| 特選/KILL MACers! | |
| 昨年の"Kill Mac"コンテンツの中から、特に、気合いが入っている3つを選んでみました。 | Last Updated : 97/01/03 |
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嫌いなヒトたちの三形態 They Can't Take That Away From Me. (by Ira and George Gershwin) ![]() 嫌いなヒトたちがいる。 ひとつは、カタカナの「ツ」と「シ」を正確に書けないヒトたち。最初におぼえた書き方がそうだったから、なのだろうが、視認識に関してあまりにもルーズであるという点で、かなりに「うっとうしい」。セミロングとロングの髪を「似たようなもの」だと思っている男に対して感じる無神経さと同じような気がする。そんなことは、ないかもしれないが、でも、一度、認識し、信じこんでしまった概念をナンにも疑うことなく使い続ける、この愚かさというか、蒙昧さには、気分が悪くなる。 マッカーがそういう連中と同等であると断言しよう。 そうすると、こいつらの発言は、もう決まっていて、「ちゃんとウィンドウズマシンも使ってみて、比較した上で、やっぱりマックがいいと判断した」とか、ほざきやがる。使い方を見ていればわかるのだが、MacOSを使うようにしかWin95を使っていない。それは比較とは、い・い・ま・せ・ん。ボケ頭! 例のWhy Macintosh? のコンテンツで、「MacOSは、エイリアスをイタリックで表示してわかりやすくしているが、Win95のショートカットはアイコンにきたない矢印マークが付く」という、たわけ文章があった。和文とイタリックの相性の悪さを指摘するまでもなく、そのてーどのことで、比較になってると思っているのが、マッカーのばかさ加減だ。 Win95には生産性を上げるための工夫が、そこここに存在しており、それゆえ、複雑怪奇大作戦になってる部分も多いのだけれど、目的を成就するトータルな生産性の比較を行えば、勝負は明白。MacOSなんてえものは、コンピュータと呼ぶにはあまりにも恥ずかしいシロモノだとすぐに露呈する。 え? クォリティ? ホンキで「クォリティ」なんて発言をするなら、たかだか数十万のマシンを買わないでほしい。クォリティを追求する上で、コスト・パフォーマンスがいいとでも思っているのなら、なんでクソ林檎会社の機械は、こんなに世界中のマーケットで支持されないのでしょうか? 脳ミソが5年前の豆腐を叩き潰した状態になっているようなマッカーだから、リソースの使い方に工夫のクの字もこらしていないPhotoshopのようなソフトを使って、ヘーキでクォリティとか言っていられるのである。なんなら、同じ画像をレタッチする作業を、Photoshopマッカーと競争して、PicturePublisherで、5分の1の時間でやってやるよ。今回のMicrografxのパッケージは、問題が山積みなんだけど、それでも、痴呆のようなPhotoshopを使うよりは、まだまし。MacromediaのxResはまだ入手してないんだけど、煉瓦の写真屋(Adobe Photoshopのことだよ)よりは、いいに決まってる(……実は、さいてーだった。でも、含有されてしまったFauve Matisseを使いたいので、削除できないでいる)。なぜなら、煉瓦の写真屋は、さいてーのウンコソフトだからだ。だって、さいてーのウンコみたいなマッカーが、みんな使ってるんだもん。 だいたい、右クリック操作のインプリメントもされていないようなソフトにあほたれマッカーと同じ金額を払っているWindowsユーザも悪い。払っている金が馬鹿アドビ経由で、くそマッカーのための開発費になっているかと思うと、なお胸くそ悪い。(ところが、最近のPhotoshopは、そこそこできがいい。でも、ソフトウェアというものを決定的に誤解している部分は、依然として変化していない) ![]() さらに嫌いな、もうひとつは「学校で学ぶ数学なんて、社会生活の何の役にも立たない」と大見得を切って言っている人間たち。この人たちに対しては、ほんとうに可哀相だと思うと同時に、無性に怒りが込み上げてくるのを禁じ得ない。 この人たちが言うセリフは、決まっていて、たとえば「実生活で、因数分解なんて、使わなきゃならないコトなんてなーんにもない」というような言説を平気で使う。んじゃ、地理や歴史は、実生活で使うから、社会生活の役に立つとでもいうのだろうか? 自慢じゃないが、地理的情報に関しては、ワタシはほとんど白痴状態であって、県庁所在地なんてもっての外、岩手県が日本海側にあるか、太平洋側にあるかすら知らない。山梨県で波浪注意報が発せられることはないなんて、つい最近知ったぐらいだ(でも、どこにあるのかは、まだ知らない)。それでも、生活できる。よって、もしも「学校で学ぶ地理なんて、社会生活の何の役にも立たない」とワタシが言ったら、それは単にワタシの頭が悪いというだけのことだ。もっと正確に言うなら、「地理を社会生活で役に立てるような実生活をおくっていない」ということなのだ。 この例を、数学にあてはめてほしい。 本気で言っているのだが、学校で学んだ数学は、本当に実生活の役に立っている。といっても、こと数学に関しては、高校でぼこぼこにされてしまったクチなので、あまりたいしたことは言えないのだが、それでも、実生活のあらゆる場所で、考え方、方法論、判断等に数学的概念は利用され得る。 因数分解にしても、足算の羅列を乗算のまとまりにするというそれだけの行為が、いかに生活にとって応用可能範囲が広いことか(ばかな人間をマッカーとしてくくりだし、東京湾の埋め立てに使うとか……あ、この例は前にも使ったな)。 もっと踏み込んだ例を言えば、VRMLの記述は簡単にできるが、その技術的背景には、行列があり、そこを知っているのと知らないのとでは、雲泥の差がある。3Dソフトを使って、簡単にリアリスティックな立体を描くことはできるようになったが、それも行列やベクトル演算の恩恵あってこそである。それをエンドユーザには、関わる必要がないように構築するのが、技術者の能力であるが、その部分をまったく無視して利用するのが、果たしてまっとうなユーザの在り方であるかどうか。(どこが悪いん?って言うんだろうなぁ、くされマッカーが) TV受像機の技術的背景など知らなくても、テレビを観ることはできる。ギアチェンジの技術的方法論など無視しても、クルマは運転できる。インターネット・プロトコルについて具体的に知らなくても、インターネットにアクセスできる。でも、それでいいの? と問いたいのだ。最低限ワタシは、テレビがなぜ見えるのか、その概念だけでも知りたい。オートマチックのギアチェンジのために、どれだけの技術者が頭と身体を使ったのかを聞きたい。インターネット技術の軍事的背景を理解してから、アクセスしたい。 すぐに「使いやすさ」とか「インターフェイス」とかいうセリフを吐くマッカーには、理解不能な言説であろうけれど、これは、見解の相違といったものではなく、知性の使い方がマッカーにはわからないというだけのことだ。「学校で学ぶ数学なんて、社会生活の何の役にも立たない」とかいう考え方をしていると、あっというまにマッカーができあがる。日本で、知性の抜け殻のようなばかマッカーが多いのは、たぶんそういう理由だろう。 ![]() そして、最低に大嫌いな連中は、「コンピュータなんて道具なんだから……」というセリフをしたり顔で吐く人間たちである。 それが包丁の砥ぎ方も知らないような人間だったりすると、本気で刺し殺してやろうかとか思ってしまう。「包丁はインターフェイスが悪いから、もっぱらフードカッターを使っています」とか、無知蒙昧の主婦マッカーなら言い出しかねないが、それは、自分に包丁を使う能力がないというだけのことに気が付かないらしい。じゃあ、おまえ「包丁なんて道具なんだから」って言ってみろよ。魚も捌けない、包丁も砥げない、それで包丁を使っていると言えるだろうか? 使うなぼけ。こういう連中が潜在的マッカー。そうに決まっている。あえて、包丁なんて道具だ、という発言をできるのは、きちんと包丁を砥ぎ、きちんと包丁を使い、ちゃんとした料理を作ることのできる人間だけである。しかし、その人が、包丁を自分のために、そして包丁のために砥いでいるとき、そこにあるのは、完全な情動である。(うーん、この部分、かなり意味不明だな。書いてる最中に、そーとー盛り上って怒ってたんだろうなあ、当時) 包丁のみならず、コンピュータも同様である。「コンピュータなんて道具なんだから……」という発言をするとき、その人間の内側にあるのは、コンピュータに対する微かな恐怖心である。それゆえ、「道具」というタームで、いったん自分の下のレベルに置き(ホントは、ぜんぜん下のレベルじゃないんだけど)、その恐怖心を回避しようとしているだけのことだ。包丁をまともに使えていないように、コンピュータをまともに使えない人間がそういうセリフを吐くのである。 乗用車が単なる人間運搬機ではないように、コンピュータは道具ではない。 知能が爛れているマッカーなら、平気で「コンピュータは道具」と言うだろうが、PCユーザは、決してそのような発言をすべきではない。 コンピュータには、使っても使われてもかまわない。問題は、コンピュータに向かっているときの、コンピュータと自分との距離と感じ方である。その際に、擬人化というフィルターを通してコンピュータを見ていると、その視線が曇ることを忘れないようにすればいいだけのことだ。そのフィルターをもって、「使いやすい」とかいう発言をするのが、本朝にあまた存在する畜生マッカーであることは論を待たないが、PCユーザとて、その陥穽にはまりやすいので気を付けよう。 道具を本当に使い、決して擬人化することなく愛することができる人間にだけ、それを「道具」と呼ぶ権利がある。しかし、そんな人は、たぶん「道具」とは言わないと思う。コンピュータのことは「コンピュータ」と呼ぶだろうし、包丁のことは「包丁」と呼ぶに違いない。 ![]() 以上、嫌いなヒトたちは、要するに、マッカーに代表される知性の癌を抱え持った連中のことである。したがって、マッカーをこの世から削除すれば、その癌のあらかたは消えてなくなることとなる。そうすれば、コンピューティングに限らず、社会状況は、もうちょっと良くなるはずなのだ。マッカーでなくても、消費税5%に反対しているような連中は、潜在的マッカーであると思われる。きちんと、中学で数学を学んだんだったら、消費税は10%でも少ないと思わなきゃ。 あ、思い出した。核実験反対とか言ってた連中も、潜在的マッカーだな。近所の駅前で署名を集めていた民青モドキがいて、このばかが「地球に対する犯罪なんですよ」とか言いやがんの。「じゃ、まず最初にあんたが死ねや。わしは、核実験賛成じゃ」と言ってやった。あいつもきっとマッカーに違いない。 | |||||
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MacWEEK Online日本語版は、カスの巣窟。 「やめちゃえばいいのにねぇ」(by AMURO,Namie) MacWEEK Onlineは、大好きなページのひとつで、蟻の巣に爆竹仕掛けて楽しんだり、巣の中に洗剤溶液流し込んで楽しんでいた幼少のころを想い出す「イイ」ぺーじなのだが、いつものように楽しんで読んでいたら、「アップルの上級副社長Terry Baileyが退社してNEC Technologiesへ行く」という記事があった。このひとは、ついこのあいだ、昇進したばっかで、この退社に関しては、ちょっと別のラインからの情報もあるんだけど、教えてやんない。ま、じきにわかることでしょう。この退社だけの話じゃないんだけど……。基本的にはこの記事の通りです。 で、その記事のこともあって、日本語版を参照したら、Bomb Revengeという日本語オリジナルのエッセイがあって、その中の「多数派の詐術」という節で、 世の中がみんな「コンピュータを簡単に,誰にでも使えるように」と言っているのに「今始めておかないと"あとで困る"ようなシロモノ」がなんで勝ち残ると思うのだ? そんなのめちゃめちゃ自己矛盾していない? という堂々たるまぬけ発言をしている。 あああ。ばかばかばぁか。 こうやって、ばかが、論理的だと思い込んだ発言をしているってことこそ、マッカーが、ばか再生産の片棒を担いでいる証拠である。 この著者は、その貧困な頭脳から思いついた、「論理」と思い込んでいるものをもって「…多数派の正当性なんて根拠はたいがいこんなものだ。」としているが、多数派に正当性があるだなんて、誰が言っているんですかあ、このくそたれ。 多数派に、正当性はない。蓋然性としての正当を適用することによってのみ、その経済的現実解決が得られるのであり、その際に援用されるのが「多数」という論理である。しかるに、コンピュータ・マーケットにおけるシェアは、完全なる経済的現実であるから、その論理が適用される。「多数が正当」なのではなく「多数が正統」と言う方が、むしろ正しい(ちょっと、正しくないけど)。 脳味噌抜け殻マッカーにもわかる表現をしてやろう。 経済活動は、そのスケールメリットを生かすことにこそ、その本質的意味があるのであるから、当然のように「多数」を志向する。結果として「多数」が「正当」であるかのように見えても、それは、「多数」そのものが「正当」であるのではなく、「多数」を志向する行為や概念が「正当」に扱われるということである。 うーん、これでも腐れちんころマッカーには、理解できないだろう。そんじゃ、これならどうだ。 「わかったから、もうおまえは、Windowsに触るな。そして、Windowsについて語る暇があるんなら、もっとMacintoshについて語れ。その劣悪な部分について指摘し、愚劣な操作性を糾弾しろ。System7以前と以降で、どのようにそのOSが変容したか、きちんと表現し、改良を要求しろ」 Macintoshの正当性を語るあほーがいればいるほど、そのOSがだめになっていくことぐらいわからんのか、このカス。 だいたい、カス頭の人間に限って、すーぐに「インターフェイスがうんたら」とかいう発言をする。「マックはインターフェイスがいいから」とか半可通のセリフを吐いて、それがコンピューティングだとでも、思っている。じゃ、おまえはQWERTY配列のキーボードは使うな、ぼけ。 そのインターフェイスの悪さにも関わらず、QWERTY配列のキーボードを使っているのは、「経済的要請」じゃないのか? 多数派の。 ![]() だいたいが、Windows 95がMacintoshのものまねだなんて、聞いた風なことを言って、悦に浸ってる(悦に入るレベルを超えている)人間がこの国には、何万といて、その中の何人が、その具体例を技術的に表現できるのか教えてほしいもんだ。言っちゃなんだが、あれはMacintoshのまねなんかじゃなくて、NeXT(ないしはNeXTSTEP)のものまねの部分がほとんどなんだぞ。知らんのに、コンピュータについてしゃべるなバアアアカ! 最初に、Macintoshを選択したときの理由を、よおーく胸に手を当てて考えてみろ。 それは、きさまが、コンピュータについて「バカ」だから、だろうが。「ばか」はコンピュータに触れない。だから、Macintoshというワープロライクな機械に走るのである。 考えてもみなさい。ハードも、OSも、提供している会社の製品が、なんで、たかだかアプリケーション・レベルのトラブルを発生させるわけ? 両方提供しているんだったら、フリーズしたり、「爆弾」出したりするのって、おかしいでしょ? 完全であって当然だし、使いよさなんて、もっと良くてあたりまえ。それができないっつーのは、ムチャクチャなマシンとOSだってことだ。 もしも、ワープロマシンを購入して、作業中にフリーズしようものなら、故障品として、取り替えてもらうと思わんの? それでも、「いっやあ、マックのインターフェイスは……」とかへらへら薄ら馬鹿みたいな顔して言っているのが、マッカーである。 おっと、閑話休題。 ![]() ソフトバンクさんも、もとのMacWEEK/USAがあんだけオモシロイんだから、わざわざ日本語版でカスマッカーのライターなんて使わないで、もっと翻訳精度を上げることに努力した方がいいんでないの? まだまだちょくちょく誤訳をみかけますぜぇ。 どうせ会議で、編集者も「Appleはなくなるかもしれないけど、Macはなくならない」とか言っているのだろうけど(……ああ、その光景が見えるようだ)、いっそのこと日本でだけAppleWEEK Onlineやって、極東の馬鹿見本市でもやったらどうですか? 最低限、わたしはOnlineだけじゃなくて、定期購読しますね。いやこれホント。 | |||||
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マッキントッシュ大好き「日本3大ノータリン業界」 なんてったって「出版」「音楽」「デザイン」だからねえ…… 音楽とデザイン業界の人間に、知性が存在しないことは、すでにして厳然たる事実として皆に認められている。そもそも、キホン的にはバッチ処理には向かない業種であるため、「おんなじことをなんべんでも繰り返す」なんて作業をヘーキで手作業でやる。要するに、アッタマ悪いのである。そういう超ばかたれ人間に最も適切な機械を、マッキントッシュと呼ぶ。賭けてもいいが、音楽・デザイン業界の人間で、AppleScriptを使って、作業の軽便化を図った者なんて、10%以上いたら奇跡である。確かに劣悪なスクリプトらしいから(よくは知らない……知ってるけど)、何がなんでも使おうとするのには無理があるが、「じゃ、何のためのコンピュータだよ」と言われても返事はあるまい。Photoshopで、同作業を繰り返すことにヘーキでいられるような低レベルの精神構造しか持ちあわせない人間が、あれを支持するのである。死ね、ばーーか。それより、プロスペックを謳う製品が無限UNDOもできないで、本気で製品だと思っているのだろうか? あれで仕事をしているなんて人間は、もはや人間ではない。 繰り返し処理に劣る以上、マッキントッシュはすでにしてコンピュータではない。あれは、Photoshop端末とか、PostScript端末、あるいはMIDI端末と呼ばれてしかるべきモノである。まあ、じきにこの連中(音楽・デザイン業界のカス)は、今まで言っていたことなんてさらっと忘れて、その生産性の低さのあまり、マーケットから無視されるようなカスプロダクツを作り出し続け、死滅することが確実であるから、しらん顔しててもいい。 問題は、シュッパンと呼ばれるところの連中が、もうホントに救いがたい(だれも救おうとは思わんが)アホタレばっかなことにある。 だいたい、まともな頭のある人間が出版なんてものを志すはずがないことは、周知と思う。「アカ崩れの、民青モドキ私学文系ばかたれ」が、フツーの企業に勤めることができなくて、出版業界とかマスコミとか呼ばれる掃き溜めにいるのだ、と相場は決まってる。たとえそうではなくても、微積もできないような人間が(微積分ができないというのは「英和辞書がまともにひけない」というのよりも、もっとレベルの低い、下のゲの能力のコト)、へーちゃらでまともな人間のふりして勤めているのが出版業界というものだ(断言してもいいよ)。そういうノータリンは、ものごとの判断にあたって、「簡単そうだ」とか「わかりやすそう」とか、そういう理由で、選択を行う。したがって、このノータリンは、「超グラフィック・ワープロ」マッキントッシュを選ぶ。「カッコいいから」なんて、理由で選んでいるのは、そいつの眼とセンスが腐りきっている証拠だ(出版の人間って、いちど決めたらおんなじカッコしかしないでしょ。そんな連中にセンスなんて言葉使ってほしくねえよなあ)。そんで、検討も加えないで、それが唯一無二の方法論だと盲信する。ノータリンだから、マックが好き。証明終わり。 指先は、脳のセンサーだとも呼ばれているが、中指もまともに使えないような人間は、ノウミソが半分以上腐っているのに等しい。ノータリン人間を排出するシステムは、クズである。したがって、マッキントッシュ・システムは、くずである。証明終わり。 新宿地下街のホームレスと、共産党員と、マッキントッシュ・ユーザは、まとめて簀巻きにして、東京湾の埋め立てに利用することを心から強くオススメする。 | |||||
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