
vol.13 「中国脱出〜イスラエル編−その1〜」
ルーマニアのブカレストを発った飛行機は、むちゃくちゃ小さな飛行機だった。
イスなんて、持ち運びができそうなくらい華奢なものなのだ。
それでも、何とかイスラエル・テルアビブ空港に到着。夜中だった。
湾岸戦争前の状況なので、一筋縄では入国できないと思っていたが、いとも簡単に入国完了。
ただ、荷物は、別便で到着するようなので、荷物の受け取り場で、待つこと1時間。
スーツケースを下げて空港内を歩くが、人はあまりいない。
でも、サービスカウンターはやっていた。
さっそく宿の手配。
「安い宿、ありまへんか」と聞くと、ファイルを繰って、いくつかを薦めてくれた。
そのうちの一番安い宿に決定。
空港から電話を入れていたので、宿に着くと、小太りのおやじが起きて待っていてくれた。
案内された部屋はせま〜いが、緊張続きの体を休めるには充分だ。
神経が高ぶっているので、バーの電気は消えていたが、おやじに頼んでビールを出してもらった。
翌朝、町をぶらつくと、この宿が海岸のすぐ近くにあることがわかった。
テレアビブ海岸だ。
テルアビブというと、ぼくらは、日本赤軍によるテルアビブ空港テロ事件を思い出す。
とっても危険の匂いのする町なのだが、実は、地中海のリゾート地でもあるのだ。
来てみて、初めて知った。
飲食店のほとんどは、店の前にひろいテラスを設けている。
屋内よりもテラスの方が広い。
これも、地中海性気候のおかげだろう。
テロだの何だのと、やたら危なかっしい国ではあるが、気候はいたっておだやかなのだ。
街中には、軍服を来た人が多い。女性も軍服を着ているのだ。
きっと兵役義務があるのだろう。
それにしても、空を飛び交う軍用ヘリコプターの数がやけに多い。
やっぱり、湾岸危機の影響だろうか。
ちょっと緊張しながら、隣町のヤッフォという港町まで散歩。
小さいけど、とってもきれいな町で、港に面した丘の上にある喫茶店でカフェオレなどを飲んでみたりした。
カフェオレを飲みながら、日本にいる両親と友人にハガキを書く。
ぼくは、これまで行く先々で日本へハガキを書いた。
後日、友人は「マメなやっちゃ」と言ったが、このハガキには理由がある。
何らかのトラブルでぼくが行方不明になった時、行く先々でハガキを書いていれば、少なくとも、どのあたりで行方不明になったがわかる、と思ったからだ。
たとえ、ぼくがどこかで消えたとしても、それまでのぼくの足跡を、そこで何を感じたのかを、何となく残しておきたいなあ、と思ったのだ。
今から思えば、けっこう覚悟を決めていたわけだ。
さて、この喫茶店からの眺めは、なかなかに優雅なのだが、空は相変わらず軍用ヘリが行き来して、何だか物々しい。
その後、この港町をブラブラしていたら、金網に囲まれた空き地から、突然何人かの男の大声が。
物陰からそっと見てみると、兵隊たちがいる。
銃を持って、ホフク前身をしたり、物陰に隠れて走ったりしているのだ。
ちょっと待ってくれ。
覚悟はしていたけども、こんなのんびりした港町で、突然にそれはないだろう。
さらに、恐る恐る金網越しに、そ〜っと覗いてみた。
・・・なんだ、訓練か。
ホッと一息。
それにしても、やっぱり湾岸危機の影響で、いつでもスタンバイできる状態にしているのだろうか。
訓練ではあっても、やっぱり緊張する。
何だか、見つかったら、ひどい目に合わされそうな気がしたのだ。
さらに、ソ〜っとあちこちを見ていると、向こう側から煙が出ている。
目を凝らしてみてみると、大きな反射板を持った人や、カメラを抱えた人がいる。
なんだよ!
何かの撮影じゃないか。
この時期に、こんな撮影なんかして紛らわしい。
いや、戦意を高揚させるためのプロモーションビデオを、国が作っているのかもしれない。
ぼくは、決して湾岸危機の状況を取材に来たわけではない。
北京にいた留学生仲間のアラブ人たちが、口をそろえて罵っていたイスラエルという国を見てみたかったのだ。
明日は、違う町に行ってみよう。
おだやかな地中海を眺めながら、そう思った。
(つづく)