観てしまった
テレビ映画

Sorry, Only for JAP. & IE4.


9月に観たテレビ映画
映画がどんどん
遠ざかっているのを知る秋。
( Last Updated : 09/27 /98)


 
new top bottom 09月17日(木)20:00〜21:52/衛星2(BS11)
『突破口!』 (73米)
Charley Varrick
   監督:ドン・シーゲル 出演:ウォルター・マッソー、ジョー・ドン・ベイカー
★★★★★
 うわあ。ウェブページ上で、時間の経過を感じるなんて、なんとも気色の悪いことよのお。「テレビ人生」を始めて、ほとんど最初に書いたといってもいい、映画番組についての文章は、これであった。時は、96年の7月28日。
 
70年代アクションの良心。彼方の爆発をバックに走る車のシーンの哀愁が、ドン・シーゲルのもの。この世で5番目ぐらいに恐い、殺し屋役のジョー・ドン・ベイカーが、すっげえよくて、そこがこの映画の要かな。あー、こんなの知り合いにいなくてよかったなあと思うくらい、本気でコワイ。
★★★★★
十代に観た映画は、生涯の記憶となり、血となり、肉となり、そして友となる。
 
 そしてまた、こうも、書いている──「史上最強の洗濯屋、兼アクロバット飛行士」。ある意味、これに尽きちゃうんだけど、実際のところ、こんなんじゃわかんねえよな、我ながら……。まだ、広告屋の文章を引きずってるあたりが、2年前のものとはいえ、なかなかに懐かしい。んじゃ、ちょっとは「年老いた」文章でも書くかね。
 ドン・シーゲルは、この作品の前に、あのアメリカ映画史史上の作品『ダーティハリー』(71)を撮っている。まあ、ノッテた時期の作品とも言えるのであるけれども、それで、イケイケドンドンになっちゃわないのが、この監督らしいといえば、そうである。そもそも、イーストウッドの後に、ウォルター・マッソーをもってくるかね、ふつー? でも、そこが実にいいのだよ。いやほんと。
 少年期のわたしは、これを何の期待もせずに、映画館で観た。何かの併映だったはずで、おそらくは、そっちを観たかったのだと思うのだけど、その映画の方はまったく忘れた。ラストシーンを観て、そのガキは、ぞくぞくしてしまい、次の週末、同じ映画館にダッシュして駆け込んで、館内が暗くなるのを待った。タイトルバックが出てきた瞬間、本気で、パチパチと拍手したくなるほど、感動していたのを、わたしは、いまも忘れない。
 それから、十数年して、呑み屋のカウンターで、メリケンB級映画を好きな先輩と、ウォルター・マッソーについて話したときに、そのふたりの「ガキ」は止まらなくなった。彼が出ている『サブウェイ・パニック』や『マシンガン・パニック』や『大地震』の話をした。そして当然、この『突破口!』の話をした。そのとき、「あの殺し屋は、ほんと、怖かったよなあ」と、ふたりで言い合った。
 そういう感覚を共有できたこの映画に限りなく感謝している。ただし、今、観て、どう思うかは、わたしの責任外のことだ。もしも、いま、あなたが「少年」でなければ、その感覚は保証の限りではない。と言うより、「あんたが観たって、おもしろくねえだろうから、観んな」だな。

 書くべきことが、あまりない。こういうときは、「とてもいい映画だから、なんか機会があったら観てくださいね」程度でいいのかもしれない。
 むかしみたこんな映画で、トレーラーハウスとか、アメリカの田舎のかんじとか、そういうことをいっぱい学んだ。でも、だから、どーだっていうことではない。ただそれだけのことだ。現在、それで食ってるわけでもないし、心の糧になっているわけでもない。しかし、当時、中学生だった人間の頭に、ナタを食い込ませたのだ。そのナタを引き抜いて、血漿を垂れるままにしながら、次に誰の後頭部に打ち付けようかと考えながら、さまよい歩くゾンビと成り果て、こうして、わたしは、文章を書いている。
 
new top bottom 09月23日(水)20:00〜21:41/衛星2(BS11)
『死と処女』 (94米)
Death and the Maiden
   監督:ロマン・ポランスキー 出演:シガニー・ウィーバー、ベン・キングズレー
★★★★☆
 またもや、昔話で申し訳ない。
 かつて大学生の頃、学内に兼松講堂というところがあって、そこで、シューベルトの「死と処女」を聴いた。スメタナ弦楽四重奏団によるもので、掛け値なしにすばらしい演奏だったと思う。重苦しいのとは違う。静謐な不安とでも呼ぶしかないようなものに、動かされた。この映画は、その曲が全編に流れている。
 ある架空の国の一軒家。夫婦が暮らしている。偶然そこにやってきた訪問者は、かつてその家の妻に対して、拷問同然の尋問をした警吏であった。物語は、この夫婦と訪問者によってのみ、構成される。上質の舞台劇のごとき緊張感が持続する画面は、はっきりいって、視聴に体力がいると思う。それでも、このサスペンスは、他に例えようのない感覚と、ある種の疲労感を、少なからず与えてくれると思う。その「静謐な不安」は、学生時代と同じように、自分のどこかを掴んだ。それから、「どこかに投げ捨てた」と言ってもいいと思う。

 限定された空間で演じられる戯曲としての美しさをたたえねばならないが、それだけなら、もっと緊張感に溢れる作品は山ほどある。わたしが、ぐらぐらしたのは、ラストの断崖で演じられる、なんともたとえようのない不安定感なのだ。もちろん、これもまた「舞台的」ではあるのだが、それでも、ポランスキーのどこか、まがまがしい部分が表出しているように思えてならない。
 
new top bottom 09月26日(土)01:00〜02:51/衛星2(BS11)
『ジーグフェルド・フォーリーズ』 (46米)
Ziegfeld Follies
   監督:ビンセント・ミネリ 出演:パウエル、アステア、ケリー
★★★★★
 はいはい。興味のない人は、観ちゃいけねえよ。だからど〜だっていうようなシャシンなんだから。文句があるんなら、けーんな、けえんな。
 わりいけどよお、キングと、クーンツと、アーヴィングに一切触れずに、「現代アメリカ文学」について語るなんてえのは、成立しねえと思いやせんか? それと、おんなじこった。
 「観たことがある」「読んだことがある」なんてえもんで、一定のスタンスを所有しているなどと考えているのは、所謂、私学文系バカタレの発言だと思うだけども、それにしても、限度ってもんがあるでしょう。
 バンツマもアラカンも知らないで、チャンバラのことを発言してはいけないように、「昭和残侠伝」も「仁義なき戦い」も知らないで、仁侠映画やヤクザ映画の発言はしてはならない。同様にして、MGMのレビュー映画を知らないで、ミュージカルやハリウッドのことを語るべきではない。ミュージカルやハリウッドのことを言うべきでないのにも関わらず、現代アメリカ映画のことを口にすべきではない。したがって、ほとんどの、「映画感想文書き」の連中は、映画に関する文章を書くべきではない。
 なんとなれば、それが、プロと呼ばれる人種であるからだ。オレみてえな、シロートにだって、わかる論理だぜえ。

 ヒップホップやってる人は、この映画のジュディ・ガーランドを観ておいた(聴いておいた)方がいいと思うし、ダンスやってる人は、この映画のアステアを観ておいた方がいいと思う。
 同様にして、美術を好きな人は白黒映画を観ておいた方がいいと思うし、映画を好きな人はサイレント映画を観ておいた方がいいと思う。いや、違うな。「観てなきゃならない」だな。
 そう。この世には「観てなきゃならない」ものってえのがあるんだ。オトナにできる最低限の仕事ってえのは、そういう「ねばならないもの」をきちんと伝えることだってこった。だから、この映画は、オトナの映画ってわけだ。
 
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