| KiLL MACers! 1999 |
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06/22 /1999
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K i L L M A C e r s ! |
聴こえる曲
こないだね、ちょっとしたメールをいただいたんですのよ。
最近は、更新頻度もあがって、たいへんたのしく読んでいます。
読んだ瞬間、うーんと唸ってから、腕組みをした。もちろん、そんなこと、ぜんぜんかまわないのですが、 このページは、ほとんど「西条八十のホームページ」になってますね。 それから、キーボードから離れて、トイレに向かった。5リットルぐらい排泄した。 もしかしたら、5バーレルぐらいだったかもしれない。 手を洗って、洗面所でうがいして、顔を洗った。 顔を拭きながら、キーボードに面して、また、腕組みをした。 ……おっしゃる、通りでございます。 ♪ある〜日ある時 あると〜きあ〜る日 トム〜とジャックが さっさかさっさか お掃除してた すって〜んころりん うっか〜りころんだら ちびっこ光線をあびたように、7分の1になって、わたしは、考えたのでございました。 ラジオやテレビをいちいち参照する必要もなく、この世の歌謡曲やポピュラー・ミュージック(と呼ばれるもの)たちは、とにかく、なんでもかんでも「ラヴソング」なのであった。もしもわたしが、25世紀ぐらいの考古学者だったら、「かくもこの20世紀という時代は色情狂に溢れていたのであった」と結論づける論文を提出して、「なにをわかりきったことを……」と評価され、それから無視されるに違いないだろう。 だからといって、「だれもおれのことなんかわかっちゃくれない」とか「人生ガンバレきみたちも」とか、そういう前向きなんだか後向きなんだかわけのわからない歌詞の唄を聴きたいわけでは、もちろん、ない。そんなもん唄ってるヤツや聴いて喜んでいる連中なんぞ、ガッコ程度のものすら満足にクリアできないのを威張りくさって、しまいにゃヤク中になり果て、逮捕拘留有罪確定刑事被告人懲役なんて転落を成し遂げ、凝りもせずに、またヤクで死んじまうような、バイク窃盗犯のバカである(賭けてもいいけど、あの野たれ死んだバカも、マッカーだったと思うぜ、きっと。マッカーは全員、盗んだバイクに乗っとれ、ボケ)。 イロキチガイは、気分が悪い。ノータリンには、腹が立つ。 だから、西条八十を聴くのである。 とかく「コンピュータ環境」というと、やれ、Windowsだ、Macintoshだ、Linuxだ、Microsoftはどーしたこーした、Appleはどーだこーだ、と、気色の悪いこと甚だしい。それこそ「おまえが、ゆーな」みたいな発言だが、実際、ホンキでそう思っているのだから仕方がない。しかし、態度がぜんぜん前向きでもなんでもないので、こういうものを書いている。 だから、西条八十を聴くのである。 そうだねえ。 「西条八十のホームページ」になっている──というのは、実は、的を射た表現ではありますね。
ここは地の果てアルジェリア
明日は、チェニスかモロッコか。
あしたという日は、明るい日と書くのよ。 脇をしめて、えぐり込むように、打つべし、打つべし。 侍をやとうべえよ。 人を斬るのが 侍ならば 恋の未練が なぜ斬れぬ。 ──というわけで、どう、連想をぶっこいても、やっぱり西条八十になるわけですね。わはは。 ほんとうは、このくらい、ぶっとばした連想(あるいは「妄想」ともいう)オーヴァドライヴの文章ばっか書いていたいのだけれども、ほら、こんな短い、たった5行のものでも、たとえ出典は分かったとしても(そ、そっかな……)、その関連性はよく分からないでしょ? そんなこともないか。そう、単なるコトバ合わせです。そんなモンですよ、フツーは。 古いものを引っ張り出してきて、懐古的になってるわけじゃないんだけれども、こと連想は、蓄積された過去の方向にしか、視線を向けないものだったりしますんで、それはもう、仕方ないことなのですよ。 許されるものならば、ただ、だらだらと、「Little Computer People Project」や、「Lode Runner」や、その他のゲームをやって暮らしていたいとおもうな。もちろん、Apple IIという名前のゲームマシンで……。そんでもって、「おおお、32bitマシンなら、CP/Mが4つ走るじゃないかぁ、わはは」とか、そんなばかなジョークばっか言っていたいと思う。 あまりにも、太古の話なので、つまんないだろうけども、「3個つながってないチロル・チョコレートなんて、なんとなく食った気がしない」とか、そういう発言だと思って我慢してくだされ。もちろん、四角くて1個だけのチロル・チョコレートしか知らない──という人をとやかく言っているつもりは、ぜんぜんないんですよ。
ジュピターには、いつ着くんだ
こないだ、フジテレビで「めちゃ2イケてるッ!」という番組を観た。番組内容に関してはどうでもいい。ザ・ビーナスが「キッスは目にして」を唄っていた。80年代初頭の「すっげえ古い曲」である。
この曲自体が、80年代どころか、それよりずっと太古のオールディーズのスタイルを真似て生まれたものであることを知らないと、とんでもないことになる。徳川慶喜と足利尊氏を同世代人と思ってしまうぐらい変なことなのである。さもなくば、ザ・ビーナスやシャネルズを、ニール・セダカの隣に置く、みたいなとてつもない事態が発生することになる。 これは、1973年の『アメリカン・グラフィティ』(日本公開は翌年年末)が、1962年のことを描いていたのと同様である(ちなみに、監督はジョージ・ルーカス)。もっとも、これは仕方のないこととも言える。時代をスライスするのに、常に同一のスパン係数をもって認識し、切り取ることなど、不可能であるからだ。アステアとマイケル・ジャクソンの時間差を、北京原人とモヘンジョダロ遺跡の人々の時間差よりも大きく感じてしまうのは、仕方のないことなのだ。単に、情報の密度の問題だけではないと思う。もちろん、それが一番の理由ではあると思うのではあるが。 だから、「キッスは目にして」という、オールディーズ・スタイルの曲がかつてあった、ということさえ認識していれば、それはそれでいいと思う。ところが、ほんとうは、この曲の作曲者は、ベートーベンなのである。「エリーゼのために」を編曲して、新たな詞を乗っけたのが、「キッスは目にして」という曲なのだ。オールディーズどころのさわぎじゃあない。どうひっくりかえっても、クラシックなのであった。言ってしまえば「ベートーベンのオールディーズ・リミックス・ヴァージョン」というわけだ。 ホンネを言えば、ここいらぐらいまでは、「最低限の知識」として知っていてほしいと思う。そうでないと、「ブラームスのヒップホップ・リミックス」というような、「笑い」が通用しなくなる(「笑い」ではなくて、「ハンガリア舞曲」だったらマジでできそうな気もするなあ。もしかしたら、すでにあるかもしれないし)。 ここまでは、知識の話である。多くのバアイ、知識・経験至上主義者が伝家の宝刀として用いることの多いものである。特に、私学文系出身のアカモドキに多い。ヒロスエ大学なんて、だいたいがコレの巣窟だと思う。もちろん、偏見である。 実は、わたしが、「キッスは目にして」を聴いてまず思い出すのは、『ガラスの仮面』で、マヤちゃんが、「ふたりの王女」のオーディションのときに、「踊るんじゃなくて、曲に合わせて身体を動かした」、その曲なのであった。 そして、もう一つは、ブライアン・デ・パーマの『フューリー』(78)という映画のラストで、エイミー・アーヴィングが、ジョン・カサベテスの目にキスをするシーンである。「それがどうしたんじゃ」と言われそうだが、具体的には、映画を観ていただくより他にない。もっとも、ビデオ屋にも置いてあるかどうか……。それに、単なる「タイトル連想」であって、直接、曲とは無関係だったりするし。 わたしの言う「連想」とは、そういうものである。 ちょっとつついたとたんに、ずるずると無関係なものまで引きずり出してしまい、逸脱どころか暴走さえ始めてしまうような、そんな「機能」、あるいは「性向」が人類には付与されている。これは、脳神経細胞の、認識と記憶に関わる構造から、必然的に生まれてきたものなのであるが、これなくして、「人類の夜明け」に、サルが骨を持って首をかしげることはなかったのである。あるいは、両眼をしっかり広く閉じたまま、俳優夫妻の裸体を想像することもなかっただろう。 中指が有効に機能することを、知っているだけで、それでいいと思う。 なにか面倒なことがあったら、右クリックを連想できれば、それだけでいいと思う。 連想の迷宮で迷子になって、困惑しても、それでもいいと思う。 なんでもかんでも固定された思考の水路で、メダカの学校をやってるような恥知らずなことだけは、なにがなんでも、したくないと思う。 そういう連中こそが、「明るいあした」と「計画経済」を信じて疑わなかった、人類史上もっとも非論理的なモノであるからだ。
竿竹の夏
よく「たけやぁ〜〜さおだけ〜」という巡回販売の声が聞こえるのでありますが、かねてより「あんなん成立するんだろうか?」と考えておりました。ところが、このバイトをやっていた後輩がおりましてね、イロイロと内情を教えてもらったことがあるのです。
通常は、営業妨害に類するようなことは、書きたくないのでありますが、あんなん、「営業」でもなんでもないので、へらへら書いてしまいましょう。要は、あの竿竹売りってえのは、「はーい、彼氏ィ。映画とか、興味あるゥ?」と、毎年4月頃に、ゴキブリのように現われる「へたれチケット売り」のあんちゃんと同じなのですよ、コレが。 具体的に、どのように、疑似詐欺行為が行われるのか、そして、それらに対して、どのように適切に対応可能であるのかに関しては、Kazuko-HomePageの、「梅園日記」6月5日の文章を参照下さい。 このサイトには、「読んでもいい文章」と「読まねばならない文章」しか存在しません。悪いことはいわないから、万難を排して「読みたまえ」よ、チミ。うちの文章が、「言っていいこと」と「言っても仕方のないこと」しか存在しないのと、好対照であります。がははは。 わたしが、ヒトのサイトを紹介するなんて、信じられないでしょ? そういうことですよ。この重要性は。 ちなみに、通しで読むと、すっごく笑えるところです。 ああ、「また、KiLL MACersと無関係なことばっか、書きおって」と、思ってるでしょ? ノウノウ。そんなことないんですのよ。うふふ。
スタイルシート(CSS1)等に関する質問は、常時受け付けておりますが、御質問の際は、具体的な御自分のページのURLを書いていただけると幸いです。
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