沖縄

  

 * 1回目 1996. 7/2-7

沖縄には、今まで2回行っていますが、先ずは1回目のことを。

沖縄に行きたい、と思ったきっかけは、こんなことでした。

その年、女子中学生行方不明事件が起きたことや、「象のオリ」と呼ばれている米軍通信施設の問題等で、沖縄米軍基地問題がさかんに新聞・TVで報道されていました。

或る日、基地のそばにある中学校がニュースに取り上げられていて、その中学の真上を戦闘機が飛んで行く、というのです。騒音対策として窓は2重か3重になっていたのですが、インタビューされていた生徒は、戦闘機が飛ぶと授業が聞こえなくなるし、飛び去るまで授業が中断することもしばしばある、と言っていました。

私は、自分が中学生の時、授業中に立ち上がったり騒ぐ子が多くて先生の声が聞こえないことがしばしばあって、それを辛く思ったこともあったなぁと思い出しました。 

嘉手納カーニバル会場にて(戦闘機)

そんなこともあって、その中学校で聞こえる戦闘機の騒音とはどれ程すごい音だろう・・・聞いてみたいな・・・と思ったのがきっかけでした。

やっぱり先ずは行って、見て、聞いて、体感したら、少しくらい沖縄の人の気持ちが分かるかな〜と思ったのです。

  

   

嘉手納カーニバル会場にはアメリカと日本の戦闘機が約20機程展示してあって、戦闘機マニアみたいな人達も結構来ていた。座席や計器も見せてくれたが、座ることは出来なかった。

一見ユーモラスな顔をした飛行機だけど、この口の部分が機関銃のようになるんだなぁと思うとやっぱり嫌な気持ちになる。

会場にいるアメリカ兵達はみんな親切で明るくて、基地の子供達も沢山遊びに来ていたけど、どこか複雑な気分。

戦闘機の展示会場から少し離れた所では屋台やライブの舞台やフリーマーケット・ゲーム・お化け屋敷等があって、まさにカーニバルだったんだけど一体何を祝っているのだろう。

とりあえず、と思ってガイドブックなどを見ていると、沖縄の嘉手納基地では毎年、嘉手納カーニバルというのが開かれ、その日は一般の人も出入り出来る・・・と書いてあったので、その日に合わせて行くことにしました。

そんなわけで、私は嘉手納基地のある沖縄市・いわゆる' コザ ' に泊まり、カーニバルに行きコザを歩きまわり、ガイドブックに載っていた観光地へと足を延ばしました。

目的であった'戦闘機の騒音' は、というと、到着した時の飛行場の中で、何やらものすごい 'ゴォ〜〜' という音が聞こえてきて、一体何が起こったのか!?とびびりながらも周りは平然としている事に??と思って、音の在処を探してキョロキョロしていると、隣接している自衛隊の方から戦闘機が飛び立とうとしていました。

到着と同時に第一の目的を達成してしまったようなことになったのだけど、それにしても、今まで、あんなに大きい爆音を長く聞いたことはありません。普通の飛行機の音ではありませんでした。あれが頭の上を通って行ったら、「勘弁してくれ〜 (> _<) 未だ死にたくないよ〜」って思うんじゃないかなぁ・・・。

  

 *2回目 2001. 7/5-12

1回目に行った時に出来た曲があります。(オキナワという曲。そのまんまです(笑))その曲の旋律が沖縄音階のひとつである「律音階」というので出来上がっていて、偶然ながら嬉しくて「律音階」で出来ている沖縄民謡ってどんな曲があるんだろう・・と思っていました。

今年に入って自由な時間を得た私は、旅行に行くとしたら・・・と考えると、やっぱり沖縄に行きたい!と思いました。

でも、自分が何故沖縄にこだわっているのか、分からなくて、とりあえず気になっている律音階で出来た沖縄民謡を調べてみよう、とネットで検索してみました。

沖縄民謡等について、とても詳しく載っているホームページを見つけ、読み進むうち、律音階は八重山民謡に見られる音階だ、とわかりました。

また八重山諸島の中でも波照間島は昔から歌の名手が多くいて・・と書いてありました。

そうなると、もう波照間島に行くしかない! そんなわけで、私の旅は始まりました。

寄せては返す波  波照間島にて

波照間島に着いた日は丁度七夕で、どこの宿も一杯で空いてなかったのですが、フェリーを降りた所で、宿泊客を迎えに来ていた某宿のおじさんに声をかけてもらい、なんとか宿をゲットしました。

運がいいというか何というか。そこの宿では、その夜バーベキューパーティが開かれ、八重山民謡のCDを出しておられる方も演奏に来られて、潮風に吹かれながら浜で生の演奏を聴く機会を得ました。演奏を聴かせてくれたのは、後富底周二さんといって、丁度八重山民謡のことを調べたホームページに載っていた方でした。

後で後富底さんと話す時間も得て、本当にラッキーでした。

波照間での目的はもうひとつあって、日本最南端の天文台に行って生プラネタリウムを見る、ということでした。

あいにく天気が曇りがちで、説明をして貰う先から星がどんどん雲に隠れていってしまって、意味ないじゃ〜ん・・という状態になってしまったのですが、熱心な館長さんの話っぷりに、もう超満足しました。

今度行くなら、星がいっぱい見られる時期に行きたいなぁ・・出来れば南十字星が見られる頃に・・・などと思っています。

その時までには、自転車に乗れるようになっていよう!と心に決めた・・・のですが、未だ実行できてない、というのが実情です(笑)波照間内で移動するは自転車かバイクしかないのです。乗れない者は行くべからず。

島にはヒージャー汁になる為の家畜ヤギが多く飼われています。ついでに野良ヤギもいるようです。

この上の↑子ヤギちゃんのお母さんも、この日石垣島への出荷用に解体されてゆきました。

帰りのフェリーに乗っていたクーラーボックスは、もしやして・・・と思っています。

 

先日本屋さんに行ったら「本日の。吉本ばなな」という雑誌が並んでいました。ばななさん、波照間に行ってたそうです。立ち読みで恐縮ですが、読ませて頂いた所によると、私と同じ宿に泊まり、同じ人の演奏をきいてたようです。ついでに空港で食事した所も同じ所で(笑) どうも誰もが辿る道筋だったのですかね・・・。

旅行中、いろんな人に会いました。出逢ったツーリスト達は年齢も20〜50代と幅広かったような気もします。

いろんな人に会って、いろんな話を聞けました。なんかみんな、いろんなことを思いながら、こうして生きているんだなぁ、などと思いました。

いろんな人に助けて貰って、よい旅をすることができて本当に感謝です。

実は1つだけ嫌な出来事もあったんですけどね。それは私にも否があるので或る意味自業自得です。自転車乗るぞ〜!)

波照間から石垣島に戻って、三線のお師匠さんであるおばぁが一人でやっている、或る店で沖縄そばを食べました。おばぁは、おそばを持ってきてくれた時に私の顔をじっ・・・と見て、「あんた、金城さん?」と聞くのです。「いぇいぇ、違います!」って答えたんだけど、私の薄い系のなまっちろい顔のどこが金城さんなんだ〜〜?と未だに疑問です。沖縄出身のバンド Kiroroの1人、金城さんっていうんだけど似ているかしら(笑)

旅たびに戻る