木曜日夜に行われた勉強会のレポート
トム・コイナー

*************************

1. 総則及びその指針

私達は1998924()に集会場に集まりました。三宅良子・マイク夫妻と小池さんたちは軽くポテト料理を食べていました。この偶然を良しとして、今後の勉強会では6:00より軽く食事を取り、6:30から速やかに実際の勉強を始めることにしました。三宅良子さんは今後の軽食の準備を快く引受てくださいました。

 

議論の糸口として、トム・コイナー氏が予め次のような文章を用意していてくれました。

[意見の一致ではなく、霊の一致こそが私達を結び付けるものである。私達はグループ内の各メンバーが、各自様々な神学上の見解を持つことに決して反対しない。私達が断固として反対するのは、いかなる意見を持つ集団であれ、他の人々が彼等自身の思考・経験の結果として自分達と異なる意見を持つに至った場合その人々に対して、自分達の意見を押しつけようとする行為である。」

-- Jane Rushmore

これに対し次のような意見が出されました。

クエーカー主義は、十分寛容的なものではあるが神学上の基本的見解を持っているのだから、[様々な神学上の見解」という表現は漠然とし過ぎているのではないか。(("どんな"神学上の見解に反対しないといってもクエーカーの基本的見解というものがあるのだから何でもありというわけではない。ただしクエーカーのその見解は、基本的用件を満たせばその他のことについては、様々な見方を許容するものである。))  ((田中追記))

私達は今後この文を引用しないことで合意しました。

 

今後の勉強会の日程として、

10/29, 11/26, 12/17 (4木曜日、ただし12月は除く)

が提案されました。短い議論の後、この提案は受け入れられました。

出席者は、三宅ミキオ・良子夫妻、Ms.小出、田中宏周、そしてトム・コイナー(敬称略)でした。

実際の議論に先だっては、以下の原則について異論なく手短に再確認されました。

 

1. 私達は議論の際、簡明で、率直かつ直接的な表現で話しましょう。

2. 私達は真理には様々な面があることを知っています。従って、誰一人として[誤っている」人はいません。

また私達は、時には自分達全員の意見が、真理の本質を外れている可能性があることを進んで認め無ければなりません。

3. もし、他のメンバーと異なる意見があるときは、###他人の意見を持ちだすのではなく、論点を明確にすることにより###自分の意見を述べましょう。

4. 可能なかぎり、もう一つの言語(英語←→日本語)で、発言を言い直すか、最低でもその主旨を述べるようにしましょう。もし、それが難しければ、他のメンバーに助けてもらいましょう。

5. 私達は時間どおりに始め、時間どおりに終わります。ただし、終了時間後に、引き続いて非公式な議論を行うのは結構なことです。

 

議論された課題とその結果の要旨は以下の通りです。

1.フレンズ派の人々は、内なる光(the Light Within)及び聖霊との関係において、聖書の権威についてどのように考えていましたか?

**フレンズ派の人々は[内なる光」及び[聖霊」という言葉を[(God)」という言葉と全く同義で使っていました。

聖書の権威については一般的に、[内なる光」を体験した男女が霊感によって導かれ作成したものとして考えられています。

 

2. 神学上三位一体説を受け入れないことから、フレンズ派はユニテリアン派(Unitarians)の仲間であると考えられるのでしょうか?

それともそう捉えるのは、誤解を招く考え方でしょうか?

**クエーカーはユニテリアン派ではありません。というのもクエーカーの信仰の中心には、純粋なキリスト教徒としての信仰があるからです。ユニタリアン派は、その考えにおいて宗教というよりもより倫理的なものに近く、またキリスト教以外の考えをも取り込んだより広範囲で自由な考えを持つ教派です。

 

3.[光の中に静かに立つ」、###[友愛の奥義」、[光の中にあって一致を待ち望め」---これらの類似した表現について、その体験に強い関心を持つ人に対し、あなたはどのように説明しますか?

**.[光の中に静かに立つ」とは coming to a centering や静寂、そして最終的に神との交流に入ることを意味するのではないでしょうか。

[友愛の奥義」とは、毎週第一日(=毎日曜日)に行われる、形式ばらない沈黙の礼拝において、私達の瞑想の全体としての効果が個々人の効果を足し合わせたものを上回るという、特別の性質を意味していると解釈していいかもしれません。

[光の中にあって一致を待ち望め」とは一人一人と神との交流であり、祈りと瞑想を通した世界である###ということができるでしょう。

4. フォックスは光の世界の下にある闇の世界について述べています。ベニングトンは[その影は本物の影である。」と指摘しています。私達は自身の弱さから、しばしば光と対極にあるものを選択します。私達を誘惑する悪魔的な悪の力は実在するのでしょうか?

それとも単に私達が自ら選択する[光の無い状態」が存在するだけなのでしょうか?

**クエーカーの考え方は一般的に、人間が生まれつき持っているといわれる悪い性質よりも、人間のポジティブな可能性により注目します。従って、[闇の世界」とは、無知であることや光が当てられていないことの結果であると考えます。

 

5. [万人の内にある神に応える」という考えは、日々の生活のなかではどういうことを意味しますか? 或いは他の人への証しとしては、どのようにすればいいのでしょうか?

**これは勿論、各人が毎日十人十色の形で直面しなければならない非常に個人的な問題です。明らかに、###言葉より行動の方がより明白にその意図を示すことができるでしょう###。同時に私達は、様々な政治や社会問題について友会徒の中においても、意見の一致を期待することは出来ません。しかしながら、個々のクエーカーたちが、洗練された精神的強さを通して、各自の見解と確信に基づき個人的に行動を起こすことは期待してよいでしょう。

 

最後に;

最後に沈黙をもって勉強会を終えました。次回の課題については、前回に引き続きトム・コイナー氏に同テキストの第三章から見つけてくれるよう依頼しました。また、トム氏には今回の勉強会の要旨のドラフト作成も依頼されました。時間的に余裕があれば、参考として、the Ministry and Councilに今回の勉強会議事録を提出したいと思います。

次回勉強会は10/29の夕方6時から、軽い食事の後始めます。皆さんのご参加をお待ちしています。

テキストの事前学習等の予習は、出来れば非常に結構ですが、必須ではありません。

以上本文

翻訳者:田中宏周

Return to our Page