
vol.9 「ウシのような日々」
毎日毎日、ウシの食事のように、わずかな練習経験を繰り返し繰り返し思い出しては、感覚やらイメージを反芻する私。
ふと、十字小手の練習で、ダンナに手首を捕られた時と明竜さんの時との、感覚の違いを思い出した。
ダンナは私と身長がほとんど変わらない。私も、腕を水平移動させるだけ(感覚的にそんな感じ、ということ)。
対して明竜さんは、ずっと背が高い。ダンナに掛ける時と違って、私の張り出した肘を明竜さんの腕に「よっこらせ」と背伸びして乗っけるような大変さがあった。
「掛けられるようになったと思っても、相手が変わると、またちゃうんよな〜」
と、ダンナが言ってたのを思い出す。
それって、このことか〜?
で、疑問が生まれた。
『自分より背の高い人に掛ける時は、どうすればいいの?』でも、ちょっと考えて、待てよ、と思った。
こんな風に、いちいち相手に合わせてああしよう、こうしようとやってたら、キリがないじゃん。
で、無理に掛けちゃえばいいか、と。
でも、待てよアゲイン。
極まった時とそうでない時の痛みの違いは、早々にダンナに味わわされている。"恨みの残る、いやらしい痛さ"では、実践の時に勝敗は決しても、人間関係の解決にはならんぞ、と。
それは、根本的なところで違うような気がする。
わかった! 自分の勝負しやすいところに相手を誘えばいいんじゃん!
すっごい名案を思いついた…気になった。
が、また疑問。じゃあ、どうやって相手を自分のエリアに誘うの?
腕を楽な位置まで下ろすとか。
でも、下ろしすぎて相手が捕りに来なかったらどうするの?
あ、どうするんだべ? ??????
かくして、疑問は次々と雲の如くに湧き、私のウシの反芻状態は、延々続くのでありました……。