■ vol.5 「自分の力なんてしれている」(1999/12/27)
年の瀬には、この一年を振り返ってみたくなる。若かりし頃は、来る新しい年への期待ばかりが
大きく、振り返ることなどなかったが、年をとったのか、最近は、家族全員が健康で無事一年間
を過ごせたことに感謝しながら、その年を振り返ってみたくなる。
毎年、我が家は何かと波乱にとんでいる。今年の1月、今度こそは落ち着いた年になるかと思っ
ていた矢先に、妻が3回目の妊娠をした。待望の3人目の子だ。ところが、何回目かの検査で一
卵性双生児であることがわかった。またまた波乱の幕開けであった。
双子と聞いた時、うれしい反面、最悪の事態を考えた。最悪の事態を考えて、覚悟をしてから取
り組むのがぼくの思考パターンでもある。双子、しかも一卵性の場合はリスクも高い。ぼくと妻
は、この日から、日常生活のあれこれに、今までの妊娠の時以上に気を遣うことになった。
妻は、ひどいツワリを経て、ようやく安定期に入ったが、安心などできる心境ではない。常に最
悪の事態が頭の奥底にはある。案の定、何回目かの検診で、胎児に体重差が出てきた。このまま
体重差が広がれば、一方が死ぬことも考えられます、と医者は言ったらしい。差し迫った事態に
は、まだ至ってないものの、それからは、腹の中の子に対して、毎日激励していた。「生きろよ
、生きよろよ」と。
臨月の1ヶ月前の検診で、妻は緊急入院した。未だ胎児に体重差があったのと切迫早産だ。その日
から妻は、24時間点滴をつけて安静を強いられた。と同時に、5歳の娘と4歳の息子は、初めて
母親が家にいない生活を強いられることになった。互いの祖父母は、遠隔地にいたり、仕事をも
っていたりで、頼るわけにもいかず、ぼくと娘と息子の3人の生活が始まった。
まず、問題になるのはぼくの仕事だ。2人の子供たちには、今まで行っていた幼稚園を休ませて、
保育園に入れればぼくの仕事に支障はない。が、2人の精神状態を考えると、この時期に、今ま
での慣れた環境を変えることは酷だろうと思った。結局、幼稚園の送迎をぼくがやることにした。
迎えの時間に間に合うためには、午後2時に会社を飛び出ることになる。勤務体系や給与につい
て会社側と相談した。最悪は休職しようとも考えていたが、寛大な対応をしてもらった。午後2
時以降の打ち合わせは極力外してもらい、残った仕事は自宅に持ち帰ってやることになった。幸
運にも、仕事の山場が過ぎたばかりで、それほど忙しくはなかったが、この事態が1ヶ月前に起こ
っていたらと思うとゾッとする。
ギリギリまで仕事をするため、ほとんど毎日、昼食をとる時間もなく、汗みどろになって子供た
ちを迎えに行く。それから着替えさせて、病院に連れていき、妻を見舞う。夕方遅くに、家の駐
車場に戻り、眠りこけている息子をかついでスーパーに夕飯の材料を買いに行く。それから夕飯
を作り、子供たちを風呂に入れて、ふとんに転がし、仕事の続きとなる。翌朝は、洗濯機を回し
ている間に、子供たちの弁当を作り、子供たちに朝食を食べさせている間に洗濯をほす。慌しい
一日の始まりだ。
こんな生活を1ヶ月も続けられたのも、何とか無事に生まれてほしい、という緊張感と、もうひ
とつはご近所の方々の支えがあったからだ。
仕事がどうしても抜けられない時は、幼稚園の迎えをご近所の方に頼んだ。夕方遅くに迎えに行
くと、風呂にまで入れてもらっていた。また、あちこちの方が、数日おきに夕飯のおかずを差し
入れてくれる。ぼくは料理が苦手というわけでもないが、所詮は炒め物が中心。そういう状況も
察してか、後半は煮物の差し入れが多くなった。この気遣いには胸がいっぱいになった。
差し入れだけではない。外で会ったら、誰もが声をかけてくれ、妻の容態を気にかけてくれた。
幼稚園の先生方も、よくしてくれた。朝、幼稚園まで送っていくと、園庭の端から子供たちの
名前を呼んで駆け寄ってきてくれる。子供たちにとっては、うれしい一日の始まりだったと思う。
みんなが気にかけてくれている、そのことだけで、頑張れたような気がする。
そして、1ヶ月後、妻の頑張りと腹の中の子供たちの頑張りで、元気な双子が生まれた。2人
の子供を連れて病院に駆けつけ、生まれたばかりの双子たちをひとりひとり抱っこした時には、
腰が砕けそうになった。
その日、ご近所の方々のお宅を一軒一軒回り、無事出産の報告とお礼を述べた。
みんなに支えられて、無事、この世に引き出してもらったように思う。
この年の瀬、妻とこんな話をした。
「この子たちが元気に生まれてきてくれたおかげで、こうやって一年を振り返れるんだね」と。
つくづく思う。自分の力なんてしれたものだと。自分だけの力で何かをやろうなんておこがまし
いと。
元気に育っている子供たちの顔を見るにつけ、支えてくれた、そして今でも支えて続けてくれて
いる人たちの顔が浮かぶ。
どこかで誰かが支えてくれている、そんな安心感と感謝を味わうことができた貴重な一年だった。
(三浦伸也)
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