PC's BAR 第2回
「社長、インターネットがイントラネットなんです!?」

Sorry, Only in Japanese.

 酒場でサラリーマンが集まると、株か、競馬の話しか、しなかったのが、かつてのバブル時代。いま、背広を着た人間が、グラスやジョッキ片手に話しているのは、コンピュータや、インターネットの話題と、相場が決まっている。「呑み屋に来てまで、そんな話すんなよな」とかちょっと思うのだが、どこかコトバの端々に「いやあ、こまったあぁ」とか「どうすりゃ、いいんだぁ」とか困惑とも恐怖ともつかぬものが、見え隠れする。  そうではなく、声高に「パソコンなんていうのは……」と一説ぶっているのは、ほとんど去年PCを買った人間たちだ。それでも、いいとは思うのだけれど……どこか、ずれていたりするんだな、これが。
LAN

Local Area Networkの略。数台のコンピュータをケーブルで接続して、互いの情報交換などを行うもの。だいたいが、オフィス内ぐらいで相互接続されているので、ローカルという言葉が使われている。日本での普及率は、アメリカに比較して信じられないくらい低い。
■困惑の人々
■社長室にて
「なんでしょう? 例の稟議書は、もうお渡ししたはずですが」
「そんなんじゃなくて、ほら、キミ、うちのインターネット、あれあれ」
「はい」
「去年から、うちもインターネットやってるよな」
「ええ、10月ぐらいでしたか……、ホームページをひらきました」
「その後、どうなっている」
「その後って、新製品の案内とかは、毎月やってますし、お正月には、社長の顔写真入りで年頭の挨拶をやりましたけど」
「そうだよな、ウチはきちんとやってるよな、インターネット」
「ええ、インターネット、ちゃんとやってます」
「いや、今日の昼食会でな、『ウチは去年からインターネットやってまして』って言ったら、『そんなのは、うまい使い方じゃない』って言われてな」
「でも、インターネットで情報発信、やってますよ。あ、それじゃ、インターネット・ショッピングのことでしょう。当社の製品はコンシューマ向けのものではありませんから、関係ないですよ、それは」
「いやいや、そうじゃなくてな……えーと、たしか、メモに……、そうそう『イントラネット』とかなんとかいうものを使わなきゃ、これからはだめだって、そういう話になってな。こりゃなんだね?」
 ……二時間後。
「社長、わかりました。『イントラ』というのが、『内側の』という意味で、インターネットの情報に接続するのと同じように、社内の情報を利用することみたいですね、『イントラネット』というのは」
「なんじゃ、そりゃ?」
「要するに、情報交換するのに、インターネットのWWWの形式を使うことみたいなんです。えーと、『イントラネットを使うと、議事録とかそういう社内文書や、いろんなデータをインターネットで使っているツールをそのまま使って、利用できる』そうです」
「『電子メール』とかいうのは、どうなんだ」
「ああ、できるんじゃないですか。インターネットでできるんですから」
「で、なんで、イントラネットの方がうまい使い方なんだ?」
「社外からの問い合せとか、そういったものも、インターネット経由で処理できるので、労働力の削減や、業務の効率アップにつながるようです」
「ちょっと待て。それじゃ、社内のイントラネットは、インターネットとつながっているってことか?」
「はい、それが前提のようですね」
「そんなんじゃ、社外秘のデータとかまで、だれにでも見られることになるんじゃないか」
「それ用に、一般の人間がアクセスできる限界を設ける、障壁ソフトがあるようですね」
「ふん。で、その、イントラネットというのは、いくらなんだ」
「いや、その、いくらと言われてもですね、そういう仕組みのことですから、いろいろと環境で異なってくると思うんですが……」
「だいたいでいいから、いくらぐらいかかるんだ」
「ひとりに1台のPCが必要ですね。それと、それらをクライアントとして使うためのサーバマシンを数台、それに、ソフトと。あ、それから専任の運用者が必要になります。あ、もちろん、ケーブルと、それから……」
「ああ、ちょっと待て。それは、なにか。社内LANを組むっていうことか?」
「はい、それがイントラネットの基盤のようですから、とうぜんそうなるでしょう」
「こないだ、電子メールの導入のときに、試算したよな、たしか」
「はい、それで、予算枠を超える、ということで、電子メールは、再検討になりました。というより、『役員がだれも使えないものを導入するのはいかがなものか』というのが、社長のご意見だったように覚えていますけれど」
「うーん、ま、それはともかく、……で、イントラネットっていうのは、正直に言って絶対必要なのか?」
「さあ、必要かどうかと言われても、ちょっと」
「ま、いい。とりあえず、検討するので、続けて調べておいてくれ」
「社長」
「うん、なんだ」
「稟議書に判をいただけますか?」
テクニカル・ハラスメント

完全な「造語」です。「そんなのも、できないんですかあ」と、デジタル機器に疎い中高年を「いじめる」こと。ほとんど犯罪的なテクニカル・ハラスメントもあって、上司の表計算シートの計算式を「四捨五入」から「切り捨て」に書き換えておき、対外的な責任を上司にとらせる、などということも……たぶん、それはないでしょう。
■インターネットじゃ
■儲からない
 以上は、脚色はしているが、ほとんど事実に基づく話である。
 インターネットのアクセスを経験している人なら、わかるだろうが、企業ベースのホームページの中には、「とんでもないもの」が多い。びっくりするほど重いサイズの写真をページの最初にもってくる。しかも、たいして意味の無いものがほとんど。月イチの更新ならまだ良心的な方で、去年の11月から同じ情報を流し続けているものもある。自社製品のカタログとは名ばかりの、写真とスペック表をだらだらとのせているのも多い。
 まがりなりにも「インターネットで情報発信」と言うからには、アクセスした人間に、何らかのメリットとか楽しみを与えることができなくちゃねえ。「看板立てて、はい、おしまい」程度にインターネットを使うなら、むしろやらない方がいいぐらいだ。
 なぜ、そんな状況が発生したのかというと、要するに、インターネット、インターネットと盛り上がってみても、そうそう儲かるものじゃないことに企業も気づいたということだ。広報の一手段程度に考えている企業がほとんどで、「インターネットなんて、ぜんぜん、なんにもならない」と酔って言っている、とある大企業の部長を見たこともある。
 なぜに、そんな簡単なことに気づかないのかと思うのだが、「現実にある業務の一部」をインターネットに肩代わりさせようとするだけの発想では、その企業は永遠にインターネットを活用することから縁遠くなる。
 そこで、生まれたのが、イントラネットという考え方なのだけれど、このイントラネットの裏には、遠大な陰謀が張り巡らされていたのであった!(っていうほど、オオゲサなもんじゃないんですけどね)。

■電子メールも
■使えないなんて
 ご存知のように、電子メールが、いま、企業で重要視されている。
 本格的なペーパーレスを考えるためだけに生まれたものではない。業務上の煩雑な連絡を、より効率的に行うためのものだ。
 もはや昔話になってしまった感もあるが、「ホウレンソウ」が企業には大事だと言われていた。いやいや、いまだに、そういうことを言っている経営者も山のようにいるに違いない。わざわざ「ホウ(報告)、レン(連絡)、ソウ(相談)」が、大事だというのだから、いかに、その部分が怠りがちになるかということを証明しているようなものだ。
 その怠りがちな部分を電子メールは、積極的に推し進める力を持っていて、現在日本で「電子メール、電子メール」と騒いでいる人々のほとんどは、それを強調しているようだ。
 そういえば「電子メールを使えない人間はクビだ」と宣言した企業があり、話題にもなったのでご存知だろう。けっきょく、みんなが使えるようになったので、クビになる人間はいなかったようだ。それはともかく、理解不可能なのは、「電子メールを使えない人間」なんて、企業に存在するのだろうか?……ということである。電子メールなんて、書式なんてものもほとんど考えなくてもいいのだから、ワープロの方がよっぽど難しいソフトである。ビデオテープの録画予約ができない、というのは、なんとなく分かる気もするのだが、「電子メールが使えない」というのは、完全に理解の範疇の外だ。おそらくは、ただ単に使ったことがないだけのことではないか?

「いや、いや、そうは言うけどね、パソコンも触ったことのない中高年の人間にしてみれば、電子メールと聞いただけで、鉢巻きして、勉強して、キーボードたたいて、失敗して、歳若い人間に頭下げて尋ねて、それでもわかんなくて、で、結局取り残されてしまうっていうイメージなんだよなあ」
 酒場で、とある企業の「パソコンに触ったことはある中高年」の方に言われる。
「でも、それができないと、業務に差し障りがあるんでしょ?」
「差し障りどころか、こないだなんて、会議の日になって、時間を聞いたら『電子メールを確認していないんですか?』って言われちゃって、あやうく、すっぽかすところだったんだから」
「そりゃ仕方ないじゃないですか。企業がそういうシステムをとる以上、それに対応するのが、サラリーマンでしょ?」
「だから、いい歳こいて、がんばってはみてるんだけど、限界があるわなあ……。それにどうも、あのパソコンっていうやつは、効率的だとは思えないんだよな」
 そう言って、その方はまたグラスに口をつけた。

■コンピュータで
■テクニカル・ハラスメント
 電子メールに代表される、企業内情報のデジタル化で、よく言われるのは「ホワイトカラーの生産性の向上のため」というものだ。じゃあ、いままで、すべてのホワイトカラーは、生産性が低かったのか、と言われるとちょっと答えに窮する。正確に表現すると「生産性の低い一部のホワイトカラーの生産性の向上のため」というのが、正しいのかもしれない。あるいは、生産性の継承のためというニュアンスも含まれていると思う。
 これまで、ホワイトカラーの業務上のノウハウは、その個人が独占的に所有してきた。その人が会社を辞めると、そのノウハウは雲散霧消してしまい、だれもそれを引き継ぐ人はいない、というのが相場である。
 ところが情報がデジタル化され、企業に蓄積されるようになると、個々の経験もデータとして蓄積され、結果として、全体的な「ホワイトカラーの生産性は向上する」ことになる。悪い表現をすると、できるだけ、人材の取っかえ引っかえが簡単なシステムというわけである。
 そのシステムに適合しない人間は、自ずと、遅れをとることになる。

「会議用の議事案件は、電子メールで送っておいたフォームで提出してくださいね、って入社したての女の子にニコニコ笑いながら言われたんだけど、そんなのできるわけないじゃねえか。困ったんで、うちの部の若いのに代わりにやってくれって頼んだんだけど、イヤソーな顔して、『そのデータは、部長しかわからないものですから、ご自分でお願いします』なんて言いやがんの。完全にイジメだよな、こういうのは」
「そういうのをテクニカル・ハラスメントって言うんですよ。ハラスメントされたくなかったら、自分でやることですね」
「でもなあ、上司の権限っていうものがあるだろうが」
「いいですか。上司の権限で、部下にやらせるというのは、その分だけ、部下の生産性を阻害しているわけですよ。そんなの、企業の人間が言うべきことじゃありませんね」
 いじめるつもりはなかったのだが、ちょっとだけ、酒場でもハラスメントしてみた。
「じゃあ、企業内の指揮体系とか、そんなのは、どうでもいいって言うわけ?」
「コンピュータっていうのは、そういう風に構造を変えていく性格をもっているみたいですねえ」
 納得できない顔のまま、その人は、グラスの中身を呑み干した。
グループウェア

いちばん有名なのは、何といっても「ロータス・ノーツ」。最近では、TVで宣伝をやっていたりもするので、名前だけは知っている人も増えてきた。このグループウェアの諸機能の中に「電子メール」も含まれると考えていい。

イントラネット

用語の定義が、比較的あいまいなまま使われているので、ちょっとだけ混乱が発生しているようだが、要は、インターネットの便利さを、社内にも取り込もう、というようなこと。がちがちのグループウェアを利用する環境を構築するよりも、手軽に、しかも比較的安いコストで「電子メール」などの社内情報環境を作れるので、アメリカで注目されている。というより、怒涛のような勢いで、広がっていると表現した方がいいかもしれない。

■グループウェアと
■イントラネット
 そうは言っても、電子メールの利用が死活問題となると、いかに「オレにはカンケーない」と言っていた人間も、使うようになる。ときどきトラブルは起こしたとしても、きちんと使っているぶんには、まわりもちゃんと教えてくれる。やがて、そこそこ、便利な部分も見えてくる。
 しかし、次の波は「グループウェア」である。
 電子メールは、分かっても、業務のワークフローをデジタル化するグループウェアになると、さっぱりぐしゃぐしゃになる。実は、それほど難しいものではなく、むしろ、煩雑な流れ作業を単純化したり、迅速化するという面で、グループウェアはかなりに有効なソリューションである。あまりにも卑近な例で申し訳ないが、一番簡単なのが、稟議書だろうか。稟議書作成者が、ワークフローに文書を載せるだけで、担当から、課長、部長、そしてさらに上司へと稟議書を回してくれる。どの時点で決済されていないのかも、すぐにわかる。
 やがて、グループウェアにしり込みする人のところは、未決済の稟議書が常時蓄積されるようになり、社内的な業務の進行を阻害する人間として、評価されるようになるのだ。
 そして、さらに「イントラネット」。
 社内のデータベースの資料をもとに会議用資料を作成するとする。イントラネットを構築していれば、その作業は一挙に終了する。社内データベースを検索し、抽出し、書式を整える。社外の統計資料などが欲しければ、インターネットにアクセスして、最新のものをとってくればいい。これで、インターネットのウェブページのようなプレゼンテーション資料ができあがる。
 それができない人は、どうなるのかというと、説得の材料の全くない会議案件を提出することになる。そんなものは、当然通らない。また、紙にコピーされた資料なんか、すぐに捨てられる。社内共通のデジタルデータとして提出されていなければ、他の部課で利用しようにも困難。社内的な協力体制とて望み薄、ということになる。で、結局その人間は、ほんとうは、そうではないとしても、「仕事のできない人間」のレッテルを張られ、会社による評価も、それを反映したものになる。

■生産性の向上か
■それとも、リストラか
 企業内のデジタル化が、中高年に対するハードルとして、襲いかかってくる。
 なんとかクリアしたように見えても、デジタルの波は、矢継ぎ早にやってくる。いったん始まったデジタル化は、けっして後戻りしない。むしろ、加速するのだ。
 その波に乗り遅れる、あるいは、波を回避しようとすることは、つまり、企業内構成員たる自らの存在価値を着実に下げることになる。これは、明らかことだ。
 これは、自分で自分の背中に「リストラ対象」のレッテルを貼ることに他ならない。それが脅かしでもなんでもない証拠をいくつか挙げてもいいが、あまりにも生々しい話ばかりなので、とりあえず控えておく。それでも、最低限、この「PCリストラ」は、大企業だけのものではなく、中小企業の方へも進行しつつあることを、知っておいてほしいと思う。
 「ホワイトカラーの生産性の向上」というのは、個別の人間の生産性を向上させることだけのためのものではない。「生産性の向上」が望めない「一部の人間」を選別し、積極的に排除することで、全体的な「生産性の向上」を図るものなのだ。

「ま、そんなに、深刻に考えなくてもいいじゃないですか。いまから始めたって、ぜんぜん遅くないんですから。それに、コンピュータって、自分で思っている以上に、気が付いたら、『使えてる』ものですよ」
 少々、フォローのコトバもその人に贈った。何か、判然としない顔つきのまま、その人は、酒場をあとにした。
 その人が閉じた扉の右手に、テーブル席がある。二十代半ばとおぼしきOL風の客が3人で語り合っていた。ときおり聞こえてくるのは、「こんどのノーツが……」とか「こないだ見つけたサイトが……」というコトバであった。
 比較的、嬉々として話しているように見えたのは、気のせいだろうか。
 なんとなくだが、インターネットを中心として進むデジタル化の波は、女性にとって、大きな味方になっているように感じられて仕方がなかった。

(FMV Family No.2, 1996 / SOFTBANK Corp.)