怒涛の講談社『三月』シリーズ読破。
「坊主めくり」と言うゲームの本当の意味は語られる事は無かったけれど、
屋久島を冒険する4人の各々の視点から語られる4部作の完成度は高かったと思うよ。
『麦の海に沈む果実』よりは好きだな。
『果実』は作中に《三月は深き紅の淵を》と言う登場させなければならない制約があった分、ハードルが高かったかな。
本作では憂理の存在が『三月』シリーズと4人を結び付けてはいるけれど、彼ら自身の旅が《三月は深き紅の淵を》と言う作品に
成り得るので、そこに無理や破綻はなかった。寧ろ、『三月』の回転木馬で提示して見せたオープニングをほぼ忠実になぞった点で
いつもながら技巧的だなぁと思わざるを得ないね。
『三月』で語られた第1部との相違点は、主人公4人が老年でも壮年でも無いこと。
例の桜を目指し迷ったりはしなかったこと(彰彦が優秀だからね)。
テーマは「風」ではなく「愛憎」だよね。4人が各々に抱いている感情は基本的には愛情なんだけど、表裏一体に潜んでいる怒り。
自らを理解してくれないと怒り、自らの何を理解しているのかと怒る。
愛って何。あなたはそれをどう証明しますか。
さて、少し『三月』ワールドを嗜みますか。
前著で触れられたエピソードは出てこないけれど、いろんな謎が出てきましたよね。
1)広場で出会えなかった彰彦と節子
2)馬を怖がる蒔生の息子(解あり)
3)毎晩窓から漬物石を投げ落とす彰彦の叔母
4)屋久島で隣のテーブルに着いた会話の無い女性三人(解あり)
5)マンションの小火騒ぎ(解あり)
6)表札泥棒(解あり)
7)新横浜と名古屋の車窓に現れた老婆
8)彰彦の上司のかばんに入っている靴べら(解あり)
9)猫と子供のケガ(解あり)
10)友紀の死(解あり・・・だが、そんなに簡単に青酸カリは手に入るのか?)
11)節子の追いかけられる夢(解あり)
12)登山中に隊列が変わってしまう謎
13)彰彦と節子が前夜祭で食した串焼きの上方食材も???
憂理って、あそこを出てこれたんだね。
『回転木馬』の中の物語では麗子に殺されるんだけど、やっぱりあれは麗子の中の《三月は深き紅の淵を》だったのか。
だとすれば、『果実』の中で彼女は生き遂せているのだし、麗子の物語を一人舞台『春の鐘』として演じて見せたと言うことか。
卒園後の憂理は理瀬と会ったのだろうか。否、だろうな。
解説の川端裕人氏も指摘したけれど、彰彦、蒔生、利枝子までは『三月』ワールドに溶け込めてしまいそうだけど、
節子はこちら側の人間と言うのは頷ける。節子は決して理瀬との接点を持たないだろう。そしてやっぱり彰彦たちも。
この4人の並び、憂理との関わり方がまた技巧的だね。
起承転結そのままに、利枝子から必然的にスタートするのだけれど口火を切るのは節子。
彰彦が憂理と遠縁であり、彼女の死の可能性が提起される。また姉弟に秘められた謎を2つ目の軸として蒔生へバトンが渡され、
蒔生は愛することと愛されることの間で自らを解決することが出来ずにいる。やはりその蒔生に好意を寄せ、裏切られた節子の声が
蒔生を現世に呼び止め、利枝子の気持ちに還っていく。
私もあと10年もすれば、こんな旅ができるだろうか。
彰彦や蒔生の様なシニカルな生き方をしたいと思っていたが、それも適わず。
節子の様な深みも無ければ、利枝子のような強さも無い。
でもあの4人の根底に有る友誼そのものは私にも有る。
これ、この調子で『冬の湖』『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』『鳩笛』も刊行されるのかな。
或いは何かに連載されてるのかな。
いずれにせよ、この辺で恩田祭も一旦お休みかな。