マッカー
零落 の日々


Sorry, Only for JAP. & IE4.


 
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遠い挨拶
 いやあ、実を言うと、こんなに、この人類未到の辺境のようなページを「待っている人」がいるとは思っていなかったのだよ。だからといって、使命感にかられて「毎週更新しまッス!」とか言うような人間であるわけはないことは、重々承知のことと思われる。それでも、最近になって「楽しいから」という理由で読んでくれている人が増えてきて、実にうれしい。ま、みなさんには、とりあえず感謝の挨拶をしておいて、と。
 それは、ウサギにツノ。
 でもって、大昔に、『地獄の黙示録』という、前半はすごいけども、後半は、どクズになってしまった映画があった。そんでもって、「キネマ旬報」という雑誌に、かの有名な「ワルキューレの騎行を流しながら爆撃するシーン」について、かつて「大本営のニュース映像のBGMとしても、そのワグナーの曲が使われていたこと(などという事実)」を投書してきた人間がいた。なんと、そいつは、それのみをもって、当該映画を非難しようとさえする文章を書いていたのである。幼少のわたし(うそ)は、「バカもいーかげんにせーよな」と思ったものだ。
 そういうバカ連中を殲滅するような文章を書くことになろうとは、当時は思っていなかった。でも、予感があった。要するに以下の通りである。

 ●「ワルキューレの騎行を流しながら爆撃するシーン」の「明晰な素晴らしさ」を語る。
  ↓
 ●大本営やナチスによる表現の「力強い演出力」に直結する。
  ↓
 ●大本営やナチスの根本的背景をも肯定することになる。

 という、恐怖のごとき短絡回路の人間が、なんとも、確実にこの世の中にはいるのである。そういう連中が、よくこのページにメールをよこしてくる。そういう尿ミソ腐りまくりで、脳内尿酸カルシウム爆発状態のくされタワケどものことを、「マッカー」と呼んでいるのである。
 もっとも、大本営やナチスのことを、なんら否定的に扱う必要性はないと思っているんですがね。負けた分の重荷は背負わなきゃならんけども、それと、その行動背景や行動理由に対する是非は、まったく別の問題である。あえて表現するならば「戦争なんだから、なにやったってオーライ」なのだ。おっと、ここは、こんなことを書く場所ではなかったな。
 ちなみに「マッカー」という用語は、わたしが、本朝において、初めて印刷物において利用したのであるが(これは、まごうことなき事実である)、「考案した」のも、事実上、わたしである。これに対して、異論のある方は、実例を挙げて反論してほしい。いや、ほんと、もしかして、わたしが言い出すよりも前に、この使い方で使ったことのある方がいたのなら、是非、ご指摘ください。はっきり言って、これは、意識的な差別用語じゃけんね!

運痴に投げる矢
 あれ? なんか、変な風な文章を書いてるなあ。そーだ、前の続きを書くはずだったんよな。いやあ、申し訳ない。
 そうそう、要は、iMACの悪口ですよ。わるいわるい。
 あんな歪曲した形は、いまどき、だれも使おうとしないラウンドしたブラウン管をごまかすためだ、とか、フロッピー・ドライヴがなくなったのは、「世に一般的なマシン」のメディアとの相互非互換性を認識させないためだ、とか、そんなことは、いろんなサイトを渡り歩けば、すぐに理解できること。いまどき、ワンボタン・マウスなんて作って、使ってるのは、ほーんとヒャクショー頭の連中だけだって。それで、もうあんなクサレましんのことは、もういいじゃない、とか思う。あれを「かわいい」だなどと思えるアホったっれってのは、要するに、美的感覚の存在しない、どグサレ生物だってことです。ま、じょーしき的に考えて、定価78,000円で、店頭売価が58,000円程度のマシンを、「ヘヘー、ありがとうごぜえますだ」とか言いながら十数万円出して買っているのが、マッカーと呼ばれる中指能力のない連中である。
 「MacOS 8」ってのは、なんでまた、あのくされワンボタン・マウスでオーライなんですか? 中指すら使えない運動神経のいかれた連中にそれほど支持されたいだか? 賭けてもいいが、マッカーと呼ぶ連中は、生徒5人で走る徒競走で、いつも4番かドベだった連中がほとんどだと思う。中学、高校のときに、リレーの選手だったようなマッカーが、もしも存在しているなら、手ェあげてみろよ。そういうこった(しかし、さすがにムチャなこと言ってるな)。この論証で、意味がわからないってのは、すなわち、文章理解力ゼロってことだ。
 ごめんな。オレは、リレーの選手だったよ。でも、小ガッコの低学年のときは、足遅かったぜ。

馬鹿は拘泥する
 あれえ? ほんとは、ばかったれジョブズの話をきちんと書こうと思ったのだけどなあ。あのバカを持ち上げて、いーきになってる連中は、いかに、この世界における経済環境を理解し得ないのかを証明しようと思ったんだけどなあ。
 ちょうど、1年くらい前だったか、Slateに、『アップルに墓穴を掘らせたS・ジョブズの「野望」』という記事があって、iMACに関しては「その通りになっとるがな」状態なのであるが、興味があったら読んでみればいい。ま、要は、機械で食いたいんだよ、あのばかたれ「暫定」ヒッピーくずれは。
 あ、そうだ。「こだわる」という言葉がありますよね。
 いまでは、ばかったれテレビ関係者が「こだわりの天婦羅屋」なんてな表現をするもんだから、プラス方向にイメージングされていますが、あんなの、ほんとは「変」なんですよ。「こだわる」というのは「拘る」とか「拘泥する」ってことで、本来「みっともない」ことなんだってことを、なんでわかんないんでしょう。
 自分の作る程度の料理に「こだわる」なんて、なんと愚かで、疎ましいことか。同様にして、クサレ独自仕様のたわけ創業者がワンボタンマウスに拘泥する「こだわりのマシン」を舐めまわしているような輩が、どんどん、マッカーを複製して行くのである。「拘る」なんて言葉の意味すら理解せずに。
 なんでまた、あのクソメーカが、自社独自仕様の「ソフト」のことを語ることを抑えるようにしているのか、そのことを考えれば、すぐにでも理解できるではないか。その、御大層な「体感的」とやらのおかげで、マルチタスクに適応困難な状況を引きずり続け、その植物人間同様となった身体を(これは、植物に対して失礼な発言ではある)、さらし続けているのである。

あれで「ぱそこん」だってよ。け。
 超古代の話。要するに、まだPC文化が、世に行き渡っていなかったころ、アップルという会社は、クズも作るが、妙に「志」だけは高いマシンを作り、妙に「志」だけは高いソフトを輩出する会社だった。若さゆえのばかったれ加減なのであるが、それはそれで、気持ちのいい部分もあった。ま、おうおうにして、そういうのは、ヒャクショーと呼ばれるのであるけれども。それが、どうじゃ、この惨状は。Wall Streetと呼ばれていた、PowerBook G3の気色の悪いほどの、蒙昧性。こんなクズマシンのどこに、「志」がある? あんなかっこわるい機械を持って平気でいられる精神なんてのは、もはや、よど号といっしょに北朝鮮にいっちまったと思ってたがなあ。私学文系の民青センスばかったれの霊魂は、まだ残存しているのであろうな。あんな、経済性無視したバカ機械を購入しようとするような輩がいるということは、そうなんだろな。アカ日新聞なんて、ウルトラ・ノータリン・ペーパーをワザワザ、自宅まで配達してもらっているような腐れ外道がまだ、この世には存在するくらいだからな。もしも、人間だったら、ケーベツするね。そういう連中が目の前にいたら、「お〜、文句あっか?」って言ってやるとよろしいあるよ。「矢でもテポドンでも持ってこいっ」って。
 圧倒的少数派の環境であるならば、その志とやらがなくて、どこに、生産する意味がある。iMACにいたっては、もうほとんどキチガイ沙汰である。あの無様なフォルムを「スタイル」なんて呼べてしまうのが、どぐされマッカーの証左である。CFもおおいに笑かせてくれるが、あれを真に受けるようなヤツが、ほんとにこの世に存在するのであろうか? いや、いるんだろうから、絶望的なのであろう。このマッカーを産む現状は。
 
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