■ vol.14 「夢中〜その1〜」(2000/08/16)
夢中に何かに取り組んだ思い出がある。
中学時代、ぼくはバレーボール部に所属していた。2年生の夏からはキャプテンもしていた。非
常に弱いチームで、試合に勝った経験はほとんどない。それどころか、女子チームと練習試合を
しても負けることがあるくらいのチームだった。
そんなチームでも、ぼくは部活動に非常に熱中していた。あまり熱心でない監督に、期末や中間
試験の時にも練習をやらしてくれと懇願し、「頼むから休んでくれ」と逆に懇願されたりもした
。背の低いぼくはジャンプ力をつけようと、夜中に家の前でバービージャンプを何回もやってい
た覚えがある。本屋で「月刊バレーボール」を見つけると、夢中になって立ち読みをしていたこ
ともある。
寝ても覚めてもバレーボールのことを考えていた。今、思い出しても、よくあれほど夢中にな
っていたものだ、とあきれる。
その後高校で、やりたかった柔道を始めたのだが、厳しい監督で、有無を言わさずやらされるこ
とに違和感を感じ続けた3年間だった。しごかれた甲斐あって、いいところまで行ったのだが、
やはり違和感は拭えなかった。大学で始めた少林寺拳法では、柔道の練習と比べるとラクなもの
だったが、上下関係が息苦しくて、違和感は圧迫感に変わっていった。
その後、つい最近まで少林寺拳法を職業とし、何度か夢中になったプロジェクトもあるが、中学
時代のあの「夢中」の感覚とは少し違う。
やはり、あの感覚は若い中学時代だったからこそ感じ得たのであろうか、と思っていたところ、
38歳にして今、再びあの「夢中」の渦中にいる。
23年ぶりに夢中になっているのはラグビーである。
例を挙げればキリがないが、常日頃、ぼくなりに考えていた"コミュニケーション"についての考
え方が、ことごとくラグビーと相性がいいのが夢中になっている理由かもしれない。
例えば、ぼくは現在、ラグビースクールの小学校2年生のコーチをしているのだが、練習中、「
声を出せ」とよく言う。練習の始まりと終わりにはあいさつすることを口うるさく言う。単なる
精神論ではない。ラグビーはボールを後ろにパスしながら前に進むゲームだ。必然的にボールを
持っている者の後ろに味方がいるわけだ。後ろには目がないから、後方の味方が、「右、パス!
」とか「左、パス!」とかボールを持って前を走る者に声をかけてコミュニケーションをとるこ
とが必要になる。
コミュニケーションの基本はあいさつである。だから、あいさつができない者は、練習でも声が
出せず、従ってラグビーもうまくなれないというのがぼくの考えだ。
そんなことが、ルールとなり、システムとなり、文化となっているラグビーにぼくは魅かれたの
かもしれない。
同じラグビースクールに通う幼稚園の息子を叱る時もラグビーの話を例に出す。
玄関で靴を脱ぎ散らかしていると、「コラッ! ラグビーでパスする時は、相手がとりやすいよ
うにやるやろ。靴も次の人が入りやすいようにちゃんと揃えんかい!」などと屁理屈をこねなが
ら雷を落とす。また、言うことを聞かない時も、「コラッ! ラグビーで審判にたてつくんかい
! 審判の言うことは聞かんかえ!」と。こんな屁理屈でも息子にだけは、効果抜群なのだ。
ただ、偉そうなことを言っても、現在、自分自身のラグビーの練習時間は正味、週に30分くらい
しかない。当然、情報量が少ない分、貪欲になる。同じ学年のコーチが子供たちに説明している
ことを誰よりも熱心にぼくは聞いている。他のコーチが遊びでパスをする姿もぼくは熱心に見て
いる。中学生の練習のお手伝いもぼくはかって出ている。彼らとの数回のコンタクトプレーの感
覚は、今のぼくにとっては宝物なのだ。他のコーチに「練習の機会を」と迫るぼくは、中学時代
の時と同じだ。
本屋に入ってもいつの間にかスポーツコーナーに立っている。ほしいラグビーの本を何度も立ち
読みし、財布と相談しながら買うか買わないかを30分ほど迷う。この迷いは1週間ほど続き、結
局、買った時には、すべて読み終えているといったラグビーの本が5,6冊ある。
仕事前の朝のトレーニングも欠かせない。ラグビーを始めるまでは三日坊主だった朝のトレーニ
ングも、今はトレーニングの目的が明確だからずっと続いている。80分間走り回れるランニング
能力と、コンタクトプレーに耐えられる筋力をつけることだ。ランニング能力は、秋から始まる
大人チームの試合のためだ。せっかく貴重な試合体験をさせてもらっても、5分で息があがって
しまうのではもったいない。筋力は怪我をして家族や職場の人に迷惑をかけないためだ。
と言いながらこのトレーニング中に肉離れをやってしまった。偉そうなことを言ってもやっぱり
肉体は40歳前のおっさんである。
さて、こんなに夢中になれるものが23年ぶりに見つかったのは偶然ではない。
ぼくは、高校、大学と違和感を感じながらも何とかその環境に同化しようとしていたのだ。つま
り、嫌なことを嫌と感じることを避けていたわけである。社会に出てもしばらくはそんな感じだ
ったと思う。今、思えばこれは、感性を鈍化させることにつながると思っている。
それが、ある時からぼくは、嫌な感覚ということをすごく大切にするようになった。嫌なこと、
不快なこと、あるいはちょっとした引っ掛かりでも、ぼくはそのことをずっと考える。自分の
生い立ちや、相手の家庭環境まで考え、分析し、納得できる自分の対応策が出て初めてすっきり
する。それまではず〜と考えている。嫌な感覚と向き合うと、ちょっとした好き・嫌い、快・不
快の感覚がどんどん鋭敏になってくるのも自覚できる。
夢中になれるものを探すのは、それそのものを探すのではなく、まずは自分の感覚に素直に耳を
傾けてみることから始まるような気がする。
それに23年もかかったのだから、ぼく自身、随分、自分の感覚をごまかしていた時期が長かった
のかもしれない。
…少林寺拳法は嫌いになったのか、辞めたのか、という声も聞こえてきそうだが、それについて
は、次回のお楽しみ。
(三浦伸也)
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