原告紹介
後藤東陽(ごとう とうよう)
山形孝夫(やまがた たかお)
戸枝慶(とえだ けい)
後藤東陽(ごとう とうよう)
1925(大正14)年5月16日 宮城県岩切村(現在 仙台市宮城野区岩切)に生まれる。
1932(昭和7)年 尋常小学校入学
1937(昭和12)年 小学6年生
1941(昭和16)年 国鉄職員となる。
1945(昭和20)年 応召(仙台第二師団第二十二部隊対戦車砲中隊に所属)
1945(昭和20)年 20歳で敗戦を迎える。
1955(昭和30)年 株式会社東陽写場創立 現在代表取締役会長
1964(昭和39)年 日中友好運動に取り組み始める。
元宮城県日中友好協会副会長 北京市芸術協会会員
1971(昭和46)年 全国営業写真家展第1位文部大臣賞受賞
1975(昭和50)年 仙台デザイン専門学校教授
1976(昭和51)年 宮城教育大学非常勤講師
1992(平成4)年 カンボジア・アンコールワットを初めて訪問。以後,数回訪問・取材。
1995(平成7)年 『カンボジア・アンコールワット』写真展開催
2000(平成12)年11月27日〜12月1日 写真展「小さな写真家たち」(トルコ地震被災地のフォトワークショップから)を開催。
1999年8月17日トルコの大地震の支援活動の一環として東陽写場内で開催。
2003(平成15)年3月19日 河北新報夕刊に「私はイラク攻撃に反対します」意見広告掲載。
2003(平成15)年11月25日 河北新報夕刊に「私は自衛隊のイラク派遣に反対します」意見広告掲載。
山形孝夫(やまがた たかお)
@ 1932(昭和7)年仙台に生まれる。
A 小学校・中学校時代をとおして,太平洋戦争,敗戦等を経験した。
B 敗戦後は,大学で宗教学および文化人類学を専攻し,現在は宮城学院女子大学名誉教授。
C 1945年7月10日の仙台空襲の際,寝ているわずか数メートルの距離に焼夷弾が落下。仙台の中心街が,火の海につつまれるのを見た。その時目撃したおびただしい黒こげの焼死体が現在も脳裏に焼きついている。
D 戦後,戦争の犠牲となった日本人,アジアの多くの人々のことを忘れてはならないと心に誓い,二度と戦争の惨禍を生じさせないという思いで生活し,教育をとおして学生たちと語り合ってきた。
戸枝 慶(とえだ けい)
@ 1923(大正12)年北海道小樽市に生まれる。
A 太平洋戦争,敗戦等を経験。
B 敗戦後は,世界YWCA,日本YWCA,仙台YWCAの一員として,世界の平和を目指して活動。
C 最愛の婚約者が戦死するという悲しい経験を持つ。
D 敗戦を知った1945年8月15日の夜,周囲に気兼ねすることなく,モーツアルトの「レクイエム」を聴きながら,終戦の喜びと最愛の人を失った悲しみを噛み締めた。以後,不戦の誓いである現憲法に人生の希望の光を見出しながら生活してきた。
そして,地球上のすべての生命あるものが,いつでもどこでも平和に平凡に普通に生きられるようにと願っている。
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