本文へスキップ

ホームレス・路上生活者の支援活動を行うNPO法人です

日々のできごとDaily report


【2012/5/14】こどもの日 山友荘 山田翼


 

新年度が始まって一月弱、楽しみにしていたGWもあっという間に終わってしまい、寂しいものです。山友荘ではGW中、こどもの日に鯉のぼりの飾りを玄関に設置。お風呂も菖蒲湯にして、季節の風情を楽しみました(少々荒っぽい入れ方ですが)。

 

 

上は山友荘の利用者さんが、通所しているデイサービスで作った5月のカレンダーです。涼しさを感じさせる色合いが素敵でした。


【2012/5/4】山友荘のお花見 山友荘 荒井ユリヤ


    

山友会にいつもたくさんのご支援頂きありがとうございます。
先月は山友荘のお花見に、まだ少し見ごろには早いと思われる4月6日に行ってきました。足立区の舎人公園です。
都内とは思えないくらい広い公園、池もあり桜の木もたくさん。

 



満開には早かったですが、桜の木の下でお弁当、おやつ…桜餅など一人で3ヶも食べた人がいましたよ。
昼食後、池の近くを散策し帰路に着きました。


【2012/3/30】ホームヘルパー2級講座終了に向けて 山友荘 油井和徳


 

近年、山友会に来所する人々の中には、生活困窮状態にあった方々が、アパート・ドヤなどでの生活に移った後の支援を求める人々も多くいらっしゃいます。
Aさんは、失業後苦しい生活を送っていましたが、山友会による支援によって生活保護を受給し、今ではアパートでの生活を送ることができるようになりました。
さらに、同じ地域で活動するNPOの運営する施設で、入所者のお世話をする仕事をしています。
温厚で世話好きな性格のAさんは、入所者のお世話をする仕事が向いているようで、熱心に勤めています。
最近、職場からホームヘルパー2級講座の受講を勧められたようで、勉強にも熱心に取り組んでいます。
講座の内容でわからないことがあるときには、教えてほしいと山友会を訪れます。 こちらが教える立場なのに、わからず、テキストを必死に読みかえすこともしばしば…。
いいのか悪いのか、今では一緒になって勉強をしています。
資格を取得することで、仕事に取り組むモチベーションが高まり、今後の職業の選択肢も増えると考えられます。
生活困窮状態や生命の危機から救出することも重要な支援ですが、Aさんのように地域生活に移った後、可能性や生きがいを探し・増やしていく作業も大切なことだと思います。 彼らのよりよい生活、人生のために、共に歩む姿勢で支援に取り組んでいきたいと思っています。


2012/3/19】山谷の櫻      事務局 松崎耕三

今日こそは暖かくなれよといつも思う。BUTいつも寒い。
毎月曜日のお仕事で、郵便局、銀行をめぐる、といっても自転車で周ってくるのである。寒いときついのです、おじさんたちに聞かれたら怒られるけど、今日もいつものように暖かくして自転車で交差点で信号ストップふと左にすごい桜が咲いてる。

すごいでしょう。植木も山谷じゃ強い、寒さなんか吹っ飛ばせとばかり満開か?の勢いである。青信号で渡って少し行くと、介護施設の玄関に鉢植えの櫻が

こんな風に。来週は花見かなと勘違いするくらいの感じです。先週は援護依頼で雨の秋葉原をうろうろ、会えなかったのですが、あの人あの時きっと寒かったろうな。早く春に、というより少しでも暖かく過ごしやすくなってほしい。
着の身着のままの人もまだ沢山います、特に炊出しにはいろいろな方が並ばれます。きれいな身なりの方も、普通以上の方も、そんないろいろな方に暖かい春を感じてほしい。この春こそ何かを変えよう、みんなでって・・・・・年甲斐もなく思ってみたりしました。



【2012/3/3】Yさんのこと(4) 相談室 ルボ・ジャン

 現在Yさんの仲間を、医者の紹介で入院させました。 それがきっかけで生活保護を貰うことになってYさんの隣のドヤに今でも泊まっています。Yさんも血圧が高いし、足のしびれもあるし、片目は失明に近い状態で通院させました。台風の日のYさんの顔と今の顔は全然違います、別人みたいです。
 ついこの間、Yさんが山友会に来て私の所に寄ってきました、「今、水神橋に久しぶりに行ってきた、思い出すことが一杯ありました。」で、少し黙ってから、「ねえーその頃ね、私は、声を掛けられてなかったら。………」、とにこにことした顔を見せてくれました。

 


【2012/3/3】Yさんのこと(3) 相談室 ルボ・ジャン


 今年一番寒い日、Yさんが自分の仲間の事を聞くために山友会へ来ました。
 「今日は寒いね。」
 「山友会の目の前にあるドヤの帳場さんが一部屋、開けてくれたんです。どう? Yさん、部屋で泊まるかい?」
 「2泊でも3泊でもいいから。」と、・・・・Yさんを紹介し、部屋に泊まりました。
 そのようなこともあり、Yさんとその仲間の話を相談員がゆっくり聞くことができて良い機会だと思いました。
 色々な事があって大変な状態だったので、「役所に連れて行ってもうまくゆくかな」と心配し、悩んでいました。
 そのことを相談員たちと相談をしてみると、まあとにかく何もしないよりも、まず役所に連れていってみようということになりました。
 役所の人にYさんは厳しい説教をされました。そのあと、うちの相談員からYさんの説明を聞いて、役所は「じゃ施設に入れましょう。」と、言いました。
 Yさんは仲間や周りにとても気を使う人だから、施設ではまたうまくいかなくなるのではないかと、だから生活保護の申請が降りるまで取りあえず今まで泊まっていたところで生活をしてもらい、その部屋代を山友会が負担することを決めました。
・・・・・・・(つづく)


【2012/3/3】Yさんのこと(2) 相談室 ルボ・ジャン


 ある日、Yさんが山友会に一人のおじさんを連れてきました。 Yさんの話を聞くと、その人は最近仕事を失ってYさんの近くで野宿をしていると。それから、その人が生活保護をもらうために相談に連れてきたと。山友会の相談員にYさんの仲間を紹介をしてから、Yさんに向かって「Yさんも生活相談をしないか?」と尋ねると、Yさんは急に悲しい顔になって「俺は今までいろいろなことがあってさ・・・。」と言って去ってゆきました。数日後、Yさんがまた山友会に来ました。缶コーヒーを飲ませながら、尋ねてみました。
「なんで相談しないのか?」「だって、もうYさんは64歳だし体充分でないんだし・・・。」
「実は俺は去年まで生活保護を貰ってたんだ。」「寮に入れられていつか仲間に誘われて、酒を飲まされて寮に戻ったら迷惑をかけると思って、寮に帰らなかった。そのために生活保護を切られてしまった。」
・・・・・・・(つづく)


【2012/2/29】2011年を振り返って 相談室 薗部富士夫


 2012年も2月半ばを過ぎました。昨年(2011年)は、日本各地を大災害が襲った大変な年でした。3月11日、東日本大震災。M9の地震と大津波が太平洋沿岸を襲い、東北・関東地方に多大な被害を与えました。それとともに、福島の原子力発電所も地震と津波で破壊され、2か所の建屋の爆発もあり、放射能漏れが起き、福島はもとより、各地に見えない恐怖を与えました。これから何十年と日本中に影響を与えることになるであろう事故になりました。 その後、長野県でも震度6強の地震が起き、7月には土砂災害が起こり、高知県・新潟県・福島県、9月にも紀伊半島に多くの被害を与えました。 しかし、それら災害の直後に日本国中の人たちが被災地に対し、義援金や支援物資を送り、多くのボランティアが被災地に向かい活動を始めました。また、世界中からも支援があり被災地に勇気を与え、人々の心が一つになり、絆が生まれました。このような大きな災害のなかでも、山友会には多くの方々から路上生活者に対しての支援があり、とても有りがたく感謝せずにはいられません。また、同時に責任をひしひしと感じながら日々、活動を続けています。

   

 

 11月18日には東京アメリカンクラブの婦人部の皆さんが、恒例のチャリティーをアメリカンクラブの駐車場で開催しました。路上生活者のために衣類や雑貨・食料等を車で持ち寄り仕分けをして、山友会の車に詰め込みます。チャリティーディレクターはアントレア・トーマスさん(写真・下)。そして、かわいいお子さんのディランちゃん。笑顔いっぱいで手伝ってくれました。助けを求める人たちに対して支援の手を差し伸べてくれる、多くの方々の想いを噛み締め、支援から生まれる出会いやつながりをこれからも大切にしていきたいです。


【2012/2/10】Yさんのこと(1) 相談室 ルボ・ジャン


 去年の10月、台風の影響で隅田川が洪水してしまい川沿いのテントで生活をしている人はテントや布団や毛布などが水で全部やられてしまいました。被害にあった中にYさんがいましたが、自分のテントと自転車まで流されてしまいました。次の日の炊き出しのとき水神大橋の下にYさんがいて、声を掛けるとYさんは「川の洪水で全部なくしちゃった」と聞きました。あわてて山友会に戻って衣類と毛布を用意してYさんと仲間の分とを現場に戻って配りました。そのときもまた雨が降ってきて、物を干しても乾かない状態です。大変な一日でした。
 それからは炊き出しのときにYさんたちのために特別の分を持って行きました。そのうち、いつの間にかYさんの姿が見えなくなって、うわさでは山友会の近くの商店街で野宿をしていると。その話を聞いて様子を見に行きました。途中でYさんに会って声を掛けました。良かったら山友会に来てもらって、たまに一緒に昼ごはんでも食べようと誘いました。それからYさんは昔のようにたまに山友会に姿を見せに来てくれるようになりました。そしてある日・・・・・・・(つづく)

 


【2012/2/2】山友会に集まる人々 2階食堂 和田有粧


 山友会にはいろんな人が集まります。おじさん達の出身も北海道から沖縄まで様々ですし、おしゃべりな人、無口な人、まめによく動く人、じっとしている人、大酒のみの人、飲めない人、賭け事の好きな人、冗談ばかり言っている人、生真面目な人、 長年の顔なじみの人、新しく来ている人、いろいろです。スタッフ、ボランティアもそうです。年齢や経験も様々、外国からの方々もよく来られます。代表のジャンさんがカナダ出身だからでしょうか、あるいは、日本社会の枠にはまりきらないおじさん達の存在感のせいでしょうか、 言葉の分からない外国人が来てもあまり違和感なくとけこんで、共に働くことができます。ここ数年は毎金曜日に、日本に住んでいるフランス人の方々が入れ替わり立ち代り料理を手伝ってくださり、時々フランス料理をご馳走してくださいます。
 共通していることは、ここに来ると笑顔が生まれることです。もちろんケンカしたり、経済的問題や病気、あるいは誰かの死などで、しょげ返ることもありますが、そのような困難にめげることのない明るさが、基本的に山友会の雰囲気の中に流れているのは、不思議なことです。ボランティアの方々がよく言うのは、山友会に来ると元気をもらう、ということです。そして私もそうです。
 やっぱり、おじさん達のせいでしょうか。山谷のおじさんと少しでも接すると、人の心に触れた、とすぐに感じることができます。おじさん達にはあまり守るものがなく、壁がないからでしょうか。たくさん苦労してきて、人の痛みが分かるからでしょうか。どこか子どものようなところのあるおじさん達。繊細な優しさがちょっとした時に顔を出します。本当に不思議な魅力をたたえた人たちです。
 このようなおじさん達に引き寄せられる人々のつながりには、特別な力が働いていることを感じます。山友会を通してのこれらの出会いに、心から感謝しています。

   

    



【2012/1/24】山谷周辺の歴史を歩く 相談室 本林義範


 今回は、日々の出来事とは少し離れますが、山友会がある山谷周辺の歴史散歩をしてみたいと思います。
 いわゆる「山谷」と呼ばれる地域は、明治通りと吉野通りが交差する泪橋交差点を中心に、台東区清川・日本堤・東浅草と荒川区南千住にかけて広がる地域を指します。まずは江戸時代に刊行された江戸切絵図と江戸名所図会によって、山友会があった場所は江戸時代どんなところだったのか見てみましょう。次のカラー写真の図は江戸切絵図でみた山谷周辺です。



 左上から右の方へ斜めにかけて伸びる道筋が、今の吉野通りになります。そのまま右の方へ進むと千住大橋です。道には「浅草山谷町」「山谷浅草町」の文字が見えこの辺りが山谷だとわかります。その下方に「玉姫社」がありますが、これが現在の玉姫稲荷神社になります。また道沿いに「仕置場」(番号9の所)とあるのが幕府の処刑場だった「小塚原刑場」です(ちなみに吉野通りの一部をコツ通りというのは、この〔小塚原〕の頭2文字から取っているという説もあります)。この「小塚原刑場」のあった場所は、現在のJR南千住駅のすぐそばになるので、山友会の場所は、この「仕置場」と「玉姫社」の中間辺りになるでしょうか。まさに「田地」のど真ん中です。この辺一帯は、「浅草田圃」「吉原田圃」「入谷田圃」などと呼ばれて田園風景が広がっていたそうです。

 ではその田園風景を江戸名所図会で眺めてみましょう。玉姫稲荷神社周辺の田園風景です。


 次に、現在の玉姫稲荷神社の写真をご覧ください。現在、境内は駐車場としても使われており、山友会や山友荘で所有し、炊き出しを始め様々なことに使用する車もここに
2台置かせてもらっています。周辺も田圃はもちろん見あたらず、ドヤを始め宅地が広がっています。



 次は、上記切絵図上の9番の「仕置場」である「小塚原刑場跡」を見ましょう。当時の広さは間口約110メートル、奥行約55メートルで刑場跡は南千住駅のすぐ西側で常磐線と地下鉄日比谷線の線路に挟まれる場所にある延命寺内にあります。当時、この辺りは山谷町と千住大橋の間で、街並みが途切れ草むらばかりだったようです。

 この刑場は、江戸時代初期の1651年に創設されました。明治初期に廃止されるまでの約200年以上の間に20万人以上が処刑されたといいます。その間、1771年には、ターヘルアナトミアを手に入れた蘭学者の杉田玄白・前野良沢らが腑分け(解剖)に立ち会いました。その後、彼らによって『解体新書』が刊行されたことは余りにも有名です。延命寺に隣接する回向院には、そのことを記念して日本医師会・日本医学会・日本医史学会による「観臓記念碑」があります。その写真が次です。


 またこの回向院には、幕末になると国事犯の刑死者も葬られるようになり、安政の大獄で刑死した吉田松蔭や橋本左内のお墓もあります。南千住の回向院は、1667年、本所回向院の住職によって刑死者を弔うために建てられました(本所回向院は、1657年に起きた明歴の大火の焼死者を弔ったのが始まりです)。延命寺も元は回向院の一部だったのですが、常磐線敷設により分断された際、延命寺として独立しています。

次は回向院()と延命寺()の正面写真です。
 

 もうひとつ、延命寺では首切り地蔵が有名です。刑場の象徴とも言えるもので、刑死者を弔うために
1741年に建てられました。戦争や関東大震災にも耐えてきましたが、残念なことに去年の東日本大震災の日に左腕が落下し、胴体もずれました。倒壊の危険があるという事で、現在は解体されています。写真は現在の様子です。
 

 震災前はこんな感じでした。
 
 早く復旧してほしいです。    


 最後に、寒暖計やエレキテル(摩擦紀電器)の製作で知られる平賀源内の墓所を紹介します。ここも山友会から近く、いつも白髭橋方面に炊き出しに行く時に通る明治通りから少し入った所にあります。最初に掲げたカラーの切絵図で言うと、16番とある「総泉寺」にところにあります。ただ、総泉寺は昭和3年に板橋へ移ってしまい現在はありませんので、墓所だけが残っています。次の写真はその外観()と中の様子()です。
 

 平賀源内は、1779年に小伝馬町にあった牢内で病死しました。入牢の理由は、誤って殺傷事件を起こしたからですが、入牢してからわずか1ヶ月後に亡くなりました。門の両側の築地塀は、高松藩主だった松平氏により昭和6年に整備されています。これは、平賀源内が元々高松藩士・白石氏の子として生まれたことと関係があるのかもしれません。昭和18年には国指定史跡となっています。鍵はかかってなく出入りは自由にできます。
 まだまだ周辺には色々な史跡があります。是非みなさんも散歩してみては如何でしょうか。


【2012/1/13】越冬隊 相談室 守屋克明


 あけましておめでとうございます。山友会の新しい年の活動がはじまりました。山友会は毎年、年末年始に1週間活動を休みます。周辺で支援活動をしている団体・グループも同じように休みになります。年明けて、いつも山友会を利用しているおじさん達が元気な顔をみせるとホッとします。寒い1週間をどう過ごしていたか、やはり気になります。
 この「空白の1週間」に、毎年近くの玉姫公園で別のグループが「越冬隊」を組織しておじさん達の支援を行なっています。朝・晩2回の炊き出しと、夜は寝ず番で火を絶やさないようにして、夜を越すおじさん達を見守ります。山友会は、お米300kg以上、そして毛布・ジャンパーなどの衣料品を提供してこの活動を応援しています。この時期、毎晩公園で夜を越す人たちは30人あまり、一日中食事作りや薪割りなど仕事を分担して活動する20人ほどのグループ員のほか、おじさん達が自らボランティアで参加したりして年末年始を過ごします。山谷地区では欠かせない重要な活動です。
 今年も無事に越冬隊の活動が行なわれ、おじさん達が元気に山友会に戻ってきたわけです。山谷地区に平安な日々が続くよう願っています。


【2011/12/25】食堂からのお便り 二階食堂 岩村チエ子


 東日本大震災から10ヶ月。被災なさった方たちには、未だ行き届かないことの多い仮設住宅地での不備な事柄に目をつむり、厳しい寒さとガッチリ組み合っての一日一日に、世界そして日本の各地から寄せられる援助の手と篤い想いや強い絆の輪に強められ、今はまだ闇の中にあって深い悲しみに覆われていても再生へと向かう長い道のりの先に待っている、明るくあたたかい光の中に包まれますようにとの思いでいっぱいです。

 大震災からしばらくは、食堂に届けてくださる食材も滞りがちでしたが、それも「先ずは被災地の皆さんに」との思いが重なって、大変な中での分かち合いを嬉しく思いました。
 夏頃から沢山の野菜も届けて貰えるようになり、先頃はダンボール箱に「里芋の親芋」と思える芋が4箱送られてきて、食材到着への嬉しい悲鳴と共にご近所にも分かち合うほどでした。
 また先日は一斗缶に入った酒粕が冷凍便で届きました。缶の蓋を開けて中に何が入っているのか、一斗缶に奈良漬?それとも肉が入ってる?と想像を膨らませて手探りした中身には、香りだけで酔ってしまいそうな深み(?)のある酒粕でした。
 
日に何種類もの薬を服用するおじさんたちや、かつてアルコール依存症を有していた人たちも少なくない中に届いた酒粕!!をどのように調理しましょうか?新たな週の、興味ある食材の一品となっています。
 冬を迎え、街中には節電で光を抑えたクリスマスを迎える飾りが、街をゆく人たち一人ひとりの心に優しく暖かい光をはなって辺りを包んでいます。この光に、新たな一年も包まれますように。



【2011/12/12】 3階事務局 お礼状の担当現場 望月徳夫


 毎週・木曜日の炊出しに2階の食堂では、早朝からのボランティアさんと、山谷地域のドヤ住まいの人や、今路上生活のボランティアさんたちが、たくさん来て下さっています。みなさんが、山友会活動に絆をもつ人たちです。

 この頃は大震災の復興に優先度がある為か、山友会へのボランティアさんが減少の傾向にありますが、山友会には活動によって地域の人たちのとの協力関係(但し金銭寄付は論外ですが)が強くなって、ことあるごとにボランティアのお手伝いをしていただいています。木曜日の炊出しご飯は5キロ釜で、7釜・8釜を炊きます。梅肉やふりかけを混ぜておにぎりや弁当を作っていきます。みなさん、湯気の中で愉しそうな和やかな顔を並べて働いています、毎週木曜日の山友会の2階です。



【2011/12/2】福島ボランティア 山友クリニック 二宮令子


このたび、11月25日から27日まで、福島のボランティアパックに参加し、

福島相馬市の大野台仮設住宅での活動と沿岸部の津波による被災地視察、南相馬

の原町教会を訪問しました。大野台の仮設住宅はかなり大きくて、ほとんどが津

波ですべてが流され、家族や家を失った方たちでした。

そこで、ふれあい茶の湯のきれいなお菓子と抹茶をいただきながら、ひと時を

過ごしました。一人のおばあさんがぽつんと「私たちは海の方から山に来たんだ

よ。」と言われた言葉が忘れられません。その言葉の中にどれほどの痛みと悲しみ

が込められているかを思うと、胸がつまりました。共に過ごすひと時でしたが心

のふれあいの時でした。その後、津波の被災を受けた沿岸部にゆき、波にさらわ

れて、なにもない、広々とした場所に立ちました。

 瓦礫が積まれ、少し伸びた草木が、風に揺れていました。

その瓦礫の間から、黄色い花が伸びて、咲いていました。復興に向かう、希望のよう

でした。

原町は原発の発電所から25キロ圏内なので、残っている人は、とても寂

しいとのことでした。みんなが一日もはやく戻れるのが、今一番望むことだといっ


ていました。再会を約束して私たちは、帰路につきました。


【2011/11/15】インフルエンザ対策 山友荘 山田翼


 昨14日の夜、北海道の札幌では初雪が降り、東京でも冬の訪れを感じさせる寒さになってきました。山友会のある台東区では、10月から高齢者インフルエンザの予防接種が始まり、山友荘でも利用者への予防接種を呼びかけています。

 

 

 各利用者の担当ケースワーカーさんや主治医の先生たちと連絡をとりながら、インフルエンザの流行する12月までには入居者のほぼ全員に接種が完了する見込みです。
 接種費用は原則自己負担ですが高齢者入居施設という性質上、入居者の方で65歳以下に満たない方や金銭的余裕がない方たちへも、「集団感染の予防」という目的で接種にかかる費用を山友会から捻出しています。
 これから日一日と寒さが増すことと思います。みなさんもお身体には十分お気をつけて、元気にお過ごしくださいね。


【2011/11/11】衣料品提供の現場より 山ア荘一


山友会では、毎週月水金の3日毎回50人をめどに、1人3点まで、ジャンパー・ズボン・下着類を提供しております。  


このところ朝夕めっきり寒くなり、路上生活をする人々には厳しい状況になってきました。

これからおじさん達のお冬支度が始まります。 今、特に求められている物は毛布、長袖の下着、厚手のシャツ、厚手のジャンパー、靴下等寒さを防ぐものです。出来るだけ要望に応じられるよう準備しておりますが保管場所が狭く苦慮しております。おじさん達が風邪を引かないよう体調を崩さないよう気を使っております。


【2011/11/4】秋の遠足に行ってきました 山友荘 荒井ユリヤ


 みなさん、こんにちは。
 つい先日ですが私たち山友荘のメンバーとスタッフ、20名ほどで葛西臨海公園へ遠足に行ってきました。この日は、10月25日だというのに気温が26度もあり、暑い日でした。

 

 山友荘を11:00に出発、葛西臨海公園には30分位で到着。お得意の(?)ブルーシートを引き、昼食のお弁当を食べた後で2組に別れ、観覧車組と園内バス組とでそれぞれ楽しみました。

 

 

 

 

 園内では、最近の暖かい気温のせいか桜が咲いていたり、緑の木々の間から海が見えたり、25分間ほどの短いバスの旅でしたが天気にも恵まれ楽しい一日となりました。


【2011/10/28】防災訓練実施! 山友荘 油井和徳


去る10月17日、山友荘において防災訓練を行いました。
山友荘利用者、スタッフ、ボランティア含め19名が参加しました。

        

 

 

施設内で火災が発生した想定で、消防機関への通報から利用者全員の避難まで、火災発生時の一連の対応について訓練を行いました。
利用者のみなさんのご協力もあって、スムーズに避難が行うことができました。
その後、消火器の使用方法の訓練を行いました。
利用者やボランティアのみなさんも積極的に参加して頂きました。非常時でも滞りなく使用できるよう、このような機会に訓練しておく必要を感じました。
また、当日は最寄りの消防署である、日本堤消防署の署員の方が立ち合って下さり、ご指導を頂きました。お忙しい中ご指導の機会を頂き、ありがとうございました。
このように山友荘では消防法に基づき、年2回の防災訓練を行っています。
迅速に避難や消火活動を行うことも大切なことですが、山友荘は介護が必要な方や体に障害のある方も多く入所しているため、火災を起こさないことが第一です。
定期的に防災訓練を行うことで、日々の防火活動(火元の点検や、防火の心がけなど)の見直しを行う機会になります。また、消防署や消防設備業者の方との情報交換や連携体制を密にすることで、火災の早期発見や火災時の対応を迅速かつ円滑に行うことに繋がるのではないかと思います。
山友荘利用者の安全を守るため、より一層日々の防火活動に力を入れてゆきたいと思います。


【2011/10/24】山友会の人気者 相談室 薗部富士夫


 相談室より、山友会の人気者を紹介します。

     
 となりに写っている可愛い娘(クリニックの看護師さん)ではなくて、しわくちゃな可愛い顔をしたおじいちゃん、Yちゃんです。
 少し頑固なところがありますが、人気者のYちゃんは、以前上野駅周辺で路上生活をしていました。 朝、上野から歩いて山友会にやってきて、一日ボランティアとしていろいろな手伝いをしてくれます。 夕方に山友会が閉まると、また上野に向かって帰っていきます。その後ろ姿がとても印象的でした。 ある日のこと、辛そうに歩くのを見て山友会のシェルター(山友荘)に泊めました。 それからしばらくはシェルターでの生活が続きましたがある日、施設内で脳梗塞で倒れ、病院に運ばれ入院したのです。 治療の甲斐があり、右足に軽度の麻痺が残りましたが無事に退院となり、生活保護も受給し晴れて山友荘の住人となりました。 そして再びみんなの人気者として、山友会のお茶くみのボランティアをしています。

   
Yちゃんとじゃんけんすると、グー・チョキ・パーと、一緒に出します。 周りの人は大笑い。そんなYちゃん、いつまでも山友会の人気者として長生きしてお茶くみをして貰いたいものです。


【2011/10/18】台風15号関東上陸 代表 ルボ・ジャン


 9月21日(水)、雨と風が強い、大きな台風15号が関東に上陸しました。
 その夜、隅田川が急に水があふれてしまいました。
 東京都と埼玉県の間に水門が開けられて、20分の間だけで1m以上も水位が上昇。
 隅田川沿いでテント生活をしている人たちは、自分が逃げるのが精いっぱいでした、直後に、テントと荷物全部が、濁流にやられていまい、流されてしまいました。
  テントとともに、大切な自転車までも、濁流に流れて行ってしまいました。


 
 台風15号の上陸の、次の日に丁度炊出しが予定されていて、現場に行きました。見れば、隅田川の通常テラスと呼ばれている遊歩道周辺は最悪の状態でした。
 我々は、あわてて山友会の別館(倉庫にしている民家)に戻って、寄付で頂いた大量の毛布と、同様の沢山の下着、衣類、をそろえて、現場に戻って皆さんに配りました。


 

 
天候、刈込(都の実施するテント周辺の清掃作業)、病気、など色々な苦労に、毎日みんなが向き合わされています。同様の生活をする人が、どこまで大変で不安な生活をすれば良 いのでしょうか?そのことは、また私たちにも刺激を与えてくれました。
 山友会の力のある限り、そのような路上生活から脱出したい人達の援護、手助けをもっと、もっと努力しなくてはと、私は、その時思いました。



【2011/10/6】炊出し行ってきました。事務局 松崎耕三


 事務局で毎日コツコツと事務の仕事をしてますが、毎週水曜日、木曜日は欠かさず炊出しに参加をさせてもらってます。火曜日は水曜日用の食品の袋詰め作業をボランティアの方達と大声を張り上げながら、笑いながらやってます。


 翌日水曜日パトロールで配ります。量が多い、甘いパンが入っていると歓迎されます。
 木曜日はおにぎりか、お弁当を作ります。


 昨日はお弁当でした、筍と、松茸の炊き込みご飯でした、ご寄附で頂いた炊き込みご飯の素を使用しました、部屋中に良い香りが、・・・・・・今日は私はドライバーです、お弁当を301人前段ボールに詰めて車の荷台へ、6名のボランティアさんを乗せて炊出し場所に。 整理番号札を配り、お一人ずつ「お待ち同様、こんにちは。」と言いながら受け取ってもらいます。全員に受け取ってもらった後は、スーパーの手つきの袋にお弁当を詰めテントを回ります。

この子がいなくなってた。
この子が健在。
この子はどうしたのかわからなかった。
テントで共に暮らしている大切な仲間でした。今度はキャットフードを持っていこうかなと思ってます。こんな子たちがさみしいオジサンたちを和ましているのです。


2011/9/16】2階食堂より 和田有粧                   

 2階食堂では、月〜金曜日と第3、4土曜日にクリニックに受診に来られるおじさんや、相談に来られる方々、活動を手伝ってくださる方々のために、昼食を作っています。食材、調味料の多くは、寄付に頼っています。東北の震災にも拘らず、多くの方が山谷のおじさんのことも忘れないで、いろいろ送ってくださることに感謝しています。ベテランのボランティアさん達のお蔭で、40人以上の方々のために、10 時から正午までの間でおいしいお食事を(時には天ぷらやハンバーグ、トンカツなども)作ることができるのは、ありがたいことです。また暑さ寒さや雨を防ぐ為に、食事時間より前に2階に上がって休んでいただくこともあります。この夏は猛暑でしたから、ほとんど毎日のように早めに上がっていただき、冷たいお茶をお出しました。このような短い時間の中で少しずつ知り合うことができるのも嬉しいことです。水・木曜日はアウトリーチを兼ねた炊き出しのため、おじさん達に手伝ってもらい、おにぎりやお弁当を200 人分以上作ります。最近は皆すっかり慣れた手つきで、冗談を飛ばしながら和気合い合いと楽しく準備が出来、おじさんたちも喜んで生き生きと仕事をしてくださるので、すばらしいことだと感じています。




【2011/9/23】「山谷地域敬老会」に参加しました 本林義範


 5月から相談室に勤務(非常勤)しております本林と申します。今回は9月16、17日に開催された「山谷地域敬老会」の模様をお知らせします。内容は、演芸会・バザー・健康相談でしたが、私は17日に手伝いで参加し演芸会も見させて頂きました。
 演芸会には3人の方が出演され、山谷のみなさんの前で熱演して下さいました。それに応えて観客のみなさんも、おおいに声援・拍手を送り、合いの手も入れて盛り上がった演芸会となりました。

 写真は出演された3人の方々の様子です。1番手は、踊り手との息もピッタリ、ギターを弾きながら昭和歌謡を歌う「雪次郎」さんです。

 「雪次郎」さんは、東京ヘブンアーティスト(東京都認定ライセンス)として活躍されています。次は紅一点、早野凡平さんのお弟子さんで「はやのみこみ」さんです。

 内容は漫談と風呂敷芸です。まずは漫談で場内を沸かし、その後、風呂敷の意外な使い方を見せて頂きました。最後は騎手姿の「田原しげる」さんです。

 物まね芸が得意で、始めは上着をきちっと着て美川憲一・鶴田浩二等の歌を聞かせて頂いたのですが、後半はご覧の騎手姿でハイセイコーの実況中継などを披露してくださいました。
 楽しいひと時は、あっという間に過ぎ、みなさん満足顔で帰っていかれました。


【2011/9/8】相談室から 守屋克明


 相談室から。
 毎朝10時。シャッターを開けるといろいろなおじさん達がやって来ます。アパートやドヤに住んでいる人、公園やアーケード、ガード下などで寝泊りしているひと達。年齢は 主に中年以上で、ほとんどが男性です。最近来るようになった人達、少なくなったけれど以前からの人もいます。そういう中の一人に通称Gちゃんがいます。
 丸い顔に大きい眼鏡をかけて、茫洋とした風貌です。長い間、水曜日の炊き出しボランティアをやってくれましたが、一時体調を悪くして今はやめています。カメラが大好きで何台も持っているらしく、話出すといろいろ詳しくて大変です。時々トンチンカンな事を言ってみんなから茶化されますが、いつも「ワッハッハ」と笑っておしまいで、ついぞ怒った顔を見せたことがないです。
 そのGちゃんが昨日突然に首から三角巾で右腕を吊るし、顔は右目から首にかけて赤黒いアザを作って現れました。びっくりして、どうした?と聞いても、なぜそうなってしまったのかちゃんと説明が出来ません。救急車で病院に運ばれて治療してもらったのはたしかなのですが、前後のことがはっきりしなく、それでも本人はいたって朗らかな様子で、お茶を飲んで、タバコを吸って笑って帰っていきました。大したことなく、元気になってくれればいいなと思います。


【2011/9/2】二階(食堂)から 岩村チエ子


 まだまだ暑い日が続いていますが、その暑さの中にも、そよぐ風と高く澄み渡った空にはすでに秋の気配が感じられますし、夕暮れどき暮れゆく夏を惜しむかのように鳴きつづけるセミの声に重ねて秋の虫の声も聞こえますね。
 暮れゆく夏、東日本大震災から11日で6ヶ月を迎えて未だに深い悲しみと多くの困難さと不自由さの中にある人たちに、一日も早く復興への道筋をとの思いが多くの人たちの心を駆りたて、いろいろな方面からの援助の輪が広がっていることに、自分ではそこに何のお手伝いも出来ていないのですが、思わず握った手に力が入って人知れず掛け声が出ています。
 二階の食堂では大震災後しばらくは、炊き出しの弁当に使う梅干に不自由していて、夏の暑さにご飯を傷めない為に代用に何を使ったものかと、考えあぐねたものですが、秋風を感じるこのごろは嬉しい悲鳴が出るほどにあちらこちらから援助の梅干が届き、今のところ梅干で悩むことは無さそうです。変わらぬご支援に感謝いたします。


【2011/8/22】クリニックから 二宮令子


 皆様、お元気ですか?猛烈な暑さの次に朝晩は寒いくらいの気温の変化に心身共に驚きですね。こんな中でも仲間たちは頑張っています。

 クリニックには、時々助っ人がきてくださいます。研修医、医学生、看護大学生、事務職員の方、薬剤師さん。明るい頼もしい顔ですね。午後はアウトリーチにも参加してくれました。
 普段忙しい中、ありがとうございます。また来てくださいね。もう一つ、この夏クリニックでは大事な「消毒器ーオートクレーブ」が壊れました。今代替え器です。探しています。狭いのでコンパクトなもの、見つけたらお願いいたします。ではまた。

聖路加病院のスタッフの方々(助っ人)

お借りしている滅菌器。26日(金)にお返しします。


【2011/8/8】水曜日のパトロールを担当しております。 山ア荘一

水曜パトロールでおじさん達に手渡す食材の一般的なものです。

歯の悪い人が多いので、出来るだけ柔らかいものをと心がけています。

甘いものを入れ、季節がら傷みやすいので日持ちのするものをセットします。

(大きいドーナッツ+クロワッサン+ロールパン+冷凍パン)焼く2食分を袋に詰めテント小屋・並びの所と、各コースに出かけます。毎回300人〜350人分です。


【2011/8/1】お礼状を担当しております。 望月徳夫


 皆様から頂いた、寄付金、物資に対する毎月のお礼状の全てを担当しております。
 さて、平成18年から5年間の1〜6月期に、ご支援を頂いた寄付金と物資の延べ件数の各年毎の平均に比べると、平成23年の1〜6月期はその60%弱でありました。
 全国的な大震災支援活動の指向にある年としては予想されたことではありました。
 でも7月に入って、ご支援の盛り上がりには山友会はNPOでありますから収益向上とは参りませんが、大震災被災の方々の痛みを分かち受けて、山友会として何かできないか節電もその一方法だが、もっと考え出して支援の効果を頂いて、地道な活動を続けていきたいと思っています。


【2011/7/30】第21回アジア・太平洋ソーシャルワーク会議 後藤広史


 7月15日(金)〜18日(月)に早稲田大学で「第21回アジア・太平洋ソーシャルワーク会義」http://www.apswc2011.org/ja/index.html が開催されました。その中のプログラムである「フィールドビジット」の一つに「山谷エリア」が選ばれ、インドネシア・中国からの参加者を含む12名の方を山友会にご案内しました。



 日本=豊かな国というイメージが強い外国の方は、日本にこのような地域があること、山友会のような団体がありそのニーズが高まっていることに驚いている様子でした。

 なお山友会では随時このような見学を受け入れています。ご希望がございましたら事務局までご連絡ください。
 03-3874-1269 sanyukai@gol.com


【2011/7/26】お薬の管理 荒井ユリヤ


 暑中お見舞い申し上げます。
 毎日まいにち、暑い日が続きます。熱中症には十分気をつけて下さい。
 
 さて山友荘に入所されている方の多くは病気を持っていらっしゃいます。中には薬を自分で管理することが出来ず、私達がお薬を食事ごとに渡して飲んでもらっている方もいます。
 






 薬が処方されるごと、この様に準備し飲んでもらっています。


【2011/7/24】触れ合い洗濯機 山田翼


 今回は山友荘の日々の生活の一コマを紹介したいと思います。
 山友荘で使っている洗濯機は2台あり、一つは全自動洗濯機で電源ボタンを押せばすぐに使えるものです。もう一台の方は年季が入っていて、そっちにはお金を入れないと動かないタイプになっています。



 こちらの洗濯機を使いたい利用者は一手間かかりますが、職員に伝えて鍵を開けてもらわないと使えないのです。



「物は使えるうちは大事に使う」ということももちろんですが、利用者から声を掛けてきてくれることで「調子はどう?」などと話せるきっかけもあったりして、手間が掛かりながらも今日もこの洗濯機は大きな音を立てて活躍してくれています。


【2011/7/7】七夕 油井和徳


 東京も梅雨明け。猛暑が続いています。
 風流を感じて涼をとろう!ということで、7月7日七夕の日に入所者やボランティアの皆さんに短冊を書いてもらいました。



「体がよくなりますように」
「いつも来てくれる親切なヘルパーさんに会いたいな」
「もう一度幸せな家庭をもてますように」
「儚く美しくあでやかであるがごとし!我が命大切な友に」
「REVIVE!REBUILD!RISE UP!(甦れ!取り戻せ!立ち上がれ!)」

 自身の健康から身近な人への想い、願いごと、震災復興へのメッセージ…一人一人それぞれの思いを綴ってもらいました。
 昼間玄関に飾っていると、近隣のドヤに住んでいる人々が足を止めて眺める光景も見られました。なかには自身で書いた短冊を飾ってほしいと持ってきてくれる人もおり、近隣のみなさんにも好評のようです。
 短冊に込められた思いに触れ、少しの間暑さを忘れる事のできた一日でした。


【2011/6/30】ある暑い日のできごと 薗部富士夫


 相談室より山友会のホットな話題をご紹介します。

 ここ数日、とても暑い日が続きます。相談室では毎日、熱いお茶やタバコ、タオル、カミソリ、歯ブラシ、石鹸、洗剤など日用品をおじさんたちに提供しています。また、6月の中頃より冷たい麦茶も提供しています。散髪のボランティアをしているMさんが、自宅の冷凍庫で作った氷を毎年持ってきてくれます。氷の入った冷たい麦茶は、特に午前中の強い日の射す日は、おじさんたちの喉を潤してくれてとても喜ばれています。

 山友会の前には長椅子が8台置いてあります。そこにおじさんたちは座ります。相談室から外を見ていると皆大汗をかいて、まるで暑さの我慢大会のようで、熱中症で倒れてしまわないか心配するのですが、いつも大きな笑い声でにぎやかです。さすが山谷のおじさんたち、と感心します。こんな暑さの中、熱いお茶を大汗掻き掻き何杯も飲む方がいます。その一言が、「暑い時は熱いお茶が一番」。
 痩せ我慢なおじさんとのホットな話題でした。



【2011/6/24】被災地からの贈り物 松崎耕三


被災地からも被災した商品を贈ってくれたのです。
おじさんたちが、津波で、砂と重油まみれになった缶詰をひとつ一つ丁寧に汚れを落としてくれた、テント暮らしのおじさんへのプレゼントに変身しました。



砂と重油の汚れはなかなか落ちません。
被災地の方の心の傷も同じかもしれません。
でも、洗剤と真水で丁寧に作業を繰り返してくれました。



こんなにきれいになりました。



【2011/6/14】小さなテントでひとりのSさん ルボ・ジャン


 数年間、毎週木曜に炊出しをやって、毎週Sさんのテントにおにぎりを配っていました。 一人しか泊まれない小さなテントからSさんが顔を出して、無口でただ頭を下げておにぎりをもらいます、その後、黙って自分の自転車に乗って一人で去って行きました。

 口を聞かない人かなと思っていました、Sさんの輝いた目を見るといつも、話が出来る機会があったら、声をかけようと思っていました。  或る日の木曜日にSさんがみんなと一緒に並んでいて相変わらず、無口で下向いて、いつもの姿でした。私が良く彼の様子を見ると、歩き方がおかしいと思いました。
 Sさんのところに寄って行き、足はどうしたのと聞く。その時初めて、Sさんの声を聞きました。足に水虫が出来ました。ずーっと我慢をしてひどくなったと、私に足を見せながら伝えてきました。じゃー明日の午前中皮膚科の先生が来るのでぜひ医者に見せに来るように山友会に来ないと言いました。Sさんがびっくりした顔をして、僕も山友会のクリニックにいってよいですか? もちろん、あした俺も待ってるよと答えました。

 次の日、山友会がオープンする前にSさんが山友会入り口の前に来ていました。
 あれから、毎週木曜日にSさんのテントに行っておにぎりを渡しながら。調子はどうと、薬はあるか、なくなる前に山友会に来てね。など、やっと、Sさんと会話が出来ました。
 数週間後、Sさんがいきなり山友会に姿を見せました。事情を聞くと、胸にできものができて、膿まで出ると訴えました。また我慢をして、化膿してしまったのでしょうね。
 あわてて、山友会の医者に見せて、紹介状を書いてもらい、そのまま役所に行かせました。Sさんが一人で役所に行けるか心配でした。数時間後またSさんが山友会にあらわれもした、やはりだめかと思って聞いてみると、Sさんはちゃんと一人で、役所に行って病院を紹介してもらって治療を受けて薬をもらって、寮まで紹介してもらってました。Sさんは頭を下げて、本当にどうもありがとうございますと、震えた声で、伝えてくれました。

 数年間かかりましたが、Sさんに小さな希望を持って、今までよりもずっと元気になってもらい、力を合わせてがんばって行く、Sさんの姿をずーっと見せていただきたい。
 そう思ってます。



山友会

〒111-0022
東京都台東区清川2丁目32番8号

TEL:03-3874-1269
FAX:03-3874-1332
E-Mail:sanyukai@gol.com
ブログ:
http://ameblo.jp/sanyukai1984/