◎9月から6ヶ月間の為替相場予想

           住友信託銀行資金証券部審議役 為替営業室長 伊藤 洋一

 期間中の予想レンジと同期間末時点の予想                  

   @ 9月末まで  107.00〜 112.50 (9月末 110.50)

   A 10月末まで 107.00〜 114.75 (10月末112.50)

   B 3月末まで  107.00〜 118.50 (3月末 115.50)

static market

 主要先進国間の通貨関係はしばらく「膠着状態」を続けている。先進各国間のインフレ率が1960年代にまでさかのぼる収斂ぶりを示し、金利水準も70年代、80年代に比べれば大きく縮小したこと、そしてそもそも変動相場制(1973年2月スタート)を生む原動力であった先進各国間の対外収支不均衡が、大幅に縮小してきたことが背景にある。そういう意味では、新進各国間の通貨が一時に比べれば動意を失っているのは、構造的な側面がある。主要通貨のオプション・ボラティリティが歴史的にも例を見ない低水準に落ちているのは、他の要因もあるものの、そのことを一因としていると思われる。

 主要国間の金利差縮小が進んだことにから、オーストラリア・ドルやニュージーランド・ドルなど法制度がしっかりしているアングロサクソン国か、その他の投資適格ありと思われる高金利の国の通貨に関心は移ったし、事実これら通貨の動きは激しいものであった。日本からも資金がかなり流出した。主要先進国間の金利水準が現状より拡大する兆しがなければ、この面からの通貨の動意は薄いだろうが、9月の上旬になってこの面で日米間で動きが出ている。

 後者、つまり先進国間の対外収支不均衡の縮小は、最近の例ではアメリカに対して最も大幅な黒字を出す国が「日本」から「中国」に代わった事に端的に示されている。日本は70年代、80年代を通じて対米貿易収支黒字国でダントツのトップであり、これが変動相場制始まって以来のドルの対円減価の最大の要因となっていた。しかし、95年まで続いた激しい、かつ長い期間に渡っての通貨変動(円高、マルク高、ドル安)でそれまで対外競争力が弱かった国が有利になった。加えて

  1. 為替以外の労働賃金格差、インフラ格差、労働人口など多くの要因で国際的企業が世界的規模で最適生産・最適処理をするようになり、かつそれがコンスタントに一定時間を経ながら「より良い場所」に移動することにより、かつての日本のような大きな黒字センターがなくなった(黒字になって割高になった国からは大量生産産業が逃げる)
  2. ベルリンの壁の崩壊によって市場経済スパンが大幅に拡大したことにより、ますます企業の経済活動が国境を越え、それに伴って企業の内なる為替対策が進み、その面で大きな需給の不均衡が市場に出てくることがなくなった

――など。また情報通信のスピードアップやコンピューター化は、情報やモノの流

れをスムーズにし、世界的な不均衡の是正に寄与している面があると言える。

dollar could rise further

 こうした基本的環境のなかながら、今後の資本やモノの流れを見るとドルが現状水準より一段と上昇すると予想できる環境が整ってきていると思われる

 第一は、日米間の金利差が従来予想されていた以上に拡大し、これが日本からの資本移動を引き起こすと見られる点。既に日本の金利の「上昇先送り観測」と、それに伴う7月の高水準からの大幅な低下、これに対してのアメリカでの高い経済活動の維持による金利上昇、引き締め懸念により日米金利差は1年ものフォワードで5円80銭程度まで拡大しているが、この金利格差はここ当分続く見通しである。これはドル投資のヘッジコストが著しく重荷になることを意味するし、また金利格差の拡大は対米投資の魅力を高める役割をする。低金利による国内運用圧力の高まりとともに、日本の資本は徐々に流出に向かうと思われる。機関投資家の資金よりも、個人の資産などの資金が先頭を切って流出することになろう。

 従来はアメリカの投資信託資金の一部が日本にも回ってきて、これが円高の一つの背景となっていたが、1)日本の株式市場の低迷 2)ドル高・円安傾向 3)日本経済の回復先送り見通し 4)ニューヨーク市場の頭打ち 5)日本の債券相場の一段高は見通しにくい状況ーーなどで円高要因になるような資本の流入はなくなるだろう。

 第二は、対外収支の動きである。根強い見方として、円安になれば日本の黒字は再び急増するとの見解がある。これが一部での来年の「円高見通し」の根拠になっている。こうした見方は、野村総研のマンデー・ミーティング・メモ(9月2日号)などにも現れていて、このレポートは7月の「大手19商社輸出入成約状況」で輸出が前年比25.5%の大幅増になったのに対して、輸入が7.2%増の伸びにとどまったことなどを指摘し、これらは「円安の黒字拡大効果という大きな動きの始まりである可能性がある」と指摘している。

 確かに7月については、日本貿易会も「前年低水準だった米国向け(自動車輸出)が、RVなど現地生産をしていない車種を中心に大きく増加した」とのコメントを出している。しかし、こうした動きが基調的な動きになるとは思われないし、昨年の日米自動車合意の結果として日本の自動車各社が対米輸出を今後ものばせる環境にあるとは思えない。ある大手自動車メーカーの首脳は、「日本の自動車輸出は、130円になっても増えない」と明言したRVなど今アメリカで人気の車種の生産も海外で立ち上がってくる工場に徐々に振り代わっていくと思われる。

 一方、いくつかのセクターで国内の供給業者をマージナルな存在にまで追い込んだ輸入が、今後大幅に減ることもないだろう。日本の製品輸入比率は他の先進国並に高くなっており、輸入の裾野は広がっている。こうした全般的な動きを勘案するなら、日本の対外収支黒字は、多少の変動を経ながらも依然として「縮小」の方向にあると思われる。

going up slowly

 第三は、ドイツ、日本、それに当事国のアメリカもゆっくりした現在以上のドル高を歓迎している点。ドル高歓迎姿勢を明確にしているのは、ティートマイヤー・ドイツ連銀総裁や榊原・大蔵省国金局長。ティートマイヤー総裁は、

  「ファンダメンタルズから見て、ドルは過小評価されている」

 と述べているし、榊原国金局長は

  「ドル高の調整局面は終わった。ドルは現在以上に上昇する」

 と述べている。

 アメリカも、基本的にはドル高歓迎である。ドル高を懸念する産業界の声は聞こえてくるが、クリントン政権は「ドル高がアメリカ国民の購買力を高め、生活を豊かにする」という点に着目しているようであり、産業界の声に必ずしも与していない。また、「ドル高警戒すべし」と今から主張しているのは、アメリカの産業界の中でもまだ一部にとどまっている。ルービン米財務長官は繰り返し、「強いドルは、アメリカの国益にかなう」と述べている。

 ――――――――――

 ただし、ドルは上昇するにしてもそのペースはゆっくりしたものになろう。改善傾向にあるとは言え、アメリカの対外収支は依然として大幅な赤字だし、ニューヨークの資産市場(株、債券)の動きが不安定な中では、日本からの資金移動が1980年代の前半ほどの勢いにならないことは容易に想像が付く。日本の機関投資家のリスク・アローアンスは株式市場の低迷もあって引き続き狭い。おっかなびっくりである。

 また、ニューヨークの資産市場の動揺などの折りには、ドルが高値から反落する局面も十分予想される。しかし、大きな流れは依然として「円安」の方向だろう。円は、ドル以外の投資適格を持つ高金利通貨に対しても下落する可能性が高い。一つ注意しておかねばならないのは、1994年暮れのメキシコ型の信用不安が起きたときには、資本流出先の通貨から、円とかマルクに一気に資金が戻ってくる可能性が高いと言うことだ。

 1995年の春に円が79円75銭という史上最高値を付けたのは、メキシコ危機を懸念したストックとしての資本の「安全資産」への回帰の動きがあったためだ。その種の通貨危機が発生でもしない限り、円安基調はゆっくりした形で続くと思慮される。                             (了)



 当ニュース・レターは表記日時に作成された当面の見通しで、一つの見方を紹介したものです。最終判断はご自身で下されますようお願いします。このニュース・レターの許可なき複製、転送、引用はご遠慮ください。

ALL RIGHTS ARE RESERVED.Copyright(c)1996 伊藤 洋一