そのときは彼によろしく

市川拓司・小学館文庫

なんて物語だ。5回くらい繰り返し読んじゃった。
主人公の持つ湿度の低さが、あまりにもメロウになるのを防いでいる。
でも、基本的には村上春樹に通じるような喪失の物語。序盤はそう思っていた。

でもナガサワさんとハツミさんが上手く行かなかった「ノルウェイの森」とは違い、
夏目くんと美咲さんは素敵な世界を築いた。再び智史の下にも現れたりもした。
初恋の相手がかつての親友を、大好きだった父親が初恋の相手の姉を、そして最愛の人を。
そうか、この物語は還ってくる物語だったんだ。
智史は決して孤独なんかではなく、ちょっとだけ時間を要しただけなんだね。
やはり努力する者こそ、果報を待つ事が許されるのか。私に足らないのは、その執念。

当然、還ってこれない人たちもいた。智史の母、佑司の母、初代も2世も。ライナスも。
別れには理由も意味も無いかもしれない。
世界は良い事ばかりではないけれど、だからこそ良い事が嬉しいのかもしれないね。
逆説的かもしれないけど、辛い事が存在するのは、それに意味があるからだと
トラッシュの死を哀しんだ佑司のセリフも底流はそんなところか?
智史の父親は最後の晩餐で後悔を口にし、鈴音を通して智史に届けられたメッセージ。
なるほどタイトルはそう言う意味だったか。ジーンとくるじゃない。
お父さんも美和子さんと素敵な時間を過ごせてれば良いね。

人生において、懐かしく思い出せる瞬間があるならば、それは素敵な事。
そして、それを分かち合う事ができる人がいるならば、それはもっと素敵な事。
これからそんな思い出を作っていくことができるのなら、それは何より素晴らしい事。
佑司の桃香への思いは素敵だなと思う。そして2人の花梨の邂逅は考えるだけで素敵じゃないか。

幼馴染み。この世界と分かたれた世界。
恩田陸の「まひるの月を追いかけて」に似てる気もした。
でもこっちは最後が甘かった。でも、それにとても救われた気がする。
主要人物が家族に問題を抱えていると言う舞台設定も、何と無く恩田陸を想像させるんだよな。
とどめがシンクロニシティでしょ。ずーっと恩田陸と比べながら読んでしまったかな。

あちらの世界については、理解しがたい部分もあるのだけれど、まぁ世の中には理屈で説明できない事もあるさ。
私も最近、よく夢を見る。私もあちらの世界に取り込まれ様としているのか。
その時は誰を連れて帰ろうか。

(07/07/08)

DVDをレンタルして見て。
花梨が眠る前に書いた手紙に主題が表れた時は、そう来たか〜!と打ち震える感じがした。
そうか、つまりこれは還らない話なんだと。
夏目さんのエピソードも、花梨のお姉さんも、フォレストの彼も現れない。2人目の花梨も現れない。
時間的な制約から3人に絞り込む、それもまた良し。
だからこそ、オニバスの芽までで止めて欲しかったな。
最後だけ還ってくるのはなぁ。あぁ、佑司は還ってきたか。さもありなん。
確かにエンディングとしてはヒロインがいなくては興行的に成り立たないかもしれないけど、
オニバスの芽で終わっていても、それはそれで完成度高かったと思う。
でもまぁ、ともかく長澤まさみに尽きるか。素晴らしい。
智史の車のナンバーが「53-53」なのは「ゴミ(Trash)−ゴミ」なんだろうね。良いんじゃない、こういうのも。

(08/04/20)

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