2001年1月
| 1月29日(月) 齢 わりと小器用にいろんなことができると、ついついいろんな仕事への取りかかりが遅くなる。 ちょっと前までは、少しくらい追い込まれた方が勢いがついてよかったのだが、最近、見込みが甘くてヒヤヒヤすることが多くなった。 それを受けての「諸事5分前精神」なのだが、「10分前精神」くらいにすべきかも。 これが、「トシ」というやつなんだろうか、と、ちょっと弱気になっております。 さて、私、明日から2泊3日でスキーへ行ってきます。 ------- 本日の細胞 やっぱり、細胞は弱いなあ。 いいかげんな精製のプラスミドを与えたら、てきめんに死んでしまった。 ちゃんとしたやつで、もう一度やりなおしだ。 1月27日(土) 大雪 関東地方は、たいへんな雪だ。ついに警報も出たらしい(2:44分現在)。 お昼には雨になるという予報もどこへやら。冗談はよし子さんレベルにじゃかすか降っている。 今日は、前々から楽しみにしていた飲み会(=合コン)なので、気合いを入れてスカートをはいてみた。 しかし、足場が悪いので、とりあえずスニーカーを履いて、ハイヒールを持って出かけた。 それにしてもよく降る。 わが地元・板橋区前野町では、人通りも少なく、あたり一面真っ白。 しーんとしている。 第4土曜なので、子どもが何人か遊びに出ている。 手すりとか塀に積もった雪って、なぜか落としたくなるものだが、彼らは本能に従って、かたっぱしからかきおとしている。 おねいさんも負けずに、人目がなくなったところで、すばやく柵の上に積もった雪を落としてみた。 こんな日に出かける大バカモノは私くらいかと思ったら、池袋へ向かう東上線は人でいっぱい。みんな興奮しておしゃべりをしている。 大バカモノだらけでうれしくなる。 電車の中の子どもは、座席に膝立ちになって窓に向かう、お決まりのポーズ。 「ねえ見て! 木が雪になっちゃってるよ!」 それは、木に雪が積もっている、と表現するのだが、木が雪になってる、のほうが実感がこもっている。 子どもは詩人だ。 本郷に着いて歩くうちに、寒さと足場の悪さに耐えきれなくなった。 本郷通りのマルセイユ靴店の店先をのぞくと、完全防水のブーツをたくさん売っている。 しかも安い。 お店のおじちゃんに、小さいサイズのを出してもらうと、これがぴったり。 足首も暖かく、脱ぐ気になれなくなった。 というわけで、お嬢さま、3900円の防水ショートブーツお買い上げ。 研究室に着いてみると、誰もいない。 理学部2号館の大バカモノ率は低いようだ。そうでもないと思っていたんだけど。 今日の実験では「室温」での反応を行う。が、今の環境は、とうてい常識的な室温ではない。まずは部屋をあたためて、それから始めることにする。 ついでに自分の体もあたためないといけないので、お茶をいれる。 ------- 本日の細胞 COS−1細胞という細胞に、遺伝子を導入する。 今回は、細胞への毒性も低く、多量に導入できる方法を採る。 細胞膜と同じ成分の人工的な膜にDNAを結合させて、それを細胞に取り込ませるやり方だ。 たくさん遺伝子を発現してね♪ 1月26日(金) 願いごと 実験が難航している。 その理由を一気に解明できるようなデータの載った論文を見つけ、喜びの小躍りを踊ってしまった。 ・・・という夢を見た。 目が覚めて、夢だと気づいた瞬間、頭の中で、歌姫・松山恵子女史が「バカネ」と歌った。 それにしても、やはり夢には願望が出てくるんだなあ。 1月25日(木) 平凡な一日 研究室に来て、お勉強をして、土曜日の飲み会の下準備をする。 ここまでが午前中。 お昼から、K塾へアルバイトに行く。 しかし某生徒クン! この期に及んで「DNAってタンパク質じゃないんですか?」はヤバイでしょう。 でも、今わかってよかった、よかった。 それにしても、「つまみぐい」でお勉強をする生徒のなんと多いこと。 もっとも基本的な理解がなくて、言葉のつながりだけで事象を把握する、というのは、抽象的思考に長けているというべきか、否か。 研究室に戻ってしばらくしたら、植物の先生がステロイドの話をしに見えた。 ブラシノステロイドといって、最近植物界で大はやりのステロイド。 分化の最後のところに効くらしい。 分野の違う人と話をするというのは、とても刺激になる。 改めてそう感じた。 動物のホルモンもがんばろうぜ! 1月24日(水) 「・・・しか〜ない」 若い女性向けの雑誌の見出しで、最近よく見かける構文がこれ。 「・・・しか〜ない」 たとえば、今週のオズマガジン。 「ホントに効くものしか欲しくない」 のようなもの。 ほかにも「似合う服しか着たくない」など、当たり前じゃん、とツッコミたくなるような見出しがよくある。 文明評論家ふうに分析すれば、あふれかえる情報の中で、ほんとうに必要なものだけを労することなく知りたい、また、限りない欲望が放恣に広がることに危機感を持ち、真に自分を豊かにする欲望だけを追求したい、というようなことだろうか。 分析はともかく、「・・・しか〜ない」は、けっこうインパクトと説得力がある。 私なりに応用してみると、 「成功する実験しかしたくない」 もちろん、失敗は発明の母。科学は失敗から生まれると言ってもよい。 が、わかっていても、理由のわからない失敗は、やっぱりうれしくない。 ----- 本日の細胞 実験の失敗の理由がわかった! どうやら、せっかく細胞クンがつくってくれたタンパク質を、ぜんぶ壊してしまっていたらしい。 それじゃ、うまくいくはずがないよね。 せっかくの細胞クンの好意(?)を無にしてしまっていたわけだ。 すまん。 輝かしい未来へつながる失敗、ということで許して。 1月23日(火) かゆいところに・・・ 本日、修士論文を提出。 しめきりの2分前。・・・「諸事5分前精神」には、3分ばかり足りず。 修論が終わったんだもーん、と言っても気は抜けない。 発表までに、まだまだやるべき実験は山積み。 というわけで、引き続き働いてもらう細胞クンのエサ=培地の準備をする。 培地は、それぞれの細胞の好みに合わせ、いろいろな栄養が粉末になって売っている。 その粉末を水に溶かすだけ・・・なのだが、これが一苦労。 とにかく、無菌状態にしなければならないので、培地を入れるビンの洗浄からして大仕事なのだ。 細胞に毒なものを入れてはいけないので、洗剤も使わない。 どのようにするかというと、ひたすら、ひたすら、ひたすら、水で力いっぱいゆすぐのだ。 ひとつのビンに水を3分の1ほど入れて、しゃこしゃこと20秒ほど振りまわす。 水を換えて、これを9回くりかえす。 仕上げに超純水でまた9回ゆすぐ。 ビンが何本もあったりすると、ほんとうに腕が痛くなる。 そのようにしてきれいになったビンを、160度の高温で乾熱滅菌してできあがり。 ところで、こういった洗い物をしている最中、顔がかゆくなるのはどうしてだろう。 両方の手がはなせないにも関わらず、鼻のわきとか、おでことかが、無性にかゆくなる。 人が見ていないのをいいことに、思いっきり顔をゆがめても、収まらない。 がまんできなくなって、濡れた手でかくと、その場はすっきりするのだが、しばらくすると、濡れた跡がじわじわと乾きはじめて、またかゆくなる。 不自由だ、という切迫感がかゆみを呼ぶのだろうか。 食器を洗っていても、同じ現象が起こる。 そういえば、小さいころ、ピアノの練習をしているときにも、よく顔がかゆくなった。 こっちは集中力の欠如だろう。 同じような経験をお持ちの方、解決法があったらご教授ください。 1月22日(月) 寒い朝のゴミ出し まともなお勤めの方々は、なんの苦もなく、出がけにゴミを持って出ればよい。 やくざな商売の私は、出勤時間とゴミ収集車が来る時間にタイムラグがある。 家を出るのが9時過ぎ。ゴミ収集車が来るのは8時過ぎ。 したがって、寒い朝は、ゴミ出しに行くのにけっこうな勇気と決意がいる。 (心の叫び) - これがなければなあ、もうちょっと、パジャマのままでぐだぐだできるのになあ。 そんな弱い心をケッとばすべく、私がゴミ出しの際にしていること。 それは、駆け足である。 (あまりゴミが重くないときに限る) マンションのエレベーターに乗っているときから、軽く飛び跳ねるなどして、準備運動をする。 (同乗者がいないときに限る) (ほんとうは、危険なのでエレベーターの中で暴れてはいけない) 降りた瞬間、左右の安全を確かめて、エイッと走り出す。 ゴミ集積所に着くころには、血行がよくなり、だらけた体がなんとか締まって、 出がけのぐだぐだがウソのよう。 向こう三軒両隣のおばさま方にも、笑顔でご挨拶できるというものだ。 (それにしても、なぜ、おじさま方はあんなにむっつりしてるんだろう) 家に戻った後のコーヒーもおいしい。 寒い朝のゴミ出しが苦になる方は、お試しあれ。 1月21日(日) センター試験 今日はよく晴れて暖かい日だった。 昨夜の大雪にも関わらず、ぶじセンター試験は行われたようだ。 JRは一晩中、空の列車を走らせて、ポイント凍結などへの対策をしたという。 それだけの労力を払っても、走って当たり前、走らなかったら大文句。 「お仕事」というのは、厳しい。 センター試験の監督に駆り出されていたA助手さんが、夕刻、研究室に現れた。 例によって例のごとく「はぁ〜」と一つ、ため息をつき、研究室所蔵の銘酒・浦霞を取り出す。 例によって例のごとく、私も少々お相伴。 ちょっといい気分の日曜日である。 1月20日(土) 雪ふたたび 東京地方は、雪が降りはじめました。 板橋では、わりに積もっています。 今日の最高気温は4度だったそうで、寒いわけだなあ、と感心しました。 さきほど、雪の中を母と買い物に行った帰り、積もりはじめた公園の雪の上に、思い切り足跡を残してきました。 明日の朝には消えちゃうかな? みなさま、あたたかくしてお休みください。 よい週末を。 1月19日(金) 古酒 細胞を培養しているクリーンルームには、タンクに大量の70%エタノールを入れて置いてある。 作業する場所や手を消毒するのに、しょっちゅう使うからだ。 この前から、このエタノールで手を消毒した後、しばらくすると、その手からなにやら酸っぱいにおいがしてくることに気づいた。 たいへん気持ちわるい。 しかし、70%のエタノールというのは、腐るものだろうか。 僻地にサンプル採集に行く人たちは、固定液がないときに、虫とか魚とかを焼酎やウォッカといった強いお酒に漬けて持ってかえるという。 (放射線生物学研究室のNさん談) 腐るはずがない。 4年生のEくんの手にも、問題のエタノールを吹きかけて、 「ほら、くさいでしょ」 とにおいをかがせたら、やはり酸っぱいにおいがするという。 うーむ、と悩んでいたら、助手のMさんが、いとも簡単に答を出した。 「酢酸になってるんじゃないの?」 C2H5OH(エタノール)が酸化されて、CH3COOH(酢酸)になる。 古いワインが酢になるのと同じ。 あたりまえの現象だった。 考えてみれば、クリーンルームは、使用していないときはUVランプを点灯している。 空気中の酸素だって、ラジカルになるだろう。よけい酸化されやすいはずだ。 なんで、こんなかんたんなことに気がつかなかったかなあ。 こんなことではいかんぞ、生物学者! 1月17日(水) まったくのひとりごと アサヒ・コム、中坊公平氏のコラム第9回より: 幸せは身近なところに、それを感じられる人の胸の中に――これは、本当の幸せをつかまなかった者の諦観(ていかん)なのだろうか。 そうではないと私は思っている。当時私は、自分が何のためにこの日々を生きているのか、途方に暮れていた。その日その日生きていく力をどこから得たらよいのか。そんな私にとって、これは啓示となった。 何の具体的な道も見えてこないことに変わりはないけれど、あたりの空気がうっすら明るさを帯びてきたようだった。 上を向いて歩こう。 ------- 本日の負傷 先日、論文を読んでいて、そのはしっこで中指の先を切ってしまった。 さらに昨日、まったく同じところを、ふたたび別の論文のページで切った。 名誉の負傷也。 本日の細胞 ずっと飼ってきた細胞クンたちに、いよいよ働いてもらい始めている。 こちらのお膳立てが悪く、なかなか本来の力を発揮してもらえない。 申し訳ない。 おねいさん、がんばるからね。 本日の義務不履行(&履行) 院生会の自転車のパンク直し、すっかり忘れていた・・・ 使っているみなさま、ごめんなさい。 さっそく修理します。 *** ** *** 14:40分現在、理2号および生0号、ぶじ復帰しました! 放っておいたおわびに、甘いものを置いてありますので(尾崎さん部屋)、 お召し上がりください。 ご迷惑をおかけしました。 1月16日(火) 悪いニュースとよいニュース アメリカン・ジョークでよくあるパターンが 「いい知らせと悪い知らせがあります。いい知らせは・・・、そして悪い知らせは・・・。」 と落ちをつけるもの。 この「A good news and a bad news」式の毎日を、日々送っている。 悪いことがあったかと思ったらいいことがあり、喜んでいたら、また悪いことがあり。そのサイクルが、とても短いのだ。 ジェットコースターに乗っているようで、心臓に悪い。胃にも悪い。 昨夜の実験の失敗に落ち込みつつ学校に来たら、 卒研のときの上司・S先生がよいニュースを持ってきてくださった。 うれしい。 すべて、S先生のおかげである。もう、駒込方面に足を向けて寝られない。 また今日も働く意欲がわいてきた。 1月15日(月) 修論提出まで、あと一週間(と一日) というわけで、焦っている。 この期に及んで、まだデータを取ろうとしている。というか、取らないといけない。取りたい。 したがって、今書ける分だけはとっとと書いてしまい、まだやっている実験のほうは、上がったら即、論文に追加するだけにしておこうと考えている。 ゆうべ、ほぼ徹夜状態で書いたおかげで、3分の2強を書き上げた。 動物学会のときの発表原稿があるのがありがたい。 さらに、先日の「脳鼻下垂体」シンポジウムのポスター原図があるのもありがたい。 今日中に書いてしまえば、今週は実験に集中できそうだ。 私の今年の目標は 「諸事5分前精神」 そのココロは、 ・締め切り当日にレポートを書いたりしません。 ・発表の準備は一週間前までに終わらせます。 ・直前になって、てえへんだ、てえへんだ、と八五郎のように騒ぎません。 ------- それにしても、今朝は寒かった。 昨夜、関東地方は軒並み氷点下、という予報が出ていた。 道ばたに氷が張っているのを見て、なるほど氷点下だったんだな、と納得した。 霜柱が立っているのも発見。 さっそく踏んづけてみたが、思いのほか固くて、期待した「さくっ」という感触が得られなかった。 ごちごちになっているのだ。 息の白さも、今朝は牛乳のように濃かった。 1月13日(土) トランスジェニック・サル 続き 昨日の「遺伝子組み換えサル」について。 筑紫哲也氏のNews 23では、『クラゲ猿』というものすごい見出しをつけていた。 うーむ、ますます誤解を招く表現だ。 ぷにゃぷにゃの、水っぽいサルができたみたいじゃないか。 キメラじゃないんだけどなあ。 クラゲがつくるタンパク質を、ただ1種類、つくることができるだけなのに。 クラゲ猿。 News 23では「クラゲから抽出した遺伝子をサルに入れた」という表現をしていたが、これがいけないのかな。 クラゲのゲノムを1セット、そのままサルに組み込んだみたいに思えてしまう。 遺伝子操作について、じゅうぶんな倫理観を持つためには、「この程度なら」という感覚が危険なのはわかる。 科学者は常に、まともなヒューマニティと感性を持ち続ける努力をすべきだ。 でも、はたして報道する側は、今回の仕事が、一連の研究の中でどういう重みと価値を持つのかを、正確に認識しているだろうか。 ただいたずらに、センセーションやショックを煽っているだけでないことを祈る。 GFPは便利なので、世界中で広く使われている。 もちろん、わが研究室でも、使っている。 この業界では、かなり身近なタンパク質だ。 ------- 本日の道案内 私は、よく道を聞かれる。 街を歩いていても聞かれるが、キャンパス内だと、ほんとうによく聞かれる。 なぜだろう。 この親しみやすいインターフェースのせいだろうか。 いろいろ考えてみたが、よくわが身をふりかえれば、当たり前だ。 年頃の女の子なのに、手ぶらでジーパン履き。ダウンジャケットのポケットに手をつっこんで、すたすたとキャンパス内を歩いていれば、土着の民に見えるに決まっている。 1月12日(金) クラゲの遺伝子を持ったサル 時事通信から: ◎遺伝子組み換えサル誕生=霊長類で初、がんなどの治療研究に期待−米 【ワシントン11日時事】 12日発行の米科学誌サイエンスによると、米オレゴン健康科学大学の研究チームがこのほど、クラゲの遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換えサルを誕生させることに成功した。 霊長類では初めてで、がんやアルツハイマー病などの治療法開発に大きく役立つとみられている。 今朝のワイドショー『特ダネ!』でも、このニュースが取り上げられていた。 司会の小倉氏が、「いやー、でも、このサルはクラゲには見えませんねえ」と感想を述べていた。 ・・・なに? 聞き逃せない発言だ。 科学者のハシクレとして、こういったニュースの伝え方を改めて考えたくなる。 さあ、生物学関係者でない人たちは、これだけを聞いて、どう思うだろう。 - え? クラゲの遺伝子をサルに入れちゃうの? - サルがクラゲになっちゃうの? - 科学の進歩ってこわいわねえ。 そんなふうに思うだろうか。 断じてそうではない。 このように、SFチックなセンセーションを呼び起こすような報道は、ほんとうにおもしろい科学の本質を伝えないばかりか、誤解を招いて、有害であるとすら言える。 この「クラゲの遺伝子」について、ちょっとだけくわしく説明する。 これは、オワンクラゲというクラゲが持っている、光るタンパク質の遺伝子だ。 このクラゲは水の中で緑色の蛍光を発するのだが、その光のもとになるタンパク質である。 (GFP=Green Fluorescent Protein という) だからと言って、べつに全身がネオンのようにぴかぴか光るサルができたわけではない。 このGFPの光はごく弱いのだ。 では、どうしてそんなものを、サルの中に入れたがるのか。興味本位でサルを光らせて喜んでいるのではない。 このGFP遺伝子は、「標識遺伝子」と呼ばれる。細胞に『しるし』をつける、いわばマーカーのようなものだ。光で細胞に色を塗って見分ける、と思ってよい。 なんの『しるし』か。 別の遺伝子が入ったかどうかを見分ける『しるし』である。 たとえば、ガン遺伝子を持っているとわかっている人が、こどもを産みたいとする。 彼女は、こどもがガンになってはいやなので、自分の卵子に、ガン遺伝子の働きを抑制する遺伝子を入れたい。 でも、ただ卵子にガン抑制遺伝子だけを入れても、ほんとうに入ったかどうかは、目で見たってわからない。 (遺伝子の導入というのは、100%の確率でできるわけではない) そこで、GFPの登場だ。 ガン抑制遺伝子にGFP遺伝子をつなげて、卵子に入れる。 すると、ぶじに遺伝子が入っていれば、その卵子の中ではGFPが光っているので、目で見たらわかる。 光っている卵子を選んで、ダンナの精子と受精させてやれば、ガン抑制遺伝子をもったこどもを産むことができる。 (そういうことをしていいか、という倫理的な問題は別として) 今回、GFPを導入したサルを誕生させた、ということは、こういった目的へ向けての、第一歩なのだ。 - そもそもGFPはサルの中でも、ちゃんと光るか? - 実際にヒトに応用するとして、GFPに毒性はないのか? そういった基礎的な情報が調べられたという点で、今回の実験は意味がある。 けっして、サルをクラゲにしようとしているのではないのだ。 よく、遺伝子組み換えと聞いて、まったく別の生物がつくられると思ってこわがる人がいる。 遺伝子や、DNAそのものを薄気味悪がる人もいる。 しかし、私たちの細胞ひとつひとつにDNAは入っているのだし、たいていの食べ物にはDNAが入っている。 キャベツの遺伝子を持つキャベツを食べ続けたって、私たちはキャベツにはならない。 よくわからないことをいたずらに恐れたり、あがめたりする態度は、危険だ。 わかったように見えること、権威づけられた理論などを、なにも考えずに絶対視する姿勢も、同じように危険だ。 科学者だって、常にそれらの危機にさらされている。 このことについては、いずれ、きちんと議論したいと思っている。 1月10日(水) あこがれ 雨上がりのためか、三四郎池ほとりでは、カラタチの香りがとても強い。 空気はしっとりと湿り気を帯びてあたたかく、きもちのよい日だ。 そんな今日、Apple社から大ニュースが発表された。 「Mac OS X(テン)」が3月に発売とのこと。 何年も前から話題になっていた『水のような外観=Aqua』が、ついに身近なものになる。 いいなあ、見たいなあ、ほしいなあ。 新しいOSは新しいハードウェアで、などと、どこかの電器屋の年末広告みたいなことを考えていたら、さらに大ニュース。 PowerBook G4が昨日、オンラインで発売開始。 さっそくAppleのホームページで見て驚いた。 なんと、チタニウムボディで、とてもクールかつスマートな筐体だ。 2.6cm、2.4kgと、薄く、軽く、しかもパワフル。 またやってくれたなあ、Apple、という感じだ。 (ご覧になりたい方はこちら) ああ・・・ほしい。 喉から手が出るほどほしい。 修論の締め切りを間近に控え、冬の曇り空を眺めていると、ますます憧れは強まる。 1月9日 (火) 実家というもの 帰省していた人々が、さまざまな食料を持って、研究室に戻ってきた。 お茶部屋のテーブルの上が、とてもリッチな休み明け。 わが内分泌学研究室では、今季は暖房設備も整った。 食べ物がたくさんあって、寒くない、という幸せを、しみじみとかみしめる。 さて、私は自宅から通っているので、帰省すべき実家のある人たちが、ときどきうらやましくなる。 「実家に帰らなきゃ」 というセリフを、一度言ってみたいのだ。 「いなかの実家」というものを持たない私にとって、みんなが言う「実家」とは、ふだんの研究生活からかけ離れた、パラダイスのように見える。 そこにさえ帰ってしまえば、物理的に仕事はできないし、完全に世界を切り替えることができそうだ。 実状を聞いてみると、次から次へと食べ物を与えられて太った、だの、帰って一日目はいいけど、二日目以降は話も尽きて退屈だ、だの、いろいろと文句はあるらしい。 でも、そんな文句を言う人たちの目が、一様にやさしいのを見ると、やっぱり「実家」がうらやましくなる。 そんなことを思いながら帰宅すると、母が「毛玉取りコーム」なる新兵器を持って待ちかまえていた。 金属でできたマイルドなヤスリのようなもので毛玉をこそげおとす、というシロモノだ。 電動の毛玉取り器との性能を比較したくなり、さっそく大量の毛玉つきのセーターをひっぱりだす。 最初は力の入れ加減がむつかしかったけれど、鉛筆削りの要領で、慣れればおもしろいように毛玉が取れる。 母と二人で、らっきょうの皮をむくサルのように毛玉をとり続けた結果、お気に入りのセーターは、みごとに往年の美しさをとりもどした。 そんなことをしながら、ろくでもないことをしゃべり散らしていたら、「いなかの実家」でなくても、帰る家がある、というのは悪くないなと思った。 ------ 本日の宝物 朝、隣の幼稚園の子どもたちが、まだ残っている雪で遊んでいた。 てんでに、いろんなことを発明している。 どうしても物かげが好きらしい連中が、植え込みの陰にしゃがんで、なにやらひそひそ話している。 「これ、化石だよ」 「ほんとだ、化石だ!」 なに、化石? 聞き捨てならない。 私は、さりげなく近寄って、彼らが注目しているあたりを見た。 だが、どれだけ目を凝らしても、私には雪に埋もれた石しか見えない。 「よし、これはオレらのたからものにしよう」 「うん、たからものだ」 東京では、雪がつもるのは、どきどきするほど珍しい。 その美しい雪の中にあると、ふつうの石も特別に見えるのだろうか。 1月8日 (月) 初雪 昨夜、東京では、今年初めての雪が降った。 雪は、今朝方まで降りつづき、私の住む板橋では、10センチ近く積もった。 明け方、みぞれが窓をたたく音で目がさめ、またふとんにもぐりこんで、湯たんぽのほうへ足を伸ばす。 外が寒いとき、暖かい部屋の中にいる、というのは、なんて幸せなんだろう、と思う瞬間である。 午後、研究室へ出かけてみると、本郷では、すっかり雪はなくなっていた。 さすがに、江戸の内と言われるだけあって、本郷は都心なのだ。 正月ボケした頭を活性化するべく、少し集中して勉強する。 いささかものごとに倦み疲れていた年末がウソのように、いろんな現象がおもしろく思え出す。 休養は取るものだ。 駅前のスーパーで、大根と食パンなどを購入し、帰宅。 おじさま方が、けっこうお買い物に来ている。 生花のコーナーで、きれいなチューリップの花束を「成人式用」として売っていた。 今日は、成人の日なんだなあ、と思いながら、まだ雪の残る道を歩いていたら、過去にしでかした少々恥ずかしい過ちを思い出し、ギャッと叫びそうになった。 30年後の私は、今ごろの私を思いだし、またギャッと叫ぶことになるのだろうか。 願わくば、もう少し、成長したいと思う。 1月6日 (土) 職業病のはなし これは職業病だろうな、と思われるものは、わりとある。 漢字の変換ミスもそのひとつ。 たとえば、医学部の友人から来るメールで、「消火器」が「消化器」になっていたりする。 よく使う漢字が、先に変換されるのはわかるが、 「昨日、うちに消化器売りが来たの」 ・・・そういう密売人が、家庭に来ちゃ、まずいだろう。 さて、私は、まがりなりにも分子生物学の手法を使って、研究をしていることになっている。 分子生物学の実験には、いろいろと職人芸のような技や、お作法がある。 これが、さまざまな局面で、日常生活に影響してくるのだ。 技のほうはいい。 たとえば、試薬のビンのふたを片手で開ける方法は便利だ。 てのひらと小指と薬指でビンを支え、親指と中指(あるいは人差し指)でくるくるとふたを開ける。 とったふたを、人差し指と中指ではさんで、残りの指でビンをかたむけ、中の試薬を出す。 この方法に習熟すると、運転の途中でペットボトルに入った飲み物を飲むときなどに便利だ。 問題は、洗い物のお作法である。 よけいな物質がついた器具で実験するわけにはいかないので、器具の洗い方にはお作法がある。 洗剤をつけて洗ったときは、少しでも洗剤の成分が残っていてはいけないので、泡が見えなくなるまでゆすいだら、その後なお10回ゆすぐ、という決まりがある。 ふつうの水道水には、いろいろなイオンなどが含まれているため、 仕上げに、超純水という混じりけなしの水でリンスして、器具の壁面にはよけいな物質が残っていない状態をつくる。 余談だが、わが研究室の超純水製造器に、「飲用ではありません」と書いてあった。何一つ混ざりものがないなら、飲んでも害はないはずだが。 なんでだろう。 閑話休題。 いつも、そのようなお作法で洗い物をしていると、どこに職業病が出るか。 それは、当然のことながら、家で皿洗いをしているときだ。 茶碗を洗おうが、コップを洗おうが、無意識のうちに手が10回ゆすいでしまう。 心の中で、ふと「い〜ち、に〜い、・・・」と数えている自分がいるのだ。 そして、ゆすぎ終わったら、これまた無意識に、手が超純水の入った洗ビンを探す。 そりゃ、口に入るものだから、洗剤が残らないに越したことはないが、家での洗い物に、わざわざ分子生物学グレードの方法を持ちこむこともなかろう。 第一、めんどうだ。 わかっていても、10回ゆすがないと、なんとなく気持ちが悪く、後ろめたい。 これを職業病と言わずして、なんと呼ぼう。 あなたの家に、洗い物をしながら、うつろな目で宙を見つめ、何度もコップをゆすいでいる人はいませんか? その人は、かくれ分子生物学者の疑いがあります。 1月5日 (金) 週末の喜び 早いもので、もう金曜日。 しかも、明日から三連休なのだ。 一週間が、金曜日と土曜日と日曜日でできていたら、幸せだろうなあ。 お尻に火のついた修士2年には、休みなどない・・・はずだが、やっぱり世間が休みだと気が楽だ。 休日にのんびりと仕事をするのが、卒研生のころから好きだった。 節句働きのプロなのだ。 今日は、ゆったりと試薬の準備、実験机の整備などして過ごす。 午後には先生とお茶を飲みながら、いろいろと壮大なことを話して楽しむ。 あとは、勉強部屋でパソコンに向かいつつ、電話番。 各業者さんが新年の挨拶にやってくる。 某社のお年賀であるところのメモパッドが、なかなかかわいい。4色のグラデーションがかかっている。 それにしても、新しいオートクレーブ(高温高圧で滅菌する機械)は、なかなか温度が下がらない。 しかも、旧オートクレーブのように、滅菌が終わったら、圧さえ下がれば温度が100度でもふたを開けられる(ほんとは危ないんだけど)、というわけにいかない。 ロック機構が働いているのである。温度が下がるまで、ふたが開けられないのだ。 大きくてきれいで律儀なよい機械なのだが、午後5時以降は、使用者に里心がついていることを察知して、融通を利かせる機能もほしいところだ。 1月2日 (火) 初詣 昔のバイト仲間と、湯島天神に初詣に行く。 (暮れにクリスマスミサに行っておきながら、節操がない) ものすごい人出だった。 表参道の出店で、いろいろおいしそうなものを売っていたが、そんな寄り道をしている余裕はない。匂いだけでがまんする。 それにしても、何年来あるのだろう、「カール博士原案」の占い。 原案、というのがにくい。 本郷まで来たついでに、わが研究室にみなさんをご案内。 飼っている細胞や動物、実験機器などを見せる。 一般の人をご案内するのは楽しい。 液体窒素をおたまですくってみせるだけで、「わあっ」と目を丸くしてもらえるのだ。 ちょっとした手品師になった気分である。 研究室のお茶部屋で、お茶を飲みながらおしゃべりをする。 ほんとうにひさしぶりに会う人もいて、楽しいおしゃべりがつきなかった。 キャンパスの中を案内していたら、寒桜が咲いているのを見つけた。 よい正月である。 -------- 本日の細胞 けっこうびっしり増えている。 ほんとうは今日、植えついだほうがいいのかもしれないが、明日、ということで許して。 本日のMさん 細胞生理化学研究室のMおにいさまは、お正月早々ご出勤。 おつかれさまです。 虫部屋、見せてくださってありがとうございました。 1月1日 (月) あけましておめでとうございます 東京地方はめでたく晴れ、わが家もつつがなく新世紀を迎えることができました。 本年もよろしくお願いいたします。 それにしても昨夜の紅白!(爆笑問題ふうに読んでください) あの会場は、どう見ても白優勢だったと思いませんか? 客席の色とのコントラストで、白が目立ったのかもしれませんが、今ひとつ納得がいきません。 このITの時代に、野鳥の会と珠算有段者、というあいかわらずのローテクもどうかと思いますが。 わが家では、年越しそばを食べながら紅白を見ていました。 大根をすっていたら、ピンクレディーが始まったので、ついつい大根ふりまわしながら踊りそうになりました。 (山芋はすべるので、ふりまわすのには適さない) そばをゆでようとしていた母が、げらげら笑うので、なにごとかと思ったら、おそばに付属していた「そばのゆでかた」の紙を見ているのです。 そこには、こうありました。 「ちょうどよい頃合いまでゆでてください」 ・・・ま、普通の人はそうするでしょうな。 そのちょうどよい頃合いまでゆでるのに、何分かかるか、とか、差し水はどうするのか、とか、そういうのが説明書というものではないでしょうか。 21世紀も、まだまだ課題の多そうな日本国。 少しでも明るいほうへ動き出しますように。 |