2002年11

11.18 (Mon.)
 週末は,テス・モナハンシリーズ第4作,「ビッグ・トラブル」.ますます元気なテスの冒険を楽しむ.
 今日から,「田辺元・野上弥生子書簡集」.自らをきちんと律すること.姿勢を正すこと.いたずらに傷つかず,機嫌よくいること.
 言葉の美しさ,思想の確かさ,思いやりの深さ.これこそが教養だと思い,私もそれをほしいと切に願う.

11.14 (Thur.)
 昨日のコロキウムの準備のため,前夜45分しか睡眠をとらなかったら,今日は11時過ぎての起床となってしまった.
 昨日の午後はN先生の会社の人も来る.要は午前と午後,2つのコロキウムだったわけだ.

 今回のコロでは,イントロを大幅に変えてみた.いつもの「ボルバキアは昆虫を中心とする云々」というのをやめ,ファージによる遺伝子転移のおもしろさを前面に出してみた.内容を盛り込みすぎた感はあったが,おおむね好評.ミューズがおりてきた,というほどでもないけれど,ふしぎと筆が走った文章だったせいかもしれない.SSKさんは失礼にも,どこかのレビューからパクってきたのか,と言ったが,まあ,それほどよく書けていたのだろうと解釈しよう.Fちゃん,Mくんは,コロのあとでもディスカッションに来てくれた.K先生も帰り際に「よかったですよ」と言ってくださる.よーし!

11.5 (Tue.)
 週末は福永武彦「愛の試み」(新潮文庫)など.その中から:

『人は生れながらにして,孤独を持つのと同様に,必ず愛を心の中に持っている.愛とは,心の窓を外側から照し出す光のことではない.愛はそれ自体が仄明るく燃え続ける内部の焔である.』

『燃焼ということが自己の完全な投企である場合に,人は自己の孤独を忘れるだろう.しかし,結果として孤独を忘れるのでなく,孤独を忘れるため,現実の孤独の意識を逃れ去るために,強いて自己を燃すとしたならば,その愛は根本的にどこか間違っている』

『そして人が自己の孤独に気づく機会が,逆境にあったり,苦しみを感じたり,死を予感したりする悲劇的な瞬間ばかりでなく,愛するというこの積極的な行為の瞬間にもあるというのは,実は大いに悦ぶべきことなのだ.なぜなら,彼は自己の孤独に思い当るが故に,愛する対象の持つ孤独についても同時に考え及ぶ筈なのだし,自己の傷を癒す前に,まず相手の孤独を癒してやろうと考えることが,愛を非利己的なものに高めて行く筈なのだから.』

『常に酔いながら尚醒めていること,夢中でありながら理性を喪わないこと,イデアの世界に飛翔しながら地上を見詰めていること,---愛に於ける試みとはそうしたものである.その試みは決してた易くはないが,愛はそれを要求する.』

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