| UP TALKER ON TV vol.13 |
| 【駅前留学NOVAのCM 追記】
前々回vol.11で紹介した駅前留学NOVAのCMは15秒の短いバージョンだったが、あれを書いたあと同じCMの30秒バージョンを見た。その30秒バージョンでは関西弁を話す宇宙人はつぎのように言っている。 「いやほんまね、俺みたいなおっさんが、こんなこと話すのもなんか変やねんけどやっぱりええよねぇ、異文化、コミュニケーションちゅうのかな?」 この30秒バージョンの発言から、vol.11における私の分析、『異文化コミュニケーション?』という語尾上げは発言内容に自信がないので曖昧にしておきたいという心理に基づいているのだ、という見方が間違っていないことが分かる。 そしてさらに付け加えると、この30秒バージョンの言い方なら特に問題はないのである。なぜなら、こちらの方は「私は自分の発言内容に自信がないので曖昧にしています」ということを、それと分かるように明確に発言しているからだ。 誤解してほしくないのだが、私はたとえ語尾上げといえども「発言内容に自信がないので曖昧にすること」それ自体を問題にしているのではない。発言内容に自信がないので曖昧にすることぐらい誰にでもある。もちろん私にだってある。しかしその場合は、これは未確認、あるいは当方の不勉強につきはっきりしたことは言えないが、ということをはっきり言う。 しかし語尾上げは違う。語尾上げが卑怯なのは、その、発言内容に自信がないのではっきりしたことは言えないということをはっきり言わない点なのだ。このことを語尾上げ暗黒列島1999から一部抜粋して解説してみたい。 たとえば、コギャルが「現在の日本の首相は?」と聞かれて、 「石原慎太郎?」 と答えるようなのが、その典型的な例だ。ここで「石原慎太郎」と言い切ってしまっては、間違えたときに恥をかく、しかし「石原慎太郎だっけ?」では答えたことにならない。このジレンマを解消するラグランジェ・ポイントが「石原慎太郎?」なのだ。(語尾上げ暗黒列島1999) この記述を整理すると以下のようになる。 (1)「石原慎太郎」 →断定している (2)「石原慎太郎だっけ?」 →未確認、あるいは当方の不勉強につきはっきりしたことは言えない、ということをはっきり言っている (3)「石原慎太郎?」 →未確認、あるいは当方の不勉強につきはっきりしたことは言えない(2) ということをはっきり言わない かつ →断定(1) しているふりをして体裁を取り繕っている NOVAのCMの30秒バージョンは(2)、15秒バージョンは(3)にそれぞれ該当していることがお分かりいただけるだろう。そして(3)とはすなわち(2)であることを隠して(1)であるふりをすることに他ならない。 語尾上げで話す連中が語尾上げで話すとき、その多くは「発言内容に自信がないので曖昧にする」ことそのものよりも、「自信がなくて曖昧にした」という事実を糊塗することの方に力点が置かれているのだ。15秒バージョンの方にはそれが端的に表れている。 自信がないのを悟られたくないのか、知らないことを知らないと言うのが嫌なのか理由はよく分からないが、とにかくこの手の語尾上げほど薄っぺらい行為はないのである。 2002.3.16
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