■ vol.28 「臆病になる」(2001/11/1)

ぼくは、今、地元のラグビーチームに所属しています。
毎週、日曜日にたっぷりと2時間、練習してます。

ようやく、何とか練習についていけるようになったかな、と思っていたところ、ここ最近は、ケガが続いてるんです。
やっぱり、年なんかなあ。まあ、年齢よりも、ぼく自身が未熟やからケガをするんですけどね。
膝の半月板裂傷と十字靭帯の一部断裂。
太股、ふくらはぎなど、各所の肉離れ。
鼻も折りました。

さすがに、この年でケガをするとしんどいですね。
何がしんどいって、仕事を休むわけにもいかんし、家族にあんまり迷惑もかけられんし。
かといって、やっぱり練習したいから、ちょっと良くなると、多少の無理をしてしまうんですね。

ケガをすると、いろんなことを考えますね。
最初のケガは膝でした。ギプスをして、「まあ、ラグビーをやるというのは、こういうことなんやな」と、妙に納得したりしてました。

ところが、いくつかケガが続くにつれて、何か変に気持ちが高揚するようになってきたんです。
ケガをするのが当然、というような感じになってきたんです。
ケガをすることで、「こんなに激しいことをやってる自分」に酔っていたんでしょうかねえ。

で、ある時、ふと我に返ったんです。
これは危ないぞ、と。
この調子でいったら、きっと大怪我すると思ったんです。
ラグビーでは、首の骨を折って、半身不随になった人や、なりかけた人が割といます。
現に、同じチームの先輩が、過去、危うく半身不随になりかけたそうだし、高校のラグビー部にいた友人もそうでした。
高校時代の友人は、首の骨を折って長期入院したんですが、さぞかし落ち込んでいると思いきや、「きれいな看護婦さんにおしっこさせてもらえて幸せ」と。
ぼくの場合は、そんなことで喜んでるような年でもないですしね。ちょっとは興味もあるけど、子供も4人おることやし、そうもしとられん。

そこで、ぼくは臆病になることにしたんです。
危ないな、と感じたら、それをサインに、ちょっと引いて見てみる。名付けて"臆病センサー"。
これは練習中でも、普段のトレーニングでも同じように、おかしい、と感じたら、ちょっと引いてみる。
それによって、今までは、突っ込まなくてもいい密集に突っ込んでいたのが、適切な判断ができるようになるかもしれない。
練習でも、これ以上思いっきり走ると切れる、というギリギリのところで、未然にケガを防ぐことができるようになるかもしれない。

試合の時は、放っておいても、気持ちの上でプッツンするんで、せめて、練習中や普段の時は、臆病になろうと。
今までは、練習中でさえ余裕がなかったんで、臆病になることすらできなかったんですが・・・。

スポーツの世界は、一般的に、怖さを克服することが是とされています。そのために、しんどい練習をすると。
怖さとしんどい練習は、何ら関係がないと思うんですけどね。
で、怖さは無理に克服せんでもええと思うんです。
だいたい克服しようと思って、克服できるもんとちゃうし。

ぼくは、最近、素直に怖いと感じる感性を持った方が、ええんとちゃうかなあ、と思っています。
動物でも、怖いと感じるから、人がどこまで近づいたら逃げるか、という間合いを知ってるんでしょうね。
もし、動物が怖さを克服したら、うんと生存率が減るような気もします。

スポーツに限らず、自分の欠点、弱さ、コンプレックス等を自覚している人ほど、いろんなことへの対応が柔軟なようにも思うんです。
感じるべきことを、素直に感じれる。それこそが強さかもわかりません。
意識すべきは、自身の負の部分かもしれないですね。

まあ、何やかやとごたくを並べても、ぼくの場合は、ラグビーに耐え得るだけの体が、まだできてないということだけかもしれませんけどね。
こればっかりは、じっくりと積み上げるしかありませんなあ。
恐さを感じつつ、じっくりと、ゆっくりと。


(三浦伸也)

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