■ vol.33 「捨ててこそ」(2002/4/12)

10日ほど前に、e-研交流会というのがあったんです。
e-研というのは、ぼくの友人が主催しているホームページ「少林寺拳法e-技術研究会」の略称です。
ネットを通じて、少林寺拳法を研究し合うサイトで、少林寺関係者だけでなく、先日は、コンピュータ雑誌にも取り上げられるくらい、画期的なサイトです。
興味がある人は、のぞいてみて下さい。なんせ、活気がありまっせ。

e-研では、1,2ヶ月に1回程度の割合で、参加希望者を募り、場所を借りて、実際に手をとりあって、汗を流し合う、研究会を行っています。それがe-研交流会です。

ぼくは、できる限り、この交流会に参加させてもらっています。
なんせ、メニューも何もないので、自分のテーマを持っていれば、思ったように仲間と研究し合えるんです。
強制的な練習なんか、どこにもありません。
ず〜っと観ているだけでもOKなんです。
とっても、自発的な研究会です。

ぼくは、この交流会で、ようやく自分なりの少林寺拳法ができるようになった気がします。
ぼくの練習時間というのは、この交流会のみですから、1,2ヶ月に1回程度なんですが、それでも、以前より、上手くなっているような気がします。

この交流会がなかったら、ぼくは、未だに道着に袖を通していなかったかもしれない。
そして、ぼくが、あるものを捨てていなければ、今のように楽しく少林寺拳法ができていなかったかもしれない。

ぼくは、3年ほど前に、少林寺拳法連盟を辞めました。
その時に、捨てたものがある。
正確に言うと、捨てざるを得なかったんですが。

捨てざるを得なかったものというのは、「本部、あるいは少林寺というステータス」です。
例えば、連盟の本部職員の頃は、当たり前ですが、少林寺関係者に電話をする時は、「本部の三浦です」あるいは「少林寺の三浦です」で通じていたんです。
で、辞めてから気がついたんですが、知らず知らずのうちに、「少林寺の」と言うことが気持ちよくなっていたんですね。
だから、辞めた途端に、「本部の」とか「少林寺の」というのが使えず、ただの三浦になってしまうと、けっこうショックやったんです。

また、少林寺関係者以外の人と知り合った時、例えば、町内の人とか幼稚園の保護者とかですね。
そういう人たちに「お仕事は?」なんて聞かれると、「少林寺拳法です」と答えるのが、なんか、快感でもあったんですよ。
みんな、一様に関心を示してくれますからね。
ところが、辞めた途端に、「お仕事は?」と聞かれても、「会社員です。なんか、怪しい仕事です」と答えるしかない。
この落差は大きいですよ。

まあ、そんなことにも徐々に慣れてきて、個人の三浦の部分が広がっていったんですが、それでもやっぱり未練がある。
そこで、いくつか道場の見学に行ったんです。
少林寺がやりたいという気持ちよりも、組織に所属していたいという気持ちが強かったんでしょうね。
気持ちのいい道場もあったんですよ。
でも、本当にやりたい、という気持ちが湧き上がって来なかったので、結局は、どこの道場にも行きませんでした。
道着はクリーニングの袋のまま、"道着に袖を通す時は、ほんまにやりたい時"と決めて、タンスの奥にしまいました。

そうやって、1,2年過ぎた頃かな。冒頭のe-研の主催者から連絡があったんです。
「練習会、よかったら来ませんか」と。
ちょうど、その頃に、やたらと少林寺をやりたくなっていた頃だったんです。
組織に属するかどうか、なんて関係なかった。純粋にやりたかった。
実際に、どこの道場にも所属せずに、ぼくは、未だにプータロー拳士なんです。
でも、所属なんて関係なく、とにかくやりたかった。
だから、即、「行く、行く」と返事。

今まで、道着を来ている時は、「本部職員」という高所からものを見ていたように思うんですが、その時は、単なる三浦のままで参加できました。
楽しかったですねぇ。その時の楽しさは、今でも毎回、毎回、持続し続けていますよ。

もし、ぼくが「本部や少林寺というステータス」を捨てなかったら、e-研の主催者はぼくを誘ってくれなかったかもしれない。
もし、ぼくが「本部や少林寺というステータス」を捨てなかったら、未だに素の自分を見ることができなかったかもしれない。

捨ててこそ、得られるものもあるんやね。


(三浦伸也)

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