■ vol.12 「ラグビー初体験」(2000/06/15)
幼稚園に通う息子がラグビーをやっている。去年のクリスマスにラグビーボールをプレゼントし
たのがきっかけである。どうやら、どこに転がるかわからない楕円のボールに魅了されたようだ
。
今では、近所でやっているラグビースクールに毎日曜日、通っている。
ラグビーに興味をもっているのは、息子だけではない。実は、ぼくもかなり以前から興味があ
った。興味はあったが、一度もやったことはない。それが予期せず、ラグビーをする機会に恵
まれた。
前述のラグビースクールの企画で、親子タグラグビーなるものがあったのだ。
タグラグビーというのは、多くの人にラグビーの楽しさを実感してもらうために考案されたも
ので、タックルのような激しいコンタクトプレーはなく、代わりに腰にぶら下げたひものよう
なもの(タグ)をとることでタックルに値するというソフトなラグビーである。
いつもはグランドの隅で子供の練習を見ている保護者と現役小学生チームとが、このタグラグ
ビーで対戦するという寸法だ。
ぼくは、小学5、6年生のチームと対戦した。
ラグビーの基本的なルールとして、前にボールを投げてはいけないというのがある。つまりは
、後ろにパスをしながら、前に進んでいくわけだ。
このルールは、元ラガーマンのお父さん方にとっては、ごく当たり前のことであるが、初めて
ラグビーをやったぼくにとっては、目からウロコが落ちるほど新鮮な体験だった。
というのも、ぼくはトライをしたいから、ついつい前に出る。すると前にパスをしてはいけな
いから、味方からのボールは来ない。ボールが来なければ、いくら前にいてもトライはできな
い。
ボールがほしければ、ボールを持っている者より後ろの、しかも、パスを受けるための空いた
空間にいなければならないのだ。
「前に行きたければ後ろに回る」
この感覚は、先月号で書いた「隙間」と似ている。例えば、前に行くために後ろに回って隙間
を埋められる者がいるかいないかは、その仕事の成否に大きく関わってくると思っている。
しかし、こういうことは、えてして個人の価値観や感性に委ねられる。
ところが、ラグビーの場合は、そのことが厳然としたルールとして成り立っているのだ。その
一点のみで驚愕に値する。
ぼくは、浪人会という団体の運営に長年携わり、他にもいくつかのコミュニティ作りに関わって
いるが、これらは、前述したような個人の価値観に委ねられるようなことを、何とかシステム化
するための実験でもある。
臆面もなく大風呂敷を広げさせてもらえば、「人が本来持っている"良心"に気づき、実感できる
システム」を創りたいのだ。
個人の価値観に委ねているようではダメなのだ。かといって、マニュアル的な決まり事を作ると
本末転倒になる。管理するのでもなく、されるのでもない。関わる人たちの自発性によって秩序
が生まれるシステムを何としてでも創りたいと思っている。
青臭い言い方だが、そんな自律性のあるシステムに基づいて、関わった人たちが、人としての"良
心"を実感できるとすれば、少しは住みやすい世の中になるかもしれない。
調子に乗って偉そうなことを言ってしまったが、まだ答は見つかっていない。
が、尻尾がほんのかすかに見えてきたような気もする。
ひょっとしたら、「前に行きたければ後ろに回る」 ことをルール化しているラグビーに、何か
ヒントがあるかもしれない。
そんな思いで、ぼくは40歳を目の前にして、やったこともないラグビーのコーチをすることに
なった。
「四十の手習い」にしては、ちと激しすぎるかな。
(三浦伸也)
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