ゼロ金利下の量的緩和政策(翁邦雄・藤木裕との共著、岩田規久雄編著「金融政策の論点〜 検証・ゼロ金利政策 〜」第10章) PDFファイル


1. はじめに

日本銀行は、1999年2月にいわゆるゼロ金利政策に踏み切った。これ以降、日本銀行は、操作目標であるコールレートが実質的にゼロに低下するまで潤沢にマネタリーベースを供給している 。この結果、1年物程度までの短期国債金利はほぼゼロとなっており、これらの短期国債とマネタリーベースはほぼ完全に代替的(保有者にとって両者はほぼ無差別)になっている(図表1<略>)。このため、短期国債とマネーを交換する通常の公開市場操作は、ほぼ完全に代替的な2つの資産を入れ替えることに相当する状況となっており、こうしたオペレーションは追加的な緩和効果をもたらしにくい状況となっている。
こうした状況の下で、より一層の金融緩和を期待する論者からは、日本銀行がマネタリーベースとの代替性の低い金融資産を購入するによって追加的金融緩和をすべきだ、という主張が聞かれている。こうした非代替的な金融資産の代表は、長期国債や外貨建て金融資産ということなろう。本稿では、ゼロ金利下の量的緩和政策について、特に最近話題になっているゼロ金利下での長期国債買い切りオペに焦点を絞ってその効果とリスク・副作用を検討する。
言うまでもなく本稿でこうした検討を行うことは現実の日本銀行の政策的関心が追加的緩和にあることを意味しない。実際には、本稿執筆時点で公表されている最近時点(2000年2月10日)での政策委員会・金融政策決定会合の議事要旨は多くの部分がゼロ金利政策解除の基準である「デフレ懸念の払拭が展望できる情勢」にあるかどうか、という点に費やされており、現時点での回復基調が維持されれば、今後の金融政策決定会合ではこの問題が中心的な検討課題になる可能性が高いと思われる。
しかしながら、今後、例えば大きな外的ショックなどによって追加的金融緩和が主要な検討課題になる可能性がないとは言い切れない。不幸にしてこうした事態に直面した場合、日本はすでにゼロ金利という極めて異例な金融政策状況におかれているだけに、最も多くの論者が主張している長期国債買い切りオペについて追加的な金融緩和手段として理論的にどのような効果と意味を持つのかについて検討しておくことは意味があろう。
そこで以下では、長期国債買い切りオペ増額について若干の論点整理を行うが、長期国債の買い切りオペについてはこれを推奨する論者によって長期金利に対して期待する効果がかなり異なることを予め指摘しておきたい。第1に、長期国債買い切りオペによる長期金利抑制を求める論者がいる(Krugman [1999])。第2に、長期国債買い切りオペによりインフレ期待を作り、むしろ長期金利を上昇させるべきことを主張する論者がいる(深尾 [2000])。第3に短期的には長期金利を抑制し、中長期的には長期金利上昇を容認すべき、と主張する論者がいる(岩田 [2000a, b])。その意味で、長期国債買い切りオペ増額の主張には同床異夢の面がある。本稿は第3の立場を一応念頭においているが、長期国債買い切りオペを提唱する論者の主張をすべてカバーしきれていない。こうした同床異夢性は為替介入にはみられない点かもしれない。
本稿は、以下、まず、2節でなぜ長期国債買い切りオペが推奨されているのかについて検討する。次に3節において、長期国債買い切りオペの波及メカニズムについて整理する。4節では、長期国債買い切りオペについての2つの考え方を整理し、それらの企図する効果を説明するとともに、そのリスクについて検討する。最後に5節においては、これら2つの考え方が現実に選択肢たり得るかを検討する。
なお、言うまでもなく、本稿は、ゼロ金利下で仮に追加的金融緩和の検討が必要となった場合、長期国債買い切りオペ増額を最有力のオプションとして考えるべきだ、と筆者達が考えていることを意味しない。そうした選択は、経済に加わったショックの性質に応じ、他に利用できる緩和手段との効果およぶコスト(副作用)の比較によって、決定されるべきだろう。また、本稿は、あくまで、筆者達の観点から主として長期国債買い切りオペ増額を巡る論点整理を試みたものであり、日本銀行の公式見解を示すものではない。


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