●ギエムの夢
ギエムについてはいろいろ取り沙汰される。 「女神の様だ」から「冷たい」まで 善し悪しを問わず、取り沙汰されるのはやはり彼女が注目される存在だからだろう。
容姿・容貌についてはまず非の打ち所が無い。 個人的に接した限り、とても繊細で神経質だが 聡明で知性の高い女性と思える。 性格も−きっと強い精神力を持っているに違いないが−決して 他のダンサーと比べて悪いとは言えない。 写真・インタビュー嫌いも彼女のそう言った神経質な 性格が影響しているはずだ。
踊り。 どのダンサーにもあるように彼女の踊りにも独自の性格がある。 ロシアのダンサーの 様にクラシックな面を重視する傾向よりも、むしろ現代的できらびやかな面に重点が置かれて 居るように感じる。 だから、「ジゼル」などの叙情的な面の強い作品には彼女の踊りの性格と 相殺されたように感じられるのだと思う。
だが、彼女の「ジゼル」の表現がそれで「悪い」とは思えない。
そのような「ジゼル」も「あり」だと思うからだ。 クラシックバレエは形式美と言うが、それが 必ずしも徹底されなければならない理由はないし、踊り手によって作品の性格は大きく異なるのが 自然だから、彼女の「ジゼル」を一概に否定することは出来ない。
先日、オーチャードホールでハート/マラーホフの二人で見せてくれた「ジゼル」はギエムの それと大きく異なっていた。 ハートは運動能力・容姿のいずれにもギエムほどの極まりは無いと 言えるが、それはそれは美しく悲しいジゼルを演じていた。 ギエムのそれと比較することには あまり意味が無いのである。
ただ、どのバレエ雑誌にもあるような「ギエム崇拝」は私の本意ではない。 以前、五反田で 見た「ドンキホーテ」のパ・ド・ドゥは本当につまらないものだったし、彼女だって何度か ステージの上でズリズリと滑ってしまうのだ。 決して「神」ではないがその踊りは神から与え られ、自らが磨き上げた一つの表現なのだと思う。
私は彼女の舞台を見た後などによく幻想を抱く。 あんなに体が軽くて柔らかかったら、あの 踊りを踊れるだろうか、世界バレエフェスティバルで見た「ドンキホーテ」の様に技巧ばかりで ない体全体で表現することが出来たら、「ボレロ」を踊ってみたい、等々。
勿論出来るわけないのだが、夢想することでしばしの間、日常の些末事を忘れられる。
ギエムはギエムでギエムの夢を我々に与えてくれているのだと想える。
by QUEST