■ vol.39 「自然が教えてくれた」(2002/10/3)

先日、久しぶりに、嫁はんが寝込みました。
嫁はんが寝込むと、ほんまに困ります。
子どもたちは、まだ小さいので、幼稚園からは自分ひとりで帰ってこられんし、メシを自分で作って勝手に食うこともできん。自分のおむつも自分で換えられんし。
(自分でおむつ換えられるくらいなら、おむつなんかしてへんか)
そういった子どもの世話が困るのではなくて、仕事との兼ね合いが困るんです。

当たり前に考えたら、家庭の方が大事に決まってます。
だからといって、毎回、毎回、仕事をほっぽり出して、家に帰るわけにはいかん。
とりあえず、食っていかないかんからね。

で、ぼくは、毎回、頭を悩ませるんです。
その時々の状況から、どないしたら、家庭にも、仕事にも、被害を最小限におさえることができるのか。
文章で書くと、おっとりした感じですが、その時々で、もう、ほんまに綱渡り状態なんですよ。冷や汗が出ますよ。
その時その時で、状況が違うから、一定の答なんかないし。

今でこそ、嫁はんが寝込むのは、珍しくなったけど、以前、嫁はんの健康状態が恒常的に悪かった時は、しょっちゅう、寝込んでたんですわ。
そのたびに、仕事中にSOSの電話があるわけでしょう。
「ええ加減にしてくれよ」と思ったりしたこともありましたねえ。

ところが、最近は、あんまりそんな気持ちにならんのです。
困ることは困るんです。もうニッチもサッチもいかんのですから。
それで、瞬間だけひるんむんです。
次の瞬間には、「さあ、この状況をどないして乗り切ったろ」と、アドレナリンがいっぱい状態なんです。

状況は、以前と変わらんのに、なんで、ぼくの対応が変わったのか。
実は、自然が教えてくれたんです。
自然って、そんな広大な自然やないですよ。ほんまに身の回りの自然なんです。
例えば、いきなり、雨が降ってきたり、雷が鳴ったりするでしょう。
「うわっ、雨や! どないしょう。ほんまについてない」
と以前は思ってたんです。
毎回、そう思うことに疲れたんでしょうね。
最近は、傘を持ってなかったら、濡れてもいい時は濡れるし、風や雲の状況から、すぐにやみそうかどうかを判断して、その時の状況から、よりベターな方法を考えるのが、なんとなく楽しい。
自然とつきあうって、こういうことなんかな。

それと、子どもの頃に飼っていた犬が、野生の厳しさを教えてくれてたんですわ。
外で飼ってたんやけど、夜に家の中からソ〜ッと覗くだけでも、目をさますんです。カーテンをあける音で目をさましますからね。
子ども心に、「あいつ、いつ寝てるんやろ」と思ってました。
そしたら、先日、ある本で、「野生動物は、いつ襲われるかわからないから、寝てる時も緊張してる」とあった。
自然界はやっぱり厳しいんですわ。

で、ふと思ったんです。
厳しくて当たり前。
しんどくて当たり前。
目の前の状況が、当たり前。

そう考えたら、嫁はんからSOSの電話があって、ニッチもサッチもいかん時でも、どうっちゅうことないんです。
かえって、自分が試されてるようで、リキが入る。
「ここを何とか乗り切らんと、ハイエナに食われる」とか思いながら。

そう考えると、自分の身に降りかかるしんどいことや、困ったことは、屁でもないですよ。
それが当たり前なんですから。
「きっつ〜」と思うことはありますよ。
でも、「なんで、おれだけしんどい目にあわなあかんねん」なんていう考えは、微塵もありません。

自然界ってやっぱりすごいわ。
ちゃんと答がある。


(三浦伸也)

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