■ vol.16 「今日のみに生きる」(2000/10/30)
前号の8月30日以来、随分御無沙汰してしまった。行き詰まっていた
わけではなく、単に時間がなかっただけなのでご心配なく。ついでに随
分と配信が遅れたこと、ごめんなさい。
さて、今回は仕事の悩みから、不思議な感覚を得た話をしたい。
今の仕事についたのはおよそ3年ほど前。まったく異分野への転身であ
る。仕事内容は、ぼくの専門領域ではないのだが、一生のうちで一度は
ゼロからビジネスを立ち上げることを経験してみたいという強い思いの
もと、転職に踏み切ったわけだ。
ビジネスの形態としては、日常的な収支はたてず、数年間を準備期間と
し、その間のインカムはない。要は数年後に0点か100点か、という形
態なのだ。そんな先の見えないことに対する不安と、自分の専門外の
ことに取り組む不安などが何重にも重なり、転職に踏み切ったものの、
正直、日々、心は揺れていた。
一方で、心の不安とは裏腹に、ぼく自身がやりたいことについては、日
々、明確になってきていた。これは、既にビジネスベースとしてではな
く、ボランティアとして取り組んでいることでもある。やりたいことが
明確になればなるほど、そのことにもっと時間を割いてみたいという思
いも強くなる。つまりは、独立である。
ぼくは、独立に向けてのプランを毎日のように練った。事業プランはも
ちろんのこと、資金繰り、今の会社との関係などについて考えていた。
しかし、どうもすっきりしないのだ。1年間、考えてもすっきりしない
のだ。
例えば、月の収支についてシミュレーションする際、どうしても、「家族
を養うには今のレベルがこれくらいだから、これくらいの収入が必要で、
そのためには…」という感じになる。それがどうもすっきりしないのだ
。
ふと、やりたいことをやるための独立ではなく、食うための独立になり
かけていることに気がついた。もちろん、霞を食っているわけではない
ので、食うことを考えることは大切なことだが、それなら、今の状態で
も何とか食っていける。いったい、ぼくが独立しようとしている意味は
何なのか。そんな疑問にぶつかったのだ。
そして、ぼくは思考を停止した。独立を諦めたわけではない。それにつ
いて考えることを停止したのだ。不思議なことに、先のことについて考
えることをやめると、"今"が実感できるようになった。
今の会社のビジネスが成功しようが失敗しようが、先のことには関係な
く、今、自分にできることに精一杯取り組めるようになったのだ。
独立についても、独立するか否かは二の次で、今、自分にできることをや
ることで、確実に自分が進む道を歩んでいるようにも感じるのだ。
不思議なことである。先のことについて考えることをやめ、"今"が実感
すれば、すべてが解決したのだ。
かっこうよく言えば、ぼくはその日から、常に今日のみに生きることを
心がけるようになった。
決して享楽的ではない。ちゃんと先につながっている"今"という感じが
するのだ。
"今"を実感できると、どういうわけか"確信"が持てる。仕事がうまくい
く、独立して成功するなどといった確信ではない。何だか笑って死ねる
ような、そんな確信があるのだ。見えない力に導かれている確信という
感じもする。
そして、これまた不思議なことだが、今日のみを考えて仕事に取り組む
ようになった数ヶ月後に、やや行き詰まっていた会社の事業は、コツコ
ツとぼくが作り続けたデモのひとつが多くの企業で評価され、突然に風
向きは変わった。もちろん、ぼくひとりの力ではなく、それまでの社長
以下の努力が大きくものが言ったわけだが。
さらには、つい先日のアメリカ出張でも、かなり高い評価を受け、具体
的な協力体制の話までを詰めるに至った。
こうなると、ビジネスとしての成功の可能性はかなり高くなってきたわ
けだが、ぼくは先のことは考えないようにしている。どのような状況に
なろうとも、今日のみに生きたいのだ。それが、ぼくにとって確信的に
生きる唯一の方法だからだ。
ちなみに、妻は、こんなぼくをこう言って笑う。
「子供たちは数年後の姿がだいたい想像できるけど、あんたは来年のこ
とすら、ぜんぜん想像できんわ」と。
…そうかもしれない。
(三浦伸也)
*******************************************
コミュニケーション・ジャーナルはほぼ隔週の発行です。
ご意見・ご感想をお待ちしています。
sanpu@gol.com
*******************************************