2001年6月
| 6月30日(土) おしゃれのこと ナカハシ嬢がパーマをかけた。 フジワラ研のイイムラさんもかけた。 私はといえば、シンポジウム騒ぎにとりまぎれて、2ヶ月近く放ってある。 こんなことではいかん。と反省する折りしも、池袋の地下道で声をかけられた。 自称・都会の妖精としては、キャッチの兄ちゃんと道をたずねる人の区別はつくはずだったが、不覚。 池袋は美容室が多く、競争が激しい。私が行っている、西口の「Accent」の人もそう言っていた。 この客引きさんは、北口の美容室の人だとか。 「今、髪伸ばしてるの?」 「いえ、違います」 (・・・切りたくても、暇がなくて切れないんだよぉ!) 「ネイルとか、どう? 今、爪は・・・」 「伸ばせないんですよ。仕事の都合で」 「塗ったりとか、しないの?」 「すぐ取れちゃうんで」 (・・・薬品で) 「メイクとかはどうしてるの?」 「いえ、全然」 「ふだん、どれくらい時間かけてる?」 「10分以内かなあ」 (・・・5分以内かも) 「そうか・・・うーん・・・でも、やっぱ髪型とかメイクとか、興味あるよねえ。女の子だし」 兄ちゃんも、ずいぶん困ったんだろう。とにかく、「病院に予約入れてあるので」と振り切った。 これでも、きちんと気合い入れておしゃれすれば、見られないことはないと思うのだが。 ・・・でもやっぱり、可及的速やかに美容院へ行こうっと。 --- 先日のハチ 迷いバチの正体を、3階のノナカ教授に聞きに行ったところ、 寄生バチである「ヒメバチ」の一種と判明。 さすがはノナカ先生。 たまたま居合わせた麗しき女性研究者・シンギョウジ助教授が、 「ところであなた、このハチどうしたの?」 とおたずねになる。 「研究室に入ってきたのを、つかまえました」 「で、どうしたの?」 「アルコールに漬けました」 「ま〜、かわいそう!」 ご自分は、いつもウニを大量殺戮なさっているくせに〜。 6月29日(金) 猛暑 今日も暑い。 コンビニの冷たい麺類が、さぞや飛ぶように売れていることだろう。 (私もその売れ行きに貢献した) 癒し系よりも冷やし系、などと口走ってしまうのは、夏バテの始まりだろうか。 今日は何やら忙しい。 TAはたいしたことないけど、院生会関連、比較内分泌学会ニュース関連、セミナー関連と、 妙に雑務が多い。 ま、この業界3年目のきゃりあ・うーまんには屁のカッパさ♪ ・・・今日もビール日和だなあ。 6月28日(木) 満州事変のころ 金子光晴「西ひがし」より: 人間のうえに築きあげた土台がくずれゆく気配について、けぶり一つ感じとっていないのは、 人々がおろかでも、特別に感性が鈍磨しているわけでもなく、 互いに頼りきってしか、一刻を安堵して生きられない人間の じぶんたちがつくりあげた諸般のシステムに頼りすぎて、それが習慣となったからと言うよりほかはない。 そのようにはかない人間は、常に、じぶんたちのつくった依拠に任せきって、 小動物ほども自然に対処する知恵も本能ももちあわせてはいない。 人類の終るまで、彼らは、明日ふりかかっている災害を予知することができずに、 ポンペイの火の灰に埋もれるも、閨房で抱き合って死ぬよりしかたがない。 ・・・ 人間は、それを嘆き、それをかなしむが、その嘆きやかなしみを薬味にして、生活の魅力とし、 次第につのる悪食を断念しようとはしない。 6月26日(火)本を探して ある本を探して、池袋の大型書店を巡った。 旭屋書店、芳林堂、リブロ、ジュンク堂の4つである。 中公文庫の目録には入っているので、絶版になっていないはず。 でも、どういうわけか、どこの書店にも在庫がないのだ。 こうなると、なんとしてでもほしくなる。 ところで、今回書店めぐりをして、対応の違いに驚いた。 親切だったのが、芳林堂およびジュンク堂。 「お取り寄せしましょうか」の一言があったのは芳林堂のみ。 ジュンク堂の店員さんは、コンピュータで在庫の確認をした上、さらに書棚を調べてくれた。 そして、「一週間か10日くらいでまた入ると思います」との対応。これにはとてもうれしくなった。 びっくりしたのは、西武デパートの中にあるリブロ。 「すみません、中公文庫に入っている本を探しているんですが・・・」 と文庫コーナーの女性の店員さんに話しかけたら、ドスドスと足を踏みならして、 「外国からいらした方ですか? 中公文庫はここです!」 私はたいへん驚いた。ふつうの日本語を話したつもりだったが。 「いえ、中公文庫に入っているこれこれの本を探しているんですが、書棚にないので、 調べていただけますか?」 と聞き直したら、引き出しの中を調べてくれたものの、なんともつっけんどん。 忙しいときだったのかもしれないが、これはかなわないなあ。 おもしろかったのは、旭屋書店。 私が探していたのは、金子光晴の「マレー蘭印紀行」なのだが、 この書名は、耳で聞き取るのはむつかしい。 若い店員さんが、懸命にメモしつつ「え? ランイン紀行?」と聞き返し、なにやら赤くなっている。 あわてて「オランダとインドです」と説明したが・・・どんな漢字を想像したんだろう。いや〜ん♪ 6月25日(月) 優雅なランチ 今日は、イタリアン・レストラン「たきち」にて、980円のリッチな昼食。 メインは鰆のソテー。ウニのクリームソースがおいしかった。 つけあわせのジャガイモのオーブン焼き、ナスのソテー、キュウリの漬け物もそれぞれにおいしい。 大ぶりのカップで出されたスープは、なつかしい給食のワカメスープの味がした。 お食事は、ぜんぶお箸でいただく。 帰り際に看板を見たら「串味」という肩書きがついていた。和食なんだろうか。 そのわりに、店頭に大きなイタリア国旗がかかっている。 日伊折衷の、ふしぎなお店。 --- 腹ごしらえをした後は学生実習。 みんな手際が良くなっている。 ネズミの殺し方(頸椎脱臼)を見ていると、女の子の方が思い切りがいい。 男の子はおずおずとしっぽを引っ張るため、かえって無用な苦しみを与えがち。 この性差はなんなのだろう。 --- 本日の迷いバチ 研究室に、妙なハチが迷い込んできた。 黒くて、細長い。地バチのような感じ。 P先生がつかまえてくれたので、フィルムケースに入れて、地下のクボ研へ。 クボ研は、ミツバチを扱っている研究室である。 ササキさんを訪ねていったら、実体顕微鏡に向かって何かしている。 「あ、実験してる」と言ったら、「たまにはね」と胸を張る。 別にいばることではない。 ハチを見せたら、わからないとおっしゃる。 私は、ひそかにここから逃げ出したものだと疑っていたのだが。 ミツバチの解剖を見せてもらう。なんかふしぎな組織がいっぱいある生き物だ。 おもしろそうだなあ、と思っていたら、ササキさんから、甘いお誘いがかかった。 「ねえ、ボルバキアやる人が誰もいないんだけどさあ。・・・戻ってこない?」 うむぅ。なんてタイミングの良いご発言。 いやいや。まずは、今の仕事にケリをつけねば。 迷いバチは、とりあえず100%エタノールで固定しておいた。 6月23日(土) 芝居の快楽 昨夜、六本木の俳優座劇場にて舞台「NEWS NEWS−テレビは何を伝えたか−」を見てきた。 友人である文学座の山谷典子嬢が出演している。 松本サリン事件で生まれた報道被害が題材。 人として苦しみ、痛みを感じるテレビマンたちの表情が生き生きと描き分けられていた。 組織の中にいてもいなくても、人間は小さいし、弱い。 そのことに絶望してはいられないけれども、そのことから目をそらすわけにもいかない。 山谷嬢は、テレビマンたちを追求する高校生の役。 事件当時、私たちも高校生だった。 山谷演じる真摯な高校生の目と姿は、事件とは関係なく、あのころの自分の姿を思い出させた。 あれから7年。いろいろな思いをしてきただろうに、このような高校生を演じられる山谷。 でもそれは、7年間の思いがあってこそ、なのかもしれない。 それにしても、やっぱり芝居はいいな。 あの空間の心地よさにはまると、抜けられなくなりそう。 *藍子ちゃん、森ちゃん、川本さん、ゆうべはどうもでした。楽しかったよ♪ 6月21日(木)2番目の悦楽 先輩のイマオカ氏が、博士論文の予備審査のため、留学先のアメリカより一時帰国。 というわけで、助手のアカゾメさん主導で、歓迎のお昼食会。 イマオカ氏ふくむ7人の学生に、学士会館での洋食フルコースを、どーんとおごってくださるAさん。 さすがは独身貴族。 今までは、研究室の中に先輩がいない状態だったが、やはり自分の上がいるというのは安心できる。 ついでに、私のたるんだ精神もひきしまることを期待しつつ。 ・・・机かたづけようっと。 6月20日(水) トイレットペーパーの謎 理学部2号館のトイレには、当然のことながらトイレットペーパーがある。 トイレットペーパーくらい、同一メーカーのものを使えばいいと思うのだが、なぜかこれが、地味にブランドを変えているのだ。 (使い心地は、さして変わらない) ここしばらくは、東京大学ブランドのペーパーだった。 学内各所から出る大量の廃紙を処理再生してつくられているというもの。 ご丁寧に、ロールを包む保護紙には、天下に冠たるイチョウの校章がプリントされている。 つれづれなるままに、その保護紙に書かれている説明書きを読むと、 「東京大学で発生した、保管期限の切れた事務書類・試験・成績・名簿など」 が含まれているらしい。 ということは、今、第一線でイバって働いている研究者の学生時代の答案があるかもしれない。 そのようなありがたいカミをば、かくのごとき用途に使ってよいものだろうか、と いつもトイレで悩んでいたものだ。 そうしたら、最近、ふたたびメーカーが変わった。 新橋製紙の「Tole-per」(トレ パー)。 トイレット・ペーパーを省略したオシャレな命名だ。 今までの東大ブランドでは、なにか不都合でもあったのだろうか。 偉い先生から、私の答案でシリを拭くなんて! というクレームでもついたのだろうか。 トイレでの悩みは尽きない。 --- 本日の昼食会 P先生グループの学生は、これまで私とエノモトくんのみだった。 そこにこの度、新しく4年生のイケモトくんが卒業実習で加わることになった。 というわけで、今日は4人でのお昼食会。 イケモトくんもまた、マジメな人である。 ともあれ、にぎやかに研究が進められそうだ。 6月19日(火)ネットワークであそぶ わが研究室に新しくやってきたカラーレーザープリンタを使いたいがために、 今日は一日、ネットワークの設定で遊んでしまった。 サーバマシンにはWingateが入っていて、ありがたいことにPC-Mac LANも入っている。 たいていのことができるはずなのだが、ナニをどーしたものやらわからなかったため、今までは、マックベースで構築された2号館LANに直接つないでいたのだ。 というわけで本日の目標は以下: ・新しいプリンタで印刷ができるようになる ・研究室内LANからインターネットにつなげるようになる プリンタについてきたドライバソフトを入れても、なぜかネットワーク上のプリンタでは印刷できない。 というわけで、メーカーの子会社がつくっているネットワーク用ドライバを入れてみる。 今度はきちんと認識したが、どういうわけかモノクロでしか印刷できない。 どうやらソフトのバージョンが古いようだ。 ソフトを作っている会社のホームページに行ってみると、この15日にアップデートされた 最新のドライバをダウンロードすることができた。しかも無償。 これに入れ替えてみると、みごとに美しいカラーで「大江戸線・本郷三丁目駅」の時刻表がプリントアウトされた。 ついでにチタニウムのPowerBook G4のページも印刷してみた・・・きれい(はあと)。 ・・・それにしても、高いお金を出して買った最初のソフトはなんだったのだ? インターネットにつなぐのはかんたん。 ブラウザとメールソフトの設定をして、難なくクリア。 ちょっととまどったのがFTPソフトの設定だ。 WingateのほうのFTPプロキシを設定して、こちらのFetchの設定をいじってみたら、なんとなくできてしまった。 できたのはいいのだが、自分が何をやったのかがよくわからない。勉強しないと。 結果オーライで、なんとかなってしまった。 これからは、古いインクジェットプリンタでいらいらと印刷しなくてもいい。やった♪ --- 本日のプレゼント マレーシアにいっしょに行った農学部のコバヤシ先生から、思いがけないプレゼントが届いた。 コバヤシ先生は、農学部の学生むけに、プレゼンテーションのコツや、英語の発音のポイントを教える 特別講義をなさっている。 その講義のレジュメおよび、論文・ポスターの作り方などの資料をまとめて、大量に学内便で送ってくださったのだ。 とてもうれしかった。 読んでみると、ほんとうに参考になることがいっぱい書かれている。 実際に発表を終えて読んだから、よけい身にしみるのかもしれない。 コバヤシ先生、ありがとうございました。 6月17日(日)ショッピング 昨日は、母とオンワードのセールへ。 会場は芝浦だったので、ついでにゆりかもめに乗って、ビーナスフォートへ行ってきた。 以前、その近くのZEPP東京に行ったときは、連れが殺風景なやつだったため、パレットタウンには寄らなかったのだ。 で、やっと今ごろのビーナスフォート探訪となった。 母と私は歓喜した。 なにせ、女の子の好きなもので埋め尽くされているのだ。 中世の町並みを模した内装、刻々と色を変える空を表現した天井、 こまごましたものをいっぱい売ってる屋台。 舞浜のイクスピアリもそうだが、「あっ。こんなところに、こんなものが!」という発見の楽しさがある。 チーズ屋さんの隣にはワイン屋さんがあるという行き届いたシステム。 試食して買ったブルーチーズは、とてもおいしかった。 *2号館の皆さまへ 月曜から、私の服装およびカバンが若干変わっていたら、それはバーゲンの戦利品です。 てへ。 6月15日(金) 反応 在韓被爆者訴訟について、政府は控訴することにしたらしい。 国内に住んでいれば援護法が適用されるけれど、韓国に帰ったら援護を打ちきる、というのは、どう考えてもヘンだ。 法律に書いてある「被爆者」の定義を見るまでもない。 でも、立法の過程を見るかぎりは、まあ政府は控訴するだろうな、とも思う。 (詳しい方、あとで教えてください) 被爆者援護法ができたとき、どんな議論があったのかなあ。 94年の11月に成立したときは、お恥ずかしいことに私はちっとも知らなかった。 それにしても、この間のハンセン病訴訟のときの、マスコミや大衆の大騒ぎが思い出される。 今回の在韓被爆者の問題は、果たしてどれほどの関心を呼ぶだろうか。 小泉内閣メールマガジンを購読している人の、果たして何割が、このニュースに注目するだろうか。 とりあえず「何か違う」ということで、ノー天気な私も小泉内閣に期待しているけれど、 感傷的、一時的に反応しているだけだと、「右と言われりゃ右向いて、とても幸せ♪」になりかねないな。 6月14日(木) 成長・・・? 小学校5・6年のときの担任の先生が、当時(筆者5年生のころ)のビデオから画像をとりこんで、 メールで送ってくださった。 ![]() ・・・変わっていない。 ここまで同じ顔をしていると、驚いてしまう。 成長していないのか、当時の私がおとなびていたのか。 いや、それはどちらも同じことか。 ちなみに、背後に写っている男の子の背中は、小学校6年間を通じての憧れの人・アベくんと思われる。 当時いちばんよく見つめていた背中・・・のはずであるが、まちがっていたら私の恋心もちと怪しい。 ![]() 榛名移動教室のお弁当の時間。 (先生に、遠足ですか、とうかがって訂正された。情けない記憶力) アグラかいてご飯を食べるなんて、お行儀悪いったら。 ![]() これも榛名。 宿(かな?)の廊下で、オザワさんとイトウエリコちゃんと立ち話をしているところ。 このへんは、コドモの顔をしている。 さぞやぺちゃくちゃとしゃべりまくっていたのだろう。 最新のデジタル技術、そしてそれを駆使なさる先生のおかげで、当時の思い出がよみがえった。 最近、何かとへこむことが多かったが(ものもらいもできているし)、 すっかり楽しくなった。 ありがとうございます、徳久先生。 --- 本日の実習 泳動とブロッティング。 時間がかかってしまったので、飲み物とおやつを差し入れる。 あっという間になくなった。 若者の食欲に脱帽。 6月13日(水)人気の秘密 昨日の朝、丸の内線に乗っていたら、突然、隣に座っていたオバさん(おばあさん?)が話しかけてきた。 「ねえ、ちょっと! アナタ!」 びっくりして振り向いたら、 「ねえアナタ、東上線から来たでしょ」 とおっしゃる。 確かにそうだ。 「アタシずっとあなたの近くに座ってたのよ。おぼえてない?」 うーむ。おぼえていない。 たまたま、めずらしくも憂いに沈んでいたし。 「このTシャツがなんだか目に留まったのよねえ」 ・・・そう引っ張らないでいただきたい。安物なんだし。 しかたないので、「東上線はどちらなんですか?」と話をふった。 オバさんは嬉々として、「鶴ヶ島」と答える。 ・・・遠いではないか! なんで普通電車に乗っていたのだろう。 「今日はどちらへ?」と聞いてみると、銀座だという。 「お買い物ですか?」と聞いたらば(私もヒトがいい)、 「違うのよぉ、銀座で乗り換えて、日比谷へ行くの」 「日比谷」 「宝塚よぉ」 なるほど、それで気分が高揚しているわけね。 「あら〜、いいですねえ」と相づちを打つと、エンエン、おしゃべりが始まった。 本郷三丁目まで相手をして、降りる。 思いかえせば、私は老人に比較的ウケがいい。 以前、三四郎池のほとりで本を読んでいたときも、 うちの病院に入院しているおじいさんに声をかけられた。 そのときも、誰も見舞に来てくれないだのという話に、30分くらいつきあったおぼえがある。 しかし、有用な若い男性に声をかけられたおぼえは、皆無に近い。 それでも、私が老人ホームに入ったらば、今はカッコつけてる男の人たちも、声をかけてくるかもしれぬ。 そのときは、ツンとしてふってやるんだも〜ん、と思うが、考えてみればそれもむなしいなあ。 --- 本日のサッカー 院生会主催のサッカー(フットサル)大会が行われた。 途中まで観戦。 好ましき殿方が、スポーツをやっている姿を眺めるというのも、なかなかにしてよいものだ。 ここでバイトに行かなければならないのが残念。 6月12日(火)二十八の瞳 今日の学生実習では、私が実験のデモンストレーションをしてみせた。 昨日の予備実験がうまくいかず、泣きそうになっていた私とは別人のごとく、きっちりと成功。 「本番に強いですねえ」と助手のA染さん。 ふっふっふ。どんなもんだい。 それにしても、3年生14人、すなわち二十八の瞳にかこまれると、けっこうドキドキする。 でも、感心しながら見つめられるのはいい気持ちである。 誰だか、「理科の教師には、手品師と同じ快感がある」と言っていた。 それを実感。 いや、科学を魔術にしちゃいけないんだけど。 --- 本日のニューアイテム わが内分泌研に、カラーレーザープリンタが入った。 ウィンドウズベースでLANが組まれている本研究室。 マックユーザーの私は、みんなが楽しそうに、かつ快適に印刷している様を、 指をくわえて眺めるのみ。 なんとか印刷できないかなー。 6月11日(月) 報道 大阪の悲惨な事件。 事件そのものの問題点もさることながら、あの報道はなんなのだ。 恐ろしい思いをした子どもたちに、くりかえし事件についてしゃべらせたテレビマンたちへ。 犯人が異常だというのなら、あなたたちの感覚はどれほど正常だというのだろう。 幼い子の口から、友達がどのように傷つけられたかを描写させて、「いい取材だった」とでも言うのか。 それが報道なのか? あの「絵」を正視できた方はいらっしゃいますか? みなさん? --- FIFAコンフェデレーションズカップ、日本の準優勝、よかった。 フランスとの力の差は圧倒的だったが、ここまで力を伸ばしたというのは、ほんとうにすごい。 (んじゃないかと思う。なにぶん門外漢。) 先日、初めての国際シンポジウムで発表をして、大量の反省点がでてきた私。 でも、発表してみなければわからなかった。 私なんかとくらべるのはおこがましいけど、日本のサッカーだって、国際試合にどんどん出たからこそ、今回の好成績だったんじゃないだろうか。 サポーターは、本人が既にもっている能力だけでなく、「学ぶ能力」「伸びる能力」を信頼してほしい。 『結果』『仕事』のお題目? ほんとうに大切なものは、なんだ? 自分の現在の力は、自分がいちばん、わかっているさ。 6月8日 (金) 決勝戦進出! サッカー、コンフェデレーションズカップで、日本はオーストラリアに勝った。 なんともなんとも、うれしいかぎり。 たまたま昨日、いつもお世話になっている3階のノナカ研へおみやげを届けに行ったところ、男の人たちがテレビでサッカーを見ていた。 私が入っていったのが、ちょうど勝った瞬間だった。 これはもう、というわけで、祝杯をあげる。 日曜日が楽しみだ。 --- さて今日。 学生実習のメニューはたいへん楽なものだった。 P先生が、学生にいろいろ「お話」をなさる。 学生も何人かはよく発言した。 いろいろと個性が見えて楽しかった。 やはり3年生。 どことなく、駒場の匂いがする。 わが大学では、1・2年生の間は、駒場にあるキャンパスで、一般教養の講義を受ける。 3年生以降、それぞれ専門の学部に進学するのだ。 駒場キャンパスにおける教養の授業は、ほんとうに質の高いものだと思う。 学問の世界のエッセンスを、実に楽しく紹介してくれる。 (講義をする先生方が、いちばん楽しいんじゃないだろうか) だから、1・2年生で、かなり高い学問的理想を身につけることができるのだ。 (つけようと思えば、だけども) とても美しい絵を描き、問題点も何もかも、非常な高みから見通すことができる。 でももちろん、それを現実のものにするための手法は何一つ得られない。 実際に本郷で自分の手を動かし始めると、ちょっと前まで見下ろしていたはずの果てしなく広いすそ野から一歩ずつ、歩き、もがかねばならないことに愕然とする。 学生実習の3年生が、むずかしい言葉をたくさん駆使して、熱っぽく語るのを見ると、うれしいような、愛しいような、切ないような気分になる。 ・・・やーねえ。年寄りくさいったら♪ 6月7日 (木) TA初日 学部3年生の学生実習、わが研究室の担当パートが始まった。 私はティーチング・アシスタントとして、実験のお手伝いをする。 内容としては ・内分泌器官の形態観察(光学顕微鏡レベル、および電子顕微鏡レベル) ・生理活性物質の検出(免疫染色) ・潜伏睾丸 ・性周期と卵巣機能 ・性腺刺激ホルモンの作用 ・生殖腺の形成 と、わりと盛りだくさん。 先日、マレーシアの空港で、農学部でサカナを扱っているオオクボさんに、この実習内容を話した。 「潜伏睾丸」が耳慣れないらしい。それはそうだろう。 要は、睾丸をあたためるとどのような変化が起きるかを調べる実験だ。 片っぽ睾丸をおなかのなかにあげてしまい、もう片っぽは普通に体外で冷やしておく。 3週間ほど放っておいてから、両方をくらべる、というもの。 あたためておいたほうは、見事に小さくなり、精子もほとんどつくられず、情けないことになる。 オオクボさんにその説明をしたら、何やら感心している。 と同時に、若干オソロシゲな顔をしていると見えたのは気のせいだろうか。 ま、ふつうのお嬢さんは、このような単語や事象を口にすることはないから、当然かもしれない。 さて実習であるが、今年の3年生は、なかなか器用だ。 今日は卵巣を摘出したり移植したり、というような手術の日。 みんな上手にやっている。 私は、ふだんそういう手術をあまりやらないので、すみっこで練習をすることにした。 汗をかいて格闘していたら、M教授がおもしろそうに見ている。 なんとか一匹手術を終えたら、一日の労力を使い果たした気になった。 うーむ。もう少し練習しないとなあ。 6月6日 (水)ぶじ帰国 なんとか発表を終えて、昨日、マレーシア・ペナン島より帰国した。 まだ、体がマレーシアのペースから抜け切れていないので、 今日は、都会を歩くのにたいへん苦労した。 初日から熱を出したり、その熱とのどの痛みを地元の飲み物「サーシ」で治したり、 学会で有意義な話をたくさん聞いたり、ディスカッションをしたり、裏町を散歩したり、 屋台でおいしいご飯を食べたり、タクシーの運転手のおにいちゃんに4時間口説かれ続けたり、 とまあ、いろいろあった4泊5日だった。 発表そのものはいろいろと反省点もあるが、いちおう国際戦デビューを果たしたことは大きな意義がある。 今回のようなフレンドリーな会合で、大物研究者の人たちと親しく話し、 自分の仕事を認識してもらえたことは、なんといっても大きな収穫だ。 それにしても、マレーシア時間というのは、とことん私の性に合うようだ。 あの、なにもかも無節操にミックスした文化もそう。 自分が抱えている矛盾も、道ばたの石ころのように、きれいでもない蘭のように、ただそこにあってよい。 ずっといると向上心はなくなりそうだけれど、自分が自分でいることがとても楽。 それは、私が結局は外国人であるからかもしれないけれど。 今回の旅行記は、近日中にまとめる予定。 お楽しみに。 --- 本日の謝辞 主催者のParhar先生、岡先生、ありがとうございました。 そして小林先生、たくさんの貴重なご助言をありがとうございました。 さらに、このような機会を与えてくださった朴先生にお礼を申しあげます。 |