| きれっぱしの愛 | 7/6 | ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1 | 監督/フリーヌル・パルマソン | 脚本/フリーヌル・パルマソン |
|---|---|---|---|---|
| アイスランド/デンマーク/スウェーデン/フランス映画。原題は“Astin sem eftir er”。直訳すると「残された愛」らしい。公式HPのあらすじは「北欧・アイスランドの田舎町。芸術家のアンナは、しっかり者の長女イダ、わんぱくでいたずら好きな双子グリムールとソルギス、そして愛犬パンダと暮らしながら、芸術家としての道を模索していた。若くして結婚したものの、今や<もう夫婦ではなくなった>はずの元夫マグヌスは、いまだに情を断ち切れず、何かと理由をつけては家を訪ね、食卓を囲み、ピクニックにまで付き合う始末。気がつけば、まるで<まだ家族>であるかのような日常を再び送るようになるが」 Twitterへは「舞台はアイスランド。ゲージツ家の母親と3人の子供、と元夫がだらだら過ごすだけの、ストーリーもドラマもほとんどない意味不明なファンタジー? なのでちょっとウトッとした。ウェス・アンダーソンほどドライではなく、記号化もされてない感じ。」 なんか、暖簾に腕押しみたいに存在感のない、いまいち何も返ってこないような映画だったな。設定の大枠は、↑のあらすじ通り。追加すると、アンナとマグヌスは若くして結婚し(17ぐらい?)たけど、3人の子を産んで後、離婚したようだ。離婚したのがいつ頃なのか、理由は何かは、わからない。という前提で、元夫のマグヌスは家に入り浸り。ってことは、マグヌスが出ていって1人暮らししているのかね。離婚にあたって子供たちがどう反応したか、どっちについていくか、など話し合ったかどーかも分からない。とにかく、そういう状況になっている、ということしか伝えられない。離婚したなら嫌なところがあるとか、一緒に暮らせないと言うことがあるだろうに、元夫マグヌスは一緒のテーブルについて食事を採っていたりする。吹雪の夜、元夫は泊まりたい雰囲気を出すけど、アンナは、帰ってよ、と冷たい。けど、まったくけんか腰ではない。どーいう関係なんだ、この二人は。 アンナは現代芸術家らしいけど、それで食べている、ような感じでもない。どうやって生計を立てているのか、謎。画商もついているけど、いまいち上手く行ってない感じで。画商が帰ったあとに、アンナは不満をブツブツ言ってたりする。画商はセスナを操縦してやってきたらしいけど、なんと、そのセスナが墜落するシーンがある。でも、何も問題なく話は進み、後半ではその画商が登場しているので、もしかしたらアンナの「死んじまえ」という心の声のイメージとして墜落があるのかも知れない。ところであんなのアートだけど、NT旋盤で鉄板を切断する場面があるので鉄のアート? と思ったら…。一家+元夫でピクニックに行き、帆布みたいなのを広げて切り抜いた鉄板を置き、その上に石を置いたりしているので、なんのこっちゃ? と思っていたら、後日、その鉄板を帆布から剥がし、帆布を洗っていた。どーも、鉄板のカタチに付着した鉄さびのアート、のようだ。なんか、いまいち魅力的じゃないな。個人が収集すると言うより、どっかの美術館に出も買ってもらわないと、なアートだな。 あと、不思議な話がひとつある。子供たちが海岸に近いところに大きな穴を掘り、そこに一本の杭を立て、そこに布の人形をぶら下げるのだ。人形は時を経て人間サイズになり、バイキングの鉄兜をかぶせられる。ののち、子供たち(主に男の子)が、矢を射て遊ぶ。なんなんだ、である。不思議なのが時間の経過で、夏になったかと思うと雪に降られたり、をコマ落とし的に表現される。まともにみると、数年間経過しているように見えるけれど、映画全体では1シーズンぐらいにしか見えない。なんなんだ? そうそう。後半で、双子(とは説明されていなかったぞ、映画の中では)の片割れの肩に、兄弟の射た矢が刺さって大騒ぎ、という事件があった。病院に連れて行かれ、ちょうど船に乗っていたマグヌスは連絡を受けて、でも、船は戻れないので、全身救命胴衣みたいなのを着たまま、海中に放り込まれる。なんでも、帰港する漁船に、拾ってくれと連絡しているらしいけど、結局、その漁船はやって来なくて、マグヌスはぷかぷか海に浮いたまま。で、そのマグヌスの場面で映画が終わるんだけど、これが最大のドラマかな。マグヌスだけ、家族から“浮いている”とでも言いたいのか。 というわけで、ほとんど何も起こらない映画なので、退屈極まりない。アンナが美形とか巨乳とか、ってこともない。スカートの中のパンツはあったな。みんなでアート制作兼ピクニックにいったとき、アンナが寝転がってるマグヌスの顔の上をまたぐんだが、そのとき見えるのはフレアスカートの中のグレーのパンツ。ちっともエロくないんだけど、アンナの無防備さ、というか、元亭主を男と見ていない様子がつたわってきた。 最初の方で、一家の様子に、マグヌスの仕事の様子がカットインされるんだけど。黄色い作業服で階段を降りたりしている様子なので、海上に浮かぶ作業場で何かの調査でもしてるのか? と思ったぐらい。とても漁船の中とは思えなかった。よくある、水浸しの船上で大量の魚が網からどどど…な感じではなく、まるで工場か研究所のよう。ところで、あの漁船は出航したらどれぐらい戻って来ないのかな、とか考えたりした。 しかし、子供たちの、父親に対するドライな接し方、はリアリティなさ過ぎ。人形を射たり、セスナの墜落もそうだけど、行動が戯画化されている感じで、ウェス・アンダーソンを思わせたけど、あれほど寓話的でもないし、記号化されてもいないかな。ぜんたいに、なんかのメタファーにでもなってるのかなと考えたけど、結局よくわからなかった。 | ||||
| 処刑の丘 | 7/7 | シネマ ブルースタジオ | 監督/ラリーサ・シェピチコ | 脚本/ラリーサ・シェピチコ、ユーリー・クレピコフ |
| ソ連映画。原題は“Voskhozhdenie”。ロシア語の英語表記のようだ。登る、とかいう意味らしい。Wikipediaのあらすじ(DeepLで翻訳)は「大祖国戦争(第二次世界大戦)中、ソ連のパルチザンであるソトニコフ(ボリス・プロトニコフ)とリバク(ウラジーミル・ゴスティューヒン)は、食料を求めてベラルーシの村へ向かう。協力者の村長(セルゲイ・ヤコヴレフ)から家畜を奪った後、彼らは部隊へ戻ろうとするが、ドイツ軍のパトロール隊に発見されてしまう。雪の中での長引く銃撃戦の末、ドイツ兵1人が死亡し、2人はその場を脱出したが、ソトニコフは脚を撃たれてしまった。捕らえられそうだと悟ったソトニコフは、自らの頭に銃を突きつけて自殺を図ったが、ちょうどその時リバクが駆けつけ、彼を連れ去った。リバクは彼を最寄りの避難所、3人の幼い子供を持つデムチカ(リュドミラ・ポリアコワ)の家へと連れて行った。しかし、彼らは発見され、捕らえられてしまう。2人の男と泣きじゃくるデムチカは、ドイツ軍司令部へと連行された。ソトニコフはまず、地元の協力者であるポートノフ(アナトリー・ソロニツィン)から尋問を受ける。ポートノフは元ソ連のクラブ所長兼児童合唱団指揮者で、ドイツ軍に忠誠を誓うベラルーシ補助警察の地方責任者となっていた。ソトニコフがポートノフの質問に答えることを拒否すると、協力者である警察官たちから残酷な拷問を受けるが、一切情報を漏らさなかった。一方、リバクは、後で脱走できるよう生き延びたいと願い、警察がすでに把握していると思われる範囲の情報をすべて話す。ポートノフは彼に警察官になるよう持ちかける。その後、彼らは、パルチザンを支援している疑いが持たれる村長バシャ・マイヤーという若いユダヤ人女性と共に、その夜、同じ地下室に投獄される。」 Twitterへは「1977年ソ連映画。第二次大戦中のソ連の寒村。ソ連のパルチザン、ナチ協力者のソ連人、ドイツ兵がからんで、のっぴきならない状況に…な話。背景も状況もよく分からんけど、なんか、大変だね、な感じ。」 ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞らしいが。映画の技術的にはいまいち未熟な感じがしてしまう。だらだら描きつつ、ポイントは究極の選択を迫られた男の話、でもある。とはいえ冒頭からの、アバウトな時代背景、展開のたどたどしさ、人物の掘り下げのイマイチさ加減なんかから思うに、古い時代の映画だなと言う感じがしてしまう。↑のWikipediaのあらすじを見て、ああ、なるほど、と思った部分も少なくなかったし。冒頭に背景を字幕かなんかで説明しちゃえば良かったのにね。 「194x年、ドイツ軍がロシア国境を越えて進軍。占領下となった地域では、ソ連住民はナチへの協力が強制された。一方、対ナチのパルチザンも結成され、激しい戦いが繰り広げられていた。」 ぐらいの説明があると、話に入りやすかったかもね。 冒頭は、雪の中でのドイツ軍とソ連軍(と思ったけどパルチザンらしい)との攻防。子供や一般住民がいるのか「?」だったけど、パルチザンは彼らも引き連れて行動しているのか? で、敗走してなのか? パルチザンは小休止。銃弾も食糧も不足したので、隊長らしいのが部下に調達を命じる。1人は「手を怪我している」といい、もう一人は「村に恋人がいる」といい、もうひとりは元砲兵らしく、砲兵と呼ばれてた。けど、白黒の低画質なので顔の区別がつかんのよ。なので、2人連れだって偵察なのか徴発にでかけるんだけど、先の3人のうち誰が行ったのか、わからない。で、焼かれた家なのか村なのかにたどり着き、ありゃありゃ。これが、恋人のいるという村なのか? とか首をひねりつつ。 なことしてて、いきなりどっかの家に寄るんだっけか。ジジイがいて、村長だ、なんて話だけど、どーもナチの息がかかってる感じ。ここでひと騒動起きるかと思ったらそんなこともなく、次は片割れが何か動物を背負って雪の中を歩いている。↑のあらすじには「協力者の村長から家畜を奪った後」とあるけど、経緯が描かれてないので「?」の方が大きいね。で、うろうろしてたら馬車みたいなので移動してる数人から狙撃されてあたふた。どーも片割れが足を撃たれたらしいんだが、そういう描写もないので、へー、そうなの、な感じ。まあ、雪の中でよく撮影したよなあ、寒かったろうなあ、としか思えなかった。で、まあ、動物はどっかに放り投げて? と思ったら、どっかの家にやってくる。家の外観もなく、ドアから2人はいると、子供が2人か3人。そのうち母親が戻ってくるんだが、そこに親ナチの連中? がやってきて、隠れていた2人と母親は、連行される。2人のうち怪我男は判事? といっても親ナチ住人なのか? の焼き印の拷問でも屈せず。元気男の方は、命あっての物種的な考え。元気男は簡単に情報を吐き、民警に取り立ててやる、になびいてしまう。 まあ、この2人の選択がこの映画のキモになるのかな。情報を売らず死ぬか、裏切って協力者になるか。てな部屋に、なぜかジジイ村長と先の母親、何をしたのかよく分からない15、6の少女もぶち込まれる。母親はパルチザンを匿った罪なんだろうけど、村長が捕まった理由は何なんだ? 少女は何の罪? てなところが気になりすぎてしまう。 でまあ、パルチザンとしての侠気を貫く怪我男に対して、死ぬよりは生きてていた方がマシ、と考える元気男の考え方の違いを見せつけることになる。怪我男は覚悟を決めて、母親は「3人の子供がいるからお助けを」と叫び、村長は諦めた感じ。少女は淡々と。丘の上に用意された刑場に連行され、吊される。坂を登り、丘の上に向かうのは、ゴルゴダの丘を意識しているのかも。首にロープをかけられた怪我男の足元には、元気男。処刑後、ドイツ兵に「いい仕事したじゃないか」といわれ、茫然自失。トイレに行く、といって便所で首をつろうとするけれど失敗し、意気消沈して出てくる…。というラスト。吊されるのは高潔な人々。元気男は裏切りのユダ。とか、読めないこともない。 どう考えても理不尽極まりない状況下と、あなたならパルチザンの心意気を貫けますか? それとも、命乞いしますか? ナチの手下になりますか? という難題が突きつけられたカタチだ。もちろん2人のパルチザンだけではない。ナチ占領下の村にはナチ協力者もいるし、もしかしたらパルチザンと通じている村人もいるかも知れない。独ソ戦が、ドイツの敗走、ソ連の勝利で終わったことを知っている立場で見ると、判事も含むナチに協力した村人たちは、あのあとどういう扱いを受けたのだろうか? とも思うけれど、そうせざるを得ない状況にあったともいえる。どちらが正しいとも言えない状況。そんな選択肢は、俺は選びたくないなあ。 ・吊されようとする怪我男の頬に、涙がひと筋。25歳だといってたかな。そして、吊される4人を見ている中に少年がいて、彼も涙を流している。こころが通じていることの象徴なのだろうか。 ・母親を失った子供3人は、どうやって生き存えていったのだろう? ・パルチザン仲間を裏切り、ナチの手下として生き存えた元気男は、あのあとどうなったのだろう。 客は12人。 | ||||
| 死ねばいいのに | 7/9 | テアトル新宿 | 監督/金井純一 | 脚本/喜安浩平 |
| 公式HPのあらすじは「鹿島亜佐美という女性が殺された。犯人は未だ分からず、犯行動機も不明。そんな中、渡来映子が「亜佐美のこと、聞かせてもらいたいんです」と、生前、彼女と付き合いがあった人々のもとを訪ねてくる。」 Twitterへは「屋上で死んだ女性について、ある女が関係者に話しを聞きまわる…というヘンな設定。関係者が、何だかんだ言いつつペラペラ喋るのが不自然すぎて眠くなった前半。罪とは何か、裁きとは何か、を対話主体に描きたいのかな。でも、話が生っぽすぎ。」 亜佐美という若い娘が、どっかのビルの屋上で死んでいた。殺人事件らしい。警察は調査するが、犯人の手がかりは見当たらず。という状況で、なぜか映子という短髪の女性が、関係者に話を聞きに回りはじめる。それによって生前の亜佐美のプロフィールが次第に分かってくる。亜佐美は会社の上司と不倫中で、毎日のように会っていた。亜佐美のアパートの隣人女性は亜佐美の会社の先輩で、付き合いもあった。母親は亜佐美をうっとうしがっていて、雄也という青年に売った? 雄也は亜佐美の彼氏ではあるけど暴力で支配していた。といっても亜佐美は雄也に不満を持っていたわけではない。役所にも押しかけて、情報を調べ回ろうとする。ななかで亜佐美という娘の概要が分かってくる、という展開なんだけど。だいたい、知人や肉親が殺害されている状況で、見も知らぬ女が「話を聞きたい」と突然やってきて、あれこれ詮索するのに、ああもペラペラと亜佐美と自分との関係を喋りまくるものかねと思ってしまう。 みんなはじめは映子に対して「お前は誰。亜佐美とはどういう関係?」と問うけれど、ろくに答えない。けれど、みな、自分と亜佐美のことをあれこれ喋り始めるんだよ。という時点で、この映画に入り込むことはできなかったな。得体の知れない映子に、無防備すぎだろ。 映子が警察に押しかけて、関係情報を知りたい、と話した時点で流れは変わる。なぜか警察官が3人ぐらい映子を無言で囲んで、圧をかける。の、次の場面で映子は拘置所か刑務所の面接室で弁護士と話をしている。え? どうなったんだ? である。なぜ映子は逮捕されたのか? は一切説明されない。弁護士は映子に、なぜ亜佐美を殺したのかとあれこれ質問を繰り返すけど、映子はのらりくらり。上司は亜佐美を搾取しながら罪に問われないのか? とか、彼氏は亜佐美に暴力を振るっていながら逮捕されないのか? 母親については、娘を売り飛ばしていながら罪に問われないのか? などと逆に問う。ええと、隣人で先輩の女性は、何をしたんだっけ? 忘れちゃったよ。 弁護士は別の事件を抱えていて、それは過酷な勤務を強要されていたトラック運転手が子供2人を撥ね殺してしまったというもので、運転手に、会社を訴えろ、と話すのだけれど、運転手は甘んじて懲役25年を受け入れる、というもの。これにたいして、だったか、イジメに悩む少年の話だったか、そんなのがあって、いじめ少年は裁かれないのか的な反論をしておったような記憶があるんだが、あいまいだ。とにかく、法の裁きと、倫理的な悪意を並べ、なぜ連理的な悪意は裁かれないのか、と弁護士に問い詰めていたような記憶がある。 でまあ、亜佐美と映子の関係だけど。ある夜、亜佐美がチンピラに絡まれているとき映子が助けて、それから映子は亜佐美の部屋に通うようになって。亜佐美の日記だとかSNSだとかを見せてもらうようになって、それで関係者の存在を知った、というような流れなんだよね。でも、それはそんな長い時間ではなかったような気がする。そもそも、映子は亜佐美の隣人で上司にも会ってないし。で、あれこれ本音を言える相手を見つけたことで亜佐美は色んなくびきから解放され、「いま、私は仕合わせ!」と言うようになった。それで映子は、そんなに仕合わせなら、仕合わせな状態で死んでしまうのが一番仕合わせなのではないかと思い、亜佐美の了承を得て首を絞めて殺した、ということらしい。 そういった経緯や物的証拠もないのに、にぜ警察が映子を亜佐美殺害の罪で逮捕勾留したのか、よく分からない。なんか、話が杜撰だ。 ラストは、映子の正面の顔のアップで。映子が、涙を流す、というもの。意味は分からない。反省しているとも思えないし。亜佐美殺害を正当化しているようにも思えない。よく分からん映画だ。 表現的に特長的なのは、映子が関係者に質問し、対話する場面で、とつぜんそこが部屋の中や喫茶店から、夜の野っ原に置かれたテーブルと椅子になったりするところだ。対話劇として1対1の密度を高めようと言うことなのか。多少、対話の緊張感は高まると思うけど、だからなに? な感じもあって、気を衒った感じしか受けないかな。 じつをいうと、対話劇が大半なので、でも、会話の内容についてはあまり覚えていない。面倒くさいというのもあるし、ムダに理屈をこね回しているだけ、な感じもしたから。↑でも話したけど、法律の裁きと、倫理的な裁き、その違いは何なのだ? とでも言いたいのかも。映子は、亜佐美のニーズに応じて彼女の幸せの絶頂の状態で息の根を止めた。たぶん亜佐美は永依子を恨んでいない。喜んでいるかもしれない。そんな私が法的には殺人者になる。亜佐美に暴力を振るい、搾取し、ひどい扱いをした関係者は、法的にはなのにお咎めもない。それでいいのか? 的な話をしているのかなと思うんだけど、だからといって映子は自分の罪を逃れようとはしていない、と思う。だって、事件を嗅ぎ回って警察まで乗り込んだのだから、自分を逮捕して調べてくれ、といってるようなものだし。まあとにかく、なんま共感も感じられない話だったな。 | ||||
| GOOD BOY/グッド・ボーイ | 7/15 | ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1 | 監督/ベン・レオンバーグ | 脚本/アレックス・キャノン、ベン・レオンバーグ |
| 原題は“Good Boy”。公式HPのあらすじは「アパートで飼い主トッドと暮らすレトリバー犬のインディ。最近トッドの体調が悪く、ある日、吐血。偶然アパートを訪れたトッドの妹ヴェラが病院へ急いで連れて行く。退院したトッドはインディを連れ、祖父の家に移り住む。その家は祖父が謎の死を遂げて以来、空き家となっていた。トッドは隣人から予備の発電機を借り、少しの明かりと昔にホームビデオで撮られた祖父が映っている映像を見て過ごすが、インディは家の中に何か異変を感じ取る。トッドはヴェラとの電話で、祖父とこの家に呪いでもあるのではと話す。もちろんインディには理解できないが、何かがおかしいと感じ、何かの物音を聞き、家の隅から影が漂ってくるのを感じるインディ。邪悪な存在がトッドの容態を悪化させ、インディは不気味な何かから必死にトッドを守ろうと奮闘するが・・・。」 Twitterへは「惹句は「自分だけに見える邪悪な何かから、飼い主を守ろうと懸命に立ち向かう、全編犬視点の新感覚ホラー」だったけど、嘘だろ。単調だし、まったく怖くないし、つまらないので少し寝た。バカ犬な気がする、こいつ。」 ↑のあらすじを読んで、へー、そういう話だったの? と思ったりするところがあったりするんだよね。冒頭は、子犬を育てて成犬になっていく様子。それはいい。で、その成犬が主人=トッドの異変に気づくが何もできない。スマホが鳴っても対応できず、そのスマホの画面に血が滴り落ちている…。で、たまたま女性=妹らしい、が訪ねてきて、救急車を呼ぶ。「息をしていない」と話していた。てな場面の後、トッドは、祖父の家に住むことにした、とかいって犬と一緒に家を片づけ始めている。という場面を見て、時間を遡って過去からの経緯を描いてるのだな、と思ったんだよ。でも、↑のあらすじでは、順番通りのようだ。そういえば退院して犬と再会の場面も会ったけど、見てて納得がいくような映画の文法に則ってはつくられてなかったと思う。ずっと、過去からの再現、だと思っていたので、ラストの場面は、冒頭に戻ってるんだとばっかり思っていたんだよ。だから余計に「?」が多かったのかもしれない。 でまあ、最初は祖父の家で録画したビデオや、家族映像を見たりしているトッド。近所を散歩してると知り合いのご近所オヤジと遭遇。トッドは「電気がまだないんだよね」なんていうと、ご近所オヤジが「うちのジェネレーターをやるよ。取りに来い」なんて言っている。え? 電気は通じてなかったのか? じゃあ家族ビデオの電源はどっからとってたんだ? ご近所オヤジは猟もしていて。キツネの罠をあちこちに仕掛けてるから気をつけろ、なんて言っていた。迷惑なオヤジだ。 てな流れで、とくに事件も起きず。怪しい感じもないし。なので飽きてきて、完全に寝込んだ、というよりは薄っすらうつらうつら、な感じになってしまった。だから、もしかしたらショッキングな場面があったのかも知れないけど、ぜんぜん記憶にないのだ。 それと、「全編犬視点」っていってるけど、それは違うだろ。多くの場面に犬が映っている。まあ、トッドだのご近所オヤジが映る場面がローアングル、ってのはあったかもしれないけど、でも、そのせいで、そこで何が起きているのかがよくつたわってこない、のだよね。怪しい感じは、ところどころにあった。なにやら黒い影が横切ったりとか。でも、たんにそれだけ。干からびた犬の骨は、あれは祖父が飼っていた犬の死骸か。そんなていどで、ぜんぜんビックリもできない。なまま、話は終盤へ。何しろ尺が73分だからね。 よく分からんまま、黒い人間が登場する。これは実体。コールタールを浴びたみたいな感じで、家の中をうろうろする。犬は逃げる。トッドも逃げて、犬を抱きかかえたりする。この黒い人間はなんなんだ? と思っていたら、雨の中、トッドが泥まみれになって真っ黒になってしまう。ってことは、あれはトッド自身なのか? さらに、この黒いトッドが見た先に、ベッドに横たわるトッドがいる…。ので、これはトッドの霊体が離脱し、いま死にゆくトッドを見ているのかな、と思ったんだよ。ラストで。でも、ベッドに横たわったトッドを見ているのは、犬、とすると、また話は変わってきそうだ。 いやあ。なんだかよく分からない映画だったよ。分かりやすくつくるのを避けているかのようだ。これは技術的にただ下手なだけかもね。 そうそう。中盤にトッドが医師に、余命わずか、と宣告されていたけど、いったいトッドはなんの病だったんだ? あらすじの通りの流れだとすると、吐血→入院→退院→医師の診断→死の床に、という流れなのか。これまたよく分からん。 | ||||
| ● | ● | ● | 監督/● | 脚本/● |
| 原題は“●”。公式HPのあらすじは「●」 Twitterへは「★」 ● | ||||
| ● | ● | ● | 監督/● | 脚本/● |
| 原題は“●”。公式HPのあらすじは「●」 Twitterへは「★」 ● | ||||
| ● | ● | ● | 監督/● | 脚本/● |
| 原題は“●”。公式HPのあらすじは「●」 Twitterへは「★」 ● | ||||
| ● | ● | ● | 監督/● | 脚本/● |
| 原題は“●”。公式HPのあらすじは「●」 Twitterへは「★」 ● | ||||