Golden Christian Brocade in Saku, Japan
去る10月19日から21日にかけて全国隠れキリシタン研究会が長野県佐久市で開催され、研究者や同好の士が全国から集まった。1539年のフランシスコ・ザビエルの鹿児島上陸から1615年の家康の禁教令のしかれる間のキリシタンの時代に、日本において30万人といわれる信徒を獲得したキリシタン宣教とその後の苦悩の足跡をたどる研究会である。この研究会において、岩村田の旧家に伝わる家系を記録した巻物が紹介された。この家系図はこの旧家が仁和元年(885年)に朝廷から信州へ赴任した公家を出自としていると書かれており、その最後の項目は天明元年(1782年)となっている。この巻物は代々、誰も見てはいけない門外不出の大切な記録として受け継がれてきたそうである。この巻物は、豪華な金襴で表装されていて、金の平糸に藍色の絹糸を織り込んだもので菱形の地に上に不思議な図柄と文字が書かれている。この金襴の写真を撮らせていただいた。
これまでに目にしたことのないような図柄であり、一部にアルファベットのような文字列があるものの中ほどの文字列はどこの文字なのか想像もつかない。いったいこれは、何なのだろうか、キリシタンと関これまでに目にもしたことのないような不思議な図柄であり、一部にアルファベットのような文字列があるものの中ほどの文字列はどこの文字なのか想像もつかない。いったいこれは、何なのだろうか、キリシタンと関係のあるものであろうかどうか、これが研究会の参加者に投げかけられた課題であった。一見すると佐久の名物である鯉の図柄のようにも見え、下の図は王冠のようにも見える。Bの字は、左右が逆であり、Vの字は逆になっている。
 この写真をロンドンでグラフィックデザインをしている娘にインターネットを使って見せると、漢字を知らないイギリス人が漢字を単なる絵柄として描いた時の印象と似ているという言葉が返ってきた。ヨーロッパ文字を知らないデザイナーが単なる図柄として文字をデザインして織物にしたのかもしれない。これがヒントとなってあらためて図柄に目を通した。
 まず、最初に気が付いたのは横線のないAとMいう2文字である。これはAuspice Maria(マリアのもとに)の頭文字で、カトリック教会においては聖母マリアを表すアナグラムとして教会ではお馴染みである。小文字のeのように見える文字はeとt が合わさったものでアンパサンドと呼ばれ、今では&と書かれるものであろう。Bの鏡文字も大文字でEとTの組み合わせに見える。これも大文字のアンパサンドではなかろうか。そうだとするとET A et Mと理解することができ、「聖母マリアもまた」という意味であると考えられる。
 次の謎は、中央の不思議な文字である。キリスト教の世界では、聖母マリアの賛歌があれば、イエス・キリストへの祈りが出てこなければならない。切れたニクロム線のような形は一見、ギリシャ語のオメガωの変形に見える。もしそうであれば、ヨハネの黙示録に、「私は、アルファであり、オメガである。」と書かれていることから、アルファもあるに違いない。この聖句は、神は始めであり、終わりであるという意味で終末においてキリストが再来する信仰を表している。そうであるなら、裏返しのCのように見える文字は、ギリシャ語のアルファαではなかろうか。次にながめたのは、幟(のぼり)のような文字である。ギリシャ文字の一覧表をみるとこれはイータηのようにも見える。Eはもしギリシャ語であるとすれば、クシーξであるかもしれない。しかし、αとωを除いては、ギリシャ語の小文字が当時使われていたとは考えにくいとすれば、幟のついている字がラテン文字でI(アイ)の変形とすれば、Eは素直にE(イー)とも考えられる。この場合は、ラテン語でIESUSの最初の2字と見ることができよう。4文字を繋げると、IαEωとなり、アイ・アルファ・イー・オメガとなり、アルファでありオメガである(初めであり終わりである)イエスを意味していると考えられる。当時の教会は、church military, church triumphantと言われていたので、幟がついていてもおかしくない。その場合の二つのドットは太陽と月を意味しているかもしれない。
すなわち、これらの2つの文字列は、永遠であるイエス・キリストと聖母マリアへの信仰を表明しているのはなかろうか。 アルファαとオメガωは、聖書の最後の章であるヨハネの黙示録にある有名な言葉でありギリシャ文字で書くことが普通である。
ここまで来れば、この図柄はヨハネの黙示録に記された終末論に関係していることは察しが付く。聖母マリアは、昇天された後、天においてイエスから王冠を戴いたという「天における聖母の戴冠」と呼ばれる信仰がある。ここでこの図柄が中国の被り物のように見えることに気が付いた。そこで中国の皇帝と皇后の被り物の絵を探してみると手前の図柄は、まさに明時代の皇帝と皇后の「王冠」に相違ない。イエス・キリストが天の王であり、聖母マリアが天の女王であるという信仰を表しているのではなかろうか。そこで上の図柄を探してみるとこれは結婚式に花婿と花嫁がつける被り物である。ヨハネの黙示録には、天の神とマリアに象徴される教会との一致が終末における仔羊の婚宴として書かれていることとまさしく符合する。この金襴のメッセージは、終末における神と教会の一致に対する信仰の表現にと思われる。
次に地の菱形の模様について考えて見たい。この模様は、一見すると菱形であるが、斜めに見れば十字架が隠されている。また、交差する道路のパターンのようにも見える。ここで思い出されるのが、ヨハネの黙示録では天国が「新しいエルサレム」の都と記されていることである。そう、この地のパターンは、天の都を表現しているに違いない。つまり、世の終わりに、天の新しいエルサレムにおいて、神と教会が一致するという信仰がこの金襴から読み取れる。この金襴はまさにパライソに違いない。
 さて、これでほぼ謎の答えは出たのであるが、日本におけるマリア戴冠の図柄は、西洋風の王冠が描かれるのが普通であり、中国の皇帝や皇后の王冠が描かれることはない。このように宣教地の文化をとりこんでキリスト教の宣教に成功した事例として考えられるのは、マテオ・リッチに代表されるイエズス会の明時代の中国宣教があげられる。イエズス会の宣教師は中国の文化や先祖儀礼を受け入れる形で宣教し一定の成功を収めたが、その後、このアプローチはクレメント11世により1715年に否定されたことが知られている。そうであれば日本のキリシタンの時代には、中国においては明の皇后の被り物を聖母マリアの戴冠の図柄として用いたとしても不思議ではない。また、逆にいえばこれはこの織物が中国のイエズス会に関係する工房で作られたことを示すのではないだろうか。
 つぎに触れておかなければならないのは、岩村田とイエズス会宣教師との接点である。佐久の岩村田は中山道の宿場であり、少なくともジョアン・ロドリゲス神父が江戸で徳川秀忠とフランシスコ会の再宣教について交渉し(1606年)認可を得た後、中山道を通って京都に帰ったことが知られている。このことから、当時、中山道を往来した宣教師は、公然と布教活動をしていたと考えられ、洗礼を授けた記念か接待の返礼として、当時としては貴重な金襴を残して行ったとしておかしくない。
 以上の推論が正しければ、この織物の素材や染料を分析すればこれが何処で作られたのかが判明するに違いない。17世紀のキリシタン時代において、欧州、中国と日本の信州をつなぐ宣教の道が開かれ、これがキリシタン迫害の時代を経て、現代のわれわれの前に姿を見せていることに深い感動を覚える。

2012年11月17日(水) 軽井沢にて

追記
1.この図を一定の距離からやや焦点を外して凝視すると立体視の状態になり、菱形の図形の上に紋様が浮かび上がる不思議な感覚を味合うことができる。
2.不思議な幟文字には全く別の解釈がありうるかもしれない。
3. Bの鏡文字はETの変形と考えるが別の解釈があるかもしれない。
4. フェルナンド・フェルビストの著作の挿絵に出てくる帽子がこの金襴のイラストと驚くほど似ている。

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