■ vol.36 「楽しむことに遠慮はいらないぜ」(2002/8/22)

夏休みを利用して、三重県の方で合宿をしてきました。
遊びが三分の二、少林寺が三分の一。初対面の人もいれば、拳士以外の参加者もいるという、何とも変な合宿です。
子供たちも含めると、30人程が参加してくれました。
企画や準備は、愛知のスギちゃんと嫁はんがやってくれました。
「楽しむことに遠慮はいらないぜ」というのは、この合宿のタイトルとして、スギちゃんが提唱してくれたものです。

これは、ええタイトルですわ。
タイトル通り、思いっきり楽しみましたね。
きっと、参加してくれた人は、みんな200%楽しんだと思います。

ぼくは、この合宿で、楽しむことに遠慮しないためのコツを体得したように思います。
このコツを教えてくれたのは、合宿地の地元でぼくらを受け入れてくれた、フミちゃんやまっちゃん、アキちゃん、Gonzoたちですわ。
このタイトルを提唱してくれたスギちゃんも、既に体得済みなんでしょうな。
(ちゃんづけやけど、みんな、ええ年したおっさんです)

要は、心に着ている服を脱げば、楽しめると。

例えば、フミちゃんは、ぽっかりあいた時間を利用して、子供たちを川に連れていってくれたんです。
そこは、6〜7メートルの滝があって、泳げるところです。
3メートルくらいの岩もあります。
滝壷です〜いす〜いと泳いでいる子に、「お〜い、あの岩に登ってみい」とフミちゃん。
子供が岩をよじ登ると「そっから飛び降りてみい!」と。
子供は、えっ!と言いながら、しばし下を覗き込んでいました。
フミちゃんは、ぼくに向かって、
「あの子、1回飛び込んだら、何回でも飛び込みよるで」と。
フミちゃんの言う通り、岩の上の子は、意を決して1回飛び込んでからも、3,4回飛び込んでおりました。

フミちゃんは、こう言います。
「ちょっとだけ無理してやったら、怖いけどできそうかなというくらいがおもろいんや」と。
さらに、「おれの子供の頃がそうやったから」とも。
フミちゃんは、おとなの視点で子供に接してないんですよ。
子供をああしてやろう、こうしてやろうという意図もない。
自分が子供やったら、こう思うやろう、という感じなんです。
いたって、自然体なんですわ。

まっちゃんもそうやった。
2日目の練習の時、予定では、子供たちも体育館に連れていって、あいているところで遊ばせておく予定やったんです。
すると、まっちゃんが、「子供らは、きっと体育館にいってもおもろないやろうから、ぼく、川に連れていったげるわ」と。
確かにそうですわ。
体育館で遊ぶよりも、川で遊ぶ方がおもろいに決まっとる。
まっちゃんも、フミちゃんと一緒で、おれが子供やったら、おもろないやろうなあ、という発想なんですね。

彼らは、おもろいこと、おもろないこと。気持ちのええこと、気持ちの悪いことにすごく敏感なんです。

これは、当たり前のようやけど、おとなの社会のルールという服を着てると、なかなか敏感になれんのですわ。
彼らは、そういう服を脱いでるから、敏感になれるんですね。

ぼくも、彼らや大自然に接しているうちに、いつの間にか、スッポンポンになっとったようです。
脱いでから気がついたんです。
おれって、いつの間にか服をきとったなあ、と。

いったん、服を脱ぐと、合宿から戻ってからも、現実とのギャップに戸惑うことは、あんまりありません。
服さえ脱いどったら、自分の気持ちがはっきりわかるから、それに素直に従えば、気持ちがええんですわ。

スギちゃんが提唱してくれた「楽しむことに遠慮はいらないぜ」。
実は、「ほんまに楽しんでる?」「服、ちゃんと脱いでる?」という、けっこうシビアな問いかけやったんかもわかりませんね。

みんな、服を脱いでたと思います。
ええ合宿やった。


(三浦伸也)

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