2026年3月

Shiva Baby シヴァ・ベイビー3/3ヒューマントラストシネマ有楽町シアター2監督/エマ・セリグマン脚本/エマ・セリグマン
アメリカ/カナダ映画。原題は“Shiva Baby”。公式HPのあらすじは「大学卒業を間近に控えたある日、誰が亡くなったのかも知らされないまま、両親とともにシヴァに参列することになったダニエル。故人の自宅へ到着すると、その場に居合わせた幼馴染・元カノのマヤがロースクールに合格したことで賞賛を受ける一方、ダニエルはパッとしない進路や容姿の変化について親類縁者たちから不躾に詮索され、次第に身の置き所を失っていく。そんな中、つい先ほどまで会っていたパパ活相手(シュガーダディ)のマックスが、妻と泣き叫ぶ赤ちゃんを連れて現れ……。」
Twitterへは「ユダヤ教徒にして淫乱遊び女のバカ女子大生の話だった。」
シュガーダディというのは「。成功した男性と魅力的な女性を繋ぐワンランク上のマッチングサービス」らしい。これを指してパパ活、といっているのだな。で、シヴァ・ベイビーは、「ユダヤ教の葬儀・追悼の集まりである「シヴァ (Shiva)」と、パパ活女子を意味する「シュガー・ベイビー (Sugar Baby)」を掛け合わせた造語」のことだとさ。特定の男性と金銭授受をともないながら性交渉をするのを、パパ活、と訳していいのかどうか、気になるけどね。
おおまかな筋は↑のあらすじの通り。誰とでも寝る、のではなく、特定のマックスとしてる関係のようだ。セックス終わりにキスもしていたし、嫌いではないのだろう。でも、不倫ではなく、一応売春。
おいおい分かるのは、ダニエルは幼なじみのマヤとレズ的な関係にあって、過去に騒動になったことが、あるらしい。具体的には分からないけど。だからなのか、ダニエルの母親は、マヤと話すな、と厳命している。
でこのマヤは頭がいいらしく、コロンビアだかの法科大学院に進学が決まっていて、周囲からちやほやされている。比べてダニエルはジェンダー論とか将来に役立たない学問を学んでいて、もうすぐ卒業なんだけど仕事のアテはない。どころかベビーシッターのバイトを1件しているだけ。マヤとは比較にならない弱みがある。ということなんだけど、マヤがマッチングサービスでマックスと出会い、パパ活を始めたのがそのせいなのかどうかは描かれていない。
というダニエルが、親に言われて葬儀後の会食会に出席(どうも葬儀は間に合わなかった模様)するんだが、誰が亡くなったのかというと、たしか叔父さんの後妻の妹が亡くなった、んだっけかな。すごい遠い縁なんだな。幼なじみのマヤは、どういう縁なんだろう。というところで、なんとさっきまでパパ活してた相手のマイケルを見かけてしまう。なんと。どういう縁なのかは知らないけれど、関係者と言うことか。でマイケルは非ユダヤ教徒の美人妻とよく泣く1歳ぐらいの娘を連れてきている。こりゃ気まずいよな。
教会で以前出会ったことがある、ということにして、周囲に合わせてマイケルとさりげなく話はするものの、焦りまくりのダニエル。白いシャツにコーヒーぶっかけちまったり、マイケルの入ったトイレに潜り込んでフェラしようとして(の意図がよく分からんのだよな。自分アピール? 無料奉仕?)断られたり、その腹いせに上半身露出の自撮り写真をマイケルに連投メールしたり、することが滅茶苦茶。おまけに自分のスマホをどっかに落として焦りまくり、でそのスマホはマヤに拾われてロックしてなかったので中味を見られ、「自分の娘が売春婦だって父親は知らないんだよね」とか嫌みを言われてしまう始末。どんどんドツボにハマって、でも、なにがきっかけかマヤへの思いが突然復活し、陰でこっそり熱いキスをかわしたり。弱り目に祟り目でドツボにはまっていく。
最後は、帰りの足で。ダニエルの父親が、乗ってけ、乗ってけ、知り合いの婆さんはもちろんとマヤはもちろんマイケルと妻と娘までワゴン車に詰め込んでしまう。ダニエルとマヤは隣同士。マイケル達は前の座席だったか後ろだったか。下半身でつながっているみんなが、1台にぎゅうぎゅうで帰っていく。ダニエルの困惑した表情で、映画は終わる。
こまるのは、この映画。ダニエルの未来を感じさせないことかな。ドツボにハマらせたままで放り出してしまっている。はたしてダニエルはこれからもマイケルとの関係をつづけていけるのか。起業家でやり手の奥さんを見てしまってからは、そうはいかないかな。マヤとの関係復活で、男はもういい、となるんだろうか。マイケルとの関係が終われば収入は絶たれる。大学出てからもベビーシッターしてるのか? まともな仕事もなくフリーター生活になるのか。なんか、暗い未来しか見えないんだけど。
最後に、なんか、ひとひねり足りない感じ。。
・ユダヤ教徒の一族って、多いんだな。親族以外も葬儀に集まるのか。
・ユダヤ教徒って、もっとモラルに厳しいのかと思ったら、ダニエルみたいなのもいる、ということか。それは、肯定なのか否定なのか、現状はこうですよ、ということなのか?
・セックスしててフェラも…ということはマイケルがユダヤ人と知ってつきあってたってことだよな。ダニエルが利用したのは、ユダヤ人専用のマッチングサービスなのか?
・食事会での周囲の囁き声は、マイケルの妻が非ユダヤ教徒だってことへの、少し非難めいた言葉。そうなのか。ふーん。
・どっぷりユダヤ教徒ばっかりな映画。想定する観客は、ユダヤ人が多数なんだろうか?
夜鶯 - ある洋館での殺人事件 - 3/3ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1監督/リウ・シュンズーモー脚本/リー・バーシェン、リウ・シュンズーモー
中国映画。原題は“揚名立万”。公式HPのあらすじは「1940年代、戦後の混乱期にある上海。落ちぶれた映画監督、芽が出ない脚本家、再起を期す元花形女優、敏腕プロデューサーなど、名声と富に飢えた映画業界人が、謎の富豪の呼びかけで豪華な洋館に集結する。彼らに課せられた課題は世間を騒がせた未解決の猟奇殺人事件を題材に、一夜で大ヒットする映画脚本を完成させること。そして、この極秘会議には、事件の真相を誰よりも知る人物が同席していた…。なんと事件の“本物の殺人犯”が同席していたのだ。恐怖と野心に駆られた業界人たちは、真犯人から事件の真相を聞き出し、脚本に落とし込もうと命懸けの推理戦を繰り広げる。やがて、虚実が入り乱れる密室で、彼らが暴き出す事件の真相は、いつしか、彼ら自身の過去や秘密と危険に繋がっていく。彼らが一晩で完成させるのは、歴史に残る傑作映画か、それとも彼ら自身の運命を決定づける事件の結末か!?」
Twitterへは「前半つまらんので寝た。起きてはうつつ、また寝たりして…。最後の方だけアクションあるけど、もう遅い。中国で大ヒットの理由がよく分からない。」
人気のない映画評論家にして脚本家が、なぜか招待されて洋館に行って見たら、そこには盛りを過ぎた女優、発想の乏しい映画監督、その他、プロデューサーっぽいオッサンとかが集められていて。呼びかけたのは、この館の主なのか? 巨体の男。で、以降、のらくら自慢や足の引っ張り合いをし始める。でも、巨体男の素性が分からん上に、プロデューサーっぽいオッサンの経歴や素性も分からない。わけ分からんままテーブルに着くと、特別ゲストがいて、巨体男が言うには新たな企画で映画を撮りたい、とかなんとか。かつて3人の大物を殺した事件があって、それをモチーフに企画を練りたい、と。でも、話が論理的に落ちないし人物もよく分からんままなので、ヒキもなく話に入れない。脚本家がたまたまテーブルの下を覗くと、ゲストの1人の足が鍵でくくりつけられている。なんとゲストの1人は3人殺しの犯人で、もう一人は刑事、らしい。とまあ、ここまでくると、バカか、な感じになってくる。死刑囚? をどうやって私邸に呼ぶことができるのだ? 企画に本物の殺人鬼がなぜ必要なんだ? ついていけず、いつのまにかウトウト。ハッと気がついて画面に集中するも、相変わらずのらくらメンバーが罵ったり主張したりしているまま。なので、またしてもウトウト。を数回繰り返してしまった。
あれやこれや断片的につらつら。犯人は拘束から逃れた。この屋敷は3人殺しの現場。そこで、3人殺しをモチーフに脚本を…。巨体男がリードしていくけど、こいつは誰なのだ? そんな影響力があるのか? なんで集まった連中はみな唯々諾々としたがっているのだ? うつらうつら…。と思ってたら銃を持った黒服男の一団が乱入してきて。これも警官? 最初からいた警官は、ここで撃たれるんだっけ? 記憶がもやもや。
で、4/3ぐらいから犯人の思い出が始まる。かつて戦友の娘がいて。戦友が死に(だっけか?)、娘を育てていった。娘は歌劇に興味をもち、スターに。この手の新人娘に興味をもってきたのが、3悪人。あるとき娘は連れ去られ、この屋敷の部屋で凌辱(?)された。これに怒った犯人が、3人を殺害。さらに、娘をなぜかバラバラ死体にして持ち去ったとかなんとか。バラバラにしたのは、擦過傷のところで切り離し、娘の美しい姿を残したかったから? とかなんとか。
でまあ、屋敷に集まった一同は、この話を映画化し、自主上映の旅に。であるとき、観客の中に、顔を隠してみている美女がいて、追っていくんだけど…。彼女が実はあの娘で、死んではいなかった? とかいうようなラストだったかな。
で、あの犯人はどうしたんだっけ? 死んだんだっけ? 逮捕されたか、逃げたのか。まったく記憶にないよ。まあ、全体にのらくらしててヒキがなかったのは確かで。だから寝たわけだけど、ツッコミどころが多そうな映画だな。でもこれ、中国で大ヒットらしいから、よのなか分からない。もう一度見れば納得、の内容なのかな? はてさて。
夜勤事件 The Convenience Store3/4テアトル新宿監督/永江二朗脚本/赤松義正
公式HPのあらすじは「舞台は、寂れた住宅街の片隅に佇む一軒のコンビニ。女子大生・田鶴結貴乃(南琴奈)は、古びたアパートで一人暮らしをしながら、高時給に惹かれ夜勤のアルバイトを始める。日付が変わる頃、眠りについた街を抜け、橋を渡って向かう先は、蛍光灯の光だけが頼りの深夜の職場。店長の指示のもと、品出しや廃棄処理、奇妙な客の対応に追われながらも、静かな夜はいつも通り過ぎていくはずだった。だが、ある夜を境に、店内では説明のつかない“違和感”が現れはじめる。差出人不明の自分宛の謎の配送物、不気味な言葉を残す老婆、誰もいないはずの通路の監視カメラに映る“何か”--- 深夜のコンビニが静かに、しかし確実に“何か”に侵食されていく中、結貴乃が目にした“怪異”の正体とは---」
Twitterへは「タイトルから、面白いかな、と思ったら…。残念以外の何物でもなかった。そうか。ゲームが原作だったのか。しかし、いくらなんでもオチがあれじゃな。往年の、ビデオをつかったあの映画のまんまじゃねえか。進歩がねえな。」
ホラーなのか。サスペンスかと思ったら、な感じで拍子抜けた。冒頭は、白黒の粗い殺人画像。のあと、主人公目線で女の子がコンビニに出勤。夜10時前か。入れ替わりに先輩バイト青年が帰っていく。は、よく覚えている。あとは、いろいろありすぎて記憶がまばら、なんだけどね。たしか、4時頃、宅配便が届く、んだが。こんな朝方の深夜に宅配が配達するんかい! それと、ドアが何度もピロピロ鳴って、でも、客は来ていない、ってのがあったか。で、変なの、と思ったのが、ここ自動ドアじゃなくて手で押して開けるスタイルなんだよな。いまどきこんなんあるかよ。
そっからどうなったか、忘れたけど。刑事が現場のコンビニに向かっていて、その地下で目玉をくりぬかれた、ずっと行方不明だった店長の死体を見る、という場面。焼けたSDカードも、何枚か。そして、場面は取調室。なんだけど、これが4時頃なわけだ。刑事は、娘に何があったのか聞くんだけど、1夜目からいろいろ話していく。3夜目までだったか。ホームレスが廃棄食力くれと迫ってきたり。認知症風なババアが孫の名を呼びつつトイレに入っていなくなるとか。エアコン修理業者が夜中にやってきたり。得体の知れない黒い女がやってきたり。何夜目か、順番もよく覚えてない。
で、取り調べの最中に娘がポケットから、こんなものが1日ごとに届いたんです、ってSDカードを取り出して。刑事に「見ろ」というんだけど、取調室に刑事1人しかいないとか、証拠品のSDカードを取調室内で見始めるとか、いろいろ不自然が多すぎだ。刑事は2枚見て、すると全部見てくれ、と娘がせっつく。で、なんとか見るんだけど、冒頭と同じ殺人場面と、4枚目にはコンビニ娘の日常画像が登場する。だったかな。BR>で、次は主人公が刑事になって、その1日目から3日目までが描かれる、んだったかな。あんまり印象がない。でまあ、ざっくり省略しちゃうと、まず一家惨殺事件みたいのがあって。奥さんが目をほじられて死んだ。なぜかその映像がSDカードに保存されている。その映像を見たものは、3日以内(だっけかな)に、同じ画像を他人に見せないと呪われて死ぬ、と。つまりコンビニ娘は色んな手段で送られたSDカードの映像を見て、呪われることになった。その、呪われのシステムを教えてくれたのはなぜかホームレスジジイで。そのときの会話で、すでにコンビニ娘が店長遺体を発見直後、ってことが分かる。つまり、送られてきたSDカードの映像を刑事に見せれば、おまえの呪いは消える、ってことなんだろうけど。えええ? そういえば、コンビニ娘が店長遺体を見つけたのもSDカード映像で地下に入るよう指示があった空なんだけど。にしても、惨殺したい見つけてあわてず、ホームレスジジイの言いつけを守って刑事にSDカード映像をみせる落ち着き差はどっからでてきてるんだ?
この時点で、仕掛けが『リング』と同じじゃないか。とがっかり。劣化バージョンじゃん。
で、思うに。コンビニ娘は店長遺体を発見後、遺体をそのまま放置し、最後の日になってやっと通報したってことなのか? これ、よく分からない。でまあ、コンビニ娘は呪いから逃れ、呪いは刑事に移った、のか。
・そもそもSDカードを宅配便で送ったり、店の前に置いたりと、3日だか4日かけてコンビニに届けたのは、だれ? 送り主は誰なの? 
・そういやあ、店長の遺体のそばに焼けたSDカードがあったけど、あの意味もよく分からない。店長がSDカードを見て、でも、誰にも見せなかったので呪いは店長に降りかかり、店長も目をくりぬかれて死んだ、んだろう。では、SDカードを焼いたのは誰なの? 
・なんでホームレスが、このコンビニの呪いとSDカードの連関を知ってるんだ?
・なんでコンビニが呪われてるんだ? 一家が殺された事件は、あのコンビニがあったところで起きた事件? では、SDカードの映像は呪いで転写、なのか。では、最初にそのシステムで犠牲になったのは、だれなの? 一家の事件は2だか3年前って言ってたよな。
・その犯人が、あの黒いドレスの女?
・店長の前には、犠牲になった人はおらんのか? 
・SDカードで呪いをつづけるシステムを考えたのは、犠牲になった一家の誰かなのか?
・SDカードの最後には、見てる人の映像のでてくるけど、そういえば刑事の画像もでてきてたな。あそこだけ次々、入れ替わる仕組みなのか?
・店長は呪いに殺されたんだろうけど、店長といい関係で地下でまぐわってたらしいコンビニのエリアマネージャーは、どうなったの? コンビニの前でおどおどしながらクルマで見張ってたけど。彼女は、呪いについて知ってるのか?
・コンビニ内に五寸釘がバラまかれたり、店内の商品がなくなってモニタだらけになったのは、あれは幻覚? 事実無? 
ときどき登場する子どもは、ありゃ幽霊? 一家の事件で彼も犠牲になったのか? じゃ、認知症ババアも関係あるのか?
・お守りをくれる黒い服の女(桜井淳子)は、ありゃ、呪いの一家とどういう関係があるの?
・先輩コンビニバイト君は、あまり機能してなかったな。なんなのあいつは。
・そもそも、もともとの事件は警察のファイルにあって、犯人も分かってる? 事件も犯人もよく分かってないなら被害者の怨念が、後の人に襲いかかる、という理屈は成り立つけど、そんな感じではないのよね。ただ、いきなりSDカードと、事件のモノクロ映像になる。呪いの主体はどいつなんだよ? 目的は? 伝えるのではなく、SDカードの映像を見ないと死ぬ、という仕掛けを考えだした理由はなんなんだ? 意味不明だよな。
とか、思わせぶりの不思議、脅かしがいろいろあるけど、ほとんど機能してなくて、ちっとも怖くない。
ところで、エンドロールの後に映るのは、コンビニ娘? ニカッと笑ってたけど、どういう意味? 
災 劇場版3/6ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1監督/関友太郎脚本/関友太郎、平瀬謙太朗
公式HPのあらすじは「家族や進路に悩む女子高生、ある過去を抱えた運送業の男、冴えないショッピングモールの清掃員と理容師、負債を抱えた旅館の支配人、平凡な主婦。ある日、彼らのささやかな日常が、なんの前触れもなく不可解なT災いUに襲われる。警察にはすべて自殺や事故として処理されるが、何かがおかしい。刑事の堂本だけが妙な気配を感じ取り、災いの真相に迫っていく。一方でその災いの周辺には、いつもある「男」が紛れ込んでいた」
Twitterへは「わざわい、ではなくSAIと呼ぶんだそーな。もとはWOWOWの連ドラを再編集したらしい。前半は中途半端なドラマがちまちま続くので、ちょい退屈&混乱。途中から香川照之が怪しく登場して、なーるほど、な展開に。けどとくにオチもなく、つづく、なんだな。」
↑のあらすじにあるように、全国各地の、些細な人間模様を短い時間で積み重ねていく。まずは海辺の街の食堂の女店員がいて、次のカットでは海に浮かんで亡くなっている。というのが最初の事件。以降は、ほとんどドラマがない。進路について親に相談に乗ってもらえていない女子高生、アル中で人身事故を起こし、運転不可になって、妻にも見放されたドライバー(相手は亡くなっているのだから、数年刑務所に行ってるはずだよね。ショッピングモールの、主張の強いオバさん清掃員、理髪店に勤める兄ちゃん、経営不振で妻に逃げられ、大麻かなんかに逃げている田舎の旅館の主人、プールのインストラクター…。最初は、全然つながりもなく細切れにつながっていくので、ちょっとイラッときた。場所も、人物も覚えきれないから。なので、ちょっと退屈、になってたのが最初の1/3ぐらいかな。ここで、予備校講師として香川照之が登場する。女子高生に優しく指導し、いろんな相談にも乗ってあげている。顔が、とくに、目が不気味メイク。目の縁が黒いから、マンガで描いたよう。
その女子高生が、転落事故。女性刑事とは、不自然に切り取られた髪の毛に着目し、連続殺人を疑うんだけど、男性刑事は受け流す。で、香川照之は、予備校教師を皮切りに、陽気なドライバー、あるときは足の悪い理髪店員。警察の用務員。旅館の主人に大麻を売りつける売人。ショッピングモールでは何してたっけ? 清掃員だっけ? とかで働いていたりする。
このころやっと、時間的な流れ、が見えてくる。最初は地名だけだったんだよね。あと、背景が真紅で名前が登場するところが何ヵ所かあるんだけど、ありゃ役名なのか? あれ、ほとんど意味も効果もないと思うんだけど。まあ、いい。でまあ、アル中ドライバーの妻(なぜ彼女が選ばれたんだろう。運送業とは関係ない仕事なのに)とか、清掃員のオバさん、旅館の主人、男性刑事、イケメンのプールのインストラクターなんかが、突然、死んでしまう。のだけれど、誰がどういうかたちで亡くなったのか、よく分からないところが何ヵ所かある。川の岸辺の遺体は、ありゃ誰? エスカレーターの遺体は誰? まあ、いっちゃなんだけど、顔が地味な役者が多いのと、顔をちゃんと写さない手法なので、分からない、ってのもあると思うんだけど。
男性刑事が亡くなって、その髪にも妙な剃り込みがあった。こりゃやっぱり…。と女性刑事は海岸の街へ行って、女店員の旦那に話を聞くんだけど。このときだったか、行きか帰りにガソリンスタンドに寄ると、窓を拭き掃除するのが香川照之、というブキミな場面があったりして。
まあ、それだけの話である。香川照之は、職場を変え、新しい職場で殺人を犯し、そこをやめて別の職場に行ってまた殺人を…。を繰り返している、のだろう。でも、動機も、犯行場面も、そういうのは一切出てこない。被害者は、みな事故で亡くなった、かのような死に方をしている、というのがミソ。
香川照之が手を下した(殺した)かのような描き方だけど、必ずしもそうではない。映画の中でも触れているけれど、被害者は勝手に自殺、かも知れない余地を残している。香川照之は“災い”的な存在というか、もしかしたら悪霊のようなもので、不幸や絶望を呼び寄せるやつなのかも知れない。たとえば、うつ状態の人を加速する、とかね。そういう“災”をもたらすんだ、という見方もできる。だから、なおさらブキミなんだけどね。その不気味さを、香川照之は淡々と演じていて、怖いよ。
結局珈琲3/9キネカ大森3監督/細井じゅん脚本/細井じゅん
公式HPのあらすじは「下北沢で長らく愛されてきた喫茶店“こはぜ珈琲”は移転を控えながら店長(柄本時生)とベテランバイトの島田(日高七海)、新人バイトの須藤(瀬戸璃子)らの切り盛りでマイペースな日々を送っている。常連客の青木(藤原さくら)は仕事の休憩時間をここで一人で過ごすことがルーティーンになっている。武田(細井じゅん)と塚本(山脇辰哉)はいつも決まって同じ席に座り雑談をしている。その他、亀と同じくらいゆっくり珈琲を運ぶ常連・伊藤(東野良平)など、移転について噛み締めている常連たちを見ながら様々な想像を働かせる店員たち。片付いていく店内で生まれる様々な奇妙な関係性によって一人きりの青木の中で変わっていくものと変わらないものとは…。」
Twitterへは「移転間近のカフェに集う常連とスタッフが、たいして織りなさないヘンな時間を55分にまとめた中編。声が聞き取りにくい。役者の区別がつきにくい。駄話がつまらない。マシン抽出でコーヒーフレッシュかよ。店員も客もうるさい。行きたくない店だな。」
下北沢にある実際のカフェで撮影しているらしい。店長と女子従業員1人、女子バイト1人の3人態勢。店内は狭い。外にも席はあるらしい。カウンターで注文し、飲み物をもらって席に行くスタイルのようだ。最初に来たのはOLで、ブレンドを注文。抽出にかかる時間がもたないのか、店員が客のOLに話しかけようとして、結局しない。なにも話題がないってことか。あの中途半端さは、もやもやする。
OLは席で文庫本を広げる。で、女子従業員が女子バイトに、あのひとはいつもブレンドでどーたら、と教え込む。そんな必要がどこにあるんだ? 次は地縛霊のような伊藤さん。もうすぐ来るわよ、とっていたら現れて、地縛霊と言ってしまったのを照れ笑いで誤魔化す女子従業員。いくら常連客だからって、そんな客のことをあれこれ話すかね。やな店。で、伊藤さんも文庫本を広げる。
次にやってきたのは、うるさい2人連れの青年。どーでもいい駄話をだらだらと、うるさい。葡萄のイントネーションが武道になってしまうのをあれこれえんえんと。うっせー! 読書できないだろ、OLさんが。と思ったら、伊藤さんのところに女子(従業員かバイトか区別つかない)がなんとかサンド(?)をもってきて、ついでにおしゃべりするんだけど、そんなことするか、フツーのカフェで。で、宝くじの話題になったときに伊藤さんの携帯が鳴って、おしゃべり。終わって横を見るとまだ女子がいる。女子は「宝くじの話って何ですか?」だと。そんな店員なんて世の中におらんだろ。
かと思うと、従業員とバイトの女子二人は、だれかのLINEのアイコンが猫で、その猫が近くにいるから見に行ってもいいか、と店長に懇願したリする。バカか、こいつら。そんな店は閑なのか。
しかし、この店、マシン抽出だから、表面に薄茶の泡ができるタイプの珈琲なんだよな。エクセルシオールみたいな感じ。しかも、コーヒーフレッシュかよ。チェーンのカフェ並じゃん。なんかなあ。マズそうだな。店内で流れるジプシージャズは、なかなかいいんだけど。
でね。この映画のムダ話や雑談に入り込めなかった理由に、セリフが聞き取りづらい、ってのがあるんだよ。ちょっとしたことだけど、肝心な笑いどころに関係しそうなのが、聞き取れない。それでイライラした。
あとは、客の区別がつかない。最初のOLと、次のOLと、またくるOLと、同じ人らしいんだけど、確証がない。いつも衣装が違うから、なんだよね。いつもの事務服で統一してりゃ分かるのに。それは、おしゃべりな2人。東京タワーで出会った他人の話を延々とするんだけど、これまた話が超絶つまらない。下手な漫才師のよう。あともう一度、外の席にいた2人も映るんだけど、同一人物の2人なのか? 分かる人には区別がつくのか知らんが、ジジイには分からんよ。
で、OLが席で携帯で話してる。ここ、店内での通話OKなの? やだなー。嫌いなカフェだよ。OLは、自分が「駒込にいる」って嘘ついて、相手と会いたくない様子で、外を通話相手が通ったら速攻で店を出て反対方向に駆けていった。ま、なぜなのか、理由はとくに知りたくないけど。
で、どんどん移転までの日数が迫ってきて。OLが毎度一人でいると、男が入ってきて、ナップザックを反対側の席に置く。イケメンの誰かなのか? とも思ったけど、この時点で、もしかしておしゃべり青年2人組の片割れだったのか? 分からず。
役者はちゃんと区別つくようなのをキャスティングして、区別つくように撮らんとダメよね。
で、最終日。OLの隣に青のウィンドブレーカーの青年。OLが、いつも一緒の人はいないのか? と話しかける時点で異常なカフェかな。しかもOLは、いつも話を聞いてたから、といい、青年は、聞いてたんですか、キモ、になる。あの、おしゃべり2人組の片割れか。1人だと大人しすぎて、別人にしか見えない。けど、店内で見かける他人ぐらいフツー記憶するだろ。
伊藤さんに、だったかOLに、だったか忘れたけど、女性スタッフが来て、今日で最後、と挨拶する。従業員の方かバイトの方か、区別つかない。で、移転に関係なくやめる。写真を撮っている。移転先には客として行くかも知れないけど、話しかけはしないから心配なく、云々としゃべりだす。フツー、挨拶ぐらいするだろ、顔見知りなんだから。へんなやつばっかだな、この店の店員も客も。と思ったら、店長が外の様子に激して飛び出していく。なにやら捕り物? 意味不明で、何が何だか分からないけど、その捕まったおっさんが店内に連れてこられて…。でも、何のことやら分からないまま。で、他の客に「帰ってくれ」といい、伊藤さんとOLと青のウィンドブレーカーの青年青年が店の前で…。伊藤さんが、移転先はこっから90秒だけど、行きます? と、3人連れで見に行く。いつも飴みたいの持ってる伊藤さんがOLにあげると、青の青年が「僕にも」といったり。どーでもいい。
で、移転先に着くと、これまでのじゃない別のバイト娘が窓ガラスを拭いていて、一杯やっていきます? と誘われ、コーヒーを御馳走になる模様。こんな気軽に他人にコーヒーを振る舞うのか? ありえねえ。
で、エンドロール。磯村勇斗? どこにいた。岡田義徳? どこにいた? で、エンドロールが終わって、閉店したカフェの前に、男がやってくる。お。磯村勇斗。噂を聞きつけてやってきたけど閉店で移転かあ…。な感じで自撮りしようとしてうまく行かないので通りがかりのオッサンに撮ってくれ、と頼むと、せっかくだから、とオッサンが自分も入って自撮りする、という謎展開。しかも、店名が入ってなくて、オッサンの顔が一番大きい。しかし、移転先は近くなんだから、そっちに行けばいいのに。へんなやつ。
・岡田義徳はどこに出てた? 最後に捕まった怪しいやつか?
・女子従業員と女子バイトは最初の頃はバカでかい声で目立ってたけど、客の描写が増えると登場しなくなる。あれ、もったいない。客の漫才より、女子のトンチンカン話の方が楽しそう。
・にしても、店員も客もみんなうるさすぎ。あんなところで本なんか読めんよ。席も小さくて間隔も狭いし。行かないな、あんな店。絶対。
・冒頭、しばらくして出る『結局珈琲』の題字が、フツーの細ゴシックなんだよな。もうちょいデザインしてよ、な感じ。
イゴールの約束3/11シネマ ブルースタジオ監督/リュック=ピエール・ダルデンヌ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ脚本/レオン・ミショー、アルフォンソ・バドロ、リュック=ピエール・ダルデンヌ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ
ベルギー/フランス/ルクセンブルク映画。原題は“La promesse”。allcinemaのあらすじは「外国人違法労働者の売買をする父を助けながら、15歳のイゴールは自動車修理工場で働いていた。そんなある日、労働者の一人アミドゥが事故を起こす。父は警察に不法労働が知られるのを恐れて、アミドゥを病院へ連れて行かなかった。そのため、アミドゥはイゴールに妻と子供のことを頼んで亡くなってしまった。父はイゴールに手伝わせて死体を埋め、アミドゥの妻アシタに嘘をついたが……。」
Twitterへは「ダルデンヌ兄弟の長編第1作なのか…。以後の作品と表現や素材は変わらんのね。タッチのぶっきらぼうさも一貫してる。不法移民を闇で受け入れ働かせたりしてる15歳のアンちゃんの話なんだけど、いまも大して変わらん感じ。」
ダルデンヌ兄弟は、『息子のまなざし』『ある子供』ぐらいかなと思ったら、『少年と自転車』『サンドラの週末』『トリとロキタ』『午後8時の訪問者』『母の聖戦』『その手に触れるまで』なんてのも見たようだ。社会派だけど、わりと幅もあるんだな。でまあ、『イゴールの約束』は『息子のまなざし』『ある子供』なんかの系譜、というか、原点のようだ。設定は似ていて、貧乏なチンピラ少年が悪さもするけど根はいい奴、な感じで。否定するのではなく、優しく見守ってたりする。この映画でも、イゴールは15歳で学校に行ってなくて自動車整備工として働き始めているけど、父親が移民を裏で受け入れるというヤクザな商売をしているので、その手伝いをさせられてて、それがもとで仕事先もクビになって、ほぼ父親の手伝い専業になってしまってる。そこで出会ったアフリカ移民のアシタにほのかな恋心…? だけど、アシタの亭主が事故で死に、でも父親にとっては都合がわるいので、遺体をセメント詰め。アシタには、「亭主は博打で擦って逃げてる」とかなんとか誤魔化してる状態。
これだと父親が極悪人みたいだけど、実はそれほど悪くはなくて。経済的に豊かなEUで働きたいというアフリカやポーランド、韓国の人たちがいて、その受け入れ口になって住居や仕事を世話してやっているのだから、いわばWin-Winな関係でもあるのだよな。父親にして見れば、現場作業で、役所の調査が入ったから「逃げろ」っていっただけで、足場から落下して死ぬとは思ってないだろうし、むしろ、このトンマ野郎な感じだろう。でも、病院に連れて行ったら裏稼業がバレる。なので見捨てる。も、いたしかたない感じもあるだろうな。こころでは「悪い」って想ってると思うけどね。
イゴールは、やたら煙草を吸い酒を飲む15歳。車を見てやって、「ファンベルトが外れてる。料金はいいよ」とオバチャンに優しい態度にでつつ、実はオバチャンの財布を盗んでいたりもする。こういうずる賢さもありながら、最終的には「妻と子供の面倒を…」といいつつ死んでいったアシタの亭主との約束は、引っかかっていて無視できない。根はマジメだけど、な感じかな。
同年代の少年たちとゴーカートを自作中で、それで街中を突っ走ったり、はまだまだ子供。でも、部屋の中のアシタの様子を覗き見するイゴールは、女性に関心の向く思春期。隠れて住んでいる移民たちを扱うときは、大人と同じ。いろんな役割、欲望がまじった中途半端な年頃でもある。
父親は、アシタの亭主のことについては、「そのうち戻るさ」と、とりあえず先送りで誤魔化す。でも、イゴールは、そういったって、自分もセメント詰めを見ちゃってるから、心のモヤモヤは消えない。そういう中途半端さがつたわってくる。
父親はアシタに「親戚のいるイタリアに行くのが一番」というが、そうはならない。なので、なんとかいう駅にいると連絡があった、とかいってアシタをその駅に連れて行こうとする。行ったって亭主がいるわけもない。この父親のテキトーさは困ったもの。初めから正直に「足場から落ちて死んだ」と言っちゃえばよかったのに、と思ったね。でもまあ、こういう性格なのかも。
てな父親にイラついたのか、イゴールはアシタに「その駅に行ったって亭主はいない」といって、父親のクルマからアシタを連れて逃避行。まあ、これも大胆だけど。で、追っかけてくる父親を整備工場(? なんで、もとの勤め先に入ったりしてるんだ? 別の場所?)で鎖につなぎ、さらに逃げる。そして、最後の最後に、イゴールはアシタに真実を告げる。黙ってしまうアシタ。イゴールを置いて、どこかに去ろうとする…。で、映画は終わる。このぶっきらぼうさは、ダルデンヌ兄弟らしいね。さて、どうなるのか、は語らない。これが原点なのかもね。
・父親が列を跳び越えて職安の窓口に行くのは? ありゃどういうこと? 移民のための仕事を探すため? 職安と裏のつながりがあるのか? 
・部屋の中の黒人女アシタの様子を覗くイゴール。思春期? 子持ちの黒人女に興味をもつのか…。ところでアシタはカバンのカバー裏をナイフで切り裂こうとしていたけど、なかに何か隠してるのかと思ったら、その説明はなし。もやもやする。
・移民たちからパスポートを預かり、情報を転記しているのは、どういう理由なんだろう。黒人女のパスポートにちょい興奮なイゴール。仕事を中断し、歯に修正ホワイトを塗るのはなんで? 意味不明。
・酒場で女を侍らせワイワイしてる父親とイゴール。父親の隣は、愛人か。父親はイゴールに「女は知ってるのか?」と直前に聞いていたので、イゴールの臨席の女に筆下ろしをさせるのかと思ったら、そんなこともない様子。なーんだ。
・ラスト近く。アシタと逃避行中のイゴールは、バスで会った知り合いの女の子に、ゴーカートの鍵を渡してしまう。もう、子どもの遊びは卒業、ということなのか。
・アシタがやたらまじないに頼るのが面白い。引っ越したからといって悪魔払いしたり。亭主はどこにいるか占ってもらったり。さすがアフリカ生まれ。
・居住証明書、パスポート、労働許可書とかいろいろでてくる。渡航は正規だろうけど、居住証明書は不法移民とはバッティングしないのか。まあ、労働許可書のようなものはとれないだろうけど。
・子どもが熱でアシタが「病院!」と叫ぶけど、あれなんかヒステリックすぎな気も。ここは、まじないに頼らないのか。などと。なんとか病院に連れてきても、保険がないから高い。それを、病院スタッフといっても給仕とか清掃なのかな、な黒人女性が助けてくれて知り合いに? なったりするのは、なんかご都合主義的な気もしたけど。
観客は4人。
ナースコール3/12ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1監督/ペトラ・フォルペ脚本/ペトラ・フォルペ
スイス/ドイツ映画。原題は“Heldin”。「ヒロイン」の意味らしい。公式HPのあらすじは「とある州立病院の外科病棟に出勤したフロリアは、プロ意識が強い看護師だ。人手不足が常態化している職場はただでさえ手一杯だが、この日の遅番のシフトは普段以上に過酷だった。チームのひとりが病気で休んだため、フロリアはもうひとりの同僚と手分けして26人の入院患者を看て、インターンの看護学生の指導もしなくてはならない。それでも不安や孤独を抱えた患者たちに誠実に接しようとするフロリアだったが、患者の要望やクレーム、他の病棟からひっきりなしにかかってくる電話、緊急のナースコールへの対処を迫られ、とてもひとりの手には負えない苦境に陥っていく。やがて極限の混乱の中、投薬ミスを犯して打ちひしがれたフロリアは、さらなる重大な試練に直面することに……。」
Twitterへは「スイス(?)の州立病院の外科病棟。今日はとくに忙しい。遅番で入った看護婦の、追われるように働く様子を、ムダなくテンポ良く。流れるように難題が襲ってきては処理したり悩んだり挫折したり。90分余、まったく緊張感が途切れない。」
洗濯後乾燥されて移動してくる看護服、出勤して同僚と挨拶し、着替えるフロリア。同僚に「新しい靴?」といわれ、「そう」と応える。院内を移動しつつ挨拶したりして、ナースセンターへ。早番の男性との引き継ぎをしつつ、ウンコ漏らしたお婆ちゃんのシモの清掃、そしてベッドに寝かせる。さらに細かな引き継ぎ…。と、テンポ良く、まったく間延びしない展開。移動中はカメラが追いかけ、カットなし。と思うと、病室では細かく切り返したり。が、とても自然にできてる。
こっからが怒濤の時間になる。遅番って、何時にはいるのかね。で、ラストで上がったのは深夜? まだバスがあったけど、たぶん6時間以上、振りまわされたんだろう。入院患者のフォロー、これから手術の患者や家族の対応、女性看護学生の世話、その他その他、ひっきりなしに連絡用携帯に指示が入ってきて、それな対応していると病室から声がかかったり、なんだかんだ。痛み止め薬のシリンジを変えたり患者ごとに投薬したり…。ひとつ間違ったら大変なことになる医療業務をテキパキ淡々と事務的にこなしていくのが、素晴らしいというより、よくできるよな、と呆気にとられっぱなし。もちろん映画的演出もあるだろうけど、俺にはできねえな、と思ってしまう。
出勤直後のナースセンターでは、どこどこ病室の誰々はなんとか癌と確定診断、とか、患者にとっては人生を左右するような事象も、無機的に語られていく様子に、そりゃそうだよな、と思いつつ、出来事としては仕事の一環なんだよな、と納得したり。苦しむ患者にも事務的に対応していくのも、いちいち同情なんかしてられないよな、と思ったり。ある意味で職人なんだよな。彼女彼らは。で、このとき、スタッフが1人休みで云々があったらしいけど、気がつかなかった。
そんな一刻を争う現場に、「退院した患者だけどメガネを忘れて、探してくれる?」「ボストンから電話してるの。母と話したいけど、時差の関係でいまじゃないと…」とか、フロリアの携帯に患者からの外線もつながったりする。そういうことって、フツーなよなあ。海外ではあるのか? それとも受付から回されてきた電話なのか? 
かと思うと、手術時間に遅刻してやってきて(っていうか、日本じゃ前日入院がフツーだけど、海外はそうでもないのか)、えんえん電話してるオッサンがいたりする。しかも、相部屋に「イビキで眠れなかったらどうする!」と文句を言ったりする。いろいろいるよなあ。
他にも、トルコ人ぽい兄弟が老母についてきていて、でも、医師の診断が後回しになっていたり。あれやこれや、細かなことが連続していて、そのなかでフロリアはテキパキとせっせと効率よく仕事を処理していく。この経過を見ているだけで、集中がまったく途切れない。医療ドラマは『ER』があったけど、あれは医師が主で看護士が従な群像劇で、スタッフ同士の人間関係や恋愛事情もあって、ドラマとして面白かった。で、こっちは、ほぼ看護婦フロリアがなにをどうするか、の1人舞台。スタッフの人間ドラマはなくて、患者のエピソードがちょこちょこ挟まる程度。フロリア個人はたいして描かれない。せいぜいあるのは、幼い娘に電話するけど相手は母親にあまり興味がないみたいで、さっさと切られてしまう。断片的な情報だと、離婚はしていないけど別居してるみたいで、子どもは交代で預かってるような感じかな。でも、時間的に余裕のないフロリアなはあまりなつかず、父親にべったり、な感じ? まあ、忙しい看護婦だからしょうがないんだろうけど。
忙しすぎて、なのか。2人部屋の患者に与える鎮痛剤を取り違えて、片方の患者にアレルギー反応がでてしまって、あわてて処置したりするミスもある。かと思うと、最後に診るからと後回しにしていた老母が突然心停止になってしまい、蘇生したけど助からず。息子達には攻められる、な状況もあったりする。まあ、患者の立場としては当然だよな。いくら手が足りないっていったって。家族にとってひとりの命は大きい。でも、病院にとってひとりの命は仕事のひとつ、だもんなあ。
そんな忙しい最中にナースコールで特別室の金持ち風オッサンに呼び出され、30分前にミントティーを頼んだんだけど、まだ来ない、と文句を言われる。はいはい、と返事して部屋を出た後、例の老母の一件があったりなんだりで、お茶を持っていくとオッサンに「新記録だ。頼んでから1時間15分!」とかいわれてしまい、フロリアはたまらずオッサンが手にしている時計を奪って窓から放り投げてしまう。「4万フランの時計なんだぞ!」といわれても(4万スイスフランは7〜800万円らしい。)、なによこの死に損ない! と怒鳴りつけてしまう。まあ、人が死ぬか生きるかの時にお茶をもってくるのが遅いと文句付けられちゃイラッとくるのは分かるけどね。
でまあ、下に降りていって時計を探すんだけど、見つからず。近くでは、煙草は吸うな、と言われているのに守らず酸素ボンベ引きずりながらプカプカやってる肺の悪いオバチャンがいて、彼女が知ってるんじゃないかと思わせるんだけど、そこまで。フロリアはオッサンの部屋に行って、見つからなかったことを謝り、時間がかかっても返済する、と頭を下げると、オッサンは突然泣き出す。いいんだもう、あっても意味がない。俺は死ぬんだ。一家みな長命なのに、なんで俺が…。
あの老母の死後の処置をして、安置所に連れて行き、戻った頃だっけか。タバコのオバチャンが近づいてきて、探してたのはこれでしょ、と渡してくれる。で、フロリアは代わりに、以前取り上げた煙草とライターをオバチャンに返す、というなかなかいい場面。
手術に遅刻し、隣の奴がイビキをかいたらたまらん、といってたオヤジは、高いびきで寝ていて。となりの患者に「あとで耳栓もってくるから」といったり。あるベッドに「看護婦さんありがとう」という置き手紙があって患者自身は消えていたり(の、あの患者はどういう人だったっけ? 記憶にないよ…)、あれやこれや。で、交替の時間が来てバス停に行ったのは何時なんだろう。まだ乗客もいて、そんな遅くないのか、遅くまで運行しているのか知らんけど。席に座ると、となりに老女がやってきて座る。後ろ姿なので分からなくて、誰なんだろう? と思ってIMdBみたら、その場面のスチルがあって、スカーフをしてた。ああ、あの亡くなったトルコ人(?)の母親か、と。あのスカーフは、顎の何を隠すためだったんだろう?
という、ほんとノンストップで緊張感の途切れない90分余りは、ほんと没入だった。最後のクレジットで、看護士は世界中で不足していて云々がでる。本人たちは懸命に働いているのに過酷で、報われにくい仕事なのか。と、この映画では思ってしまった。日本の医療ドラマではこんなにシャカシャカと働いてる看護婦はでてこないけどね。事務的、機械的に患者に対している一方で、死を間近にしているオッサンや、亡くなった老母には感情を動かされる看護婦、というのも出ていて、なかなか染みる。
道行き3/16ヒューマントラストシネマ有楽町シアター2監督/中尾広道脚本/中尾広道
公式HPのあらすじは「駒井は奈良の古民家を購入し、改装の準備のために大阪から引っ越してくる。元所有者である梅本は、駒井に町の歴史や古い屋敷について語り、駒井も自ら町をたずね歩く。改修工事が徐々に進むにつれ、過去の出来事やかつて存在した古びたものたちから少しづつ埃が払拭されていく」
Twitterへは「なにが評価されての結果なのか知らんが、PFFスカラシップ作品らしい。奈良の古民家を購入し、改装しつつある青年と、その古民家の過去の話をモノクロで、それらしく仕上げたつもりなんだろうけど、話はバラバラだし薄っぺらだな。」
舞台は奈良県御所市らしい。奈良市の南に位置し、映画にも登場するけど電車も通っていて(JR和歌山線、近鉄御所線)、奈良市までは約50分。大阪も1時間20分ぐらいだ。人口は2万3000人ぐらい。歴史もあるし、有名な祭もあるようで、観光地としてはそれほど有名ではないけれど、古い町並みも残っている様子。なんだ。さびれた田舎町、じゃないじゃん。そもそも電車が通っている時点で、便利な街だろ。俺の育った村なんて電車はなくてバスだけ。それもいまじゃ1日1本走っているかいないかだ。銀行も書店もなく、商売してる店も限られてた。周囲は田んぼと畑。古刹もなければ名所旧跡もない。古い町並みなんてあるはずがない。それと比較すると、なんて恵まれたところだ、と思っちゃうね。
移住した駒井が購入した家は、元時計屋。向かいにはビリヤード場があった、らしい。いまは廃れたとはいえ、繁華街だったわけだ。映画にも商店街だった名残か、オシャレな街灯も映り込んでいた。そりゃ、盛んだった頃を知る人には寂れた、なんだろうけど、そんなモノも何もなかった田舎の方が世の中じゃ主流なんだよ、と思う。
背景は良く分からないけど、いまは使われなくなって5年ぐらい放置されていた元時計屋の家を、駒井が購入した。なかにあった荷物もそのまま引きついだようだ。それを整理し、直せるところは自分で修理しつつ、住めるようにしていきつつあるところ、らしい。しかし、家が売れた、っていう事実はニュースだったろうな、近所の人には。壊すしかない、と思っていたのが金になったんだから。とはいえ、上物があった方が固定資産税はかからないのだから、壊すという発想はないと思うんだが…。
そもそも駒井は何で食べているのか? 30半ばぐらいの感じだけど、「パソコンとカメラがあれば仕事ができる」といっていたけれど、画面に映るのは鉄道の取材と運転手のインタビュー。他にも、近所の住人のインタビューもあるらしいけど。鉄道オタク向けのYouTubeでもやってるのか? 得体が知れないよう誤魔化しているのが気に食わない。
元時計屋の跡取りでいまは高齢で、家も売れたので奈良市に住む息子のところに行く、という売り手の梅本も、得体が知れない。息子達は便利な奈良市に住み、ここも自分の代限り、といっていたけど、時計屋をしていたのか? も、よく分からない。すでに家を売り渡しているけど、現在住んでいるところはどこなんだろう? 近くのアパートにでも住んでいるのか? 別にちゃんとした住まいがあるのか。も、よく分からない。な、状態で、ひっきりなしに駒井のところ(むかしの家=店ということか?)を訪れ、食事を持って来たりして昔語りをする。閑だな、というか、駒井には迷惑なんじゃないのか? と思ってしまう。まあ、映画的にはまったく迷惑ではなく、駒井としては梅本の話をもっと聞きたい、という設定なんだろうけど。
という、駒井が軸の話に、梅本の記憶が絡んでくる。祖父だか父親が修理中の様子。修理を依頼に来た老人。大名時計…。などなど。修理部屋の壁に掛かっている古時計が、大して時代のついてないのが多かったので、祖父or父親が大名時計の音を好んで聞いていた、なんて言われてもなあ。そんな時計の修理まではできなかっただろ、とツッコミを入れたくなった。でもまあ、梅本が時計屋だというのも、「時」の移り変わりを象徴したいから、なんだろうけど。ちょい安易な気もしないでもない。
そして、電車に乗っているジイさんたちの風情が映る。古きよきと時代がありました、ってか? 「これはイメージです」の類なんだろう。いまどきあんな格好してるやつはおらんから。昔だとしても、昭和の初めか中頃か。にしては、降り立った駅に現在使われているママの鉄パイプの柵があったりして、時代の風情が感じられない。金がなかったからできなかった? CGで消すぐらいできるだろ、とツッコミを入れたい。
さらに、古地図を見せてくれるおっさん。家を売ろうかと思っている、と駒井に語る婆さんに「売らないで下さい。ここに住みたいという人がきたとき、残したい。私が再生しますから」と応えたりしている。駒井は、古民家再生プロジェクトでもやってるのか? はたまたバッキー白片のハワイアンがどーの、俺もハワイアンがやりたかった、と話すジジイとか、よく分からん人たちも登場する。役者なのか、素人の本人なのか知らんけど、フツーにインタビューして答えてる感じが見える。そして、取り壊されていく家の様子も、淡々と断片的に映されるのは、放っておくとどの家もこうなっちゃいますよ、という警鐘か? なんていう映像が挟まる。
はたしてこれは何を狙っている映画なのか。でも、話がいろいろとっ散らかりすぎて、いったい何を言いたいのかつたわってこないんだよな。最後は、駒井が電車の運転席にいて、爺さまたちが乗客でいる。まるで、みなさんの思い出を私が引きついで、次世代へつなぎますよ、とでもいうつもりか。なんか、こういう安直な感じで過去への郷愁、過去の再生なんかを言われても、うっせー、としか思えないんだよな。そういうイロイロ過去を思い出せるような街もあるだろうけど、俺の田舎みたいになにもないところの方が多いんだから。一人勝手な郷愁を押しつけてくれるなよ、と思ってしまうのでありました。そういう意味で、中味がないし、薄っぺら、に感じられたのだった。
・「道行き」っていうから、街と心中するのかと思ったら、そういうことではないみたいね。どういう意味で使ってるんだろ。たんに、街と一緒に未来に向かって道中を進みます、なのか?
正義廻廊3/17ヒューマントラストシネマ有楽町シアター2監督/ホー・チョクティン脚本/フランキー・タム、オリヴァー・イップ、トーマス・レオン
香港映画。原題も“正義廻廊”。公式HPのあらすじは「真実も。正義も。グルグルぐるぐる……その判決は正しかったのか? ヘンリー・チョンは友人アンガス・トンと共謀し、両親を殺害、遺体を切断。二人の犯行は決定的と思われたが、アンガスの否認によって全てが揺らぎ始める。弁護人と検察官の攻防。ヘンリーの兄やアンガスの姉の証言。9人の陪審員による議論。真実はどこ?それは誰にとっての正義? 結審した事件にも関わらず、映画を見ているうちに観客も陪審員となり、その判決は正しかったのか、今もなお蠢く謎に直面する!」
Twitterへは「両親を殺害した男と、ちょい頭の足りないその友だちの物語。大半は裁判なんだけど、法廷が小さいのなんの。だれが検事でどれが弁護士で対立点が何かとかよく分からんので少し寝た。ムダに長い138分。気を衒いすぎな映像も多くて、うざ。」
いろいろスッキリしない映画だった。物語にドラマがないんだよな。時制もいろいろ混ざってて、後から分かるところもあるので、イライラするし。法廷モノとしても、対立軸が不明瞭なまま進む。感情移入できるようなキャラもいない。すべてが茫洋としたまま進むので、正直いって飽きる、というか退屈。ときどきグロな場面が半強制的にインサートされるのではあるけど、嫌みかよ、な気もしてくる。
そもそもヘンリーは、最初は「両親が行方不明」とネットで拡散し、後に友人のアンガスとの共謀と自供。この時点でアンガスが自供したのかは、よく分からない。話も後半になって法廷でアンガスが「警察に長時間拘束で眠らせてもらえず…」と、自供について翻した理由を訴えるところはあるけどね。一方のヘンリーは、終始一貫してヘラヘラ笑っているだけ。
法廷劇として対立軸がよく分からんのもドラマチックじゃない。フツーの法廷劇なら、検事は犯罪者を攻撃し、弁護士は事実をあぶり出して反論。その面白さで話が転がって行く。けれど、この映画、誰が検事で誰が弁護士なのか、よく分からんのだよね。それぞれに目立つ主任検事、ヒーロー的な弁護士がいるわけでもない。だから、法廷もぐっちゃぐちゃ。そもそも、なんであんな法廷が狭いんだ? 傍聴人含めて100人もいないだろ。それがギッチギチ。しかもイギリス式なのか、検事も弁護士も男も女も金髪のカツラをかぶってる。香港じゃこれがスタンダードなのか? そういうのが話の流れをじゃましてる。
もういっぽうで、陪審員のパートがある。9人があーだこーだ話し合ったりするんだが、『十二人の怒れる男たち』の猿まね劣化版でしかない。面倒臭がるオッサン、真面目に話そうと主張する女、理屈をこねる青年…。最後に、なぜ無罪にした? なんて問うたり、無茶苦茶だ。その結果、「よくわからん。そう思ったから」と応える奴がいたり「ちゃんと考えてよ」というやつがいたり。『十二人の怒れる男たち』みたいに論理的に追求する奴は皆無。それぞれ多少キャラは立っているけど、その程度な感じ。
被告二人の親族がぐだぐだだ。ヘンリーには兄がいて。ヘンリーは住まいの権利を両親と兄に放棄させられている。おいおい分かるんだが、そのマンションは両親が頭金を払い、ローンを兄とヘンリーが折半して払っていた。けれどヘンリーは株で大損し、ローンを滞納。それでそうなった、らしい。で、これが両親殺害の動機、みたいにも描かれるけど、そんなことで? だよね。しかも、映画の最後で、亡くなった両親はヘンリーと兄にマンション2棟を譲る遺言書を作成書をつくっていた、と明らかにされる。だったら、くだんのマンションの権利を剥奪しなくても良かっただろ、と思っちゃうよな。
アンガスはIQが80いくつの知恵遅れで。姉だか母親が溺愛しかばう状態。同じ場面が何度も繰り返されるのがくどすぎてうざい。で、暮らしのためにバイトを受けまくるんだけど、そんな面接の場でヘンリーと出会っている。この2人が仲のいい友人になる、っていうこと自体が、なんで? なんだよな。
ヘンリーの方は、海外留学もあるけどデキが悪くて脱落組、らしいけど、どこがどうダメなのか、よく分からん。株で失敗? ギャンブル男のようにも見えないし、女狂いにも思えない。このあたりの、兄との対立軸も、ふにゃふにゃだよな。
辟易したのは、同じ場面が繰り返し映し出されること。ヘンリーとアンガスが食事していて、アンガスが大量の麺を口に含んでいるところなんて、気持ち悪くてやめてくれ、だ。他にも、アンガスを庇う姉だか母親の号泣。そして、殺害シーンも3度か4度は出て来ている。意味ないだろ。繰り返しても。
あと、ムダにドラマチックな見せ方がくどい。法廷内に、ヘンリーとアンガスの食事場面が立体的に再現されたり。陪審員室にヘンリーとアンガスが登場したり。殺害している現場に陪審員がぞろぞろと立ってたり。話だけではなく場面を合成風にして臨場感を出そうというのかもしれないけど、うっとーしー。それで新事実が分かるわけでもないし、たいして意味もない。
アンガスが「僕はやってない! 警察の長時間拘束がひどかった!」という場面は、ああ、日本だけじゃなくて香港でも人質捜査と拷問のような訊問があるのか、と思ったんだけど、大声を上げて訴えるアンガスに正義はあるのか、よく分からず。だって、同じようなことをくどくどいってるだけ、なんだもの。
新たな証拠や事実など、何かのきっかけで真実に迫る、という話ではないんだよな、この映画。ヘンリーが犯人、は最初っから決まっていて、でも裁判ではヘンリーについてはほとんど争わない。ただ、ヘンリーの犯行の様子を何度も繰り返し見せるだけ。アンガスについても、ほぼ犯人という描き方がされていて、犯行に加わったけどヘボしてヘンリーの足を刺した、な描写がある。そして、ヘンリーに言われたように、頭以外の遺体を処理する場面もある。頭部は冷凍庫に残して(その理由も分からない)、内臓はレンジで調理? 海に捨てた? 骨を切るアンガスの様子…。でも、アンガスは証言を翻したんだよな。でも実をいうと、アンガスが証言を翻したその場面は、寝てしまっていて見ていない。なので、どういう経緯なのかは分からない。後半の証言台で、「やってない」「警官に眠ることを止められ、つい…」みたいなことを繰り返すだけ。アンガスの反論について、ヘンリーは被告席でヘラヘラ見ているだけ。ヘンリーに、アンガスは共犯なのか、を問い詰めることも、たしかしていなかったような・・・。でも、ヘンリーの足の刺し傷にしても、ヘンリーが自分でやったのか、アンガスに刺されたのかぐらいは分かるだろうと思うのだが、そういうところを追求はしない。あとは、アンガスの無罪を信じる家族と、アホみたいな顔をしたアンガスが繰り返ししつこく映るだけ。そして、複数の精神鑑定人が、アンガスについてあれこれ述べるんだが、役者が話しているというより、実際の医者が話しているような訥々としたしゃべり方で、ここだけ他から浮いている。てなわけで、理詰めの進行は、まるでない。まあ、これが現実の事件をベースにしているので、理詰めの話にできないというのはあるんだろうけど、すべてがモヤモヤする。
で、陪審員の評決だけど、ヘンリーは1対8で有罪。アンガスは無罪。無罪と行っても、票差には触れない。これまたモヤモヤするね。
アンガスは無罪になり、すでに収監された日数を差し引いて、裁判終了後に、即釈放。その後しばらくして、アンガスがジャーナリストの取材を受けたようで、その映像が流れるんだけど、ここでもしかして、実はやっていた、と思える証言をポロリ、になるかと思いきやそんなこともなく。淡々と、なにがなんだか分からんままに映画は終わる。映画を見て何が真実か、観客は考えろって? 分かるわけないじゃん。
もしヘンリーが、自分の家を両親と兄に奪われたことに怒ったとしても、両親を殺して兄には危害を加えないのはなんでなの? になる。裁判終了後に、両親がヘンリーと兄にマンション2棟を遺言で残していた、と聞かされても表情は変わらず。なので、殺害の動機なんてわからんよな。
同じ事件でも、見る人によって印象が違う、というような「藪の中」的な話でもない。だから、つまらないんだよなあ。
・裁判長が習近平に似ているのが、意味ありげ。
・アンガスが刑務所内の図書館で、ヌード写真集を見てる。乳首と陰部に黒い線が引かれているだけ。なんじゃらほい。アンガスが「こんなんなら、最初から置くな!」とか言ってたけど、わしもそう思う。
・2人は2011に仕事の面接で出会い、2013に事件を起こし、2015に裁判、だっけ? なんでさっさと裁判が始まらなかったのか、疑問。
・ヘンリーとアンガスが、同じ仕事の面接を受けようとしていた、ということが不自然すぎ。
・ヘンリーの家? アンガスの家? に刑事が行ったとき、簿記2級の問題集だかなにかを発見して。「これは難問だよ」とかなんとかいってる場面があったけど。ありゃなんだったんだ? アンガスがバカを装っていたのではないか、ということか? そういや検事か誰かが「利口のフリは難しいが、バカのフリはできる」とかいってたけど。でも、ここだけ他の要素と比べて、理詰めな合理性で表現してるな。
東京逃避行3/23テアトル新宿監督/秋葉恋脚本/秋葉恋
公式HPのあらすじは「家や学校に居場所がない女子高生・飛鳥は、“トー横”で暮らす少女が綴った自伝的ネット小説『東京逃避行』に憧れ、新宿・歌舞伎町へ。偶然、作者の日和と出会いすぐに意気投合。トー横に流れ着いた人々を保護し、面倒を見るエドやメリオを紹介され、“集まり”に参加するも、そこで目にしたのは、衝撃的な現実だった…。飛鳥は「一緒に逃げよ」と手を取り、日和と走り出す。しかし、半グレ組織から怒りを買い、街中から追われる2人。一方、閉鎖の危機に瀕していた保護団体という「居場所」を守ろうと戦うエドと、危うい選択を重ねて2人を追うメリオ。やがて警察をも巻き込み、一夜にして事態は急展開を迎える。」
Twitterへは「題名から、都内を逃げ回るスピーディな話かと思ったら、前半はスローテンポ。居場所を求めてやってきたトー横少女たちの話だった。舌足らずで「?」が多く、ツッコミどころは満載。時制もぐちゃついてる。でも次第に何となく分かってきたけどね。」
冒頭は、女子高生っぽいのが2人、ひたすら走り逃げる映像。カメラぶんまわし、ブレ、見にくい。ああ、こんな感じか、と。思ったら、トー横が封鎖されてどーの、という説明的な話になり、その封鎖されたトー横をうろつく女子高生(飛鳥らしい)がいて。そこらに座ってたら支援組織のオバさん風(レイカ)に声をかけられる。と、速攻でLINE(?)が入り、変な奴に声をかけられたでしょ、と言ってくる。で、接近してきたのが髪に赤いラインを入れた娘(日和らしい)が近づいてきて…。飛鳥は、話題の『東京逃避行』の作者に出会って興奮。日和は、飛鳥を支援組織の事務所に連れていく。そこのリーダーがエドで、あとから分かるけど元ホストらしい。エドは日和に、(飛鳥を)ちゃんと家に帰らせろよ、というんだけど、2人で街を歩いていたら金髪チンピラ風(メリオ)に遭遇して。いいところに連れてってやるよ、といわれて、ちょっとためらう日和。でも飛鳥は好奇心いっぱいでついていく。ついたところは暗くちょい幻想的な感じで女の子がラリってる感じ。飛鳥は薬入りの飲み物を勧められるが、飲まなかったのかな。開いている部屋を覗くとイッちゃってる感じの娘が倒れていて、ヤバ。と同時に父親が電話が入る。部屋の男が携帯を取り上げスピーカー通話にすると、父親は「近くにいる」という。男は、「なんで場所が特定されるんだよ」と怒鳴るが、すぐにおっさんが入ってきて、「父親だ」といい、警察バッチを掲示する。その場面はそこまでで、次は飛鳥と日和が歌舞伎町を逃げ回る、冒頭の場面につながる…。なぜかメリオたちに追われているらしい。
てな感じで、ここまでだと、飛鳥ってバカじゃね? 日和の思惑は何なんだ? メリオは半グレ? あの暗い部屋は女子高生売春の置屋みたいなところ? とまあ、情報が断片的すぎて話がよく分からない。まあ、時制を混在させたり、情報を小出しにしてるのは、謎のように見せかけてるんだろうけど、見てる方からすると、ストレスだよな。
曖昧なままだったところが次第に明瞭になり、流れが分かってくるのは後半も半ば。ああ、こういうことだったのか、と。
・もともとあるトー横女子高生が『東京逃避行』という自伝小説をネットに上げた。家出中でエドに保護されていた彼女を、女刑事のレイカが確保し、実家へ送り返す。直後に彼女は自殺。家に帰すのが一番、と思っていたレイカはエドに反省の弁を述べる。居場所がないから家でしてトー横に来ている、ということがやっと分かった、と。で゜、レイカはエドの支援団体で働くようになる? 刑事は辞めたのか? 刑事の片手間でやってるのか? 最後まで分からず。
・エドとメリオは友だちらしい。メリオは悪ではないのか? トリックスター的な存在? 結局最後まで分からず。
・半グレが、トー横少女達をクスリ漬け(といっても市販薬)にし、売春させていた。メリオは半グレボスに、市販薬の調達(?)を打診される。メリオはエドの組織に資金援助していたので、その足しにしたい思いがあった。って、マッチポンプかよ。バカか。
・というなかで、日和は女子の調達をしていたらしい。自殺した少女の書いていた『東京逃避行』を勝手に引きついで書き、それを読んでトー横にやってくる少女たちを半グレの経営する売春組織に連れ込み、ヤク中にしてたようだ。最後に分かるけど、自身も東北あたりの出身で、実父に性的ハラスメントを受けて出奔。売春していたと言っていた。それでいてエドの支援団体にも出入りしている。彼女もまたトリクスター的存在か。
・よく分からないのが、飛鳥と日和が半グレメンバーに追われる理由。飛鳥の父親が警官だと分かったから? 飛鳥の父親は手入れでやってきたわけではないよな。で、父親は売春組織を見て、何もしなかったのか? イッちゃってる娘も目に入ったと思うんだけど、助けたりはしなかったのか? だよな、半グレ連中はフツーに活動をつづけ、飛鳥と日和を追っていたのだから。でも、2人のどこが、半グレにとって都合が悪かったんだ? が、最後まで分からない。
・日和は飛鳥に、自分もヤク中で少女の調達係。実感に逃げてきた、と告白したのは、もうそろそろ抜けたいから、だったのか。それで半グレに追われた? 半グレにどう都合が悪いんだ?
・警察の手入れ、らしい様子もときどき映ってる。けど、警察が組織的に動いているのか、場当たり的なのか、これも分からない。
・逃げる2人をレイカが助けようとするけど…。けっきょく日和は警察に確保されたんだっけか? よく分からん描き方。で、警官なのか元警官なのかわからんレイカは、日和を実家につれもどそうとする警察に同行したいと頼み込む。同じ轍を踏みたくないからなんだろうけど。
・エドが、売春組織に少女を提供していたという容疑で逮捕された、というニュース。事実かどうか、最後まで分からず。エドもトリックスターかよ。
・雪景色。実家に入る日和。同行者はいたけど、すぐにいなくなり。すると、父親に暴力を振るわれる。かつて父親に犯されていた? 「まだ歌舞伎町で身体を売ってた方がマシだった」とかいうんだけど、はたしてそうか?
・包丁で父親を刺そうとする日和。揉み合う。追ってきた飛鳥が止めたのか? 刺したのか、よく分からん。最後は、雪の中を飛鳥と日和が歩いて行く場面。で、終わる。
てな感じで、いろいろ細部が曖昧なままなので、イラつくのだよなあ。
家に居場所がない気の毒な少女達、を描いたつもりなんだろうけど。トー横にくる若者で、ほんとうに居場所がない連中は何パーセントぐらいなんだろう? と考える。それは家族の責任なのか。本人に原因があるのか。トー横は、若者にとって居場所がないことの象徴だ、な見方をされるのが、困っちゃうな、だよね。だって、多くは現実社会に適応し、適応しようとして働いたり学校に行ったりしているわけなのだから。身勝手な理由でトー横でラリって落ちていく若者は、自己責任だよな、と思ってしまうところもある。
居場所がないとして。半グレの餌食になって売春までしちゃうのは、バカだろ。半グレの連中の方が現実的で堅実な悪行を計算ずくでやってる、と思えてくる。知能が足りない連中のたまり場、としたら、そういうのを支援する体制に不備があると思う。AVやってる女性も、IQ低めで社会適応できず、簡単に稼げる仕事としてAVを選択している、と読んだことがある。もちろんそれは過去のことで、現在では計算ずくでAVしてる頭のいい女性もいるとは思うが。
飛鳥の父親は警官で、でも、最近は若い女のところに行ってしまったから自分はトー横にやってきた、という設定のようだけど。それは果たして、トー横少女たちの擁護になるのかね。そんになの関係なくフツーの高校生、社会人を目指せよ、と思ってしまう。というなかで、日和の実父による性加害は、これはトラウマだろうなと言う気がする。そういえば最近、25歳ぐらいの女性が実父による性加害を告発し、裁判になった例があった。多くは隠してしまうだろう虐待に、よくぞ堂々と、と謙服してしまったけど。被害者として声を上げることができる社会になるべきではあるよね。もちろん、社会の差別の目も問題なんだが。
とまあ、最後まで見て思うところはあった。けど、映画としては曖昧なところが多すぎて、スッキリしない。エドとメリオは、どういう関係なのだ? エドの正体は? 支援するフリをして搾取していたのか? メリオは悪なのか? 善なのか? レイカは、エドやメリオを見抜けなかったのか? レイカは、もっと社会的な保護システムの活用ができなヵったのか? などなど。日和は被害者として同情してしまうところがあるけど、飛鳥はただの我が儘ではないのか? とか。いずれにしても、ちゃんとした友だちがいないのがよくないな。トー横での『東京逃避行』に共感し、トー横で友だちをつくれる、と思っている方が問題だよな。
監督/●脚本/●
原題は“●”。公式HPのあらすじは「●」
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