KiLL MACers! 1999
08/15 /1999  
マッカー
   撲殺 の館
 

 
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真空飛び膝蹴り    
 今回は、ちょっと楽に書かせていただく。
 本来わたしは、放っておくと、文章を書くにあたって、非常に「硬く」、しかも「読みにくく」、さらには、「一読では理解困難な」ものを書くきらいがある。もちろん、韜晦することを、こころよく思っているわけではないし、笑いに貢献しないのならば、もってまわった表現はあまりしたくないとも考えている。
 だからというわけではないのであるが、アミューズメントの読み物として構成するにあたっては、いくばくかの「削除項目」があり、それを前提として、いつも文章を書いているつもりなのだ。──これでも。
 ホントーは、「マジメくせー書き方するのは、カッコワルイ」と思っている部分が少なからずあるってことだわさ。かの被差別民たるマッカーどもが、眉間にしわを寄せた文章を書けば書くほど、そのノータリン三昧の生活がにじみ出るのと同じである。それでも、かの、ばかったれマッカーが、自分では、「ちょっと笑える」とか「軽い風刺」と思い込んでいる文章の類の低劣さ加減を知ると、背中に油虫を5匹ぐらい入れてしまったような気色悪さを感じてしまう。あの歪曲しまくった「アカハタ」文章と同じである。
 んでもって、それはそれとして、わたしが、書くにあたって「いちばん楽な文章」というのを、一度くらいは、やらせてもらおうかと、思ったわけである。
 あまりにも、ぶっとびそうなので、引用と、それに関する文章をもって構成しようと考えた。もちろん理解のためである。……ところがねえ、いや、その……、案の定、ぶっとんでしまったのだ。自分で書いといて、ナンなんだが「こりゃひでえや」状態である。『ニュルンベルグ裁判』という映画の最初のシーンで、ハーケンクロイツがバーンって破壊されるショットがあるのだが、それに近いものを感じたね。なんて、わけのわからない表現で申し訳ない。まだちょっと、引きずっておるのだよ。
 というわけで、「楽に」書いた文章は、全部、削除した。
 引用しようとしたのは、
   『多様化世界』フリーマン・ダイソン(みずず書房)鎮目恭夫訳
   『ロココからキョビスムへ』ワイリー・サイファー(河出書房新社)河村錠一郎監訳
   『大日本帝国の興亡3/死の島々』ジョン・トーランド(早川書房)
 以上の、3冊である。
 もう、これだけで、どんだけ爆発した文章を書いたのかは、忖度してほしいのだが(ぶははは)、ま、ここには、向かないものだったということである。
 ワカッテル人には、そこまで言及する必要もないし、マッカーには、どのような方法論を費やそうとも、それは無駄だということだ。
 というわけで──
 
 気色の悪リィ マッカーしょくん
 それでも きみは 残った足で 立ち上がりたまえ
 左脇に 装飾過剰なホットプレートを 茫洋と抱え持ち
 中指が朽ち果てたその右手に 悪臭を発する 腐ったウニを握り締め
 きみには凶悪に思える帝国に そのオンチな怒りの声を 力なく発したまえ
 気がつくと 自らの後ろに その歪んだ眼でも 累々と続く荒廃が見えるはずだ
 眼前で 今日も繰り広げられる 魍魎どもの騒ぎに絶望し
 腐食を続ける自らの手で その眉間に 杭を打ち込むことだろう
 まだ声帯が残っていたのなら 断末魔の声でもあげてみたまえ
 ありきたりに腐敗し ありきたりに朽ち果てていく マッカーしょくん
 バカも日曜祭日にしたまえ
 
岩石落し    
 全体、iBookを購入する存在というのは、「なにをするつもりなのだろうか?」
 「インターネットに繋いでェ、Eメールしてェ、ページとか見てェ、そんで、ワープロとか使ってェ、コピーしてくれるともだちとかいるからフォトショップとかでお絵かきしてェ、あと、ちょっとしたら、ホームページとかつくったりしてェ、……そんくらいできればじゅうぶんかなあ」という深遠なる意図のもと(いうまでもなく、勝手にコピーするのは違法行為だぞ)、iMacとかiBookとかを買ったりしちまうんである。なんと、必要にして十分なる「購入動機」であろうことか。
 だから、何度も言ってるように、「そんなモンをシゴトに使おうなんて、金輪際、思うんじゃねえぞ、このどあほ」ということなのだ。
 さすがに、Windowsでも、3.0とか3.1とか、あるいはちょっとひねって、3.11を使ってる人には、「シゴトに使うんだったら、新しくしなよ」と言うと思う(2.0とか1.0とかをいまだに持ってるシトは、明らかに「OSマニア」なので、この際、判断には入れないでおく。わはは)。実際のところ、同時に、いろいろとシゴトのできる方が、イロイロと便利だし、また、イトイロと楽だ。Mac OSでも「ペケ」ってのは、マトモにできるとか言ってるが、アレを現在ホンキで仕事に使ってるシトっているのであろうか? ま、いるんだろうな。自分が何を「仕事」だと思っているのかは、人それぞれだし。
 そんでもって、今度は、大笑いの「Mac OS 9」だとよ。一瞬、眼を疑ったね。「あれ? スラッシュかダッシュが抜けてるぞ」とか。くははは。今度は、ホンキで、マルチタスクに対応するつもりなんだろうなあ。じゃないと、泣くぞ、OS-9が。書いてるコトが、わかんなきゃ、歴史のキョウカショでもベンキョーしてくんな。アケメネス朝ペルシャの隣ぐらいに、のってるぜ、たぶん。
 マッカーが触った、Windowsマシンは、すぐにわかる。
 だいたい、どのアプリケーションも、最大化させて使ってるからだ。
 そーしないと、使えないんだろうね、あのノーミソ水路化の単反射バカどもは。もちろん、「狭いから」という個別の環境的な理由でそうしている場合もあるであろうが、ほとんどの場合、他方向に認識能力を展開できないノーミソのオンチどもが、そういった陥穽に陥ったまま利用しているはずである。
 「みっともない」というコトバは、このためにあるのだな、と認識した次第である。

 ちょっとイイ話もしておこう。
 なんの因果か、iMacを買っちゃったバーカを上司に持つ、サラリマンがいるとおもいなせえ。彼女は、カイシャで、マッカーどもの垂れ流す害毒を、理不尽にも浴びながら暮らすサラリマン生活者であった。その上司が言った。
 「おれ、インターネット買っちゃってさあ──」
 ……数時間、立ち直れなかったそうである。
 不況にもめげすに、会社を辞める覚悟をした彼女が、退社準備をしていたとき、そのバーカ上司は言った。
 「おれのインターネットの電話番号知りたい?」
 ……その後の、彼女のことを、わたしは知らない。

人間風車    
 季節が季節なので、怪談話でもしましょうか。もちろん、「暗喩の密林」なんですけどね。
 ホントーに怖い怪談ってのは、すでに、その本人たちも死んじゃってて、その話を伝える人間がいない、というものであるはずです。だから、伝わってる「怪談」と呼ばれるものは、それほど「コワイ」ものではないはずです。キモチは悪いかもしれないけど、ホンキの怖さとは、ちょっと次元が異なる気がします。
 だから、「怪談」というのは、本当は、心底、怖い話ではありません。「いやぁな気分になる」というくらいでじゅうぶんですし、それが本来、「怪談」であろうかと、そんなことをつらつらと考えていた夏の日でございます。
 酷暑に耐えかねて、仕事をする気も失い、居眠りをしていた午後でした。
 ふと天袋を見上げながら思い出したのです。そういえば、子どもの頃に、あるおじさんから、奇妙な話を聞いたなあ、と。
 当時、そのおじさんは、満州におりました。たまたま、呼ばれて行ったのが、その満州の大きな家だったそうです。なんやかんやで、宴があって、おじさんは、昼寝をしたいと言ったそうです。おおそうか、それなら、とすすめられた部屋で、横になりました。睡魔に誘われるまま、午後のうたた寝をしたそうです。
 物音が聞こえたのか、どうかしたのか、目が覚めました。横になったまま、目を開くと、戸の上の部分、日本で言うところの欄間にあたる場所でしょうか、そこから、女の人が何かを言っています。見えるのは顔だけですが、強い視線で、意味不明の言葉を発しています。「あああ、おれにはわかんないから、だれか他の人に聞いてよ」とそのおじさんは言いました。そして、そのまま、また、うたた寝を続けようとしたとき、部屋に家の主が入って来たのだそうです。
 おじさんは「なんか、女の人が、何か言ってた」と、おじさんは伝えました。家の主は、それに対して、一切なにも言わなかったそうです。起き上がって、帰り支度を始めようかとする宴に戻り、そのおじさんは、あたりを見回しました。さっきの女の人は、いません。聞けば、その宴の場所にいた女性以外の女性は、その家にはいない、とのことでした。
 そして、「誰だったんだろ」とか「何を言ってたんだろ」とか、そんなことすら忘れて、帰路につくころ、そのおじさんは、あることを思い出しました。
 当時の、満州のその家は、最低でも天井まで3メートルはあるような高さのある家でした。その天井に近い部分から顔を出すということは、とんでもない身長を持つ女性でなければ不可能です。なにか、足がかりを作って覗いたのかもしれませんが、その直後に家の主人がやってきていますし、台のようななにかがあったのなら、部屋を出た時にわかったはずです。
 うたた寝状態でしたから、そのおじさんにとっての時間的流れにとしては、直後と感じたのかもしれませんが、実際は、ねいりばなに、掃除かなにかをしていた女の人を見ただけのことじゃないか、と、わたしは、その話を聞いて思いました。
 「でもね、その家に、そんな女のひとは、だれもいなかったんだ」
 そう、そのおじさんは言いました。
 おじさんは、その家に再び赴き、そのときの女の人の姿を探しましたが、やはりいなかったそうです。そして、その家の主に、同じ話をして訊ねてみたそうですが、やはり、その主は、ひとことも答えなかった、ということです。
 別に、特に、「コワイ」という類の話ではありませんが、この夏、その話を思い出しました。昼間に目覚めて、天井に近い部分が目に入ると、誰かの顔がないかと探してしまう自分がいます。幸いにして、いまだ、そんな顔を見たことはありません。
 その、おじさんも、いまは、もういません。

原爆固め    
 わたしは、あんまり「見る」体質ではありません。
 どちらかというと、「聞こえる」ことはありますが、ま、幻聴のようなものだと思っています。これは、話すと長くなりますし、いろいろな方に迷惑をかけるかもしれないので、とりあえず、このへんで。
 あ、見たことも、あるには、あるな。
 近所の小学校の校庭の真ん中から、4メートルくらい浮き上がって立っている、小4くらいの男の子の姿を見たことがありますね。
 そして、近所の通りの角に、クリスマス風のコートをはおった、3歳くらいの女の子が、ぽつねんと立っていたとか……。
 それは、いまとおなじ、8月の暑い頃でした。

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