無意味な嘘をついてしまう。例えば、「昼ごはん何食べた?」と聞かれたとき、とっさに、「ラーメンですわ」と答えてしまうのである。本当は、仕出しの幕の内を食べたのに。
怖いのは、この嘘に全く意味がないことである。昼飯が幕の内であることを隠すことで、状況に何らかの影響がある、という場面でこの言葉がでたのならば、それは意味のある嘘である。しかし、先の言葉は、そうではない、全然意味のない場面に於て発せられているのである。これは一体何だ。
この嘘が、後になって私を苦しめるというようなことは、ない。大概の人にとってそうであるように、私にとっても、1997年の5月16日の昼に何を食べたかなんてことは、些末以下の問題でしかないのである。
それなのに、そんなどうでもいい事柄について嘘をつくというのは、一体どういうことなのだろうか。自分のことであるにも関わらず、全然分らない。自分が意図も必然性もないのに嘘をつく人間だとは思いたくないのだが、結局はそういうことなのだろうか。反射的に嘘をつくオレ。平気で嘘をつくオレ。
無意味な嘘は恐ろしい。継続的にこの「絵入りオオツカ新聞」を読んでくれている人は私が嘘つきであることくらい重々承知されていることだろうと思うが、ここに書いてある嘘は、書こうとして書いているので、いいのである。問題は、無意味な嘘。無意味な嘘は、無意識的に発せられるのが、自分の内部の暗いところをむりやり見せられるようで、怖くてイヤなのだ。
それにしても、「オレには無意識状態などない」と言ったと伝えられる三島由紀夫氏は、こういう恐怖とは無縁だったんでしょうな。氏の仰ることの真偽はともかく、そう言い切れる自信は、羨ましい限りであるなあと思ったことでした。
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