KiLL MACers! 1999
06/07 /1999      
マッカー
   罪業 の由縁
 
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  えにしは続くよどこまでも  
 ♪野を越え 山越え 谷越えて〜
 おっと──、
 前回は、調子に乗って長くなりすぎたもんだから、中途で止めたのでありました。そんなこんなで、今回は「つづき」でございます。そりゃそーだよなぁ。「うなぎ構文」と「マッカー」の関連性なんて、どう考えたって、「かき氷」と「エスキモー」ぐらい遠いもんな。とりあえず「続き」とか言ってますが、もしかすると、もっと遥か彼方まで離れていってしまうかもしれませんので、それはそれで、いつものごとく、ご容赦あれ。
 それはそうと、
「最近は、ページ更新が以前に比べると異常なくらい頻繁で、楽しみにしている者としては、たいへんうれしく思います。それはそれで、とてもいいのですが、何かあったのですか?」
 というようなメールを最近よくいただいております。
 別に、たいしたことは何もありません。ねんがらねんじゅう体調が悪いのは、昨日今日始まったことではありませんし、石川先生や財前教授のように、胃癌に鞭打って、命の最期の炎を燃やし尽くそうとしているわけでもありません(テレビドラマ観ないシトには、わかんない表現ですね、こりゃまた失礼)
 わたしの命は、サイパンのチャランカノワ・ビーチで米海兵隊に向かい、安田講堂で水浴びしてから、市ヶ谷で腹かっ捌いたときに、尽きております。なんて、今期のテーマは「ホラ話」ではありませんでしたね、失礼失礼。
 いや、その、CSSのせいで、ページの更新がレイアウトも込みで楽になったというのと、それもあって、ネットスケープ社依存体質のマッカーが、やって来なくなったもんだから、らくーにバカ話を続けることができるようになった、というのが第1の理由です。
 他にも理由があったような気がするんですが──忘れてもーた。
 ま、ひとえに、頻繁に読んでいただいている、みなさまのためでございますことよ。なんてえ、法螺を申しまして……。わはは。
 そういや、妙なメールもあったなあ。
「関西系の言葉づかいもあれば、東京風の言葉もあるし、かと思うと、九州言葉の表現も見受けられます。多分、意識的にお使いなのでしょうが、いったいどちら出身の方なのでしょうか。非常に不思議に感じました」
 関西系のイントネーションしか使えない(あるいは、使わない)人って多いですよね。かと思うと、きちんと昔ながらの「東京言葉」を話せるのに、標準語(山の手コトバみたいなの)にシフトして表現しようとしている人もいます。どっちが、傍若無人で品がないか、というと、当然前者ですね。ところが、関西系のコトバは、表現のヴァリエイションが圧倒的に多いので、実は、かなり便利であったりもします。それら以外の土地のコトバでも、感覚的に「ナマ」な感じを表現できるものならば、躊躇なく使います。だって、おれ、ニッポン人なんだもん。でも、一般的に、北の方のコトバは使わないかもしれません。文章にしちゃうとワケわかんないからです。
 文章を書く時に、標準語(と呼ばれる「国営放送語」)を執拗に追っかけるのは、ブラウザの互換性を気にしてばかりいるのと同じだと思うのですよね。もちろん「多くの人に可読性のあるものを提供したい」と考えるのは、論理的根拠のある態度だと思います。しかしながら、非標準語でのみ可能になる表現があるのであれば、問答無用で利用するってえのは、実に、このページには相応しい態度であろうと思うのです。
 もっとも、視認識性から考えると、文字にしたときに、いちばん「読みやすい」のは、標準語なのですけどね。そこいらのバランスも考えて、イロイロと奇妙な表現をやっているのが、この界隈だとお思い下さい。CSSだって、ことば使いだって、要は、表現技法でしょ? そういうことですよ。
 そもそも、「ブラウザの互換性」なんてえものに、いちいち、かかわりあってるヒマがあるんだったら、「言語の互換性」の方をなんで気にしないのでしょうかね。世界一般からは、非標準である「日本方言」しか使わない(使えない)というのは、「多くの人に可読性のあるものを提供したい」と考える態度からは、最も乖離しているのではないですかねえ。

 実は、上記の考え方は、「経済性の論理」からいくと、穴だらけなのですが、それをわかった上であえて、書いているのは、どういうことなのか、そのへんは、忖度してくださいませ。
  南蛮渡来のこの蕎麦で  
 さてと、「続篇」と言っているのは何かというと、あまりにも、拍子抜けしそうで申し訳ないのですけども、「カレー南蛮」のことなのです。
 昼食時にそば屋に入った、件のサラリマンふたり組の片方は、

  「えーっと、うなぎのお客さんは?」
  「あ、おれおれ」

 ということで、うなぎを食べることができました。さて、もうひとりが、注文した「カレー南蛮」の方は、どうなったか、というお話でございます。
 通常ですと、「カレー南蛮」なんてえ注文の仕方をしようものなら、「そばですか? うどんですか?」と聞かれるものです。前回は、そこをすっとばしましたのでございます。ま、正確には「カレー南蛮そば」を注文したとお思い下さい。
 で、前回申し上げたような「うなぎ構文」を、理解どころか、認識せずして使うのは、実はよくあることだと、思うのです。半分以上「日本語の責任」ですからね。しかしながら、「カレー南蛮」という用語に関しては、ちょっと考えなきゃならないと思うのですよ、それが一般化された習慣だとしても。
 面倒くさい書き方をしてますが、ま、すぐに、わかりますんで、ご勘弁を。
 たぶん、注文したこのサラリマンは、「カレー南蛮」ではなくて「カレー南ばん」を頼んでいたと思うのです。おそらく、「お品書き」には、そう書かれているのではないかな。そんでもって、「カレー」というのが、「カレー味」を指すことは自明ですから、問題は、「南ばん」部分にしぼられます。問題ってえこたぁねえか。
 ご存知のように、「南蛮」というのは、「東夷」という言葉と同様で、差別語です。なんで、あの「カレーなんばん」に、「南蛮」という文字が使われているのか、それを疑問に感じたり、知りたいとは思われませんか?
 「よく売られているマウスは、2ボタンなのに、なんでうちのマウスは、1ボタンなのだろうか?」「自分が、いま、何のソフトを使っているのか、そんなこと考えるのはとうぜんなんじゃないだろうか?」「なんでもかんでも、いろいろ設定して、自分用にする方があたりまえなのではないだろうか?」「なんで、みんな、じぶんのが、いちばんイイとおもっているんだろうか?」──等々の疑問を、通常の人類ならば発生させるのです。そうではない非「人類」を「マッカー」と呼んでいるのです。
 知識的前進を一切拒絶して、おのれの肉体を嘗め回すことによってのみ、その自己存在感を確認しているのが、マッカー(そして、アカ日新聞をヘーキで読める連中、キョーサントーにへーきで寛容である連中、さらには、大企業と官公庁の言うことに匿名のモンクをたれていれば、それでよしとしているクソッタレども、も)と、わたしが呼ぶ、唾棄すべき連中なのです。
 けっして、誤爆はしない。
 あのクサレどもの脳髄をピンポイントで、とらえてみせましょう。
 もっとも、脳髄があれば、の話ですがね。わはは。
  なんばんだ、なんばんだ  
 おっと、「南蛮」の説明が、どっかに行っちまってましたな、すみません。えーと、以下の説明は、わたしが、知ったり、聞いた範囲のことですから、「ホントにそうなのかどうか」ということは、よく知りません。もしかしたら、他の説もあるかもしれませんし、また、正確な説明になっていないかもしれません。

 用語に関しては、グループを考えることで、大体の見当はつくものです。「カレー南ばん」「鴨南ばん」「鳥南ばん」等々、それらの用語のグループから考えると、「主たる具材とは無関係に」なんとなく「煮込んだスープがのっかってる」もののことを指すようです。ところが、近所のそば屋にあったのは、「鴨南せいろ」というものでした。まあ、つけ汁がそうなっているのですが、要は、必ずしも、食する形態をもって、「南ばん」と呼んでいるわけではないようなのです。
 これらの共通点を探ることが必要となります。カレーだろうが、鴨だろうが、無関係であり、さらには、その形態とも関係ないとなると、「それ以外の食材」に目的のものを見出さねばなりません。──で、結論から言うと、それは、「ねぎ」なのです。
 かつて、「難波」と呼ばれる地方は、土地がそれほど肥えていなくて、葱ぐらいしか育たない場所だったそうです。そうこうするうちに、名産になってしまったらしいのですね。これは、人口の増加とも無関係とは思われません。そして、ねぎを加熱して、その甘み成分を引き出した食べ物を、たとえば、「鴨ねぎ」とか表現するかわりに、あえて婉曲し、その名産地にちなんで「なんば」と称したらしいのです。これが「なんばん」という用語の始まりらしいのです。

 はい。以上の話を、コンピュータ関連のたとえ話として、考え直してみて下さい。それで、前回の続きはおしまいです。
 ふう。
 問題は「カレー南ばん」という表現に「なんでなんやろ?」と思った人間がいるということにあるのであります。変だな、と思ったら、アプローチしてみなきゃねえ。それが、人類と呼ばれるべき存在じゃない?
 たぶん、Windowsマシンを使っている人は、みーんな「変やなぁ、コイツ」とか、「なにしとんじゃ、ワレ」とか、「いーかげんにせんと、ぼてくりこかっそ!」とか、そういうことを乗り越えて来ていると思うのです。そうじゃないヒトもいるだろうけども、「は〜うちのマックさんは、かーい〜のぉ〜♪」とか、脳みそを使う手段すらとれずに自己存在を確信しているバカッタレの、蒙昧の、チンコロの、劣悪の、ドアホの、石をひっくり返した時にぞわぞわと湧き出てくる虫のような連中が、マッカーと呼ばれる存在なのである。
  蘇る赤トマト  
 想像以上に『KIRIN 朝摘みまっ赤なトマト』に関する感想が、多かった。
 うまいんだから、しかたねーやね。
 こないだは、「塩が強い」などと書いたが、どーも、無塩ヴァージョンもあるみたいですな。残念ながら、わたしは、まだ飲んだことがないのですが。
 とりえず、どういうものなのか、示しておきますんで、もしも、興味がおありでしたら、参照下さい。「あまり売れなかったので、今期の収穫は、なし」なんてことがないように強く願う今日このごろでございます。

 『KIRIN 朝摘みまっ赤なトマト』

 ほしいものが、あるときは、じぶんで、うごく。
 これも、人類の条件じゃけんね。

スタイルシート(CSS1)等に関する質問は、常時受け付けておりますが、御質問の際は、具体的な御自分のページのURLを書いていただけると幸いです。
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