2002年10

10.31 (Thur.)
 駒場のS先生にメールをいただく.

10.29 (Tue.)
 海が恋しい.
 陸に上がると,とたんにものごとがごちゃごちゃしてくる.

 しかし,引き受けなければいけないのは,この生活なのだ.逃げるな.目をそらさずに,おおらかに,すべてを受け止めよう.

 EVOLVEに入会.さっそくFさんから歓迎(?)のメール来る.

10.28 (Mon.)
 週末,N嬢と八丈島へダイビングツアー.八重根1本,乙千代ヶ浜2本.黒潮に洗われてきた.
ショップはP's club,民宿は「ろくさん」.

 なにもかもがでかい! そして,体まで染まるほど青い.小雨がぱらつく天気で,水から上がると寒いが,水温は25℃あったし,なにより20mを超す透明度には大満足.シメの温泉も最高だった.
 八重根のアーチには息をのんだ.その下にあった,一抱えはある「スリバチカイメン」の大きさにも.
 魚影はさすがに濃く,イソギンチャクやサンゴもたくさん.乙千代の左,水路はクマノミ天国で,Nちゃんは大喜び.おなじく右の洞窟も魚がたくさんいた.戻りはさすがに潮の流れがきつく,根に手をかけながら進むという感じ.シラコダイの群れの中に,1m級のカンパチを見る.
 ナズマドではカメが見られたらしいが,初心者には少々潮がつらそうだったので,今回は断念.次回は是非.

 インストラクターのTさんは過保護にならない程度に親切で,勘をあっという間に取り戻すことができた.何か見たいものは?と聞かれて,「カイメン」と答えたところ,「あら?」という表情に.聞いてみたらなんと,ちょうど一週間前に,農学部のM先生御一行が,カイメン採りに訪れていたとのこと.世間は狭い.

 真っ青な黒潮に洗われて,船から大平洋を眺めていたら,駆け引きや暗示,きれいな格好をしてちゃらちゃらすることなんかが全て,ばかばかしくなった.

10.21 (Mon.)
 ここのところ雨続き。

 土曜日の放送大学セミナーは成功。SSKさんに「わかりやすかったよ」と言ってもらえたのがうれしい。ほめられるなんて初めてだ。
 とにかく理解しようと熱心に聞いてもらえるので、とても話しやすかった。
 業界の人たちは、まず初期設定として「受け身」かつ「批判的」であり、語り手がどのようにおもしろいと言うか、その論理を聞いて初めて「おもしろい」という。そういう人たちに語りかける練習はもちろん、有益ではあるのだが、実に不自由で疲れる。対して今回の聴衆のみなさんは、初めから「きっとおもしろいにちがいない」という期待をもってくださっていたため、反応を見ながらどんどん乗せ、こちらも乗っていくことができた。
 SSKさんのときに眠っていた人が、私の話のときに目を開いてくれたのは、ちょっといい気味であった。

 その後は、I先生とともに茗荷谷駅前の「日本海庄や」で打ち上げ。当然ビールがメイン。
 やはり昔話に流れがちだったが、楽しかった。

 日本、そして世界のボルバキア業界というものを、私がまったくと言っていいほど知らない事実に、疎外感と焦らだちをおぼえる。しかし、これは当たり前のことであって、SSKさんに手を引いてもらおうと甘えていた私がいけなかっただけなのだ。
 今は自分でやっていけるとはとても胸をはれないが、ひとりでなんでもできるようにならなくてはいけない。
 赤星先生、結婚はしなくても「それはなかなかたいへんなことです」。

10.18 (Fri.)
 15、16と京都の生化学会。とにかく大きな学会で、人が多いこと、多いこと。動物学会や比較内分泌学会などしか知らない私にとっては、何を見てもものめずらしく、おもしろかった。日本でこの業界をひっぱっている考え方(よくも悪くも)がなんとなく見えて、よい経験になった。
 資本主義と階級社会がみごとにないまぜになったような感じ。

 さて私の発表。今年から始まったポスタープレビューというセッションにも出したのが正解だった。OHP1枚・1分間のスピーチだったが、プレビューを聞いて来た、という人が何人もいた。座長の先生の反応もよかった。
 結局、7、8人に話しただろうか。討論の時間を大幅にすぎての大熱演。ボルバキアの認知度を考えれば(知っている人は半分もいなかった)まずまずといったところ。

 朝7時20分発の新幹線に乗り、地下鉄に乗り継いで国際会館に直行。大きな学会には慣れているK嬢は、さっさと京都の市内観光へ行ってしまったが、私は一日中、会場を観光。ノーベル賞の田中さんの発表は整理券がとれず。しかし、「メチル化と疾患」のセッションを聞いたり、企業のブースをのぞいたり(クジで、オリゴ40merタダ券を当てた!)、自分の発表練習をしたりであっというまに過ぎる。

 宿は烏丸御池の「ガーデンホテル」。明治生命ビル地下の居酒屋「花野」にておばんざいとビール、お酒(玉乃光)一杯。ママさん2人が実にすてき。おかずのお味もなかなかであった。隣の席のおじさまが、「いやあ、強いねえ。白い手がちっとも赤くならないじゃない」と。

 翌日朝は、念願の「イノダコーヒーで朝食を」。とてもおいしかったので、SSKさんにコーヒー豆をおみやげに。
 蹴上で降りて、K嬢とだべりながら南禅寺、哲学の道、銀閣を歩く。途中のコーヒー店「再願」で休憩。ここのコーヒーが絶品だった。「のび工房」という猫グッズのお店で、Mさんの喜びそうな猫ちゃんのピンバッジ(七宝)、そして同じ猫ちゃんの絵葉書をみつけたので購入。ついこの前、愛猫を亡くされたショックが相当大きいようで、心配していた。見つけた猫ちゃんは、Mさんのデスクに貼ってあるスケッチと同じポーズだったのだ。
 ちなみに自分には、宮沢賢治の「猫の事務所」、例のかま猫クンの絵葉書。「どんなにつらくてもぼくはやめないぞ、きっとこらへるぞと、かま猫は泣きながらにぎりこぶしを握りました」。

 お昼はこれも念願の「おめん」。熱々のおつゆに、青ねぎ・みょうが・いんげん・白菜・大根・ごぼうのきんぴら、そしてすりごまなど薬味をどっさり入れ、これまた熱々のおうどんをつけていただく。これがいくらでもいけるので、K嬢が残した薬味もすべて平らげた。

 初日夕方に少し降ったものの、ほとんどいいお天気だった。日本・ジャマイカ戦を見るために、早めの新幹線で帰宅。

10.12 (Sat.)
 昨夜は「ウィンザーの陽気な女房たち」。
 役者さんたちがみんなうまかったし、舞台を明治の日本に移した平尾力哉氏の演出もおもしろかった。「薄井天辺氏」などの諧謔味は、まさに漱石。なるほど、漱石はシェークスピアのこれがやりたかったのかもしれない、と納得。
 お父さんのトランペットが実に光っていた。途中、とてもふしぎな音色の楽器が聞こえ、木管でもないしホルンでもない、でも確かに音はお父さんのだ、と思って首をひねっていた。あとで聞いたら、木のミュートに新素材の布をかぶせ、夜明け前のああいう音を演出したんだそう。

前の月 ←    → 後の月

ホーム