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我が家の長老であるところの祖父母を連れて、青梅の老人病院へ行く。隔週木曜のご奉公。お駄賃1000円が嬉しいやら情けないやら。相変わらず、老人病院はすごい熱気である。不景気なんぞどこ吹く風、ロビーも食堂も待合室も、もう何しろどこもかしこも老人でぎっしり。その平均年齢の高さと言ったらちょっと想像を絶するほどである。みんなに聞いて回ったわけではないけれど、あの中に混じったら今年77になる(はずの)祖母なんかは若造の部類に入ってしまうのではないだろうか。平均寿命を超えてからが勝負、という世界。老人病院なんだから当り前だ、とは言うものの、何しろ佃煮にするほど老人がいるというのは大迫力だった。
さて、肝心の祖父母であるが、先生のおっしゃるところによれば、状況は以前に較べると非常に良くなっているようだ。特に祖母は、先日発作的におかしくなった時にはこれはもう本格的にぼけたか、と覚悟をしたのだが、この病院の薬が合ったらしくて、今では完全にもとの状態に戻っている。薬というのはおそらく坑精神薬の一種であろうと思うのだが、何しろその薬のさじ加減ひとつでボケまで治してしまうとは、医学というのは凄いことをするものである。一人の人間の精神のあり方を薬で完全にコントロールするなんて、医者というのは恐ろしく難しい商売だと改めて思った。
それとは全然関係ないのだが、面白かったのは、今日行った老人病院のような世間と隔絶した平均年齢の世界にいると、こちらの視線の基準が狂ってくること。つまり、ハッとするような、鮮やかなギャルが(この言い方はどうかと思うが、実感なので勘弁して欲しい)通ったと思ったら自分の母親くらいの女性だった、ということが平気で起こるのである。これには笑った。平均年齢が80の世界にいれば50才でもじゅうぶんに若い、といえばその通りではあるのだが、おかんをギャルと見間違うとは、笑って良いやら嘆いて良いやら。なんというか、認識の相対性みたいなことを考えてしまう経験ではあった。認識を正常なバランスに保つためにも、広い世界に身を置いておきたいものである。
[今日読んだ本]『彷徨える帝』安部龍太郎、新潮文庫
これは当りであった。『役小角』(黒須喜一郎、作品社)を読んで以来、戦国時代以前の歴史小説も読むようになったのだが、これも舞台は室町末期。南朝(=大覚寺統)と北朝(=持明院統)、室町幕府と鎌倉公方、貴族と武士など、様々な対立が複雑に絡み合うなか、皇位の行く手の鍵を握るとされる後醍醐天皇作の能面を求めて若き主人公が駆ける!という、いかにも「隆慶一郎の後継」と目される著者らしい壮大な筋立て。章割りの短さ、人物の性格の掘り下げ方など、多少食い足りないかなと思える点もあるのだが、なにしろこの時代に関する基礎知識が全くない私に750ページを一気に読ませて飽きさせなかったというのは、やはり素晴らしい力を持った小説だということであろう。大変面白かった。
『地獄からのメッセージ』A・J・クィネル、新潮文庫
例のクリーシィ・シリーズの最新作。今度はベトナムでMIAの探索である。相変わらずクリーシィはスーパーマンだし、脇を固めるいつもの仲間たちも実に頼もしい。彼らに感情移入することが出来ればもうあとは全然OKだし、そういう意味ではおもしろい小説だと思うのだが、どうもシリーズの他の本に較べると、これは印象が弱かった。マイケルが死んじゃって出ないからかな、とか、米軍大尉のスザンナさんが大バカ過ぎるからかな、とか、色々考えたのだが、答えはおそらく、状況の容易さにあるのではないだろうか。つまり、冒険小説の大事な要素である、圧倒的に不利な状況からカムバックする主人公、という場面が、今回の『地獄からのメッセージ』にはないのではないか、ということ。それがきっと、この小説の味を薄めちゃってるんじゃないかと。残念だ。『イローナの四人の父親』(クィネル、新潮文庫)はすごく良かったけどなあ。
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