選考委員:

嶋本 昭三 氏
美術作家、 エイブル・アート・ジャパン会長
西村 陽平 氏
造形作家、 エイブル・アート・ジャパン副会長
高橋 直裕 氏
世田谷美術館学芸員
中津川 浩章 氏
美 術 家
石塚 雅子 氏
画  家

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嶋本 昭三 氏       美術作家、 エイブル・アート・ジャパン会長

 この公募展は2001年6月2日の一次選考会と6月30日の二次選考会の2回にわたって行われた。今年は障害のある人のアート作品の審査を引き受けることが多く、毎月のように上京するのであるが、なじみのある出品者の作品に出会うことが次第に多くなってきた。ところがこの公募展には2881点も応募があったにもかかわらず、知っている出品者はわずか数人のみであった。ということはこの公募展の募集に際して、新しい応募先の開拓に成功したということである。その成果もあって居ながらにして新しい作者の作品に接することができたことは新鮮で感動的なものであった。
 ぼくは美術大学に勤めており、美術の道に進む学生達にアートの指導をしているのであるが、絵を表現するにあたって基礎的な努力をしなければならないとたたきこまれて、これがために絵に元気がない学生が多い。それに反して今回の応募作品は生き生きしていて選考をしている間嬉しくてたまらなかった。



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西村 陽平 氏     造形作家、 エイブル・アート・ジャパン副会長

精神が立つ

  「ダルイね。」と嶋本先生が一言。二次選考会で実物の絵を前にして放たれたことば。写生画であろうが、形をデフォルメし、再構成した絵である。上手ではあるが、どうかな?と思っていたところ、「ダルイね。」ということばである。これが妙にピタッときた。怠い(だるい)・・・疲れたような、にぶい、しまりがない、という意味であるが、なんとなく雰囲気がつかめそうである。
 今回、シンプルで明快な作品が印象に残った。色も形も単純だが、空間のとらえ方が絶妙だった。面白い作品に出会うと、こちらの精神も立ちあがり、元気になる。
 立体では、粘土の作品に新鮮な試みがなかったのは残念だ。
 やはり、制作者とともにそれを見守る人も含めた環境が大切だ。



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高橋 直裕 氏       世田谷美術館学芸員

 とにかく今回驚かされたのは、応募作品の多さと作風の多様さでした。同じような傾向の作品の中から選ぶのは、比較対照もできるため、さほど苦しまずにすみます。しかし今回のようにそれぞれが主張する多種多様の個性的な作品群から選びだすのは、それこそ苦悩の連続なのです。つまり比較対照ではなく1点1点の作品と対峙して、その創造世界を見極めなくてはならないのですが、判断に迷うことが本当に多く正直申し上げ疲れはててしまいました。そんなに悩まずにもっと気軽にと思うのですが、作品を前にしてしまうとそうはいきません。人が選ぶかぎり、その当事者の主観が入るのは避けられない事なのでしょうが、可能な限り平等に個々の作品と接することを心掛けました。
 それにしても、改めて選ぶということの難しさを思い知った次第です・・・。



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中津川 浩章 氏       美 術 家


 一次選考を終えた夜、ベットに横になり目を閉じると、今日見た絵画や立体がぐるぐると頭の中を駆けめぐって、なかなか眠ることができなかった。それらの作品が強く、深く私のなかに入ってきたためだ。たとえば色彩、単にセンスがいいとか、美しいとかを超え、色彩の意味や象徴にまで達している作品があった。このことは本当に素晴らしい芸術作品にしか見られないもので、言葉や理屈を超え、人の魂に直接訴えてくるものだ。作品をつくった人がどんな人かは知らないけれど、その人の生きようとする力や集中力、切実さが作品から溢れている。
 社会的に不自由とされている障害のある人達の作品から、自由とはどういうことなのか、私はもう一度考えさせられ、「うんうん」とひとりうなづいている。



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石塚 雅子 氏       画 家

 「描くことが好き、創ることが楽しい」作品はこんな声であふれている。私はドキドキする。力が満ちてくる。元気づけられる。そして、絵を描きたくなる。
 人は太古から作品を創ってきたのだ。洞窟の壁に絵を描いていた誰か。教会で祈りながら石を彫っていた人。襖絵を描いていた絵師たち。新しいことが何かをひたすら追い求めた人。歴史に名を残した人、そうではない沢山の人々。目指したものは違うだろう。行き着いたところも。でも、確かなことは、みんなこのドキドキを知っていたってこと。それは、魂の糧となる力だから。生きることの根元にある大切なものだから。
 そう、その大切なものをあらためて私達に思い出させてくれる、これがエイブルアートなのだ。



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