KiLL MACers! 1999
06/30 /1999      
マッカー
   つれな のふりや
 
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  手応えの記憶が  
 えーとですね、ザ・ビーナスのことを書いておいて、ザ・ピーナッツのことを書かないのは、なんともバランスが悪い、と反省したのでございます。ザ・ビーナスの「キッスは目にして」の曲の元は、ベートーベンの「エリーゼのために」であると、そういう話のことです。そこから、『ガラスの仮面』や『フューリー』への連想に移るより前に、「あれ、たしか、なにかを思い出したんだよな……」という感覚があったんですが、実にまったく、書くのを忘れておりました。
 そういや、ベートーベンの「エリーゼのために」をアレンジして作った曲は、「キッスは目にして」を出すよりも前に、ザ・ピーナッツの「情熱の花」がありましたねぇ。いやあ、申し訳ない。

 前述のものは、メールで指摘されたわけではないのだけれども、いただくメールで、はっとして、思い出すものも当然あります。
 とにかく、いろいろあるんですは、リアクションが。
 マウスの話、カレー南ばんの話、KIRIN朝摘みまっ赤なトマトの話、iMac noteの話、そして、グレープフルーツの話……等々。「暴力的なキチガイがやってるサイト」と思って(ま、そりゃ、そーなんだけどさ)、メールなんかするのは怖いと感じていた人も、比較的楽に反応していただけるようになっているのは、やはり、最近の文章が、全然、過激でもなんでもないからなのでしょうね。反省はしないけど、とりあえず、「ほなら、おどれがやってみーや、ぼけ」と、ありきたりに毒ついておくことにしましょうかね。
 もっとも、このページ界隈は、「罵倒芸」のいくばくかを喜んでいただければ、それはそれでいいと思っているんですが、ホンネを言えば、「視線」と「視点」と「立脚点」に関する話題をふっているだけのことなのですよ、これが。ま、最低限、今シーズンはね。だから、テーマを「加速する逸脱」とか書いたりしてるわけでしょ、わはは。
 過激モードに戻ってほしい、等々のご要望は、いまだにちらほらあるのですが、いまさら、そんなのやったってねえ……ねえ。どうやって、無視し、打ち払い、虐待し、侮蔑するのか、その方法論は、もうすでに書いてあるでしょ? 「前のやつを読んでよお」と言うしかないですなあ。それらの方法論の新しい適用例や、微調節に関することを書いているのが最近の文章だと、お考え下さいな。
 そりゃ、むかしは、渋谷のガード下で、からんできたヨッパライを蹴り上げてから、顎の上を狙って肘を落とし、大内で倒してから、人中(鼻の下のところ)めがけて、拳を振りおろしていたこともあります。そのとき、知らずに、笑っていたような記憶があるので、もう、そんなことをするのはやめました。反省はしていませんが、いまは、もう、そんなことをするような体力も気力もござんせん。
 ま、それは、いいか。
 パインアップルと言った方がいいのか、パイナップルと表記した方がいいのか、という局面に対すれば、躊躇なく「パイナップル」と書くだろうと思います。でも、「パインジュース」と書かれてあると、「ま、松じゅーす?」とか思ってしまいます。だからといって、「松林檎」じゃ、なんのことやら意味不明ですし、仕方ないことなのでしょうね。「HP」とか「パソコン」という表記に感じる気持ち悪さは、そういったものと近しいような気がします。
 くだらねえことに、毒ついているいるうちは、比較的、楽なんだけどね。でも、うちの家訓は「バカに近づくとバカがうつる」というもんなんですよ。もっとも、いま、わたしは、家長なんで、家訓なんて作り放題なんだって話もあるんですがね。わはは。
  おれの声が聞こえるか  
 わたしは知っているんだ。「うまいもの」の話をするよりも、「まずいもの」の話をするときの方が、ニンゲンは、異常なくらい「盛り上がれる」ということを。
 これは、ほんと。
 東京における「マズイ店衝突率」は、尋常じゃなく高い。しかも、価格も無謀なまでに高いとくる。「おいおい、これが大阪なら、3日でつぶれるぜえ」と思うような店が、誇張でもなんでもなくて、山ほどある。大阪を引き合いに出してしまったが、この地名は、別にどこでもかまわない。北海道でも沖縄でも同様である。もちろん「口に合わない」とか「味付けに慣れていない」ということはあるかもしれないが、純粋に「マズイっ!」と腹を張って言えるような店が大手を振って存在できるのは、東京の得意技のひとつなのである。
 さらに言えば、東京で「うまい店」とか「はやっている店」と呼ばれるものの多くは、ただ単純に「価格のわりに量が多い」という場合がほとんどである。要するに、東京のニンゲンに、味なんかわかりゃしないのである。腹が膨れりゃ、それを「うまい」と思ってしまうような連中がほとんどなのだ。
 だから、東京や北関東出身のニンゲンが、訳知り顔で、「おいしいお店」とかいう文章を書いているのを読むと、実に噴飯ものである。例を出してもいいのだが、可哀相なのでやめておく。脂身の入り交じった肉を食って、肉の味すら判断できずに、「やーらかいーー」とか言ってるのと、レヴェルは同じである。
 さぞや、東京とその近辺出身の方には、腹の立つ表現だろうと思われる。しかしながら、これは、真実である。もしもそうではないと仮定して、それでは、「なんで、東京では、マズイ店が、こんなにも数多く存続可能であるのか?」という疑問に答えて欲しい。答えは、多分、ひとつしかないだろう。要するに、「まずかろうがなんだろうが、食うことを必要とするニンゲンの量が多いから」である。
 あ、「うまい、まずいは、こじんてきな感覚にすぎないから、それを判断基準にするのはおかしい」などと、チューガクセーみてえなことを考えてるヤツは、もう読むのをやめな。「お椀にだし付きの味噌を入れてお湯でといた味噌汁」と、「だしをきちんととってから、季節の具材を投入し、味噌をといた味噌汁」との味の差を「こじんてきな感覚」と言って思考停止してしまうなんてえのは、「ピカソの絵ぐらいなら、小学生だって描ける」と言ってる蒙昧と変わりがないのだ。
  マルコムX コインのおくり物  
 もちろん、なんやかんやいっても、東京にはうまいものを出す店も多い。多分、数からいうと、世界的にも珍しいくらいうまい店が存在すると思う。その土台には、有象無象の「マズイ店」があるからだとも思う。もちろん、そのほとんどが、「他からやってきた」食であることは、論を待たない。
 かつて、学生のころに大学で、今は亡き安部公房の講演会ってえのがあった。そこで、安部公房が言ったのは、「パリなんて、なんのカルチャーも、インテレクチュアルも存在しませんよ。あそこは、最低の都市です。それでも、いろんなものが、いままで生まれたのは、ざっぱなものを許容する隙間がいっぱい空いていたからです」ということであった。
 トーキョーの食文化というべきものも、それだと思うな。
 まずいものばっか食ってる連中は、基本的に飢えているし、しかも、その許容範囲が異常なくらい広い。これが、東京の強さのひとつだと思う。
 もちろん、だからといって、「大阪のクイモノがサイコー」とか、そんなヒャクショーみたいなことは、金輪際、言いたくない。そこで終わってるような食文化は、何万年もそのままでいればいい。戦後荒廃期にうまれたものを後生大事に捧げて、大阪食文化でございと思い込んでいるようなやからに、発言するような権利はない。
 東京の「もんじゃ焼き」を持ち上げる輩は(あ、マッカーのことね)、非常に可哀相だと思う。だからといって、大阪の「お好み」を持ち上げる連中は、すでにして蒙昧である。いや、その、「お好み焼き」は、大阪風だろうが、広島風だろうが、個人的には好きなので、あまりこういうことはいいたくないのだが、どこもここも、クイモノとして「下品である」ことには変わりない(あ、いっちゃった)。
 この程度のものを、「うまい」と言えるのは、「この程度の連中」であることの証明である。
 なんかさあ、ラーメンに関して、そのスペシャリストと呼ばれる連中の発言って、実に、かつてのマッカーどものセリフに似てるんだよなあ。最初は、ただ単に「ビンボくせーな、こいつら」と思っていたんだけど、それだけでは済まない鬱陶しさを感じるね、実に。「お好み」って、そこまではいかないけど、その陥穽に近づいてるきがするなあ。もちろん、それは、この食文化不毛の地「東京」だからってこともあるんだけども。
  たたき割ったビールびん握りしめて  
 なんか、意味不明な内容でしたね。ごめんごめん。
 カラダの調子が悪いのを押して、ちょっとだけ頑張ってるので、そこらへんは、ゆるしてくんな。
 よし。
 今回の文章に、モンクがあるんなら、メールしてこい。
 「楽しく読んでます」とか、そんなもんは要らない。
 きちんと、モンク、言ってこい。
 ズタボロのカラダでも、内股かけて、頭から叩き落としてやるくらいの反応をしてやろう。

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