KiLL MACers! 1999
05/29 /1999      
マッカー
   惨劇 の光景
 
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  命名のこと    
 目に枯葉 山プラスティック iMac  ──毎度おそまつ!
 ちょっと、聞きましたあ、おくさん。調子ぶっこいて、ノート型のiMacですってよぉ。
 んなもん、ぜんたい、どーすんの。
 いやいや、ウケ狙いのキッチュな選択肢としては、たしかに、そういうのもアリかもしれない。ほとんど、ジョークとしか思えんけども。
 このところ、「炊飯器」「ポリタンク」と、ヒットネーミングを輩出してきたこのページでありますが(皆様には深く深く感謝しております)、せっかくですから、今度は、大々的に募集しようと思います。ノート型のiMacが出てきたら、そいつに、「正しい」名前を付けてあげましょう。
 たぶん、過剰にうっとうしい、「ざぶとん」(←あ、G3ノートのことね)みたいなやつになることでしょうが、それもこれも、皆様の美しい発想と表現力に委ねることにいたしましょう。
 ああああ、目の前にあったら、蹴倒して踏んづけて、ぼこぼこにしてやりてえなあ。
 あ……、マジで買っちゃおうかな。ぶははは。
  がたがた、ゆーております  
 たとえばですね、「これから、ずっと付き合うんだから、ちょっとはマシなカッコしたマシンと添い遂げたい」と思ったとしましょうか。いやいや、気持ちはワカランでもないよ。そりゃ「かーいらしい」と見えるカッコしたマシンは、それなりに、気持ちの何かを満たしてくれることでせう。確かに、ワカランわけではない。そりゃ、ブッサイクなカッコしたものをわざわざ選ぶくらいなら、ちょっとは、見た目のイイ方を選びたいってえのもわからんでもない。でも、ここで言ってることは、その「見た目」に関する認識能力と機能性のことだったりするんだな、これが。

 まずは、機能性について。
 あえて、引用はしませんが、「マックは自動的にフロッピーが出てくる」とかいう妄言を吐く、ノータリンのくされチンクチャあっぱらぱーのマッカーからメールが来たとしましょう。正直に申し上げて、わたしには、正確に、この蒙昧のことを理解できないのですよ、残念ながら。そうやって出てきたフロッピーは、明らかに肉体的行為によって、次に何らかの動作を要求するわけでござんしょ? そんなら、ドライヴのボタンを押す方が早いのではございませんか? マッカーどもに運動神経がない、ないしは、マッカーどもは徒競走で1等賞をとるなど夢のまた夢であった連中ばかりである、と、わたしが断ずる由縁であります。
 あ、ちょっと待てよ……iMacは、フロッピードライヴがなかったんだっけ。あ、そーか、そーか、そういうことか。みなさーん、そういうことですってよー。
 んでもって、さらに、iMacの、あの饅頭みてえな超ド級の低脳マウスのことに言及しましょうかね。あの製品のようなものについて、マッカーどもは、どうも発言を控えるようにしていると思えるのは、わたしだけなのでしょうか。ボタンがひとつしかないことなんて、もう言い飽きたのでありますが、あの素晴らしいまでに無意味な形態は、「バカにしとるんか、おどれは」状態でしょ? コンピュータを使わないことを前提にデザインしたような気さえするのでございます。
 ソフトウェアに関しては、BASICや、Cの時代から、お世辞にも、感心できるとは言えないことばっかやってきたMicrosoftですが(昔むかーし、その昔、おぷちまいじんぐCというのが、おってのお──わはは)、しかしながら、こと、キーボードやマウスやジョイスティックというような入力機器に関しては、先進的で、しかもイイ製品を作ってきたのであります。
 たとえば、ナスみたいな形をしたマウスが出てきた時に、みんなビックリして、首を傾げたものです(わたしは、いまだにナスマウスと呼びます)。けれども、それを使った人は、もう「ナス」ではないマウスには、帰ろうとしないのですよ。だって、マウス「機能」として、使いやすいんですから。さらに、現在普及している「ホイール・ナス」になっちまったら、「もうかんべんしてくれ」状態。だって楽なんだもん。恥ずかしながら、わたしなんて、全ラインナップ持ってるもん。
 もうわかるでしょ。「機能性」というのは、「デザイン」や「カッコよさ」と密着しているのですよ、どうしても。実際に、長期にわたって利用した上で、「ナスみてえなカッコして、カッコ悪い」なんてこと言うようなヒトは、いますか? いたとしても、それは、ヒトではないでしょう。マッカーでしょうね。簡単に言いますが、機能性を犠牲にするような製品は、すなわち「カッコ悪い」ということなのです。
 そして、わたしは、いま、IntelliMouse PROという製品を使っています。
 これ使っちゃうと、「ホイール・ナス」にも帰れないのでありました。
 コドモの靴みたいなかっこしたマウスなんですけど、値段分の価値はあると思いました。
  きみは、もう、かえりたまえ  
 そして、認識能力について。
 うーんと、これは言いたくなかったことだが、マッカーの連中が、それに準拠する何らかのウェブ・デザイン上の「新しいこと」をやったかね?
 断言するが、やってないね。
 実は、マッカーどもが仰ぎ奉るあの会社は、それに対応すべきことを、実際にやろうとしたことがあったんだけど、それもこれも、いまでは「ちゃら」になってしまった。「発想」と「継続性」をセットで重視せねば、そんなことは、新しい果実を何も生み出さないなんてことは、もう、何度も何度も何度も何度も、この世紀で繰り返してきたことじゃないの。コトラーの『マーケティング・マネジメント』([第7版]邦訳はプレジデント社刊)なんて、腐れ林檎の中枢にいるあの暫定バカ以外は、読むなり知るなりしているはずなんだから、何をやっちゃいけなくて、何をやるといいのか、なんてことは、当然、みんな知ってることなのだ。
 表向きの戦略的には、あの腐れ林檎会社は、「ハードもソフトも、すっごいわよ〜ん」を踏んでいるように見えるかもしれないけれども、既にして「新しい」認識に関しては、放棄してしまっているのだ。ビンボーだからなんだけどもさ。
 それに追従するってえのは、認識能力について、「あなた任せよーん」と言っていることに等しい。ほら、よくいるでしょ、「WinのIEを前提に作ったページなんて、行間が詰まってて、読みにくいんだよ」とか言う、オマヌケさんを絵に描いたようなマッカーが。システムから「これが読みやすい行間なんだよ」と与えられたものを「へえへえ、そうでございますことね」と、何の「個別の判断もなしに」へらへら従ってしまうのが、マッカーどもの認識能力皆無の表象である。
 そのときに「だったらどうしようか」とか「自分の快感原則を満たす表示をどのようにして可能にするか」というふうに考えるのが、あたりまえの人間の認識能力と呼ばれるものである。
 そういや、最近の「すいはんき」や「ポリタンク」に関しては、崩壊のマッカー人生まっしぐらってな連中でも、嫌悪感をおぼえるモノがいるらしい。むしろ、マッカーの性向とは無関係のニンゲンが、かえってああいうマシンに興味を持ったりする、という。
 そりゃそうだろ。
 かくいう、オレだって、iMac noteって、持って歩いたりしてみたいと思うもん。
 ひゃっぱーで、笑いをとれる確信があるね。
 むちゃくちゃ、ウケると思うな。

  うなぎ構文  
 今シーズンは、「比喩の密林」であると同時に「加速する逸脱」も、テーマとしていたりするので、ちょっとは、楽しい「エピソード?/ファントム・リリース」も書いておきましょうかね。
 いや別に、コムズカシイ話じゃありませんのことよ。わたしが、よくやる「ネタ」みたいなもんでしてね。気に入っていただければ幸いです。

 言語学とか認知学とか、そこいらの学会では、有名な話なのですが、「うなぎ文」とか、「うなぎ構文」と呼ばれるものがあります。
 たとえばですねえ、うな丼も出すそば屋とか、定食屋とかがあると仮定しましょう。そこに、11時50分ごろに入ってきたのが、年の頃なら、30代前半のサラリマン2人でございます。早めに会社を抜けて来て、さぞや腹が減っていたのでしょう、即座にその店のおばちゃんに注文いたします。

  「おれはぁ、何にしようかな。じゃ、カレー南蛮ね。おまえは?」
  「んーとねえ、おれは、うなぎ」

 実際のところ、彼は、うなぎではなく人間です。しかし、彼は「わたしは、うなぎ」と言っているのです。
 これは、「わたしは、うなぎを、注文します」という言葉を、簡潔に言っているだけのことですね。たとえ彼が「アイ・アム・うなぎ」と言っていると仮定しても、相手には、きちんと認識されるわけですね、注文として。
 この言語的なものは、よく、海外便の飛行機で見られます。
 「ビーフ・オア・チキン?」などと、スチュアードは聞きます(わたしんとこにやってくるアテンダントって、なんでか、男ばっかなんだよなあ、ま、いいけども)。そうすると、「アイ・アム・ビーフ」と言ってしまうおっちゃんが、必ずいますね、いやほんと。
 日本語とその他の言語との、どうもうまくいかないねじれを垣間見るような気がします。
 というわけで、それはいいんですが、ふたりのサラリマンの前に、注文した品物を持って、おばちゃんが現われます。

  「えーっと、うなぎのお客さんは?」
  「あ、おれおれ」

 ということに、なっちゃうんですね。
 そのお客さんは、当然、うなぎじゃなくて人間なんだけど、それでも「うなぎのお客さん」なんだよなあ。
 おわかりでしょうか。「うなぎ構文」は、かように、こと、この日本語を利用する地では、通用してしまうのでございました、と。

 あんまり、深い「隠喩」を詮索してくれなくてもいいし、ちょっと笑ってもらえれば、それでじゅうぶんなのだけれど、それから先は、「密林」の「密林」たるゆえんでございます。
 というわけで──あ、アンゴルモアの大王が……。

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