に憑いた神は、つねに美咲の背後に立っている、というのがおかしい。立っているだけで、なにもしない。のだけれど、心霊スポットに到着すると、この神が大活躍。どうやら仕事で失態して上司に謝りまくり、揚げ句ここで首をつったサラリーマンが土下座しているのが見えた。そのサラリーマンを、神は仮面をとって吸い込んでしまう。これで皐月の悪霊は一件落着。ついでに、皐月も神が見えるようになる。この理屈は良く分からんな。それと、それまで黒い着物姿だった神が、ネクタイ背広姿になる。ってことは、取り込んだ霊の外見をまとうという設定なのか。 皐月と美咲がアップした動画の閲覧数はバズりまくり。なんと30万円振り込まれる。これで大学に行ける、と美咲は有頂天。と思ったら、美咲の母親の霊魂が、神に飲み込まれてしまった…んだっけ? ここ、よく覚えてないぞ。母親は何したんだっけ? でまあ、例の霊能者を呼ぶと、母親は息はしているけど死んでいる状態。元に戻すには、美咲が神に飲み込まれ、あの世に行って母親を連れ戻すしかない、といわれる。しかも400万円かかる、という。でも、母親の預金通帳に400万あるのを知っていたので、それを実施。しかし、神に飲み込まれるには、美咲が悪霊になる必要があるということで、霊能者は美咲に呪物といっても妙な人形、を手渡す。そして美咲はまんまと飲み込まれ、あの世へ。 そこでは母親と、すでに死んでいる母親が仲よく話している。美咲に声をかけてきたのは、例のサラリーマン。死後の世界はいいよ、なんていうけど無視して、またもや呪物の力で現世に戻り、母親は息を吹き替えす。 でまあ、2人はさらなるバズりを目指して心霊スポットでフェイク映像を撮ったり。さらに、霊能者の除霊の様子を撮影してお金をもらったりして。母親の件の400万円も、ここから分割払いしているらしい。 で、美咲は、最初に自撮りして霊みたいなのが見えた映像を霊能者に見せるんだが、ただの人、といわれて。その場所に再び行くと、人が立ってこっちを写しているではないか。つまり、美咲のストーカー、なんだろう、この男は。それに気づいた神はそのストーカーに接近し、パクリ。神は、ストーカーが手にしていたカメラを持って、あいかわらず美咲の背後に立っている。ってことは、神自身も美咲のストーカー、ってことなのか。最初にお祈りされた地蔵もいつのまにかいなくなっていたし。あの地蔵が美咲のストーカーになり、ついてまわっているってことか。なーるほど。 まあ、ちゃっちい話なんだけど、もったいぶったところもなく、わかりにくい部分もないので、素直にみられて楽しかった。美咲を演じる中島瑠菜が永野芽郁を素朴にした感じで初々しい。皐月の、まいきち、もかわいい。 ・霊はデジタルでは映らない。ビデオテープなら写る。というのが強引すぎて笑える。 ・1人ぐらい男の子が登場してもよかったかな。美咲か、あるいは皐月の彼氏というか、ストーカーみたいな設定で。その彼も、神にパクリとされちゃうとか・・・。 | ||||
| CROSSING 心の交差点 | 1/28 | ル・シネマ 渋谷宮下 | 監督/レヴァン・アキン | 脚本/レヴァン・アキン |
| 原題は“Crossing”。公式HPのあらすじは「ジョージアに暮らす元教師のリアは、行方不明になったトランスジェンダーの姪、テクラを探すため、テクラを知るという青年アチとともに、トルコ・イスタンブールへと旅立つ。しかし行方をくらませたテクラを見つけ出すのは想像以上に困難だった。やがてリアは、トランスジェンダーの権利のために闘う弁護士、エヴリムと出会い、彼女の助けを借りることに。なぜテクラはジョージアを離れたのか。東西の文化が溶け合い異国情緒あふれるイスタンブールを舞台に、テクラを探す旅を通して、リア、アチ、エヴリム、3人の心の距離が、少しずつ近づいていく」 Twitterへは「トランスジェンダーの姪を探しに叔母がジョージアからトルコに行く話。設定の枠組みはあるけど話の展開がないので退屈。トランスの定義もよく分からん。にしても、トルコはトランス天国なのか? 最後は、偏見はいけないよ、な感じかな。」 冒頭は、ある家の中。オッサンが若い男に小言を言ってる。オッサンの女房らしいのが子どもに乳をやっている。「あっちでやれ、こいつが見る!」と怒っている。なんのこっちゃ? 若い男はオッサンの弟らしいと、しばらくして分かる。イラつく構成だな。で、若い男が、家の前に女がいる、という。オッサンが見て、ありゃリア先生だ、と飛び出していく。そのリア先生は姪を探しているという。オッサンは、近くにトランスの売春宿があったけど・・・。と、申し訳なさそうに言うが、嫁が知ってるかも、とリア先生を家に入れる。嫁さんは、テクラという名前に記憶があり、若い男アチは、トルコに行った、住所を知ってる(って言ってたんだっけかな? でまかせ?) とかなんとかで。リアと一緒にトルコに行くことになる、てな流れ。なんだけど、そもそも姉の娘のテクラを叔母が探している理由がよく分からない。なんで両親が探さないんだ? それと、トランス女性に対するジョージア国内の意識も、のちのち、偏見があるということも分かってくる。けど、そういうのがよく分からないまま、だらだらと話がすすむので、ヒキがない。明日行くことで合意したのに、アチは兄の車でリアを家まで送って…。てなあたりで眠くなってきた。 と、気づいたら、イスタンブールに到着していた。でもまた、だらだらな感じなので沈没し、気がついたらアチは街で職探しをしていて、断られつづけている。リアとアチが宿屋にいる。次の場面では、どっかのカフェで待ちあわせをしているトランス女が、相手が来ないので憤って席を立つ。そして、タクシーを拾ったら、なぜか息が合って、カーセックスに励み出す。なんなんた。 この時点で、このトランス女(エヴリム)がテクラなのかな、と勘違いしていた。つまり、近くにいるのにすれ違いで会えないのかな、と。でも、おいおいエヴリムは活動家らしいのが分かってはくる、のだけれど、話は茫漠としたままなのだ。眠気はなくなったけど、つまらない。話が転がって行かないのだ。ので退屈だった。 あとは、のらくらのらくら。街で踊ってジョージア出身のビジネスマンと知り合って、おごってもらったはいいけど、リアが色気出して迫って逃げられるとか。なんなんだこのエピソード。 アチには、母親を探す目的がある、といいつつまったく探そうとしない。リアに突っ込まれると、「そんなこと言ったっけ? もう母親は死んでるかも」といい加減すぎ。 ただのトランス女かと思ったエヴリムは、どうやらトランスの権利を守ろうとしているらしい、とか。でも、よく分からんところ多すぎ。弁護士らしいけど、その片鱗は警察で、スリでつかまった少年を釈放させたときぐらいじゃないか? その少年と少女だけど、流しの弾き語りで捕まったのかと思いきや、スリ? そんな場面あったのか? そういうや、少年と少女は、リアとアチが姪を探していることを知っていた、らしいので、こちらが寝ているときに接近遭遇はあったんだろうな。でも、ささいな問題な感じ。 そもそも、この映画、トランスの定義がはっきりなされていない。描かれるのは乳房もあって、売春もできるトランス女性ばかり。つまり、元男性だけど、体と心が不一致、な人なのか。その結果、手術を受けて女性になった人たちなのか。いや、陰茎はついているのか。とかは、まったく分からない。なので、トランス、という言い方が何を指しているのかよく分からんのだよな。 アチが頼りにならないとみたリアは、ひとりでトランス女性がたくさん住む建物や、トランス売春宿の女主人に会いに行ったりするけど、テクラはみつからない。売春宿で、テクラらしいトランスが残したものがあるからと、それを持って帰るんだけど、ただの衣装が少し、な感じで手がかりにもなってないだろう。 てなわけで、映画の大半は「探す」ことをせず、だらだらしたり、たまに踊ったり歌ったり。トルコの風物詩は楽しめるけど、人捜しのスリリングなところは、皆無。なので、リアは帰国を決意し、荷物を引っぱって橋を渡っていると、すれ違った高身長の女が「叔母さん!」 と。おお、こんなところで出会うのか。部屋に行くと立派なところで。座っているリアの膝に顔を埋めるテクラ。さあ、どうなるのかなと思ったら、はあ? リアは帰りのフェリーに乗っちゃってるぜ。なのに、リアの膝に顔を埋めるテクラの映像も写る。で、リアのつぶやきで、私たちは偏見を無くさなくちゃいけない云々と。どういうこと? リアがテクラに邂逅できたのは幻想か。なんだかなあ、なラストだったよ。 ・冒頭に、ジョージア語とトルコ語には男女の違いがない、とかいうことがでてくる。だから、なに? ・そもそも叔母が姪を探すという設定が、ヘンすぎ。 ・アチも、トルコに来たがった理由が分からない。母親探しではない。たんにジョージアをでたかった? 職探し? テクラの住所を知っていると言ったのも嘘だった、と述懐してたけど。 ・トルコは、トランスの女性が堂々と存在していた。トルコは、そういうところ自由なのか? で、ジョージアは偏見がある? だからテクラもトルコに逃げた? などなど、背景と現状が説明されていないので、ただの、だらだらしたトルコ日記みたいな映像ばかりで、たいしてヒキもないし、つまらんだけだろ。問題意識も、これじゃ刺激されんぞ。でも、意味なく猫がやたらでくくるのはいい感じ。トルコはトランス天国で、猫にも天国なのか。にしても、イスラム教は同性愛禁止ではなかったか。 | ||||