■ vol.22 「リキを入れた引っ越し」(2001/04/12)
前号でも触れた通り、埼玉県川越の隣の鶴ヶ島市というところに引っ越しました。
今までぼくは、いろんなところに住みました。
初めての引っ越しは、小学校2年生の時。父親の転勤での引っ越しです。
その後、大学では、下宿する金がなかったので、一時期、レストランの宿直のバイトを見つけ、そこから通学していた時期もありました。少林寺武道専門学校では寮生活。少林寺拳法本部の職員になった時には、門の上に寝泊まりしていました。大きなお寺などでは、入り口に山門という大きな門があるでしょう。ああいう門が少林寺拳法本部にもあるんです。その門の上部は人が住めるようになっているんです。つまり門番ですな。
東京では、男4人で共同生活。布団とその隅に置いたカラーボックスが自分のスペースです。要はタコ部屋ですな。
それからひとり暮らし。四畳半一間で壁の隙間から隣の部屋の灯かりが差し込むようなボロアパートでした。荷物が少なかったので、タクシーで引っ越しができました。そして、北京に留学してまたまた寮生活。帰国後も似たようなアパートでひとり暮らし。
結婚後も、冬休みの暇つぶしに引っ越したという有り様です。
こういう経緯を見てもわかる通り、ぼくは住むところへのこだわりはまったくと言っていいほどありませんでした。いつでも気軽に引っ越しをしてきた。「どうせ、一生住むわけやないし」と思ってましたから。
何よりも、今まで地域に根をはってませんでしたからね。ぼくが引っ越しても、ぼくの人間関係がそうそう大きく変わるわけやない。だから、気楽やったんです。
ところが、今回はそういうわけにはいかん。今まで家族でここに住んで、それなりに培ってきた地域の人との人間関係がある。同じマンションの人たち、近所の人たち、スーパーのレジのおばちゃん、クリーニング屋のおばちゃん、幼稚園の先生…。外に出れば、誰かと会話をするという関係ができていました。
ここの人たちに、我々家族はずいぶんと助けてもらいました。
別の地域に引っ越すということは、こういう人間関係を一度チャラにするということなんですね。
だから、今回の引っ越しは、初めてリキを入れた引っ越しでした。
引っ越し先に着き、部屋に荷物が全部入った途端に、娘が「やっぱり、お引っ越ししたくない。明日は元のおうちに引っ越そう」などとぬかすのです。友達と別れて、寂しくなったのでしょう。
こんな時、「転勤やからしゃあないやろう」と会社のせいにしたかったけど、まぎれもなく自分たちの意志で引っ越したんで、誰のせいにもできません。
引っ越して数日間、ぼくはごっついプレッシャーを感じました。家族が気持ちよく新しいところで過ごせることができますように、と祈るような気持ちやった。
ぼく自身も、仕事から帰って駅につくと、「あぁ、ここは誰も知らん人ばっかりなんやなあ」とホームシックにかかりそうでした。
唯一の救いは、嫁はんがいたって明るく、前しか向いていないことです。「明日はこれをして、あれをして」などと言いながら、実に精力的なんです。本人は「私は明るいだけしか取り柄がないんか」とぼやきますが、こういう時に「ほんまやなぁ…、不安やなぁ…」などと暗い声で言われようものなら、一家全員が奈落の底へ落ちてしまいます。明るさは最大の武器ですね。
引っ越してから、ぼくらが最優先したのが、ご近所へのあいさつ。ぼくらのことも知ってもらおうと、家族6人全員で、一軒一軒あいさつして回りました。中には、大家さんからぼくらが越してくることを聞いていたのか、「楽しみにしていたわよ」と言ってくれる人もいました。大家さんのところでも、玄関先であいさつだけ、と思っていたら、お茶まで出してもらって、おまけに雪が降って部屋が寒いという話をしたら、暖房器具まで貸してくれました。
翌日の、幼稚園や小学校の転入手続きにも、ぼくらは家族6人で出かけました。
知り合った人の分だけ、ぼくら家族が住む空間が広がったような気がします。
現に、子供たちが部屋の中でドタバタしていると、下の階に住むおばあちゃんの顔が思い浮かび、「こらっ!」と子供たちを一喝します。知り合った人の空間も含めてイメージが広がるんですね。
現金なもので、引っ越したばかりの不安はどっかに行ってしまいました。
ぼくらは、この引っ越しでちょっとだけ勉強しました。
相手のことを知った分だけ、思いやれることを。そして、自分のことを知ってもらった分だけ、理解が深まることを。
当たり前のことやけど、相手のことを知って、自分のことを知ってもらう、コミュニケーションの基本やと思いました。
こんなこと、言葉にするまでもなく、子供たちは、いつの間にか近所の子供たちと知り合い、夕方まで外で遊び呆けています。
さあ、今度はおとなの番や。
(三浦伸也)
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