
vol.18 「フミちゃんとアキちゃんとまっちゃん」
フミちゃんは、合宿を張らせてもらった、三重・菰野の道院の先生。ダンナやスギちゃんにとっては、武専本校の大先輩。
ずっと浪人会を支援してくれている。
同時に、我が家のことも見守ってくれており、いつも「まあ、いっぺん遊びに来いや」と誘ってくれていた。
今回、私は、ようやく念願かなってのご対面と相成ったのだ。
アキちゃんは、別名倫太郎。
灰谷健次郎氏の「天の瞳」のモデルになった"絵本普及家"だ。
子供の頃から知っているフミちゃんのことを「兄さん」と慕っている。
明るく痛快豪快なキャラで、彼が話し始めたら独宴会状態だ。
フミちゃんは、合宿の準備段階から最後まで、アキちゃんも、時間のある限り、合宿につきあってくれた。
つきあうどころか、バーベキューでずっと火の当番をしてくれたり、温泉へ行くのにバスを運転してくれたり。
私達が「ちょっとうまく行かないかも」と不安になった時、必ず自らが動くことで助けてくれた。
本当は、合宿が無事に済んだのは、この2人の力が大きいのだ。
そして、そういう人物が、もう一人いる。
宿泊地になった朝明茶屋のスタッフだったまっちゃんだ。
まっちゃんは、合宿の話が持ち上がった当初から、ずっと相談にのってくれていた。
こちらのアイディアを何とか実現しようと、奔走してくれていたのだ。
合宿中はいつも、こちらが言う前に「ああしましょうか、これを持ってきましょうか」と足りない部分に気づいて、補ってくれた。
急に何か必要になっても、速攻で「どうぞ」と出してきてくれる。
ないものはない、って感じだ。
しかも、ちょっとチャンスがあると、子供達を川に連れていって、遊ばせてくれた。
そして、合宿の最後には、本業である"チェーンソー・アート"を披露してくれたが、あまりのカッコよさに、一同言葉もなくシビレるのみ。
菰野は気持ちよかった。
でも、それは、青く広い空や、澄み切った川や、どこまでも濃い緑があふれているからだけではない。
フミちゃん、アキちゃん、まっちゃんという男達の、自然と同じように存在している"おおらかさ"に包まれていたせいだ。
彼らの魅力を伝えようと思っても、これ以上は文章だけでは無理だな。
「私達と一緒に菰野に来て、体験してみたらわかりますよ」と言うしかないや。
さて。我が家はみんなより1日早く菰野に入り、終わってからもう1泊した。
おかげでダンナは、その分長く、フミちゃんやアキちゃんと1対1でゆっくり話すことができた。
その様子をそばで見聞きした私もまた、大勢と一緒にいた時とは違う彼らに触れることも、1対1でなくては出てこない話も聞くことができたのだ。
話を聞いてて思ったのは、彼ら三重の男達は、自分を冷静な目でよく見ている、ということだ。
特に感じたのは、自分の良さをきちんと掌握している点だ。
それは、「僕ってスゴイでしょ」と自慢することなどでは、決してない。
自分の活かし方、周りにどんなことを求められているか――そういう、自分の公共性というものを、周囲の動きからちゃんとわかっている、ということだ。
そして、周囲の求めに応じて自分の良さを活かし、そのことで周囲の人を楽しませたり引き立てたりすることができる、ということである。
これが私にはカルチャーショックだった。
明らかに、私の内側では、劇的な変化が起きた。
が、この話は長くなるので、別に機会にするとして――。
フミちゃん、アキちゃん、まっちゃん。
3人とも、人を否定したり、拒むところなど、全くない。
どんな人でも懐に入るがままに受け入れる。
子供達のなつき方をみていれば、彼らがどれほど優しくおおらかか、それだけでわかるというものだ。
なのに、私は一人で勝手に、彼らの前に出て恥ずかしくない生き方をしたい、などと厳しいものを感じているのだ。
不思議な、でも、懐かしいような、この感覚が自分の中に確かに息づいてて、実は気持ちいいんだ。
菰野に行ってよかった。