の世に楽園があるとすれば、それはここかもしれない。本当に豊かな自然が、ただ天険に阻まれているというのでなく、人の手によって維持されてきたという点において価値がある。また、情勢不安定な中米の地にありながら戦火を免れてきた、一貫した中立政策にもこの国の心意気を見ることができる。人間と自然の共存、人間と人間の共存とい理想の姿を模索する偉大な実験。吹けば消えそうな小さな火ではあるが、こんな国が世界にひとつでもあることが、なんだか嬉しく思えた。

の国は自然のテーマパーク。何日も山歩きをするというような苦労もなく、その豊かな懐に入っていける。ハイレベルなガイドのおかげで、素人でもめずらしい動植物を見つけることができる。決して見飽きることのない充実したアトラクションが、世界中から人々をひきつける。

もっと詳しく知りたい人はこちらをどうぞ
LANIC, Costa Rica, What Can I Do in ...Costa Rica, Islands of BOCAS DEL TORO

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シクサノーラ Sixaola

ナマとのカリブ海側の国境。パナマのチャンギノーラという町からコスタ・リカのサン・ホセ行きのバスがでている。所要7時間、これでたったの US$ 8(オーチョ・ドラリス)。ちなみにパナマのボカス・デル・トーロからチャンギノーラ まで飛行機で10分、これもオーチョ・ドラリスくらいだった。安いでしょ!

ャンギノーラから、延々と続く広大なバナナプランテーションを突き抜けること約20分、国境に到着。国境は、単線線路の鉄橋だった(カッチョイ〜)。 バスが一台ようやく通れるくらいの、狭い鉄橋の両端にイミグレーションオフィスが あって、スタンプを押してもらう。その時のヘアースタイルがパスポート写真と別人のようだったので、何か言われるかなー? ってちょっとどきどきしてたら、係官はパスポート見るなりいきなり大爆笑。し、し、失礼な!

境を越えても、相変わらず延々と続くバナナプランテーションの中をひた走る。これだけデカイと、世界中がバナナで溢れてるような気がした。


飛行機の窓から見た、延々と続く見たバナナ農園(上)
くるくるヘアーの時のボク(下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンホセ San Jose

語が通じない。まいった。そんなわけで、スペイン語学校に行くことにした。あんまり時間はないから、たったの一週間だけ。あとは実地訓練。知ってる単語を並べるだけ。文法なんかテキトーだが、以前と全然違って旅が楽しくなった。サンホセの学校は他の国より断然高い。メキシコやグアテマラの3〜5倍位する。正直言うとちょっと悔しいが、それでも行って良かったかな。

ッカーの話題はネタとしていい。ちょっとふったらすぐにノッてきてくれる。入れ食い。もともとサッカー好きな国のうえ、国内リーグは終盤戦、さらにコパ・デ・ムンディアル (ワールドカップ) 前で盛り上がっていた。コスタ・リカでの人気もやはりマルディーニロナウドなのかな? なぜって、それはナイキがスゴイ人気だから。ぼくの大好きなアルヘンティーナ(アルゼンチン)はなぜか人気ない。っていうか嫌われてる。おめーらバティゴールの前に泣き面かくなよ、っと言ってやりたかったが、、、言えない。分かってる、どうせ泣くのはハポン(japon)さ。ああ、悪夢のグルーポ・アチェ (Grupo H)。

校に通ってる間、ホームステイした。学校はアメリカやヨーロッパの大学と提携していたので、学生はほとんどアメリカ人とスイス人だった。ぼくのホームステイ先にもアメリカのオネエサン、セニョリータ・スサンヌがいらっしゃった。しかもスペイン語ペラペラ。フランス語もできるらしい。ホームステイ先のイレーネおばさんは、全然英語ができないので、ぼくとおばさんはスサンヌが間に入らないと成立しない。ぼくが一生懸命たどたどしい英語でスサンヌに伝えると、彼女はさらにぼくが言えなかったニュアンスまでくみ取って、ちゃんとスペイン語に翻訳して伝えてくれた。イレーネおばさんはオシャレで陽気でおしゃべり好きで、いかにもラテンなおばさんだ。次から次へと放たれる言葉の洪水を、スサンヌはこれまた的確に短くまとめて伝えてくれた。スサンヌと一緒にアメリカから来てたデービッドは、ナイスなマッチョガイ。元気すぎるぜ。テレビショッピングにも出れそうな勢いだ。もちろんアブ・グッズね。エアロ体操をぼくとスサンヌに仕込もうとしてた。悪いがそいつはできない相談だぜ、ベイベー。


メルカドとコカコーラ地区の風景。車内より。

ンホセは治安が悪化している。アブナイ不良少年達に、街中ピリピリしている。レッドゾーンといわれるメルカド(市場)やコカ・コーラ地区周辺では、昼間でも危ないと言われている。ボクはサンホセで一度だけ危ない目に遭いそうになった。あまり人通りの多くない日曜日、ぼくはイエローゾーンにある公園を歩いていた。アブナそーな3人組がつけてくるのに気づいた。緊張が走り、髪の毛が逆立つが、なんとか自分を落ち着かせる。ちょっと先に健全そうな若者のグループを発見。良かった、そこにまぎれさせてもらおう。しかし、彼らも危なげな3人に気づいた途端、”なんてものを連れて来てくれたんだ”という批判げな眼差しをぼくに向けて、そそくさと立ち去ろうとした。ちょっと待って、もうちょっと一緒にいようよ。運良く、彼らの立ち去る前に不良グループはぼくらの目の前を悠然と通り過ぎ、他の獲物を探してどこかへ去っていった。ふぅ。

Theatro Nacional 国立劇場はサンホセでいちばん見応えがある建築。ロシア人の建築家の手による、小ぶりながら優雅で洗練された装飾はヨーロッパにも引けを取らない堂々たる風格だ。あの素晴らしく黒光りする木の椅子に腰掛けて舞台を見たかったが、あいにく上演日程と合わなかった。国立劇場の向かいにたつ Hotel Gran Costa Rica の西南隣りに位置するLas Arcadas というビルの中に、インターネットカフェがある。

ンターネットは今や常識。旅行中でもちゃんとチェックしなくちゃ。ビジネスマンや旅行者がたむろしている。98年5月当時急激に円安が進んでいたので、いつか円高の方向に変わるだろうと期待していたが、 いっこうに高くならなかった。ある日、いつものようにメールをチェックしていたら、言いようもない衝撃に襲われた。全くの不意打ちだった。手が震え、放心し、固まった。なんて残酷なんだ、こんな味気もそっけもないものにトモダチの死を届けられるとは! 遠く離れたこの国に彼を知っている人なんているはずもなく、慰め会う相手もなく、たった一人でその死を受け止めなくてはならなかった。

”よく外国で髪切る気になれるな”って人からは言われるけど、ぼくは外国で髪を切るのが好きだ。つたない外国語で自己主張し、否応なくコミュニケーションを成立させなければならない状況に自分を追い込むということを含め、結果ではなく、過程の楽しみここに極まれり。その床屋は、壁にエッフェル塔が描かれ、サロン・ド・ヨーロッパ、ユニセックスとかいう文字が小気味よく踊る、パッと見オシャレな店。入ってみた。近所のおやじがたむろっていた。いちばんタチの悪そうな、歯抜けの汚らしい中国系のおやじが言った。”何か用か?” ひるみつつも、こう見えて実は腕利きかもしれない、などという無謀な期待を勇気に換えて、指された使い古され黒ずんだオレンジ色の椅子に座った。前にも書いたけど、その時ぼくはじまんのくるくるヘアーだった。おやじは ”長いな” と言って無造作に切りはじめた。へたくそなイタリア民謡を熱唱しながら。あっと言う間に頭のボリュームは 1/4 くらいになり下がった。見事な虎刈り。さすがだった。


国立劇場の外観

豪華な内装のサロン

舞台と観客席

思わずつっこみたくなるようなブラック系(?)のポーズをキメる床屋のオヤジと、オヤジの手による before and after

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルタゴ cartago

捨てられた古都というイメージに惹かれ、行ってみた。サンホセからバスで 1 時間もしないくらい。昼過ぎなのに薄暗かった。濃い霧に包まれた古い石造りの町。霧で湿って暗くみえる石の教会廃墟。鉄の門は閉ざされていた。中には植物が生い茂り、赤い花が咲いているのが霧の中に浮かんで見えた。濃い霧で 5m 先も見えない町を、夢の中に迷い込んだかのようにさまよっていると、なんだか赤い光がぼうっと見えてきた。oo酒家という字が見えた。世紀末的近未来風景にあるような、ごみごみとしたあやしげな中国酒場。ここはいったいどこなんだ? 薄暗い店内、赤い電灯。耳慣れない言葉と煙草の煙が充満していた。角張った無愛想な木のテーブルと椅子。積み上げられた酒樽とビール瓶の箱。壁には魔除けの札のような短冊のメニュー。奥に小さな関帝廟。カウンターには、無愛想で、ときにけたたましく笑う、いやらしい目つきの中国女。

 

米の旅に、カトリックは切り離せない。ここにも奇跡を起こしたといわれる有名な教会がある。その奇跡自体はインチキくさいもんだが、建物は立派だ。白い優雅な外観も、金張りの内装も。中はひんやりと涼しく、瞑想的である。しかし、いるべきではない人間を排除する、断固たる意志を秘めている感じがして、追い出されるように外に出た。ぼくはこの手の教会が苦手だ。熱心な信者。悪趣味で、血なまぐさい偶像。高慢にモラルを振りかざす坊主。そして教会が立派であればあるほど、現地の人々から搾取したのだという現実。それにも関わらず熱心に信仰する貧しい人々。みんなイヤだ。

頂上の風景。柵の向こうが火口

スタリカの国民的火山、イラス・ボルカン。首都に近く、レジャーとしても人気の高い休火山。日本の富士山みたいでしょ。標高は高いが、頂上まで車で行ける。この火山へ行くバスは、週一便、日曜日にしかない。始発のサンホセならまだしも、カルタゴで途中乗車するつもりなら、十分に停留場所と時間をチェックした方がいい。地元の人でもよく分からないようなので、複数の人に聞いて回った方がいい。

テルの人に教えられた場所に一時間も早く行き三時間も待ってたが、バスはそこを通らなかった。同じように待ちぼうけを喰らった地元の父子、家族連れ、カップルの人たちの協力で (実際には後ろにくっいてっただけ)、バスを乗り継ぎ、タクシーに乗り換え、なんとか山頂にたどり着くことができた。不幸中の小さな幸い、地元の人たちに紛れていたので、入園料は国民価格で入れた。イラス火山は、雄大で、たくましかった。見下ろす雲は白く輝き、その彼方には太平洋も見えた。鋭く落ち込んだ火口には濃いバスクリン色の水がたまってた。帰りはちゃんとバスに乗れた。カートコバーン似のスペイン人と仲良くなった。どうやら海の家でバイトしながらサーファーやってるようだ。どっかのドラマみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

トルトゥゲーロ国立公園 Parque Nacional Tortuguero

スタリカの旅は、首都サンホセからたくさんツアーがでているので、それに参加するととっても効率的に見て回ることができる。もちろんツアーを利用するのは、それなりに費用がかかるのでバックパッカー向けではないかもしれないが、それなりの特典もある。このツアーのおまけにはバナナの出荷場の見学がついていた。プランテーション内に張り巡らされたレールに吊り下がったバナナが次々にやってくる。運び込まれたバナナは、あっという間に房に分けられ、洗浄、選別され、薬を吹きかけられ、箱詰めされ、トラックに積まれて出荷されていく。もう、あーっという間なのよ。上にも書いたけど、馬っ鹿でかいバナナ園からがんがんバナナがやってきては、あっという間に出荷されていくので、日本でもバナナがありふれていることが、ミョーに実感できるわけですな。プランテーションの中には、住宅、学校、公園、病院、食堂、店、サッカー場、バスケットコート、闘牛場、飛行場など、生活に必要なものすべてがそろっている。一生バナナ園から一歩も外に出ずに過ごす人がいるんじゃないかと思った。

道を外れ、でこぼこの激しい道を3 時間ほど走るとボート乗り場に着いた。高原のサンホセと違って蒸し暑い。蚊も多い。ボートに乗り換えて、10 分ほど川を下ると潮の香りがしてきて、ホテルのある小さな漁村に到着した。きれいで静かな村だ。家の壁がパステルカラーで塗られ、木々には白やら赤やらの花が咲いている。虫も、鳥も、トカゲも、ヘビもいる。丸々太った鶏が雛をたくさん連れて、一心不乱に食事している。犬が遊んでくれと寄ってくる。子供たちは明るい顔をして、白人も黒人も一緒に遊んでいる。とっても心に優しい風景。観光シーズンではなかったので人が少なかったが、シーズン(7月から10月)ともなると、オオウミガメの産卵目当てに、観光客がどっとこの小さな村に押し寄せるのだそうだ。

後のカナルツアー。運河を船で行きながら野生動物を見ることができる。ただし、本物の野生なので、見れるかどうかは運次第。すごく目のいいガイドがいなくては、素人に見つけることは、まず不可能。高い木のてっぺんにいるイグアナ。トゥカンをはじめ、多種多様な鳥類。メインは野生の猿。コスタリカには3種類の猿が生息する。そのうち2種を見れた。スパイダーモンキーは、明るい茶色で、手足が長い。アウリングモンキー(吠え猿)は、色が濃く、ずんぐりしている。こちらから、ホッホッと吠えると返事を返してくれた。シーマンよりやる気がある。帰り際には、スパイダーモンキーを5mくらい の至近距離で見ることができ、大興奮! お腹が空いてるとたまに寄って来るんだって。

スパイダーモンキーがいるのが分かるだろうか? 実際には結構近くに見えたんだけど、写真だとわかりにくい。ジャンプの瞬間がぼけていて残念。(左)

のツアーの主役は、ワニ。強力なライトを照らしながらボートを進め、ライトによって光る目を見つけるそうだ。彼らは 50 m 以上先に潜んでいるワニを見つけることができるが、ぼくにはせいぜい 1 m くらい近づかないと分からなかった。大きなクロコダイルはいなかったが、小さなケイマンはけっこうたくさん見れた。ケイマンの後ろからそっと近づいて、ガイドが ぱしゅっと捕まえてくれて、触らせてくれた。ワニ肌って言葉はないけど、ワニってゴツゴツしてそうだと思うでしょ。これが意外にぷにょぷにょしてて、マイルドなさわり心地なんですな、これが。

朝、ジャングルツアーに出かけた。熱帯雨林の密林に足を踏み入れる待望のツアー。このためにトレッキングシューズを買ったが、雨期の水たまりの前には無力だった。ゴム長買えばよかった。ジャングル中は、気の狂いそうな数の蚊に囲まれ、強力な蚊除けの薬を塗っていたにもかかわらず、耳の裏などのちょっとしたスキを容赦なく攻撃された。ものすごい湿度でメガネが曇り、シャツも髪の毛もビショビショになった。それでも、一度この目で見たかった奇怪な形の熱帯植物に囲まれ失神しそうなくらい嬉しかった。

見れたもの:
マホガニー 高級家具材。ギターも高いぜ。
 熱帯のジャングルらしい逸品。
バナナ 野生のもある
木ノ実 下に落ちてた木ノ実がかわいかった。
木ノ実 これまた熱帯らしい木ノ実
モンキーフルーツ 猿が好んで食べる。人間は食べれないらしい。
きのこ 立ち枯れの木をびっしりと埋め尽くすきのこ。
アリ塚 1.5 m くらいの巨大な固まりが木にくっついている。
蜂の巣 葉の裏にある小さな巣に蜂がたくさんとまってた。
魚を捕る鳥 このての鳥は大型が多い。羽を乾かしている。
カエル いかにも毒持ってますって感じの小カエル。
カニ 幅20 cm弱の青いカニ。
カニの死体 そのまんま。何かに食べられたんだろう。
猿の死体 木から落ちたらしい。注意!心臓の弱い人は見ないように。
釣り少年 ナマズかな。

 

 

 

 

 

 

アレナル国立公園 Parque Nacional Arenal
レナルはコスタリカで最も活動的な火山を間近に見れるスポットとして人気が高い。ぼくが訪れた1週間くらい前に大規模な火砕流があって、何人か死んでんだけど、それでも(ぼくも含めて)アホな観光客は行きたがるんだから、しょうかねぇな、まったく。写真は la Fortuna から車で約30分西に行ったところ。la Fortuna からは頂上が一つに見えるが、右に90度回ると頂上が二つ見える。

山観光の基地となる町が、la Fortuna。いちばん人気のツアーは、ナイトツアー!夕方出発して、山を小一時間ほど登ると、溶岩が流れた跡に出て視界が開ける。ここで暗くなるのを待つ。雨期(5月下旬)だったので、小雨が降るとさすがに寒くなった。雲が晴れるのを待つ間にも、溶岩の流れる、ゴボゴボ、ジュウ、ってヤバイ音が聞こえてくる。雲が切れると、噴煙が薄赤く光っている恐ろしい姿を現す。小一時間観察して下山し、その後、妖しげに赤黒く光る噴煙を吐く火山を見ながらタバコンリゾート温泉につかるのだ!日本ではないので水着着用。ぼくの行った時は、稲妻を見ながら、だったけどね。

ンホセで激しく虎刈りになった頭をもうちょっと直そうと思って、またもや床屋に行った。髪結いの亭主並のセクシーなお姉さんがいらっしゃった。クール!今度こそ喜び勇んで床屋椅子に座った。すると、どやどやと数人アーミーの若い連中が入ってきて、セクシーなお姉さんの頭にカブトムシをのっけて、いたずらして喜んでいる。ガキだ。 好きな女の子にいやがらせをするってアレだ。お姉さんはセクスィーに "いや〜ん" とのたまう。 微笑ましく見ているうちに気づいた。あのアーミー達皆同じGIカットだな。勘のいい人はこの辺で気づいたかな? その通り、ボクもお揃いのGIカットにされました。 ちょっとだけ長めのバリカンにしてもらったけど。

スタリカの道路事情はきわめて悪い。穴ぼこだらけでまともに車が走れない。二日酔いでバスになったりすると、舌を噛み切ってしまうだろう。ってことで、馬で行くでしょ、もちろん。旅は馬連れ、夜はお酒。コスタリカ観光のハイライト、ラ・フォルトゥーナからモンテヴェルデまで、湖越えあり、山越えありの Horseback Riding Tour ! もちろん湖はボートね。ボートからみるアレナル火山は、まるで北斎の富士山。しばし風流な気分に浸ったところで、いよいよ馬に乗りまーす。イェーーー! この最高の気分、ぼくには書けません。こればっかりはやんなきゃ分かんない。


はじめのうちは馬が言うことを聞いてくれなくて、コースから外れていくボク。しかし、この後は万事快調。

 

 

 

 

 

 

 

モンテ・ヴェルデ自然保護区 Reserva Biologica Monte verde

ンテベルデ自然保護区には、原生林を二次林が混ざっている。野生動物を見るのは難しいが、鳥類、昆虫、そして平地の rain forest と違った、標高の高いところの cloud forest と呼ばれる森が観察できる。雨期は天候が不順で、雨が一日中降ったり止んだりする。道路は舗装されていないので、どろどろで大変なことになっているが、現地の人たちはきれいな靴を履いて、きれいな服を着て、身軽に歩いているのに驚く。お金があるならモンテベルデ近くの中高級ホテルもいいが、貧乏旅行ならサンタエレナで宿を見つけよう。モンテベルデ自然保護区まではバスや乗り合い自動車やヒッチが使える。モンテベルデへの道の途中にもいくつか安い宿があるが、買い物や食事、その他あらゆる面でとっても不便だ。2回目はレンタカーで行ったが、サンタエレナの町へ買い物に行ったり、レストランや自然保護区域とホテルの往復が楽でいい。ただし、車の腹をするほど起伏が激しいので、運が悪いと故障しかねない。一人旅ならなるべく愛想を振りまいて、ヒッチしよう。

も施設の充実したワイルド体験スポットのひとつなので、楽しみ方もいろいろある。キャノピーツアーってのもあるけど、もっと純粋に自然に親しむならスカイウォークだ。(サンタエレナの)森の上に架かった吊り橋から鳥や植物を観察できるのだ。ここのガイドはレベルが非常に高く、野鳥の色形、鳴き声、生態の解説をはじめ、昆虫、植物のことまで幅広く教えてくれるので、生物学的好奇心も大満足。ボクが熱心に質問したりしてたので、普段より長い時間かけて大サービスしてくれた。

 

きなり吊り橋に緑色のデカイ鳥がとまってた。まさか、こんなもの置物だろ?と思って近づいたら、いきなり飛び去った。 本物のでケツァルの雌だったのだ。と思ったら、今度は頭のすぐ上をケツァルの雄が通り過ぎた。うぉぉぉぉー、まじかよぉぉぉ。スッゲェ! ケツァルって何だよ!って思っておられる方のために。緑に輝く(雄は腹が赤い)羽、そして長い尾羽が美しい大型の鳥で、飛ぶと長い尾がしなやかな弧を描く。ニカラグアでは国鳥に指定されているが、中米一帯で古代から霊鳥として崇められている。尾羽はメキシコで王の冠にも使われていた。

ンテベルデ自然保護区では、夜9時くらいにスタートするナイトツアーがある。夜の方が小動物、トカゲや虫などを見られる可能性が高い。運がいいと枝にとまって動かない鳥も見られる。ガイドを先頭に一列になって進むのだが、ガイドが見つけたものを、懐中電灯で照らして後ろの人に伝言ゲームのように伝えていくシステムなので、英語が分からないと辛いかも。知らない単語を言われても、そのような発音で次の人に伝えなくてはいけない。英語がマザータンでない人も混ざっているから、最後までちゃんと正しく伝わっているかどうかは怪しい。その辺はあまり気にせず、夜の森を楽しめばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カララ Reserva Biologica Carara

ンホセから車で1〜2時間西へ下ると、太平洋岸にあるカララ保護区に出る。道に空いている穴凹をよけながら運転しなくてはいけないので、ファミコンのショボイ車ゲーをやってる感じだ。ボクは、けっきょく南極大冒険(コナミ)みたいで楽しかったが、後ろに乗ってる人は連続急ハンドルに大いに気分を悪くした。ま、いいか。

岸近くなのでぐっと気温が上がって、蒸し暑い。ジャングルの様子も高地と違って、濃く、グロテスクだ。ここはカーラマカウのサンクチュアリだ。カーラマカウは、全身真っ赤な羽、首の回りには黄色や青などの狂ったような原色オンパレードの大型オウム。でっかくて真っ赤な鳥が緑の森を飛んでいる姿は、とても自然のものとは思えない。見た目はすごくキレイだが、鳴き声はヒステリックにがなり立てるおばちゃんみたいで、かなりキツイ。しゃべらなかったらイイ男(女)なのに・・・と言われるタイプ。

をボートで進みながらクロコダイルや水鳥を見るツアーがある。トルトゥゲーロと同じようなものだが、サンホセから行きやすいせいか、ずっと人が多い。ここでは猿を見ることは非常に難しいと思うが、クロコダイルがたくさん岸に寝そべっているのが見れる。ツアーに参加すると、ガイドが船から川辺の砂地に降りて、生のチキンをクロコダイルに喰らわせるショーをやってくれる。爬虫類的な冷酷そうな目をして、短い足ながら思いの外素早い動きで、鶏肉に飛びかかり食らいつく。
ンテベルデからずっと同行していたガイドは、モンテベルデでは全くの役立たずだったが、ここでは目を輝かせて、イキイキとガイドしてくれた。ここにいちばん来たかったのは、僕らではなく、間違いなく彼だった。教訓、ガイドを選ぶ前に、自分が何に興味があるのかはっきりさせること。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボカスデルトーロ Bocas del Toro

スタリカとの国境に近い、カリブ海に浮かぶ島々。牛の口という変な名前が付いているが、もともとの現地名に近い発音のスペイン語、この名前が定着したそうだ。パナマシティーと違って、おだやかな雰囲気に包まれている。人種は様々だが、みんな素朴で、明るくフレンドリーだ。美しい海に囲まれているので世界中からダイバー達がやってくる。シュノーケリングでも十分堪能できる。海につきだしたレストランのバルコニーからも魚が見えるくらいだから。商店やホテルが集まるのは、コロン島のほんの一角にすぎず、住民は島々にぽつりぽつりと住んでいて、船で子供を学校に送り迎えしているのをよく見かける。小さなオンボロ船のスピードで、のんびりと時間が流れている。

光客の増加とともに急激に開発が進んでいる。今はまだ小さな個人経営のホテルが数件あるだけだから、そんなにすれた感じもしないが、そのうち開発という名の下に荒らされてしまうのかもしれない。小さな島が海に沈んでしまったと、ぼそりと漏らす老人がいた。温暖化の影響なんだろうか。こんなちっぽけな島は、資本主義の巨大なハリケーンになすがままに弄ばれ、散り散り吹き飛ばされて、やがて沈んでしまうのだろうか。こんな事を書きつつ、なんで沈んだのかは知らないんだけどね。彼らの明るさが逆説的にセンチメンタリズムを呼び起こさせるのだろうか。

ナマのおみやげといえば、自然のモチーフを鮮烈な色彩で幾何学的な模様に刺繍したモラが有名だが、植物の繊維で編んだチャカラもおすすめだ。気の向くままに織り込んだ様々な模様から、自分の好きなのを選ぶといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダビット David

ンホセからボカスへ飛ぶ飛行機の中継地となる。パナマの国内路線は小さなセスナ機で、とても安くて便利だ。飛行機に乗るんならスッチーもいいけど、やっぱりパイロットを見たい。この路線はとても小さなセスナで、操縦席のまる見えなのだ。ボクは一時期フライトシュミレーターにはまっていたので、すごく勉強になったよ。着陸とかね。ボカスについてもほとんどの乗客は降りずにそのままどこかへ飛んでいくので、気をつけていないと飛行機で降り損ねる、ということになりかねない。実際に僕らがそうだった。

 

 

 

 

おまけ

植民都市 パナマシティー

っ、人のことじろじろ見やがって。と思っているうちに、警察官に呼び止められ、尋問された。おい、そんなにこのヘアーは異常かい? ああ、こいつがパナマ運河かい? 思ってたのと全然違って、ちっちゃい。街全体なんか危ない雰囲気。物騒で夜歩けない。怖い。退屈。

ペイン人が来て最初に造った植民都市の町並みが残っていて、世界遺産にも登録されている。ご多分に漏れず、オールドタウンというと貧しい人たちの住居区になっている。いくら歴史的価値が云々といっても、昔の面影より今の貧しさ、危険な空気の方が強く、うかれた観光気分にはなれない。海辺に行くと、パナマ運河にかかるアメリカ橋と、高層ビルが林立する新市街が眺望でき、さらに複雑な気分になる。今でもここは今なおアメリカの植民地である、といった感じが否めない。はっきり言って異常だ。