マッカー
地獄 へ逆落し


Sorry, Only for JAP. & IE4.


 
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小唄をひとつ
 比島決戦の歌
    西条八十・作詞/古関裕而・作曲
 決戦かがやく亜細亜の曙
 命惜しまぬ若桜
 いま咲き競うフィリッピン
 いざ来いニミッツ、マッカーサー
 出て来りゃ地獄へ逆落し

 てなもんでしてね。だからなんなんじゃ、と言われちゃあ困るんだけども(わはは)、要は、これ聴いて西条八十に「抗議のメール」出したりするような輩をマッカーと呼ぶってこったね。
 バカってえのは際限ないわけで、「抗議」して、なにかがどうなるのかなんてえことには、そのドクサレ頭では一切理解できないでやがるから、馬鹿がその証明書ぶら下げてやってくるってもんだ。気に入らないことがありゃ、文句言えばどうにかなるだろ、って考えるウスラとんかちのドタマは、泣き喚けば母親が乳をくれると思い込んでいるガキの発想に他ならない。ま、そんなことしてるのは、ドーテーまるだしのコーコーセーとか、三流私大のあほたれどもばっかなんだから、「ガキの発想」というのは、まさにそのままなんだけども。
 文句があんなら、東大出てから言えよな。おれは、昨日今日、東大出てるわけじゃねえぞ。……いや、だから、出てるわけじゃないって。

遺憾と感謝の意
 それでも、ときおり、まっとうなメールだって貰うことだってある。
 ご存知の通り、表記に関しては限りなくテキトーなのであるが、「iMACじゃなくて、iMac」と指摘されたときは、感謝した。いくら犬畜生の無知蒙昧連中が購入するマシンであったとしても、「まがりなりにも」製品名であるから、それは正しく表記すべきものであることは当然である。わざわざ指摘してくれた方には、深く頭を垂れておこう。ま、実は、このページタイトルにあわせて、「Mac」ではなくて「MAC」と表記したかったってのがホンネではあるのですけどもね。
 んでもって、その「今世紀を代表するノータリン・プロダクツ」となったiMacであるが、システムROMの部分をハードディスクに置くようになったりして、なかなかに、あのチンコロOSにしては、速くなってる。そいでもって、さまざまなトラブルが発生してるってのも、当然の成り行きなのだが、「そのいわんとするところ」はわからなくもない。でもよお、イーサとUSBという生命線に依存する体質は、必ずしもマーケットを広げることにはならんと思うぞ。かつてのSCSIとUSBを同一平面上に考える発想は、その有効性を持っているかもしれないけれども、トータルで考えると、iMacって、異常なくらい、コストを発生させるマシンであるという事実に、じきにみんな気がつくぞお。視床下部をくり貫いて生きているようなマッカーでも、よっぽどのキチガイじゃなけりゃわかるようになるって寸法さね。
 あ、そーだ。iMacに関しては、

 あだ名は「すいはんき」に決定。多分もうすぐ現れるであろう、廃棄されたiMacを拾ったら、中身をくりぬいて炊飯器を移植します。炊いたご飯はおヒャクショーさんの気持ちがこもったものになるでしょう。

 という秀逸なメールをいただいた。
 ひさびさに、メール読んで笑っちまったな。
 ま、口に出して、「iMacがほしい」とか言ってるようなばかったれがいたら、「あんなダッツセーすいはんき買ったら、22世紀まで恥に思うぜ」と、言ってあげよう。

視聴と対話と
 フジ系「めちゃ2イケてるッ!」、日テレ系「どっちの料理ショー」「進ぬ電波少年」、FMヨコハマ「女にもてる話」等々、その声を聴けば、誰でも「あ、この人!」と思うであろうナレーターが、いまいちばん旬の木村匡也という人。でも、この人の本領は、大阪有線放送A-35「Who's Next」にある。聴いてる人間が、それほど多くはないであろうことに突進して、毎週ムチャな放送をガンガン続けている。でも、言ってる内容は、いかにも「正論」であって、常にオーヴァドライヴし続けている。このチャンネルだけのために、有線と契約したって、ソンではないと思うな。
 実は、「そんなふうなのもいいな」とか思って、書いてる部分も多いのであるが、この世には(正確には「このインターネットの界隈には」)、粋でない連中も多くて、そいつらのバカさ加減に恐れ入る(うそだよ)。
 だいたい、このページに対する反応で多いのは「なんでそこまで嫌うのかわからない」というもので、それが「執筆意図が理解できない」ということならば、自分の読解能力の低さを反省すべきである。サイテーでもチューガッコー出てんだろ。ガキ以前の幼稚なノーミソのれんちゅーにつきあってるようなヒマぁねえよ。
 それでも、「おもしろかった」メールの一言で、「あ、ちょっと続けてみようかしらん」と思っちゃうのが、軟弱なトコロなんだけど、理解ってえのは、そういうものであってしかるべきだと思うな。木村匡也がいまおもしろい部分ってのも、そこにあるかもしれないし。
 ばかみたくアホメールを送り付ける童貞のくそたれマッカーは、可哀相なくらいなーんの意味もなすことなく削除される。そういうことができるってことすら知らないらしい。また、メーリングリストに勝手に登録して、悦に入っているくされマッカーは、その出自がスキャンされて、送られてくることぐらい知らないらしい。自分がやってることが、刑法上の犯罪にあたることすら知らない連中を相手に、どーのこーの言っても仕方ないと判断しているので、放置しているのであるが、ヤル気があるんなら、やるぜ。
 そうだな「マッカーは読むな」だけじゃいかんな。
 「ガキとドーテーのマッカーは読むな!」だな。

 今回のを読みかえしてみて、かなりに「難しい内容」になってるな、と思った。比喩表現が多すぎるんで、かえって「わかりにくく」なっているのであろう。それでも、直接表現なんてのは、それはそれで粋ではないので、どうしても、こういう傾向に走りがちになる。なんてなことを書いてるから「最近はおとなしくなった」とかメールされちゃうんだろうな。
 96年の文章、97年の文章、そして98年の文章、それぞれに、コンセプトが異なるんで、仕方ないのだよ。それで「おとなしくなった」とか思えるのでしょうね。別に、そんなこた全然、意識しちゃ、いねーんだけんどもさ。今年は「読者との心温まる交流」をテーマにしようかと思ってるんですがね。ぐははは。
 要望があるようなら、今度、オーヴァドライヴした「マッカー殺戮用語」をまとめてみようかね。
 
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